侍女ラヴィーヌと、竜の涙搾り出しの刑
しばらくソファに座って悶絶しながら羞恥心と戦っていると、扉が遠慮がちに叩かれた。
私は胸に手を当てて心を落ちつかせて、「はい、どうぞ」と返事をした。
いつまでも一人で恥ずかしがっている場合ではないわね。
それはもちろん、今から夫婦としての契りを結ぶのよねって勘違いしていたことも、ずっと抱き上げられていたことも、口の中に指を突っ込まれながらお食事をしたことも恥ずかしいのだけれど、勘違いについてはともかくとして、後の二つは慣れていかないと。
もしかしたら、竜人の方々にとっては常識なのかもしれないし。
抱き上げて運ぶとか、手ずからお食事を食べさせるのは普通のことなのかもしれないし。
「アンネリア様、失礼します」
扉が開いて現れたのは、侍女の服装に身を包んだ豊満な美女だった。
竜人の女性とは豊満な美女ばかりなので、どうしてもこの表現になってしまうのよね。
同じ女性だけれど、竜人の女性たちは私よりも頭一つ分ぐらい背が高くて、腰の位置もやたらと高い。足が長いのよね。
私も足が短いわけではないと思うのだけれど(なんせ女性たちを卒倒させることで評判だったお兄様の妹だし)、私と竜人の女性たちの間には越えられない種族という壁がある。
つまり、私の身長はこれ以上伸びないし、足もこれ以上長くならないし、胸だってこれ以上膨らまないということだ。
仕方ないことはわかっているけれど、大人と子供のような差を感じてしまう。
「……は……っ!」
「どうされました、アンネリア様……?」
ふとあることに気づいてソファから唐突に立ち上がった私を見て、侍女の方が戸惑った表情を浮かべる。
明るい空色の髪を三つ編みにしていて、よく熟れた桃を思わせる色の瞳をしたお姉さんである。
私よりも年上に見えるけれど、竜人の方の見た目年齢というのが実際の年齢とどれほど差異があるのかわからないので、年下という可能性もある。
どちらでも良いのだけれど、見た目的にはお姉さんに見える。
というか、私が小さすぎるせいで、私からしてみると全員お姉さんに見えてしまうのだけれど。
「な、なんでもありません……すみません、急に立ち上がったりして」
「いえ、好きなときにソファから立ち上がっていただいて良いのですよ、アンネリア様。何人たりともアンネリア様の自由を束縛したりは致しませんし、させません」
「は、はい……ありがとうございます……!」
すごく、気合が入っているわよ。
侍女というよりは武人感があるのだけれど、レイニスさんみたいな迫力と鬼気迫るものを感じて、私も気合を入れて返事をした。
背筋がピンと、知らずに伸びる。
私は立ち上がったまま、侍女の方にお返事をした。
「申し遅れました、私はラヴィーヌ・リンデプロシアと申します。本日より、アンネリア様の側付きの侍女の役目を陛下より命じられた者です」
「はじめまして、ラヴィーヌさん。私はアンネリア・ユーヴェルハイムと申します。よろしくお願いいたします」
「アンネリア様」
「は、はい」
「アンネリア様は、陛下の花嫁としてエルジェリア王国からお越しくださいました。つまり、炎帝陛下の治めるオグニアス皇国では陛下に次いで尊い身分でいらっしゃいます」
「……ええと、そういうことになるのでしょうか……」
今のところ、ジゼルハイド様とはご挨拶をした後にカブトムシについて語り合って、口に蟹の剥き身と指を入れられたぐらいなので、あんまり実感はないのだけれど。
「もちろんです! ですので、私のような下々の者に遠慮なさる必要はないのですよ。私たち竜人はアンネリア様よりも大きく威圧的に見えるかもしれませんが、怖くありませんので」
「怖くはないのです。……ラヴィーヌさん、ありがとうございます。その、それでは、いつもの話し方に戻しても良いでしょうか」
「どうぞ、どうぞ。ここはアンネリア様のお部屋なのですから、自由にお過ごしください。お部屋だけでなく、城の中でもアンネリア様は自由です。何人も、アンネリア様の健やかな生活を脅かすことはありませんし、させません」
「は、はい、ありがとうございます。……それでは」
私が緊張していると、ラヴィーヌさんに余計な気を使わせてしまうかもしれないのよね。
私は肩の力を抜いて、それから、先ほど気づいてしまったことをラヴィーヌさんに相談することにした。
「ラヴィーヌさん」
「アンネリア様、ラヴィーヌで結構です」
「じゃあ、ラヴィーヌ。私、竜人の方々に比べたらずいぶん小さいわよね」
「小柄で、大変愛らしくていらっしゃいます。アンネリア様をお迎えに上がったレイニスとミルディが、王国に住む人族の方々は皆、男性も女性もまるで妖精のように小さく細く頼りなく美しかったと言っていましたが、まさしくその通りですね」
「そこが問題なの」
「もう問題が起こりましたか! アンネリア様、これは由々しき事態です。一体何が、誰が、アンネリア様を傷つけたというのですか? このラヴィーヌにお教えください。一昼夜かけてもその犯人を捕縛し吊し上げて、竜の涙搾り出しの刑に処します」
「お、落ち着いて、ラヴィーヌ、そういうことではないのよ……!」
竜の涙搾り出しの刑って一体何かしら。怖い。
私は、わたわたした。
どうしよう。相談するのやめようかしら。
このまま話を続けたら、ラヴィーヌにジゼルハイド様の何かが搾り出されてしまうかもしれない。
「では、どういうことですか、アンネリア様。何がアンネリア様を悩ませているというのです……アンネリア様のような妖精のような方は、些細な悩みで体調を崩し、儚くなってしまうかもしれません。即刻、その悩みを取り除かなくては……!」
「だ、大丈夫だから……! ちょっとぐらいの悩みで寝込んだりしないのよ。これでも結構、心が強い方なのよ、私」
「ですが、アンネリア様のお心を傷つけた誰かがいるのは事実。どうぞ、お話しください」
「そんなに大袈裟なことではないのだけれど……」
「私には、話せないことでしょうか……そうですよね、私は竜人ですし、おそろしいですよね……」
先ほどまでの勢いはどこへやら、ラヴィーヌが悲しそうに目を伏せた。
すごく、申し訳ない気持ちになる。
相談しようとしたのは私なのに、途中でやめてしまうのはいけないわよね。
それにこの場所には、お友達もいないし、知り合いもいない。ラヴィーヌが私の相談相手になってくれたら、それは心強いことだ。
私は意を決して口を開いた。
「ラヴィーヌのこと、怖いなんて思っていないわ。できれば仲良くしてくれると嬉しいって思っているのよ」
「アンネリア様……とても、嬉しいです。なんて寛大なお言葉……」
「その、ラヴィーヌも、私に遠慮せずに、何か気になったことがあったら言ってね。私、申し訳ないことに、竜人の方々のことや、この国についてよく知らなくて……何が失礼にあたることなのか、わからないの。だから」
「失礼など……むしろ、私たち竜人がアンネリア様を傷つけてしまわないかが、私は心配で」
「大丈夫よ。こちらに来てから、皆さん私にきづかってくださるし、とても丁寧に扱っていただいていると思っているわ。竜人の方々は私よりも、すごく綺麗で、体格もとても良くて……」
「私は、アンネリア様のように愛らしい方を見るのははじめてです。私たちからしたら、アンネリア様の方がずっと美しく、愛らしく、可憐です」
「でも、……子供に見えるでしょう?」
ラヴィーヌは、私の質問に大きく目を見開いた。
それから、とんでもないという風に、首をふった。
「妖精のようだとは思いますけれど、子供には見えません」
「ラヴィーヌ、竜人の女性たちに比べたら、私は子供のように見えるわねって、思ったの。だから、ジゼルハイド様は私に興味を持ってくださらないのかしらって……」
「陛下が、アンネリア様にそのような残酷なことをおっしゃったのですか?」
「そんなことはなくて、とっても良くしてくださったのよ。優しくしていただいたわ。でも、……夜も一緒に過ごすと思ったのに、その、今日、初夜を迎えるのかと思ったのに、……さきほど、おやすみなさいと言って、お別れしてしまったの」
「アンネリア様……なんと、健気なのでしょう……アンネリア様は今日、この国に来たばかり。今日はゆっくり休んでほしいという陛下の心づかいからなのでしょう。きっと明日になればその不安は、すぐに消えてしまいますよ」
「私もそう思ったのだけれど、あまりにも私が小さいから、女性として見られていないのではないかしらって、不安になってしまって」
「そんなことはありませんよ、アンネリア様。色々と不安があるとは思いますが、今日は湯浴みをして、お着替えをして、ゆっくり休んでください。入浴の後に、気分を安らげる効果のある茉莉花の花茶を用意しましょう」
「ありがとう、ラヴィーヌ。……話ができて良かった、なんだかスッキリしたわ」
ラヴィーヌは私を、お部屋の奥にある浴室へと案内してくれて、お風呂に入れてくれた。
着替えを済ませてラヴィーヌが用意をしてくれたお茶を飲みながら、明日のことを考える。
明日は、ジゼルハイド様と正式な夫婦になることができるのかしら。
あのたくましい体で抱きしめていただくことを考えると、理想通りの男性に出会えて嬉しいはずなのに、妙な不安と緊張を感じた。
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