護衛兵のレイニスさん
お食事が終わると、ジゼルハイド様は私を再び抱き上げてくださった。
廊下から階段を上がり、いくつかの扉の前を通り過ぎた突き当たりの黒に鳥の紋様が描かれた扉の前で、ジゼルハイド様は足を止める。
扉の前にいたのは私を王国まで迎えにきてくれた護衛兵の方のうちの一人で、真っ直ぐで燃えるような色をした赤毛に、やや浅黒い肌をした、肉感のある唇と月のような金の瞳が特徴的な、スタイルの良い体を鱗状の露出がやや多い鎧に包んだ女性だった。
体格が良いためか、露出が多くても色香よりも勇ましさの印象が強い。
「アンネリア、お前の護衛のレイニスだ。近衛兵の中では、一番武芸に秀でている。お前の身はレイニスが守る。無論、俺もだが、……目が届かないことも、おそらくはあるだろうからな」
「レイニス・ヴィルシュタインと申します。命にかえてもアンネリア様の御身はお守りします」
レイニスさんが礼儀正しく礼をしてくれる。
本当は私もご挨拶を返したかったけれど、ジゼルハイド様の腕の中では軽く会釈をするぐらいしかできなかった。
「よろしくお願いします、レイニスさん。レイニスさんは、私を王国から運んで下さった、赤い竜の女性ですよね」
「アンネリア様、覚えてくださっていたんですね」
「はい、もちろんです」
「私に声をかけてくださるなど勿体無いことです、ありがとうございます」
恭しくもう一度お辞儀をされて、私はなんだか落ち着かない気持ちになった。
命にかえても、というのは、あまり良い言葉ではないわよね。
危険なことが起こらないのが一番だし、できれば誰にも傷つかないで欲しい。
皇国の内情についてまでわからないけれど、自分の身は自分で守ると言えたら良いのにと思う。
もちろん、そんな力は私にはないのだけれど。
「……どうした、アンネリア。不安か?」
「いえ、私……私は、無力だなと思って。私は竜人の方々のように強くありません。だから、守ってもらうことしかできないのかと……」
「レイニスのような兵士は、兵士であることに誇りを持っている。俺の花嫁であるアンネリアを守ることができるのは、レイニスにとっては喜ばしいことだ。だが、命にかけてもというのは、言い過ぎだな。レイニスは、大袈裟なところがある」
ジゼルハイド様が、優しく諭すように言う。
レイニスさんも、心配そうに後を続けた。
「怖がらせてしまい申し訳ありません、アンネリア様。この国は、大きな争いや火種もなく、平穏です。それは炎帝ジゼルハイド様に牙を向けることが愚かであると、皆知っているから。城の中は安全ですが、万が一に備えて私のような近衛兵がいるのですよ」
「……ごめんなさい、私、今までずっと誰かに守られて生きてきたことわかっているのに、動揺してしまって。でも、危険、ないのですね、良かった……」
ほっとして、私はジゼルハイド様の首にぎゅっとしがみついた。
知らない土地に来て、不安になっているのかしら、私。
こんなことぐらいで泣きそうになってしまった顔を、見られたくなかった。
「アンネリア、案ずることはない。よほどのことがない限り、俺は城から離れたりしない。お前を一人残して、黙ってどこかに行くこともない。お前の身の安全は俺が守る。だが、お前は女性だ。俺だけでは、その、色々と不都合もあるだろう。だから」
「ありがとうございます、ジゼルハイド様……お心づかい、本当に嬉しいです」
私は目尻に滲んだ涙を指で拭うと、精一杯微笑んだ。
ジゼルハイド様の赤い瞳と、視線がぶつかる。どこか安堵したようにゆっくりと細められる瞳が、とても綺麗だと思う。
「いや……色々と、不安なことも多いと思うが、お前をこの国に呼び寄せたのは、俺だ。できる限りのことはしたいと考えている」
「はい……!」
先ほどの沈んだ心が、嘘みたいに晴れやかになる。
言葉一つで、こんなに気持ちが変わってしまうなんて、不思議ね。
家族と一緒に公爵家で暮らしていたときは、毎日が変わらず穏やかで、気持ちがさざめくこともなかったもの。
「それでは、俺はここで。女性の部屋に入るわけにはいかない。アンネリア、ゆっくり休むと良い」
「え?」
「また明日、アンネリア。朝食の時間に迎えに来る。明日は、もう少し城の中を案内しよう」
「え? ……え?」
レイニスさんが扉を開いてくださり、ジゼルハイド様は私を開かれた扉の前にストンとおろした。
てっきり夫婦としての最初の夜を過ごすとばかり思っていた私は、予想外の対応に驚いてしまって間抜けな声を上げた。
(か、勘違いしてしまったわ、恥ずかしい……!)
色々考えて私一人で緊張したりしていたのが、とても恥ずかしい。
私は羞恥心が胸の奥から迫り上がってくるのを感じる。
体が熱い。きっと私の顔、真っ赤になっているわよね。
ジゼルハイド様は私を気づかって、今日はゆっくり休ませてくださるつもりだったのに、私ってば一人で盛り上がってしまって。
「ジゼルハイド様、……その、あの、おやすみなさい……!」
「あぁ。おやすみ、アンネリア」
ジゼルハイド様は私の髪をさらりと撫でたあと、すんなりこの場から立ち去ってしまった。
その広い背中や、美しい黒髪を眺めて、私は小さく息をつく。
「……アンネリア様?」
「だ、大丈夫です、なんでもないので……レイニスさん、先ほどは困らせてしまってごめんなさい」
「こちらこそ、アンネリア様。私は、陛下の言うとおり少々大袈裟なのです。一を十と言ってしまうところがあるので、気をつけなければいけません」
「いえ、そんなことは……」
「アンネリア様、私はこちらで待機しております。どうぞ、不安なくお休みください」
「ありがとうございます」
私はレイニスさんに挨拶をすると、部屋の中へと入った。
前室を抜けると、リビングがある。
落ち着いた色合いの調度品のあるリビングだ。
テーブルも椅子も私の体型では少し大きい。
薄桃色の愛らしい大きなソファに座って、私はほっと息をついた。
それから頬に手を当てると、今日の出来事を思い出して改めて色々と恥ずかしくなってしまい、今更のように心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
「……抱き上げてくださったし、お食事も、一緒に……私のこと、花嫁っておっしゃってくださったわ……でも」
そう、悪くは思われていないのかもしれない。
そうだと、良い。
明日にはきっと、夫婦としての契りを結ぶはずよね。今日のうちに、覚悟を決めておかないと。
上手にできるかしら、私。
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