カニとエビと卵スープ
私がコップをテーブルに戻すと、ジゼルハイド様も空になった杯をテーブルに置いた。
新しいお茶とお酒を侍女が注いで、下がっていく。
「アンネリア、蟹や海老は食べることができると言ったな」
「は、はい、食べることができますけれど……」
「そうか、それなら」
ジゼルハイド様は大皿に手を伸ばすと、蒸し蟹に手を伸ばした。
明らかに蟹のままの蟹をどうやって食べるのかしらと思っていると、ジゼルハイド様は蟹を両手で掴んで半分に割った。
「わぁ……!」
すごいわ。蟹、とっても堅そうなのに、素手で割れるのね。
やっぱり見た目の通り力があるのね、ジゼルハイド様。
ジゼルハイド様が両手をテーブルに伸ばしているので、膝に座っている私はぎゅっと抱きしめられるような格好になって、落ちないように腕に捕まっている。
たくましい体の感触と体温になんとはなしにどぎまぎしてしまう。
けれど抱き寄せていただいたというわけじゃなくて、蟹を割っているだけなのよね。
一体どういう状況なのかしら、これ。
「どうした、蟹が怖かったのか?」
思わず声をあげた私に、ジゼルハイド様が尋ねた。
ジゼルハイド様と私は顔を合わせたばかりだけれど、私のことを心配してくださってばかりいるわね。
もしかして、すごく優しい方なのかしら。
それとも、人族の扱いがわからなくて、とても慎重になっているというだけなのかしら。
「蟹は怖くないです。蟹は、王国でも食べますので。でも、二つに割るところは初めて見ました。ジゼルハイド様は、力強いのですね。もしかして、林檎なども握りつぶせます?」
「あぁ。造作もない」
「すごい!」
私の知り合いには、林檎を握りつぶせる男性というのはいなかった。
というか、蟹を素手で手掴みしている男性の姿を見るのも初めてだ。
エルジエル君と一緒に遊んでいる時は、ザリガニを掴んだり、カエルを掴んだりしたものだけれど、お兄様などは青ざめながら「やめなさい、アンネリア、エルジエル。手が汚れるだろう」などと言っていた。
これはお兄様が特別というわけではなくて、王国の方々の考え方はほとんどこんな感じだ。
カブトムシだけは別である。
王国の男性たちは男らしさを投げ捨てたかわりに、カブトムシたちに自分の男らしさを肩代わりさせているのだ。
「驚くようなことだろうか。竜体になった護衛兵に乗ってここまできたのだろう。人間体となったとしても、俺たちの本質はあちらにある。竜体となれば、林檎の木でさえ容易にへし折ることができる」
「それでは、たくさんの林檎を握りつぶして、林檎ジュースを作ることができますね!」
「それは、できるだろうが……そのようなことはしたことがないな。俺たちは基本的には人間体で生活している。道具も使用する。竜体になることを嫌うものも中にはいる。獣染みていて嫌だと。逆に、人間体になることを嫌うものもいるな。竜こそが最上位の生き物であると。極端なことだ」
「そうなのですね。私はどちらも勇ましくて素敵だと思いますけれど」
私などは細身で小さいので、大きいことは良いことだと思う。
「そうか。アンネリア、口を開け」
「は……え、え?」
ジゼルハイド様は、綺麗に殻を剥いた小さくした蟹の身を、私の半開きの口に徐に押し込んだ。
唇に、硬い指先が触れる感触がある。
押し込まれたせいで、口腔内にも指が入ったのだろう。指よりも硬い爪のつるりとした感触を舌先に感じて、私は眉を寄せる。
大きな手の長い指は、人差し指一本だけでも私の口の中がいっぱいになる程だった。
驚きながらも抵抗するわけにもいかずに、口の中に押し込まれた蟹の身を、もごもごと咀嚼する。
たんぱくだけれど深い旨味のある味がする、僅かに感じる塩気が旨味をふくらませていて、とても美味しい。
美味しいのだけれど、今、蟹の剥き身を指で口の中に押し込まれたわよね。
どうしよう。
こんなことをされたのは初めてなのよ。
羞恥に顔に熱があつまる。できることなら今すぐジゼルハイド様の膝から逃げて、部屋の片隅で丸まりたい。
それぐらい、恥ずかしい。
「アンネリア、味は?」
食べているところ、じっくり見ないで欲しいのよ。
私、今、多分、蒸し蟹の甲羅ぐらい赤くなっていると思うし、恥ずかしすぎて泣きそうだし。
恋愛についての経験も知識も乏しすぎる私だけれど、お兄様とお姉様をそばで見てきたのだから、多少のことならわかる。
でも、一緒にお食事をしたときに、こんなことはしていなかったわ。
竜人の方々は、このような振る舞いをするのが普通なのかしら。
「美味しいです……」
「ならば良い。アンネリア、口を」
「自分で食べられます……!」
「お前は動かずとも良い」
何かしら、これ。なんなのかしら、この状況。
もしかしてご飯の食べ方も知らないとか思われているのかしら。
ジゼルハイド様が淡々と私の口に蟹を運んでくるのを、私は素直に口を開いて受け入れた。
立場的にそうするのが正しいことを理解しているので、私は頑張った。
恥ずかしくて倒れそうになりながら、蟹と、海老と、卵スープを半分ぐらい食べ終えた頃には、お腹が一杯になっていた。
「あの、私、もう、食べられなくて……」
「やはり体が小さいからか、ほんの少ししか食べないのだな、アンネリア。小鳥の餌ぐらい少ない」
「小鳥よりは食べていると思います。それに、私ばかり食べてしまいました。ジゼルハイド様は」
「あぁ。俺は良い」
「でも」
「それよりも、アンネリア。食事が済んだのなら、部屋へと案内しよう」
ジゼルハイド様は私の口を、白いナプキンで拭ってくれた。
自分の手も拭うと、再び私を抱き上げる。
私はドキドキしながら、ジゼルハイド様に身を任せていた。
寝室に行くというのは、つまり、そういうことよね。
夫婦になるのだし、そういうことなのよね。きっと。
婚礼の儀式などは、こちらではしないのかしら。竜人の本質は竜だとジゼルハイド様はおっしゃっていたから、そういった習慣はないのかもしれないわね。
できれば寝室に行く前に、お風呂に入りたいわよね。
服も、着替えたいし。
でもそんなことは、口にできない。
だって私がものすごく期待して、準備万端にしようとしているみたいになってしまって恥ずかしいし。
ここは、成り行きに任せましょう。
郷に入っては郷に従えという言葉もあるのだし、大人しくしているのが賢明よね。
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