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はじめての乾杯




 大きな長方形のテーブルは、よく磨かれた宝石のようにつるりとしていて不思議な光沢がある。

 黒いテーブルには金色の鳥の柄が描かれていて、その上には大皿にあまり見たことのない料理がたくさん並んでいた。

 とろとろに煮込まれたお肉や、半身に割られた大きな海老、それから、木製の筒のようなものに入っている、蟹。

 柔らかそうな桃の形をしたパンと、卵を溶いて混ぜ込んだようなスープ。

 竜族の侍女の方々の服装は、私の国とは違い、腰紐でとめるような布地のたっぷりとした衣服を着ている。

 色は、黒を基調に、赤で縁取りがされている。

 私よりもずっと背が高くて、肉感のある美女に囲まれて、私は少し緊張した。

 ジゼルハイド様は私を連れて席に着く。

 私を当たり前のように膝の上に乗せて座っているジゼルハイド様の前に置かれている杯に、控えていた侍女の方が白いお酒のようなものを注いだ。


「アンネリアは、何を飲もう。花茶が良いだろうか。体に良い」


「あの、私もお酒、飲めます。王国では十六歳で成人、十七歳からはお酒を飲めるのです。私はもう十八ですから、大人なのですよ」


「それは駄目だ」


「駄目ですか……」


 親交を深めるために、少しだけお酒に付き合おうと思ったのだけれど。

 即座に否定されてしまって、私はしょんぼりした。

 お酒が好きというわけではないけれど、私は見慣れないものや新しいものが好きだ。

 だから、どんな味がするか飲んでみたかった。

 ジゼルハイド様に命じられて、侍女の方が私の前に透明なティーポットを用意した。

 お湯を注ぐと、ティーポットの中に入っている乾燥した茶葉のようなものが、花の形に開いていく。


「まぁ、綺麗。とっても可愛いです!」


「気に入ってくれただろうか」


「はい!」


 お酒を飲めなかったのは残念だけれど、花茶というものはとても可愛らしい。

 ティーポットのお茶を小さめのカップに注いだものが、私に差し出させる。

 私はそれを受け取って、私を膝の上に乗せたままのジゼルハイド様を見上げた。


「あの、一人で座れます、私……」


「テーブルと椅子の高さが、アンネリアの体に合わずに不自由だろう。お前がこれほど小さいとは思っていなかった。しばらくは俺を椅子だと思うと良い」


「ええと、はい……」


 確かに私が座ったら、足が床につかなそうではあるけれど。

 ずっとこの体勢は、ちょっと恥ずかしいのよね。

 私は子供ではないのだし。男性に抱き上げられながら食事をとる習慣なんて当たり前だけれどなかったし。

 この状態で、テーブルマナーなどに十分に気をつけることができるのかしら。

 お料理からは美味しそうな香りが立ち上っているけれど、どれこもれも、綺麗に食べるのが大変そうなものが多い。


「アンネリア。熱いから、火傷をしないように。もし口に合わなかったら、吐き出してくれて構わない」


「は、吐き出したりなどはしませんけれど……ジゼルハイド様、その、せっかくなので、乾杯など、しませんか?」


「乾杯とは」


「飲み物を、同時に飲むのです。その時に、乾杯! と言います」


「何故?」


 なるほど、竜人の方々には、乾杯の習慣がないのね。

 不思議そうに私を見つめるジゼルハイド様に、私は王国の習慣をお話しできることが嬉しくて微笑んだ。


「お祝いの意味があります。会えて嬉しい、一緒に時間を過ごせて嬉しい、一緒に食事ができることに祝福を。そんな、意味ですね」


「…………そうか」


 ジゼルハイド様はにわかに目を見開くと、短く返事をした。


「はい! だから、乾杯をしましょう」


「あぁ。……どうすれば良い?」


「杯を持って、掲げれば良いのですよ」


 私は手の中のコップを少しだけ上に掲げた。

 ジゼルハイド様も、白いお酒の入った杯を手にして、軽く上に持ち上げる。


「あなたと出会えたことに、素敵なお茶と食事に感謝を。……これから、よろしくお願いします、ジゼルハイド様」


「…………あぁ」


「乾杯!」


 声とともにコップを掲げた。

 それからコップに口をつける。

 芳しい花の香りが口いっぱいに広がった。

 ジゼルハイド様も私と同じように、杯に口につけた。


「このような習慣はないのだが、良いものだな。何故か、格別に旨い酒を飲んでいるように感じる」


「祝福の気持ちが、お食事や飲み物を美味しくさせるのです。嬉しいことがあると、私たちは乾杯をするのですよ」


「そうか。それなら、毎日乾杯をしよう」


「気に入ってくださって嬉しいです」


 王国の習慣を好きになって貰えてよかった。

 ジゼルハイド様は杯を置くと、私の顔をまじまじと見つめる。

 体の奥まで見透かされているような視線に、どういうわけか動揺してしまう。


「お前たちは、カブトムシは食べないというが、エビやカニは食べることができるのか?」


「ええ。両方とも食べることができますけれど……でも、どうしてカブトムシを食べると思われていたのでしょうか?」


 エビやカニも、素材そのものを提供されるということはまずないので、生きているままの形を見ることは滅多にないのだけれど。

 改めて見ると不思議な形状をしている食べ物よね。

 カブトムシに似ているような、似ていないような。


「夏になると、我が国の森で取れるカブトムシを、王国の民が欲しがり、森の中に取りに来ているようだ。国境の森だがこちらの領地。たかがカブトムシを捕獲することぐらい咎めるようなことはしないが、てっきり食べるのかと、俺たちは長らく思っていた」


「そうなんですね!」


 やっと得心がいって、私は口元に手を当てると体を揺らして笑った。


「それは食べないのですよ。戦わせる遊びに使ったり、育てたりします。子供たちや男性たちは、あの虫が好きなんです」


「虫が好きなのか。味が?」


「だから、食べないってば」


 思わずいつもの通りの言葉遣いになってしまい、私は口をつぐんだ。

 ジゼルハイド様は嬉しそうに赤い瞳を細めた。



 


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― 新着の感想 ―
[一言] 国交はありそうなのに人間に無知過ぎだろう、竜人 圧倒的強者だからあんまり周りに興味なかった?
[一言] 密猟...
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