どうやら正妻になるようです
ジゼルハイド様に抱き上げられて、私はお城の中を移動した。
どうやら謁見の間よりもさらに奥へと向かっているようだった。
王国のお城も迷子になってしまうぐらいに広いのだけれど、皇国のお城はそれよりもさらに広い。
廊下だけでも、私のお部屋ぐらいの奥行きがあるし、天井もかなり高い。
窓からは空しか見えなかった。
これはもしかしたら、このお城がかなり高い位置にあるからなのかもしれない。
「アンネリア、先ほどの謁見の間は、本来ならお前のいる場所ではない」
私を抱き上げて歩きながら、ジゼルハイド様がポツリと言った。
ジゼルハイド様に抱き上げられているせいで、いつもよりも視線が高い。
急いでいる訳でもなさそうなのに、歩みが早く感じるのは、背が高くて足が長いせいなのかもしれない。
お城も竜人の方々の体に合わせて大きな作りになっているのだろう。
人の世界に迷い込んでしまった小人になった気持ちだわ。なんだかわくわくする。
「城の奥に、お前のための部屋がある。お前の荷物はそこに運んだ。それから、お前を迎えに行った護衛兵のうち一人を、お前の護衛としよう。侍女たちもいる。皆、人族と関わった経験がないため、何か不自由なことがあれば俺に言うと良い」
「ジゼルハイド様、あの、私、質問をしても良いですか?」
「あぁ。なんでも聞いてくれ。わからないことも多いだろう。それに、先ほどの……気兼ねのない話し方、あれはとても良かった。あのように話をしてくれて構わん」
気兼ねのない話し方とは、あの、乱暴な口調のことよね。
私は内心慌てた。
結婚するあてはなかったけれど、これでも公爵令嬢。きちんと教育は受けているのよ。
ただ、王太子殿下であるジュード様と私は幼い頃から割と親しくしていた。
これは私の両親が早く亡くなってしまい、国王陛下が公爵家をとても気にしてくれていたからなのよね。
ジュード様を連れては、良く公爵家に来てくださっていた。家の中が落ち着くまではと、私をお城に連れて行って、ジュード様と一緒に教育を受けさせてくれていた。
だから、ジュード様は私にとっては兄妹みたいなもので、あまり良くないのだけれど、王族の方に対して家族みたいに話しかけてしまうのよね。
そうなってくると、淑女としての礼儀作法を発揮できる相手がいなくなってしまった、といえば良いのかしら。
言い訳にもならないのだけれど。
「あの、あれは、つい、勢いでと言いますか……! 大変失礼をしてしまいました、申し訳ありません」
「あのような話し方は、お前の国では咎められるものなのか?」
「それは、その、ジゼルハイド様は、炎帝陛下でいらっしゃいますし、私は王国から来た公爵家の女で、身分の違いがありますもの」
「それは、俺が怖いからか?」
「怖くはありません。大きくて、逞しくて、素敵な方だと思っています」
私はジゼルハイド様の衣服をぎゅっと握ると、正直な感想を伝えた。
大きくて逞しくて強い男性に憧れていた私にとって、まさしく理想そのもの。
率直な意見を述べたつもりなのだけれど、良く考えたら恥ずかしいことを言ってしまったのではないかしら。
私は急に恥ずかしくなって、内心おろおろした。
顔が熱い。王国ではみんなもう結婚している年齢だというのに、恋愛経験どころか異性との交流さえ皆無だった私。
言葉の選択肢を間違えた気がしてならない。
妾になるかもしれないのに、ただの人質かもしれないのに、一人だけ浮かれているみたいになっている気がする。
それはとても、恥ずかしい。
「アンネリア。…………無理強いはしないが、可能なら気兼ねをせずに話をしてほしい。あの時のお前は、生き生きとしていて、とても、良かった」
「…………ええと、はい」
私の狼狽は、ジゼルハイド様には伝わらなかったみたいだ。
それはそれでちょっと寂しい気がする。
一世一代の愛の告白にこれっぽっちも気づかれなかったような敗北感を感じる。
そういうわけじゃないんだけど。
「城の中では自由に過ごして良いが、できれば俺の目の届くところにいてほしい。アンネリアは小さい。城は広いから、もしかしたら行方不明になるかもしれない。竜人ならば、城で迷っても窓から外に出て、竜になって空を飛んで、見知った場所へと戻ることができる。だが、アンネリアはそうではない」
「竜人の方々も、お城で迷うのですか?」
「あぁ。俺はよく迷う。迷うと度々竜体になる必要がある。俺の竜体は皆を畏怖させてしまうようだから、できる限り少なくしようと思ってはいるが」
「ジゼルハイド様も迷うのですね」
私はくすくす笑った。
それぐらい広いのね、このお城。
だとしたら、私などはお城の中で遭難してしまう可能性があるわね。気をつけないといけない。
「城は高台にある。だから、アンネリア。もし王国にどうしても帰りたい時は、俺に言え。無理に逃げようとしたら、崖から落ちて命を落とす可能性がある」
「帰りたいとは思いません。私は、ジゼルハイド様の……その、側室、になるためにここに来たのですから」
私は一番大切なことを、緊張しながら、恐る恐る口にした。
何番目の側室なのかしら。
それともやっぱり、他国の人間だから、妾にしかならないのかしら。
ジゼルハイド様は何も言わずにしばらくまじまじと私の顔を見ていた。
「……側室?」
「はい、側室です。……側室なんて、烏滸がましかったでしょうか。妾、ですよね、私」
「何故そう思う?」
「私、竜人ではありませんし、ジゼルハイド様のような立派な体躯の方にとっては物足りないでしょうし、自分の立場は、心得ているつもりです」
「アンネリア。俺には、妻はいない。一人も。……王国の王には、花嫁の打診をしたのだと記憶していたが、違うか?」
「それは確かに、花嫁と聞きましたけれど、でも」
「……つまり、アンネリアは俺の花嫁になるためにここにきて、逃げるつもりはない、ということか」
「それは、そうですけれど……でも、ジゼルハイド様、一人も奥様がいらっしゃらないのですか?」
「あぁ」
どういうことかしら。
ジゼルハイド様ももうとっくに奥様がいても良い年齢のように見えるのだけれど。
竜人というのは大人びて見えるというだけで、実はものすごく年下だったらどうしよう。
いえ、年下でも別に構わないのだけれど。
そんな話をしているうちに、私たちは大きな扉をくぐって回廊を抜けて、お城の奥へとやってきていた。
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