妾か、嫁か
この国では私は一体どういう立場になるのかしら。
私としては竜人のみなさんの食事事情よりも気になる事柄ではある。
というか、体に触れることさえ、私が小さすぎるからか躊躇っているジゼルハイド様は、一体私をどうするつもりなのかしら。
両国間のつながりを強めるために、皇国に人質として置いておくだけで、あとは捨て置かれる、とか。
それにしては、ずいぶん私の健康を心配してくれている気がするけれど。
私は思わず高圧的になってしまった物言いを正すために、こほん、と軽く咳払いして気を取り直した。
「ジゼルハイド様、私は確かに竜人の方々に比べて小柄かもしれません」
「小柄どころの話ではない。まるで豆のように小さい」
豆ほどじゃないと思う。
これは小馬鹿にされているのかしら、女性として魅力がないと言われているのかしら。
分からないわ。ジゼルハイド様に悪意がなさそうなことだけは理解できる。
「ジゼルハイド様から見たら豆粒のように小さいかもしれませんけれど、頭に触れたり体に触れたり、抱き上げたりするぐらいで体を痛めたりはしません」
「しかし」
「ほら、大丈夫です。ね?」
私はジゼルハイド様の手に、自分の手を重ねた。
ジゼルハイド様の手のひらは、私の手の倍ぐらい大きくて、皮膚が硬い。
竜人の方に触れるのははじめてだけれど、血の通っている温かい手のひらだった。
私たちと何も変わらない。
失礼にあたるかしらと心配になったけれど、ジゼルハイド様のことを、この短い邂逅で私は噂のようにこわい方だとは思わなくなっていた。
私のことをカブトムシか犬か猫だと思っている気がしないでもないけれど、それは私たち王国の民だって炎帝ジゼルハイド様のことを化け物だと思っているのだから、同じだ。
「…………アンネリア」
「はい」
ジゼルハイド様は、重なった手のひらと私の姿を、どことなく赤い瞳をきらきらと輝かせながら交互に見た。
表情の変化に乏しい方だけれど、なんだか喜んでいらっしゃるような気がする。
私に触れることが大丈夫だと知れて、安心したのかしら。
私はエルジエル君が川で捕まえた初めて見るザリガニに、恐る恐る触っていた姿を思い出した。
うん。似ている。
「俺は力が強くお前よりもずいぶん大きいが、お前の手に触れることができるのだな」
「ええ、それはもちろん大丈夫です。私たち王国の民は、竜に変化することはできませんけれど、あとはジゼルハイド様や竜人の方々と同じです」
エルジエル君がザリガニを持つことができた時、横で見ていた私は「やったわね!」と言って手を叩いて喜んだ。
その時と同じような気持ちが胸に広がって、私はにっこりと微笑む。
ジゼルハイド様は微笑む私と手を合わせながら、しばらくじっと私の顔を見ていた。
「アンネリア、抱き上げてもお前は怪我をしたりしないのだろうか」
「大丈夫ですよ、はい、どうぞ」
私はジゼルハイド様から手を離すと、両手を広げて、さぁ抱き上げて、という仕草をしてみせた。
これは、ザリガニの威嚇のポーズと似ているわね。
エルジエル君は、両手を万歳させてハサミを広げるザリガニに怯えていたわね。
威嚇のつもりはないので、にこにこしてみる。
一度抱き上げて貰えば、私が結構頑丈だということを理解してくれるわよね、きっと。
「では、触れるぞ……」
「は、はい……」
抱き上げてもらうだけなのに、ジゼルハイド様に気合が入りすぎていて、妙に照れてしまう。
思えば、お兄様以外の男性に抱き上げて貰った経験なんてないのよね。
ジゼルハイド様はお兄様よりもずっと大きくて、大きな袖に隠されている腕も、布ごしにとても太いのだということがわかる。
私の理想がいっぱい詰まっている体格の男性に抱き上げて貰うとか、これは喜ぶところなのではないかしら。
そうは思えど、妙な緊張で胸苦しさを感じた。
ジゼルハイド様の手が、私の腰に触れる。
膝裏と腰を抱えられて、くるりと世界が揺れ動いた。
浮遊感と共にいとも簡単に、私はジゼルハイド様の腕の中に収まった。揺籠ぐらい収まりが良い。
布ごしに温かい体温と、硬い体の感触がある。
ジゼルハイド様の精悍な顔が近くて、お召し物からは爽やかな柑橘のような、日の差し込む森林のような良い香りがした。
「俺は今、アンネリアを抱き上げているが、痛いところや苦しいところはないだろうか」
「大丈夫です、どこも痛くありません。私は、その、ジゼルハイド様の物になるために、この国へと来たのですから、遠慮せず、好きなように扱ってください」
抱き上げることにこれほど遠慮されていては、この先どうなるのかしら。
心地良い腕の中にすっぽりとおさまりながら、私は私がこの国にきた本来の理由を口にした。
ある程度の覚悟はできているけれど、どんな立場になっても仕方ないと受け入れるつもりではいるけれど、でも、できればお兄様やお姉様のような、穏やかな愛情で結ばれた夫婦になりたい。
妾や側室の可能性の方が高いとはわかっているのだけれど。
「……長旅で疲れただろう。それに、従者も一人もいないと聞いた。心細いだろうに、そのようなことを口にする必要はない。アンネリア、食事にしよう。それから、ゆっくり休むと良い」
「ですが、私は……」
「俺のことも、怖いだろう。ひどいことはしない。少しずつ慣れてくれたら良い」
ジゼルハイド様はそう言うと、私を抱き上げたまま謁見の間を出た。
扉の前で待機していたらしい、私よりもずっと体格が良くて肉感のある美しい侍女の方々が、「アンネリア様は何を召し上がるのですか、陛下」と口々にジゼルハイド様に尋ねた。
ジゼルハイド様は「カブトムシは食べないらしい。とりあえず、俺と同じものを準備しろ」と彼女たちに命じていた。
侍女の方々は驚いたように顔を見合わせて「食べないのですね」と言っていた。
なぜ食べると思われているのかしら。
でも、聞いてくれて良かった。
危うくカブトムシ御膳が食卓に並ぶところだった。
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