ベッドから落ちた私、混乱のせいで愛の告白っぽいものをする
私が十人ぐらい寝転がってもまだ余裕がありそうな大きすぎるほど大きなベッドで目を覚ました。
私は十人ぐらい寝転がれそうだけれど、ジゼルハイド様なら多分五人ぐらいでぎっしりになってしまうぐらいのベッドなので、竜人の方々にとっては標準サイズなのかもしれない。
大きいし、背も高いのだけれど、よじ登るほどではないのでよかった。
そびえ立つ壁ぐらいに高いベッドだったら、登ることができないし、寝相が悪くて落ちる恐怖を味わうところだったわね。
ともかく、見慣れない部屋の慣れないベッドでぐっすりすやすや寝た私は、まるで海の上に漂っているようなほど広く大きなベッドの白いシーツの上で体を「んー」と言いながら、ぐいぐい伸ばした。
「そうだったわね……私、オグニアス皇国に来たのだったわね」
昨日までは朝起きると、早起きのエルジエル君が「アンネリア、おはよう!」と言って抱きついてきたものだけれど、ちょっと寂しいわね。
でも、寂しがっている場合ではないのよ。
たくさん寝て疲れも取れて、すっかり元気になった私。昨日も割と元気だったけれど。
朝食の時間になったらジゼルハイド様がお部屋まで迎えにきてくれるとおっしゃっていたし、身支度をすませて待つのが礼儀というものよね。
「よし!」
私は気合を入れた。
昨日はラヴィーヌにお風呂に入れてもらって、着替えを手伝ってもらった。
だから私は今、公爵家から持参してきた、薄手の白くてふわふわした足元までを隠す作りの寝衣を着ている。
公爵家から持ってきた衣服は一部屋を丸々使用したクローゼットに綺麗にしまわれていて、お兄様が用意してくださった花嫁衣装もそこにある。
とりあえず、寝衣から服に着替えたい。
公爵家にいたときは、侍女が起こしにくるまでベッドに寝転がっているのが窮屈で、着替えだけはさっさと自分で行っていた。自分一人で着ることができる服装に限り、だけれど。
「着替えだけは、していても良いわよね。今日はお城を案内してくださるとおっしゃっていたし、動きやすい服の方が良いわよね」
エルジエル君と公爵家の敷地内の林や池やお庭で遊ぶことがよくあるので、私はたいてい動きやすい服で過ごしている。
ひらひらしてふわふわしたドレスは小枝に引っかかるので、普段使いには適さない。なんせ高級品だし。
そういうこともあって、公爵家から普段使いしているお気に入りの服も何着か持ってきている。
どれを着ようか考えようと、私は広すぎるベッドを抜け出すべく、シーツの海を四つ這いで進んだ。
仕方ないのよ。ベッドの上で立つのはおかしいし、ベッドの中央から端までは多少の距離があるし。
私に残された選択肢は、四つ這いか、ごろごろ転がって進むかどちらかしかないもの。
ごろごろ転がっていくのも楽しそうな気がしたけれど、そのまま勢いよくベッドから落ちないとも限らないし。
「わ、うわ……!」
ベッドから落ちないように四つ這いを選んだはずなのに、たっぷりしたベッドのシーツと、ついでに、足元までの長さの寝衣が足に絡みついた。
よじ登るほどには高くないけれど、足台がないとちょっと不便なぐらいに高いベッドから、そんなわけで私は、見事に転落したのである。
ずるりと体が、ベッドから滑り落ちて、床の上にびたんと音を立てて尻餅をつく。
石造りの床には敷物が敷かれてはいるけれど、結構硬い。
「いたぁ……」
私はベッドの足元に座り込んで、腰を摩った。
幼い頃は寝相が悪くて、私はまるで覚えていないけれど、時々ベッドから落ちることがあったらしい私を、ある程度の年齢までお兄様が抱えて眠ってくださったらしいけれど、この年になって落ちるとは思っていなかったわね。
まあでも、滑り落ちただけだし、ちょっと痛いけど、怪我もないし。
幸いなことに、恥ずかしい瞬間を誰にも見られていないから、良かった。
「アンネリア!」
誰にも見られていないから良かった。
そう思って安堵のため息なんかを悠長についていると、寝室の扉が勢いよく開いて、ものすごい速さでジゼルハイド様が駆け寄ってくる。
女性の部屋には入れないとか言っていなかったかしら。
宗旨変えしたのかしらね。
「ジゼルハイド様、おはようございます……っ、わぁ」
「アンネリア、落ちたのか、ベッドから、落ちたんだな」
とりあえず挨拶をする私を床から抱き上げると、ジゼルハイド様は先ほど私が落ちたばかりのベッドの端に座らせた。
確認するように何度も言われて、私は誤魔化すのも忘れてこくこくと頷いた。
「怪我は? 大丈夫か? もしや、お前たちはベッドで眠らないのか? 見慣れない家具を使用させてしまったせいで、こんなことに……すまない、アンネリア。痛かっただろう。許してくれ」
「い、いえ、王国でもベッドを使いますし、私がベッドから落ちたのはジゼルハイド様のせいではなくて、私が不注意だっただけですし、それに、どこも怪我をしていません」
「すぐに部屋を作り変えよう。家具は全て角のない柔らかいものに替えて、背の高いものや危ないものは取り除こう」
「ちょっとベッドから滑って落ちただけですから。寝起きでぼうっとしていたせいで、寝衣のスカートの裾につまずいたのです。すごく恥ずかしいので、あまり大袈裟に言われると、すごく恥ずかしいので……!」
少し寝ぼけていて、裾が足に絡みついて転んだだけなのに、それだけで家具を全部何かしらのふわふわなものにするとかやめて欲しいのよ。
それでは私は、とんだおっちょこちょいの迷惑女になってしまうじゃない。
ジゼルハイド様のお心遣いはありがたいのだけれど、なんだか躾のなっていないなんでも食べてしまう子犬になった気持ちだわ。
できる限り子犬のいる部屋には危ないものを置かないのよ。食べてしまうから。
私は食べないわよ。カブトムシも食べないし、家具の角を齧ったりもしないわよ。
「しかし、アンネリア。もしまたベッドから落ちて、お前が怪我をしてしまったら……」
「少しぐらい怪我をしても治りますから大丈夫ですよ」
「そもそもベッドが良くなかった。もっと平くしよう。部屋全体にクッションを敷き詰めて、お前が転んでも痛くないように」
「だから大丈夫だってば!」
そういえば私、寝起きなのよ。
すっ転んだせいで寝衣は乱れているし、寝る時には下着をつけないので、もしかしたら体が透けて見えているかもしれないし。
髪だって、まだとかしていないから、ぼさぼさしているかもしれないし。
羞恥と混乱で、思わず口調が強くなってしまったわ。
部屋に突入してきて過度な心配をするジゼルハイド様がみんな悪いので、感情が乱れた勢いのままジゼルハイド様を涙目で睨みつける。
「そんなに心配なら、今日からジゼルハイド様が一緒に寝てくれたら良いのだわ。毎日一緒におやすみになってくださったら、私がベッドから落ちないか見張っていられるでしょう?」
「…………いいのか、アンネリア」
「だって、私はジゼルハイド様の花嫁だし。昨日だって、本当は一人きりにされて寂しかったもの……!」
「アンネリア……」
何を口走っているのかしら、私。
いえ、確かに今日は初夜じゃないのねって、拍子抜けしたにはしたのだけれど。
落ち着いて、私。
転んだところを見られた挙句、寝起きのはしたない姿を晒した上に、子犬みたいな扱いをされてとってもいたたまれない気持ちではあるのだけれど、落ち着いて。
ちょっと感情的になりすぎているわよ。寂しかったとか、それじゃまるで私が、すごくジゼルハイド様のことが好きみたいじゃないの。
カブトムシについて語り合って蟹の剥き身を口に突っ込まれただけの関係しか築けていないのに、見た目はとっても好みの逞しく雄々しいジゼルハイド様が好き、とか。
いえ、もちろん、好きになるのは悪いことではないのだけれど。
「ごめんなさい……私、あの、朝から転んだせいか気が動転して、失礼なことを言ってしまって……!」
厳密には転んだせいではないのだけれど。
「いや。アンネリア。……それは、良い考えだ。俺がいてはゆっくり休めないだろうと思ったが、寝所を共にして良いのだな。今は緊急事態故に、不躾な行動をとってしまったが、女性の部屋に許可なく入ることは本来なら許されないものだと考えていた。共に寝るなど、もってのほかだと」
「私たち、夫婦になるのですよね。でしたら私、ジゼルハイド様と……一緒にいたいです」
「あぁ。わかった。今日からは可能な限り共に過ごそう」
頬に、まるで壊れやすい硝子細工でも触るかのように慎重に触れられて、私の目尻に滲んだ涙を指先が拭った。
「涙は、結晶にはならないのだな」
「結晶?」
「あぁ。結晶ではないが、美しい」
指先を濡らした涙を、ジゼルハイド様は興味深そうに見つめて言った。
「アンネリア、身支度を整えたら食事にしよう。怪我がなくてよかった」
「心配してくださって、ありがとうございます。でも、よく分かりましたね。そんなに音、しなかったと思うのですが」
「種族の特性として、聴覚や嗅覚や視覚が俺たちはとても優れている。意識して聞こうと思えば、多少離れた場所の物音ははっきりと聞こえる」
「そうなのですね……」
じゃあ、聞こえたのかしらね。
ベッドから落ちた時の、びたん、という音。
ジゼルハイド様はどこにいたのかしら、来るのがとっても早かったのだけれど。
色々と不思議なことが多いけれど、考えていても仕方ない。
ジゼルハイド様から少し遅れて、部屋に入ってきたラヴィーヌとレイニスさんに、私は挨拶をした。
ラヴィーヌが私の身支度を整えてくれている間、ジゼルハイド様は約束通りずっとそばにいてくださった。
身支度の時は離れていてもらいたいけれど、私の方からお願いしてしまったから、着替えを見られるという恥ずかしさに私はひたすらに耐えていた。
私だけが恥ずかしがっているのも余計に恥ずかしい。
ジゼルハイド様は、やっぱりどうとも思っていないように見える。
それは私が子供のようにしか見えないからではないかしらと、私は心の中で昨日と同じことを考えていた。
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