アンネリア、ひよこを買う
串にささったエビは、ジゼルハイド様やレイニスなら一口で食べることができるけれど、私には少し大きい。
街の至る所に置いてある長椅子に座って、私はジゼルハイド様にエビを口に突っ込まれていた。
「ん~~~」
「美味いか、アンネ」
「ん、ん……」
ジゼルハイド様は、私にご飯を食べさせたがるところがある。
袖の長い衣服の利点は、口元を隠しやすいところにあるのかもしれない。
勿論私は、誰かの前でご飯を食べても恥ずかしいということはないのだけれど――でも、皇国のマナーなのでちゃんとしたいと思っている。
ありがたいことに、外に置かれる長椅子にも工夫があって、一つ一つが東屋のように木で作られた目隠しで囲まれているので、個室といえば個室のような作りになっている。
だからそこまで、気を配らなくてもいいような感じではある。
私はもごもごして、エビをごくんと飲み込んだ。
塩とエビの味がして美味しい。皇国のご飯は、素材! っていう感じのものが多い。
王宮の中のお食事の場合、エビは殻ごと焼かれている。
けれど屋台の串焼きは食べやすさを重視してくれているからだろう、ちゃんと殻が剥かれていて、小さめではある。
王宮のエビは、私の顔ぐらいあるものね。これは、私の人差し指と親指を丸の形にしたぐらいなので、とても食べやすい。
「美味しいです。とても食べやすいですね」
「これほど小さいエビははじめて見たな。エビというのは、エビしかいないのだと思っていた」
「エビしかいないエビ……なんとなく、意味がわかります。エビも大きい物から小さい物まで色々いるのですよ。種類があって、名前も違います」
「俺はあまり、食材に興味がない。だからエビは、エビというだけのものだと思っていたが、名前まで違うのだな」
ジゼルハイド様は私の口にもう一匹のエビを突っ込んで、それから残りをご自分で食べた。
「串に刺してあると、手が汚れない。殻も剥かなくていいので、面倒ではないな」
「殻付きのものが多いですね、カニも、エビも」
「竜体であれば、殻ごと食うことができるからな。その名残だろう」
「竜体の時のお食事は、どうしているのですか? お料理を食べるのですか?」
「海に顔をつっこんで、生で食う。魚などを。あと、肉も――」
「まぁ、すごい……! 格好いいです!」
「……イルバトスなどは、酷く嫌がる。品性がない、などと言って」
「野性的で素敵だと思います」
「そうか。だが、アンネの前で見せられない姿だ。俺の場合は、竜体で食事をすることはほぼないが。竜体が大きすぎて、何を食っても食った気がしない」
「そういうものなのですね」
私ははじめて聞くジゼルハイド様の竜体での生活に、何度も頷いた。
確かにジゼルハイド様は他の竜よりもずっとずっと大きいので、多少のお食事では満足できないような感じがする。
人間体と竜体で食べることができる量が違うというのも、不思議な感じね。
もともとは、同じジゼルハイド様なのに。
「しかし――こう、人の多いところで食事をするのは、アンネの故郷に行った時以来だが、悪くないな」
「悪くないですか?」
「あぁ。多少は目隠しがあるが、竜人の往来が見える場所だ。アンネは俺のものだと見せつけている感じがして、悪くない」
「エビが美味しいから、とか、そういう意味かと思ったのに」
「エビはうまいが、俺はお前が食事をする姿を見るのが好きだ。食べさせるのもな」
「そ、それは、さては、不埒な意味ですね……!」
「気づいたか?」
ジゼルハイド様は口元をおさえて、低い声で笑った。
最近、ジゼルハイド様はよく笑う。出会った頃は、表情の少ない方だという印象だったけれど。
それが嬉しくて。私はジゼルハイド様の手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握った。
「ジゼ様が楽しそうだと、私も楽しいです」
「俺も同じだ」
「私、ジゼ様と一緒にいると、毎日楽しいですよ」
「俺も――アンネがいなかったら、祭りに来ようなどと思わなかった。あのように、街の者たちから気安く声をかけられたのも、はじめてだな」
「そうなのですか?」
「あぁ。アンネがいるから、皆、安心できるのだろう」
「強面の強そうな男性が、小さなハムスターを大切に飼っているようなものなのですね、きっと。それを両手に大事そうに抱えて歩いていると、つい話しかけたくなってしまうものなのです」
なんとなく分かる気がして、私は頷いた。
たとえばそんな男性がいたら、つい話しかけてしまうわよね。
すごく怖いと思っていた男性が、ハムスターを可愛がっているとしたら、あぁこの方は心が優しいのだわって、思ってしまうもの。
「小動物としての私も、役に立ったみたいです」
「俺にとっては、アンネは可憐な女性だ。とても大人と言っていた。少し飲むか?」
差し出されたのは、飲み口の細い瓶に入ったお酒だった。
飲み口にそのまま口をつけて飲むことで、人前での飲酒を可能にする画期的な発明――とはいえ、もともと瓶は存在していたので、杯にうつさないようにして、一人で飲みきることができるように、小さくしたというだけだ。
ジゼルハイド様にとっては一人分だけれど、私には十分大きかった。
ジゼルハイド様がお酒をすすめてくれるのは珍しいので、私は有難くいただいて、口をつけた。
「……けほっ」
喉が焼けるように熱い。
一口飲んだだけで、頭がくらくらしたので、私はそれ以上は遠慮することにした。
美味しくはない。
美味しくはないわね。
でも、飲み続けたら美味しいと思える日がくるのかしら。
「アンネは、酒を飲みたがるが、無理はしなくていい」
「でも、ジゼ様はお酒が好きだから、一緒に飲みたいの……」
「……皇国の酒は、強いからな。アンネが飲めるように、飲みやすいものも作るように、今度言っておこう」
「ジゼ様、ふわふわします」
「もう帰るか?」
「嫌です……もっと出店を見たいです、それから街も、お散歩して、それから……」
ジゼルハイド様は私の手を握ったまま立ち上がった。
私が転ばないように気をつけながら手をひいて歩いてくれるジゼルハイド様に捕まりながら、私はくすくす笑った。
「あっ、ジゼ様! 生き物が売っていますよ、ひよこかな? ひよこです、ひよこ!」
「――雛だな」
綺麗な髪飾りや首飾りを見たり、瓶入りの香水や紅を見たり、ランプを見たり。
きょろきょろしながら歩いていると、籠に入っているひよこをみつけた。
籠に入っているひよこが、沢山売っている。
皇国では、小動物を可愛がったりしないのだとジゼルハイド様はいつか言っていたけれど、どこからどう見てもひよこである。
「食用だ。育てて食う者もいるし、わざわざ育てなくとも、肉を買って食う場合もある」
「や、やっぱり……」
ひよこはにわとりになるので、にわとりを食べるのだろう。
そんな気はしていたけれど、つぶらな瞳のひよこさんたちを見ていると、私だって鳥肉は食べるというのに、少し胸が痛んだ。
「買います!」
「買うのか」
「はい!」
「かなり大きくなるが」
「そうなのですね……かなり大きくなるのですね……駄目でしょうか」
「構わない。ただし、雌に。雄は、駄目だ。恐らく俺は、嫉妬をする」
「ひよこに?」
「あぁ」
大きくなったら食べないといけないかしらと思いながら、私はひよこを一羽買った。
黄色い羽毛に包まれた、ふわふわのひよこだった。
とても可愛い。
このときの私は知らなかったのである。お酒に酔っていてジゼルハイド様の話をちゃんと聞いていなかったとも言う。
このひよこ。
にわとりの雛ではなくて、皇国に住んでいる食用の大型鳥、ロロック鳥の雛だったのである。
ロロック鳥は竜よりは小さいけれど、私を乗せて飛べるぐらいには大きい。
私の鳥が大きくなって、背中に乗ることを提案したら、それが皇国に広まって――人間体での移動の時にロロック鳥が多く使われるようになるのだけれど、これはもっと先の話だ。
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