アンネリリィの祝祭
カタストロニアの街は、高い山の上にある皿状の土地に作られていて、その中央のさらに高い場所に王宮がある。
竜になって行き来することを前提に作られている街で、私一人だったらとてもたどり着けないような場所だ。
王宮自体が、街のように大きくて、探索していると時折迷子になるぐらいに広くて。
気になるものがあるとどんどん進んでいく私を、レイニスやラヴィーヌ、お仕事がない時はジゼルハイド様が追いかけてくれる。
大きな柱や、物語の中の神殿のようなつくりの建物が、王国とは違う色合いや形が楽しくて、王宮を探索するのは飽きることはない。
窓から、街を見下ろすことはできる。けれど実際カタストロニアの街に来たのは初めてだ。
「わぁ! すごい!」
竜の背の上からジゼルハイド様に降ろしていただいた私は、歓声を上げた。
街の広場は竜の方々が降り立っても十分すぎるほどに広く、不思議な形をした格子のある窓が並ぶ建物には、四角いランプが吊られている。
どの建物もとても大きくて、石畳の道もとても広い。
街は美しい布やランプや、花々で飾り付けられて、華やかな衣服を着た竜人の方々が街を楽しげに歩いている。
「あぁ、ジゼ様! お店があります! たくさん!」
「そうだな」
「街の人たちも大きいですね、みんな竜人ですから当たり前ですけど」
「あぁ」
「街が大きいですね……! とても綺麗です! お湯って書いてあります、ジゼ様。温泉かな? お酒って書いてあります、飲み屋さんかな……? 出店がありますね、音楽も聞こえます。とても楽しそうですね!」
「そうだな」
「でも、竜人の方々は、人前でお食事をしないのですよね。お酒やご飯は、外では食べないのでしょうか」
「竜人であっても、恋人同士や家族であれば、共に食事をする。酒や食事は、建物の中では個室に。外では、食べることはないが……」
「でも、屋台が……」
私はジゼルハイド様の話を聞きながら、私はきょろきょろと周りを見渡す。
手を繋いで引っ張る私に、手を引かれるまま歩きながら、ジゼルハイド様が色々と教えてくれる。
お店の中は個室だったら、一人でご飯を食べることができる、お酒も飲むことができる。
でも、屋台はどうなのかしら。
ジゼルハイド様は外ではご飯を食べないと言っているけれど、お祭りの屋台では、美しい装飾品や、ランプなどの雑貨、それから食べ物なども売っている。
「それは、以前アンネリア様にご提案いただいた、口の中を見せずとも食べることができる軽食です」
「アンネリア様の考案は素晴らしい。飲み物の飲み口を小さくしたことで、外でも酒を飲めます。最高ですね。それから、一口大の菓子や、肉の串や、魚介の串。これなら、袖や手で口元を隠せば食べることができます」
私たちのそばを、ジゼルハイド様に頭を下げる竜人の皆さんに「お忍びです」「お忍びですから」と声をかけて回っていたラヴィーヌとレイニスが、屋台について教えてくれる。
そういえば確かに、少し前に「口元を隠して食事をするにはどうすればいいのか」と二人に聞かれた気がする。
王国では大きな口を開けずに食事をするのはマナーの一つだった。
だから一日考えて、答えたのだったわね。
皇国の料理は竜になれる方々が口にするのからか、満足度の高い大きめのものが多い。
豪快に手で蟹を割るし、海老も割るし、お肉も大きい。
そうすると、食べるときにどうしても大きな口を開けて食べなくてはいけないのよね。
私は美味しいので好きだけれど、口を隠して食べるというのは結構難しい。
王国のパーティーなどで出される食事は、一口で食べられるものが多い。
食べている口が見られないようにするために、色々工夫をされているのである。
二人にそれを説明すると、とても真剣に聞いて、色々と紙に書いていたことを覚えている。
「アンネの発案なのか。あまり見慣れないものが売っているなと思っていた。肉や魚などは、丸ごと焼く場合が多いからな」
「ジゼ様、ラヴィーヌとレイニスも、後で何か食べましょう? エビの串焼き、美味しそうですよ。お酒も飲みますか? お祭りですから、お酒を飲むのもいいですよね」
「いえ、私たちは」
「私たちのことはいないものとして扱ってください」
せっかくみんなで来たのに、レイニスとラヴィーヌが少し離れたところに戻っていく。
遠慮してくれているのだろうけれど、少し寂しい。
そう思っていると、ジゼルハイド様の手が私の手と重なって、指を絡めるようにして繋がれた。
「アンネは、酒は駄目だ」
「私はもう大人ですよ。とっても大人です」
「せめて、二人きりの時に」
「お祭りなのに……」
「王国の祭りでは、酒を飲むのか?」
「お酒は皆さん好きですね。といっても、葡萄酒がほとんどです。お酒の種類は、皇国の方が多いのではないかしらと思います」
「……少しだけなら」
「はい!」
屋台の並ぶ街を抜けると、ひときわ賑わう場所に出る。
そこには、虹色の花を模した彫刻が置かれていて、花の中に寝そべる竜の彫刻がある。
噴水になっているようで、美しいみずが噴水池に流れて、水の上には色とりどりの花が咲いていた。
「綺麗ですね、ジゼ様! あの竜は、ジゼ様でしょうか」
「……俺か、それとも古代の炎帝か、古の竜だろうか」
「きっとジゼ様です」
「では……花はアンネだろうな」
私たちが噴水の前に姿を現すと、そこに集まっていた竜人の方々が口々に「陛下!」「アンネリア様!」と声をかけてくれる。
「街のものたちからの、せめてものお礼とお祝いです!」
「アンネリア様のおかげで、この国は救われました」
「私の子供も、鱗病が治ったのです……!」
レイニスたちが何か言おうとするのを、ジゼルハイド様が制した。
私は皆さんに向かって礼をする。
王宮の中にいるとあまり実感がなかったけれど、皆の喜ぶ姿を見ることができて、鱗病から竜人の方々は解放されたのだなと思うと、胸がいっぱいになる。
「この彫刻は、王国を救ってくださったお二人の記念碑です」
「アンネリリィの祝祭と名付けました。私たちはお二人に感謝を忘れず、毎年、祝っていきたいと考えています」
「こんなに小さくて愛らしい方が、竜人を救ってくださったのですね」
「陛下のことを怖いという者たちも多くいました。けれど、こんなに小さい人族の女性を大切になさっているのですから、それは私たちの思い違いであると、今は深く反省しています」
「お二人に、祝福を!」
竜人の方々が両手を広げると、空から花びらがひらひらと舞い降りてくる。
花びらは、私の頭や体に触れると、きらきらと光り消えていった。
「祝福、感謝する」
「ありがとうございます! 至らない皇妃だと思いますが、ジゼ様の隣に立てるよう、皆さんの力になれるように、頑張りますね!」
私たちが挨拶をすると、さらにさらにたくさんの竜人の方々が集まってくる。
つぎつぎと感謝の言葉を伝えられ、大きな竜人の方々に囲まれた私は、ひょいっとジゼ様の肩に担ぎ上げられた。
「ジゼ様!」
「アンネは小さい。このほうが、皆によく見える」
私、肩に私を乗せて歩けるような男性が好みのタイプだったのだけれど。
本当に肩に乗る日が来るとは、思わなかった。
「俺の妻だ。愛らしいだろう。だが、今日は二人きりで、祭りを楽しむために来ている。感謝の言葉は、受け取った。もう十分、伝わった。小さなアンネが怯えないよう、静かに見ていてくれるか?」
「もちろんです、陛下!」
「皆、皇妃様はとても小さくていらっしゃる。あまり大きな声を出さない方がいい」
「遠くから見守るのだ、皆!」
「怯えさせたら、大変だ。人族はか弱いと聞く。皆、離れるぞ。アンネリア様の御身は、遠くから見守りながら、お守りしなくてはいけない」
私は、久々の小動物扱いに、困ったように笑った。
そういえばジゼルハイド様も、出会ったばかりの頃はこんな感じだったわねと、思いながら。
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