新しい乗り物
お祭り用の衣服は、白地に艶やかな赤色の魚の泳ぐ柄で、腰紐を巻いてとめる、竜人の方々が好むすぐに脱げるつくりのものだった。
裾は上手に余らないように着せてくれて、袖は少し余っている。
私を着替えさせたラヴィーヌさんは、「袖から指先が少し出るというのが、大変可愛らしいですアンネリア様!」と言って喜んでいた。
それは子供っぽくて可愛いという意味ではないかしらと思いつつ、着せてもらった衣服が可愛らしかったので、私は「ありがとうございます」とお礼を言った。
「アンネ、なんて愛らしいんだ、アンネ……出かけるのが嫌になってしまったな」
「ど、どうしてですか、ジゼ様! 私が可愛いとどうして出かけるのが嫌になるのですか?」
お着替えを済ませたジゼルハイド様は、いつもはおろしている髪を高い位置で結っている。
王国とは違う形をしている、ひとふさ結った髪と一緒に固定する小さな頭の冠も今はなくて、一つに結った黒い髪が馬の尻尾みたいでなんとなく可愛らしい。
黒い衣装には、水の波紋のような模様が描かれている。
私はお魚で、ジゼルハイド様が波紋だから、二人で並ぶと水に泳ぐ魚を表しているようで、多分、柄は違うけれどお揃いのようなものなのだと思う。
いつも素敵だけれど、今日もとっても素敵なお姿だ。
いつもよりも首元があいていて涼しげで、すっかりまとめた髪のおかげで首筋や頸を見ることができて、なんだかどきどきしてしまう。
もちろん、いつも見ているのだけれど。やっぱり、特別な衣服を着ると、特別なお出かけという感じがするものね。
支度を済ませた私を上から下まで眺めてジゼルハイド様は私を抱き上げようとする。
ラヴィーヌさんに「せっかく綺麗に整えた髪が乱れてしまいます」と注意をされて、抱き上げるのはやめたものの、「出かけたくない」と言い始めたので、私は困った。
これからお祭りに行くので着替えたのに、嫌になってしまったのかしら。
「……アンネが可愛いと、出かけたくなくなる。その服も髪も可愛いが、乱れるのが駄目だから触れないというのは、辛い。アンネを抱きしめて、可愛い姿を堪能したい。できることなら脱がせたい」
「ジゼ様……!」
私は、顔が一気に染まるのを感じた。
ジゼルハイド様は思ったことを率直に口にしてくださるところがあって、それは恥ずかしいことも同様で、あんまり慣れない私はすぐに照れてしまう。
返事ができなくて、困り果てる私にジゼルハイド様は魅力的な笑みを浮かべると、「冗談だ」と言った。
「冗談ですか……」
「半分本気だ。アンネが着飾ると、ラヴィーヌが、触るなと怒る。俺は触りたい」
「それはお帰りになってから存分になさってください、陛下。アンネリア様はお出かけを楽しみにしているのですから」
ラヴィーヌがピシャリと言う。
ジゼルハイド様は私を抱きしめようと伸ばしていた腕を組むと、苦しげに眉を寄せた。
「理解はしている。だから、我慢している。俺が我慢するのは、珍しい」
「ジゼ様、我慢ができてえらいです。帰ってきたら、たくさん抱きしめていいですからね。お祭りに行きましょう?」
「あぁ。……アンネ、可愛い」
「ジゼ様も素敵です」
ジゼルハイド様の手を引いて、私は言った。
もう一度褒めてくださるので、私も微笑んだ。ジゼルハイド様は逞しくて大きくてとても格好よくていらっしゃるので、何を着ても似合う。
「アンネ……やはり少しぐらい」
「駄目です」
ここで「いいですよ」と言うと、少しが少しでなくなることを、私はよく知っている。
ジゼルハイド様は拗ねたように「わかった」と言った。
大きな体なのに甘えるのが好きなジゼルハイド様の手を引っ張って、ラヴィーヌと、途中から合流した護衛兵のレイニスを連れて、私たちは王宮を出た。
いつも王宮を出るときは、竜の姿になったジゼルハイド様の背中に乗っていた。
歩いて外に出るのははじめてだなと思いながら外に出る。
王国の場合は、屋敷から街へ行くためには馬車を使う。
竜人の皆さんは飛べるから、乗り物という乗り物はないみたいだけれど──。
王宮の、美しく整えられた木々や白い敷石の並ぶ入り口前の広場には、ジゼルハイド様の竜体よりはずっと小さいけれど、とても大きい竜が二頭待っていてくれた。
「竜です」
「あぁ、竜だ」
見たままの感想を、私はジゼルハイド様に伝える。
王宮の竜人の方々は基本的には人間体で生活をしている。
竜体になっている姿は、あまり見たことがない。
ジゼルハイド様も、竜体になるのはどこかに移動をするときや空を飛びたくなった時ぐらいだ。
だから、竜人の方々はたくさんいるのだけれど、久しぶりに竜を見た気がした。
「アンネは、俺の背に乗っただろう。俺たちは飛べるが、アンネは飛べない。そこで、皆で相談して考えたらしい。竜体の俺が街に降りれば、街の者たちは何事かと怯えるからな。それに、俺は大きすぎて、街には馴染まない」
「ジゼ様は大きいですものね」
「あぁ、俺は大きい」
「大きくて格好いいです」
「そうか」
ジゼルハイド様は私を撫でようとした手を途中で止めて、何度か握ったり開いたりした後、とても辛そうに降ろした。
私の髪は綺麗に結ってもらって、かんざしという髪飾りを、さしてもらっている。
ガラスでできた繊細なかんざしは、歩くたびに逆さまにした金魚鉢と、中の金魚が揺れて可愛い。
「……この二人は、レイニスと同じ兵士だ。竜の背に竜が乗るのも妙な話だが、アンネを一人で乗せるわけにはいかない 」
「乗っていいのですか? ジゼ様と一緒に?」
「あぁ。本当は嫌だ。アンネが俺以外の背に乗るなど……嫌だが、仕方ない」
ジゼルハイド様がやや不機嫌そうに言って、レイニスもものすごく悔しそうに眉を寄せた。
「陛下とアンネリア様を乗せることができるなど、光栄の極みです。私が乗せたかった……!」
「駄目ですよ、レイニス。レイニスは護衛なのですから、街中で丸腰になるのはいけません」
「武器がなくとも、私は強いがな」
悔しそうなレイニスに、ラヴィーヌが注意する。
ラヴィーヌとレイニスも、乗っていくらしい。
二頭の竜がいるというのは、そういうことなのだろう。
そして私は、ジゼルハイド様と一緒に竜の背に乗ってはじめてカタストロニアの街の広場へと降り立ったのだった。
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