ジュード様との再会
私とジゼルハイド様は、お城の中庭にある森のような庭園に降り立った。
私は事前に準備していたお洋服を、ジゼルハイド様に手早く着せた。
確かに皇国の羽織って紐でとめるつくりのお洋服は、脱ぎやすくて着やすいみたいだ。
ささっと身支度を整えたジゼルハイド様を連れて庭園から出ると、ジュード様がいつものように大輪の花を背後に背負いながら、きらきらしい姿で出迎えてくれた。
「ジゼルハイド炎帝陛下、はじめまして。ジュード・エルジェリアと申します」
「突然の来訪を快く受け入れてくれ、感謝している。ジゼルハイド・オグニアスだ」
「ジュード様、お久しぶりです」
お二人が挨拶をし終えたあと、私もジュード様に軽く会釈をした。
軽く会釈をしてしまってから――国王陛下に向かってこれではあまりに気安すぎるわよねと思って、きちんとスカートを摘まんでお辞儀をしなおした。
「ご無沙汰しております、ジュード様。アンネリア・ユーヴェルハイムです」
「知っているよ、アンネリア。突然かしこまって、他人行儀になってしまって、一体どうしたの?」
「私、ジゼ様の元に嫁いだ身ですから、きちんとしないとと思いまして」
「いつも通りで良いよ」
ジュード様はそう言って優しく微笑んだ。
私にとってアンジールお兄様がお父様代わりだとしたら、幼い時に共に机を並べてお勉強を教わったり遊んだりしたジュード様は、少し年の離れたお兄様のようなものだった。
つまり気安い間柄ではあるのだけれど、ジゼルハイド様の前で立場をわきまえない態度を取るわけにはいかないもの。
困ってしまった私が「いえ、そういうわけにはいきません」と言うと、ジュード様は少し寂しそうに目を伏せた後、気を取り直したようにして口を開いた。
「アンネリア、元気そうで安心した。アンネリアならきっと、大丈夫だろうと思っていたけれど」
「ジュード王には、アンネリアを我が国に、俺の元に遣わしてくれたこと、感謝してもしきれない」
「そう感謝されることではないのですよ、炎帝陛下。一体誰を皇国に向かわせようかと悩んでいたところ、アンネリアが陛下と結婚したいと言ってきたのです。私はアンネリアの希望を叶えただけですから」
「あのときは、そんな風には言っていません。ただ、好みのタイプについて、お兄様に伝えただけで……」
「体格が大きくて頼りがいがあって、肩にアンネリアを乗せて歩けるような男性……だったかな。残念ながらそんな大きな男性は、我が国には存在していない。とすれば、やはり、炎帝陛下と結婚したいという意味だろう」
「そ、そうなるかも、しれないですけれど……」
ジュード様の説明だと、すごく軽薄な女みたいだわ、私。
ジゼルハイド様の服を、そんな軽々しい気持ちでは今はないのだという感情を込めて少し引っ張ると、ジゼルハイド様は嬉しそうに目を細めた。
「なんにせよ、俺の元に来るのは恐ろしかっただろう。アンネの勇気と、ジュード王の決断に、感謝を。アンネがいなければ、俺はこの国に来ることなどなかっただろう。竜人は滅びの道を辿り……再び王国と争うことになっていたかもしれない」
「おおよその事情はアンジールからの手紙に書いてありました。書庫を、調べたいと。もちろん、協力させて頂きますよ」
「すまないな」
「当然です。王国が長年平和を享受できていたのは、オグニアス皇国の力があればこそ。皇国が我が国を守ると宣言してくれているからこそ、我が国は侵略の憂き目に晒されずにすんでいるのです」
ジュード様に案内されて、私たちは中庭からお城の書庫へと向かった。
皇国のお城の書庫よりは、王国の書庫は少し小さい。
幼い頃はジュード様と共に、この書庫で家庭教師の先生にお勉強を教えて貰ったものである。
書庫には図鑑や歴史書や学術書が並んでいて、休憩時間に図鑑見ては、お城の中庭に蝶々やダンゴムシやバッタはいるかしらと思って、授業を抜け出そうとして先生に怒られた記憶がある。
ジュード様は虫が嫌いだったので、私が図鑑を眺めていると、覗き込んでは「足が大量にある」だの「関節が多すぎる」だの「色合いが不気味」だのと、文句ばかり言っていた。
「私の方でも、書庫管理官と共にそれらしき本を探してみたのだけれど、持ち出し禁止の禁書のなかにもそれらしきものはありませんでした。もしかしたら、何も役に立てないかもしれません」
膨大な量の本を見上げながら、ジュード様が言う。
「いや。それなら、それで構わない。一度、貴公と我が国が抱える問題について、話す必要があるとは考えていた。争いを起こさないためにも」
「私たちは隣国にありながら、お互いを知らなすぎる――とは思っていました。アンネリアの様子を見れば、炎帝陛下がどのような方なのか分かります。これは良いきっかけなのではと考えています。私たちが、交流を持つための」
「とりあえず、探してみますね! 私、先に書架を探しているので、ジゼ様はジュード様に、もう少し詳しく状況をお話ししてあげてください」
穏やかに会話を交わしているジゼルハイド様とジュード様に軽く挨拶をすると、私はいそいそと書庫の奥へと向かった。
この書庫には、何度も来ている。
全ての本を把握しているというわけではないけれど、なんとなく、何がどこにあるのかは分かる。
(探さなくてはいけないのは、竜人の誕生、下巻……)
明かり取りの窓から、明るい日差しが書庫に差し込んでいる。
書庫に満ちる本の匂いが、私は結構好きだった。
といっても、凄く座学が好きだというわけではなくて、どちらかといえばお庭をうろうろしている方が好きだったのだけれど。
私が好きなのは、動物や植物や、虫や魚が沢山のっている図鑑。
薬草の図鑑に、食べられる草花や、きのこの図鑑。
それから――。
(……すごく、昔。ここで、素敵なお話を見つけたような気がする……)
迷路のような書庫の奥へ、奥へと進んでいく。
小さかった私にはこの場所はもっと迷路だった。
巨大な壁のように並んでいる書架の間を、幼い私は何かを目指すようにして進んでいく。
私――どうして一人で、書庫の奥へと行ったのかしら。
ぼんやりとしていた記憶が、海の奥底から浮上してくる気泡のように、ぷかりぷかりと浮かび上がってくる。
(確か……ジュード様の、お誕生日会があったのよね)
日頃仲良くしていただいているし、王家とユーヴェルハイム公爵家は遠縁の親戚だから、私とお兄様も参加していた。
もちろん、お誕生日とはおめでたいことだ。
それはとても楽しい日でなければいけないはずだ。
それなのに――国王陛下や王妃様にお祝いをされているジュード様を見ていたら、なんだか無性に寂しくなってしまった。
寂しくなってしまった自分はとても嫌な子だと思って、笑顔を浮かべられないなんて、良くないことだと思って、こっそりとパーティーを抜け出したのだった。
でも、お城のどこかに隠れるわけにもいかないし、いつもお勉強をするための場所として使用している、書庫に向かった。
何かをしていないと泣いてしまいそうで、それが、情けなくて、どうしようもなくて、私は書庫の奥へと進んでいった。
誰かの幸せを心から喜べないなんていけないことだから、今の私の姿を誰にも見られたくなかった。
そうして――書庫の奥に座り込んで。
「……確か、このあたりに」
記憶を辿りながら、私は奥へと進む。
座り込んだ私が目にしたのは、書架の一番下。
普段はあまり見もしない、一番下の段におさめられている、分厚い何が書かれているかもよく分からない本の間に挟まるようにしてあった、古めかしい、薄い、ノートのようなもの。
表紙は剥がれていて、ところどころ、破れていて。
でも、そこに書いてあったのは、今まで私が目にしてきたどんな本とも違ったから、だから、寂しさも忘れて夢中になって読んだのよね。
どうして――忘れていたのかしら。
私はその本を、持ち出すわけにもいかないから、同じ場所に戻した。
ぼろぼろだったし、――誰かが書き残した意味のないお話のように思えたから、もしかしたら捨てられてしまうかもしれないと思って、もっと奥の方へと隠した。
そのお話を読み終わったとき、私はすっかり元気を取り戻していた。
私の頭の中は空想でいっぱいで、虫や、動物や、植物や、それから、大きな竜。
そんなもので満ちていた。
すっかり元気になった私は、その日から森や庭園の散策に夢中になった。
そうして、そのボロボロの本のことは、すっかり忘れてしまったのである。
「……あった」
私は書架の一番下で、大きな本の合間で押しつぶされるようになっている、ボロボロの本を抜き出した。
幼い頃に見たものと、同じ。
表紙は剥がれていて、所々ページが破れている。
けれど――多分。
「……これ、よね」
荒唐無稽な、竜と少女の話。
王国には竜なんていないし、竜と少女が愛し合うなんて――。
面白い、作り話。聞いたことのない童話だと、幼い頃の私は思っていた。
お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!




