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冒険する灰色ハリネズミの話エクストラ



 王都から、王家の紋章の印が押された手紙を持って、早馬に乗った公爵家の使者が帰ってきたのは朝食後すぐのことだった。

 お手紙には、丁寧な挨拶と共に、すぐにでも城にきて良い――というようなことが書かれていた。

 共に行くと言うお兄様を、私は「エリカテーナお姉様は、少し食欲が戻ったとはいえ大事な時期なのだから」と言って断った。

 ジュード様と私は幼馴染みのようなものだし、お兄様がいなくても大丈夫だろう。

 竜人が人から竜になるときは服を脱ぐのだと私が説明すると、お兄様とお姉様は「絶対に見ないので安心して欲しい」と慌てていたけれど、エルジエル君だけは「変身するヒーローは服を脱ぐものでしょ、アンネリア」と、さも当たり前のように言っていた。

 私とジゼルハイド様が来たときのように森に向かう直前まで、エルジエル君は最後までジゼルハイド様の腕にしがみついていて、肩車をせがんだりして、お兄様を戦々恐々とさせていた。


「アンネリア、赤ちゃんがうまれたら絶対に顔を見に来てね! ジゼも、来ても良いぞ!」


 そうエルジエル君が言うので、絶対に会いに来ると言って、私たちは公爵家の皆に別れを告げた。

 エリカテーナお姉様のことについて、何度も頭を下げて何かお礼をしたいと言うお兄様に――ジゼルハイド様は「アンネを貰った。それで十分だ」と答えたので、私はもう、赤面するしかなかった。


 黒い大きな竜になったジゼルハイド様に乗って、王都に向かう。

 旅行用の鞄が一つ増えて、お兄様の選んでくれた『カブトムシの飼育方法』の本が何冊か入っていた。


「ジゼ様、公爵家では沢山ありがとうございました。エルジエル君と仲良くなってくれて、嬉しかったです。でも、気をつかってくださって、疲れていませんか?」


 真っ青な夏空を、黒い竜の背に乗って空を駆ける。

 日差しが暑いのかと思ったけれど、髪を揺らす風はすこし涼しいくらいだ。

 私はジゼルハイド様の背中にうつ伏せで寝転んで、なめらかな鱗のある背中を労るように撫でる。


「いや。気をつかう……ようなことはなかった。好きなように、していた」


「ジゼ様は、優しいですね」


「本当だ。唯一気をつかったのは、お前に必要以上に触れないようにしていたことぐらいだ」


「……お城に戻ったら、沢山、触って良いですから」


「…………ここに来た目的は国にとって切実なものではあるが、このまま帰りたくなってしまうな」


 私はジゼルハイド様の竜の背中に、頬をぴったりとつけた。

 ひんやりとして心地良くて、お日様の香りがする。


「私もです、ジゼ様。恋をしたのははじめてで、浮かれている、みたいです」


「…………頼む、アンネ。あまり、可愛いことを言わないでくれ」


「本心ですよ?」


「理解している。だから余計に、……いや、なんでもない」


 大きな竜の体が僅かに揺れる。

 その振動は、まるで溜息をついたかのようだった。


「しかし……灰色ハリネズミはどうなったのだろうな。歌や物語を書いたノートを全て置いてきてしまったのだろう、アンネ。それだけが心残りだ。それに、気になることが一つある」


「歌や物語は、全部じゃないですけれど覚えているから大丈夫ですよ。それに、また考えれば良いものですから。ジゼ様、気になることって?」


「エルジエルは、ヒーローというものは変身するときに服を脱ぐと。どういう意味だろうか」


「ええと、ヒーローというのは、正義の味方のことです。強くて、皆を守って、悪いひとたちをやっつけてくれるのですね。エルジエル君のお気に入りの、正義の味方ヘラクレスマンというお話で、ヘラクレスマンが変身するのです。ヘラクレスマンは、もともと人間なのですが、変身すると巨大カブトムシになります」


「それもお前が作った話か?」


「はい。正義の味方の歌もありますよ。ゆけ、ゆけヘラクレスマン~僕らの正義の味方~、変身すると山より大きな二本足で立つカブトムシ、悪い奴らを一網打尽、心優しいフィナンシェ大好きヘラクレスマン~」


「……二本足で立つのだな。カブトムシが」


「ええ。変身ヒーローなので、カブトムシの姿といっても、半分人間みたいな感じで……」


「そうなのか。フィナンシェが好物というのは……」


「甘党なのですね」


「そうか……その話もとても気になるが、灰色ハリネズミがその後どうなったのか気になる」


 ジゼルハイド様に強請られて、私はどこまでお話ししたか、記憶を探った。

 確か――。



 ◆◆◆◆



 もう一度海に出た灰色ハリネズミは、喉が渇いたので、水筒に入れて貰った蜂蜜レモン水を飲むことにしました。

 蜂蜜レモン水を飲みながら、おやつに蜂蜜漬けのレモンや苺も食べました。

 灰色ハリネズミはお腹がいっぱいです。

 今日もとっても良い天気。

 船に揺られながらうとうとしていると、いつの間にか体が大きくなっていることに気づきました。

 灰色ハリネズミはぐんぐん大きくなって、乗っていた船よりも大きくなってしまいました。


「どうしよう、溺れちゃう!」


 灰色ハリネズミはあわてました。

 灰色ハリネズミは、ハリネズミだから泳げないのです。

 さらにさらに、体が大きくなっていきます。

 海の中で灰色ハリネズミの体は、海の底に足がつくほどに大きくなりました。


「蜂蜜レモン水を飲めば大きくなるって聞いたけれど、本当だったんだ」


 もう溺れる心配はありません。

 灰色ハリネズミは、海の中を歩いて行きました。

 そして、水玉アライグマがすんでいる島につきました。

 けれど灰色ハリネズミは海の中から尋ねました。

 灰色ハリネズミは島と同じぐらいの大きさになっていたので、島の上に行くことはできなかったのです。


「こんにちは、虹色の花を知らない?」


 灰色ハリネズミは、水玉アライグマに聞きました。


「そんなことより、君は少し大きすぎるんじゃないかな。それじゃあ、お花畑にはいけないよ」


 水玉アライグマは言いました。


「本当だ、どうしよう!」


 灰色ハリネズミは悲しくなってしまって、ぼろぼろ泣きました。

 大きすぎる体では、虹色の花をみつけることができません。

 それどころか、島にもあがることができません。

 家に帰ることもできないのです。

 灰色ハリネズミは一人ぼっちになったような気がしました。

 大きな灰色ハリネズミの涙で、水玉アライグマの島は水浸しになってしまいました。


「泣かないで。これじゃあみんな溺れてしまうよ!」


 水玉アライグマは言いました。


「ごめんなさい、でもどうしたら良いのかわからないんだ」


 灰色ハリネズミは泣きながら答えます。


「金色リンゴをあげるから、元気を出して」


 水玉アライグマは、金色に輝くリンゴを灰色ハリネズミに渡しました。

 水玉アライグマに貰った金色リンゴを食べると、灰色ハリネズミの体はするする小さくなって、元の灰色ハリネズミに戻りました。

 水玉アライグマは、灰色ハリネズミに新しい船と金色リンゴをひとつプレゼントしてくれました。


「この金色リンゴは、願いを叶えるリンゴだよ。困ったときに、食べてごらん」


「ありがとう!」


 灰色ハリネズミは、水玉アライグマにさようならを言うと、もう一度海に出ました。



 ◆◆◆◆



 お話が区切りの良いところまでくると、いつのまにか眼下に王都の街が広がっていた。

 王都の中心にある立派なお城の広い中庭で、ジュード様や従者の方々が私たちに手を振っているのが見える。


「ジゼ様、お城の中庭に降りましょう。中庭の奥に庭園があって、そこは公爵家の森ぐらいに広いのです。レイニスたちも、お城に来たときにそこに降りました。だから誰も、竜から人になる姿を見ていないのです」


「もう少し話を聞いていたかったが、もうついてしまったな。行こうか、アンネ。きっと――良い結果が得られるはずだ」


 ジゼルハイド様の自信に満ちた言葉が頼もしかった。

 空が遠くなり、木々が生い茂る森のような庭園が近づいてくる。

 風圧が木々を揺らす。大きな体が木々をなぎ倒す前にジゼルハイド様は人の姿に戻り、私を抱き上げながら地面へとふわりと降り立った。


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