卵か人か
古い時代に人と竜人とは交流を絶っている。
竜人と人が交わったときに、卵から竜が生まれるのか、それともお腹から人が生まれるのか、どちらなのかしらと――私とジゼルハイド様はお風呂の中でしばらく真剣に話し合った。
けれど結局「とりあえず、子供ができてみないとわからない」という結論に落ち着いた。
ジゼルハイド様は、卵は体の中で育てることができるけれど、人は育てることができないかもしれないと、悩んでいるようだった。
卵であれ人であれ、私は自分で育てたいと思っているので、ジゼルハイド様にお願いする気はないのだけれど。
それに、竜人の方々の歴史書によれば、一番最初の女性は竜と交わったのだというし。
それから、人と竜人は共に暮らしていたのだから、愛し合う方々だって沢山いたのだろうし。
昔の方々にできて、私にできないはずはないもの。
「ジゼ様、卵でも、人でも、私……大丈夫ですから。竜人の方々の事情はもう知っていますけれど、……それだけの理由じゃなくて、私、ジゼ様の子供が欲しいって、思っていますから」
「…………そうか」
せっかくだからと、浴槽から出てジゼルハイド様の背中を洗って差し上げながら、私は言った。
皇国のお城のお風呂で、仲良くなるためと、私を女性として意識して貰うため、「お背中、お流ししますね、旦那様!」を、行おうとしていたのだけれど、あのときは失敗してしまったのよね。
まさか公爵家のお風呂で達成できるとは思っていなかった。
そして私――ジゼルハイド様の全裸を見過ぎて、ちょっと全裸慣れしてきているわね。
むしろ、逞しく浮き出た背筋や背中の広さに惚れ惚れしてしまうもの。
私の素肌を晒すのは恥ずかしいけれど――でも、竜人の方々にとって裸体とは恥ずかしいことではないのだというし。
それに、私よりもジゼルハイド様の方が胸が大きいし。
気にしなければ、大丈夫。
「ジゼ様が一緒に来てくれて、良かったです。そうじゃなかったら、お姉様は……。でも、きっともう大丈夫ですよね。だって、炎の祝福を与えて貰ったのですから。きっと、すごく強くて綺麗な子が生まれますよ」
「あぁ。そうだな。恐らくは、大丈夫だろう」
「ありがとうございます、ジゼ様。ご飯も、一緒に食べてくれて、沢山気をつかってくださって……私、ジゼ様を好きになって、良かった」
私の胸の上にある刻印が、とても誇らしい。
石鹸で擦って、洗い場にある小さめの浴槽にたっぷりと入っているお湯を手桶に汲んで、私はジゼルハイド様の背中の泡を流した。
髪の毛も背中も洗い終えて、お湯がしたたっている。
感謝の思いを伝えたくて背中にぎゅっと抱きつくと、ジゼルハイド様は片手で額を押さえた。
「アンネ……それは、わざとなのか。それとも、無意識なのか。そろそろ限界なんだが、どうしたら良い」
「ジゼ様は、肌を見せたり、見たりするのは特になんとも思わないんですよね?」
「一般的にはな。だが、例外はある。……俺はいつまで耐えれば良いんだ? 今日の夜も、エルジエルと共に寝ると、お前は約束していただろう。……こんなに早く城に帰りたいと思ったのははじめてだな」
深い溜息と共に吐き出した言葉には、色濃い欲望が滲んでいて、私は――昼間、一緒にお菓子を食べたときのことを思い出した。
「ジゼ様、……その、私も、……今、キスしたいなって思ってます」
「……アンネ。……俺たちにとって、口付けは、……体を重ねるよりもずっと淫らで、特別なことだが、理解して言っているのか?」
「っ、あ、……そうですよね、……ごめんなさい……! ジゼ様、ここじゃ駄目です」
「あぁ。俺もそう思う。ここでは駄目だ。色々と支障がある」
妙な気恥ずかしさを伴った沈黙が訪れて、私たちはそそくさと身支度を調えると、浴室から出た。
今すぐにお部屋に戻りたい。
お部屋に戻って誰にも見つからないように、抱きしめて欲しい。
それから、それから。
私も――早く、お城に戻りたい。
離宮で過ごした数日間が、とても愛しい。
勿論、王国に帰ってきた目的は理解しているし、恋に浮かれている場合じゃないことぐらいわかっているのだけれど。
そわそわと落ち着かない気持ちで、何か言いたげに私に視線を向けているジゼルハイド様の手を引いて、私は客室に戻るために、静かに廊下を進んだ。
(お部屋に戻ったら、髪をもう少し乾かして……それで、侍女にお茶を準備して貰って……それから)
気を紛らわすために、やるべきことを一つずつ考えてみる。
さして遠くない浴室から客室への廊下が、とても長く感じられた。
「アンネリア。お風呂に入っていたの?」
「エルジエル君、待っていてくれたの? ごめんね。お姉様の具合はどう?」
客室の前で私を待っていたらしいエルジエル君に、私は尋ねた。
頭の中がとても口には出せないことでいっぱいになっていたのに、エルジエル君とお話するのは、なんだかすごく罪悪感がある。
ここは気持ちを切り替えないといけないわね。
脳内にほわほわ浮かんでいる疚しい気持ちを、私はデッキブラシで擦って打ち消した。
「お母様は、少し良いみたい。レモン水も飲めたし、お粥も食べたよ。ウニとチーズの入っているやつ」
「ウニとチーズが食べられるのなら問題なさそうね」
まったりとしてこくがあるけれど、味が濃いのよね。ウニとチーズのお粥。
エリカテーナお姉様に食欲が戻ってきてくれて嬉しい。
「その……あの、……そこの、ジゼ」
「エルジエル君、礼儀はきちんとしなくてはいけないわ。陛下か、ジゼルハイド様。呼び方は、大切よ」
私はエルジエル君の前に膝を曲げてしゃがんで、注意をした。
エルジエル君は長男で、次期ユーヴェルハイム公爵になるのだから、幼いからといって無礼な口ぶりを許すのは良くない。
私も、あんまり人のことは言えないけれど。それでも、気をつけるのって大事なのよ。
「俺は構わない。どのように呼んでくれても良い」
ジゼルハイド様は寛大だけれど――やっぱり、叱るべき時に叱っておかないと。
「……このたびは、僕の母を助けてくれて、ありがとうございました、陛下」
エルジエル君は、きちんとジゼルハイド様にお礼を言った。
とっても賢い子なので、やろうと思えばきちんとできるのよね。
私はエルジエル君の頭をよしよしと撫でた。
「ただ、アンネリアを盗んだことは、許してないからな! 今日は、アンネリアとは一緒に寝ないって言いにきた。僕はもう四歳だから、女性と一緒に寝たりしない。お前はアンネリアにお風呂に入れて貰っているんだろ?」
「あ、あの、エルジエル君、どうして一緒にお風呂に入ったって思うの……?」
「侍女から聞いた。とても仲良しだって。……つまり、お前は子供だ。アンネリアにお風呂に入れて貰うのは、子供と同じだからな」
得意気にエルジエル君が言う。
ジゼルハイド様はしばらく黙っていたけれど、そのうち、堪えきれなくなったようにお腹を押さえて笑い出した。
目尻に涙を浮かべて笑ったあと、ジゼルハイド様はしまった、というように口元を押さえた。
「……大声で笑うことなど、ないのだがな。……あぁ、それにしても、面白いな。子供、か」
「何が面白いんだよ」
「お前も大きくなれば理解できる」
「もう僕は大きい! あと十年でもっと大きくなるからな!」
「きっと頼もしい男に育つのだろうな、お前は」
ジゼルハイド様は、エルジエル君の頭を軽く撫でた。
エルジエル君は撫でられた頭を押さえると、顔を赤く染めて「お休みアンネリア!」と言って走って行ってしまった。
「ごめんなさい、ジゼ様。いつもはもっと、礼儀正しくて良い子なんですけれど」
「問題ない。それよりもアンネ。……どうやら、二人きりになれるようだ」
ジゼルハイド様は私の腰を抱くと、どこか急くようにして客室に入った。
内鍵が締まる音が、カチャリと聞こえた。
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