↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/69

雨の離宮




 さぁさぁと降り出した雨が、顔に、頭に、落ちていく。

 ぬるい雨が体を濡らすのが楽しくて、私は両手を広げた。


「アンネ、雨が……少し、急ごう」


 ジゼルハイド様はそう言うと、小高い岩山の側面を削って、そこに建てられたようなお城へと速度をあげて向かった。

 お城のバルコニーはジゼルハイド様が降りるには狭いようだった。

 どうするのかと思っていると、ジゼルハイド様はバルコニーのすぐそばで竜体から人間体へと姿を戻した。

 背中に乗っていた私はあっという間にジゼルハイド様の腕に抱かれていて、軽い浮遊感と共に、ふわりとバルコニーに降り立った。

 バルコニーから見る景色は、霧に覆われている。

 白くけぶる景色に、小雨が降り続けている。


「濡れてしまったな、アンネ。大丈夫か?」


「少しぐらい、大丈夫です。小さな頃もよく、散策の途中で雨に降られて、お兄様が慌てて迎えに来てくれたのですよ。私は、雨に濡れるのも好きでしたから、あまり気にしていませんでしたけれど、お兄様は病気になると言って……」


「病気に? それは、よくない。すぐに風呂に入って、着替えよう」


「少しだけですから、大丈夫ですよ」


 濡れた髪や、服が体に張り付いている。

 ジゼルハイド様の髪もしっとりと湿って、顔や体に雫を垂らしていた。

 太い首筋に流れる雨の滴が、立派な鎖骨の窪みに落ちる。

 そういえばジゼルハイド様、服を着ていないのよね。

 食い入るように私を見ているジゼルハイド様の視線から逃れるように、私は軽く目を伏せた。


「ジゼ様……ジゼ様も、はやくお着替えしないと、風邪をひいてしまいますよ」


「竜人は、病気や怪我とは無縁だ。頑丈な作りに体がなっている。ところで、……アンネ、離宮についた」


「ここが北の離宮なのですね。立派なお城ですけれど、静かな場所ですね」


「あぁ。元々、ここは皇帝が、その家族と休養するための場所だ。俺は一度か、二度ぐらいしか来たことがない」


 何か言いたげに私を見ているジゼルハイド様を、私は伏せていた瞼を上げて見上げる。

 立派な体躯に滴る水滴が、さあさあと響く雨音が、どういうわけか、急激に体温を上昇させていく。

 私ーー。

 どうか、してしまったのかもしれない。

 空を飛んでいた時は、とても穏やかで、心地良くて、満ち足りていたのに。

 今はそれだけじゃ足りないって、今すぐ、ーーもっと、触れたいって、思ってしまっている。


「アンネ。……離宮についたら、抱きしめて良いという約束だったな」


「ジゼ様……でも、ジゼ様も濡れてしまったから、先にお着替えを」


 うるさいぐらいの心音と、燃えるような体が、潤んだ瞳が、ジゼルハイド様に抱きしめられたいと、私に訴えてきている。

 私はそうして欲しいと思っているのに、いざ、見慣れない場所に来て二人きりになると、期待と同じぐらいに羞恥も胸の奥から迫り上がってきてしまう。

 溢れ出した感情を先送りにしたくて、言い訳じみたことを私は言った。

 ジゼルハイド様は抱き上げていた私を白い石造りのバルコニーの床に下ろすと、濡れて頬に張り付いた髪を指先でそっと耳にかけてくれる。


「少しぐらい濡れても問題ない。……アンネ、ずっと我慢していた。お前が背にいる間、ずっと。触れたい」


「でも……」


「アンネ」


 許しを乞うように、少し掠れた低い声が私の名前を呼んだ。

 私はもうどうしようもなくて、両手を胸の前で握りしめた後に、ジゼルハイド様の逞しい背中に腕を回した。

 私よりもジゼルハイド様はずっと大きいから、両手を回しても縋り付いているみたいになってしまって、抱きしめるまでには至らない。

 胸の下ぐらいまでしか私の身長はないので、背伸びをしながらジゼルハイド様を見上げる。

 大きな手が私の体に回る。

 体をかがめてジゼルハイド様は私に覆いかぶさるようにして、唇を触れ合わせた。

 柔らかい唇が、私のそれに触れる。

 きっとまた、あれを、する。

 何度か口づけはしてきたから、これから起こることが想像できてしまって、受け入れるために唇を軽く開いてしまう。

 それはまるで、自分から強請っているみたいで、恥ずかしい。

 けれど、恥ずかしいけれど、もっと、触れて欲しい。

 濡れた体が重なり合って、雨で少し冷えた体がお互いの体温で温度を取り戻していく。

 筋肉の隆起した逞しい背中の感触。抱き寄せられた力強さ。

 大きな舌が口腔内に入り込んできて、息苦しさと共に体がぞくぞくするような妙な感覚は、全部、全部、淫らで甘い。


「ん……ジゼ、さま……」


「アンネ……俺の、アンネ」


「ん……っ、は、ぁ……」


 大きな舌に口の中を余すところなく舐められて、呼吸のために少し離れる合間に、愛しげに名前を呼ばれる。

 緊張していた体から、力がすぐに抜けてしまう。

 ジゼルハイド様は私の両足の間に大腿を差し入れると、崩れ落ちそうな私の体をやや強引に腰の方へと引き寄せた。

 今、すごく恥ずかしい姿をしている気がする。

 けれど、ジゼルハイド様以外に見られることはないのだから、良いかなと思う。


「ジゼ様……溶けちゃいそう、です」


 とろりとした甘い何かが口の中に溢れて、飲み込みきれずに口角を滴り落ちていく。

 絡めた舌が引き抜かれると、唇も、舌も、全部、甘くじんじんと痺れた。

 心も体も、よく熟れた果実のように、手のひらの中でぐずぐずに崩れていってしまいそうだった。

 それがすごく、心地良くて。

 他には何も考えられないけれど、ただ、種族も性別も違うのに、出会ってまだそれほど時間は経っていないのに、ジゼルハイド様がとても愛しい。

 好き。

 単純で、簡単で、けれど複雑で、抑えきれない気持ちで胸がいっぱいになる。


「……アンネ。愛している、アンネ。俺の花嫁」


「私も、好き。ジゼ様……好き、大好き」


「ひどいことはしない。痛いことも、辛いことも。……どうか、俺に身を任せてくれるか?」


「ぅん……ジゼ様、私、大丈夫です。……自慢できるものはなにもないですし、その、幻滅とか、しないでくださると、良いのですけれど……」


「しない」


 ジゼルハイド様はきっぱりとそう言い切って、私の両足を抱えるようにして抱き上げると、バルコニーの奥のお部屋へと向かった。

 白を基調としている広いお部屋だった。

 質の良い調度品と、毛足の長い絨毯と、暖炉もある。

 私の部屋のそれより大きな天蓋のあるベッドは、まるで立派な帆船のようにも見える。

 とさりとベッドに降ろされた私は、私に覆いかぶさるジゼルハイド様に両手を伸ばした。



お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。