カブトムシを愛でる私と陛下の謝罪
カブトムシを取り出そうと、私は虫籠を開けた。
「危険です、アンネリア様。カブトムシの足には棘がありますし、ツノは尖っています。それに噛むかもしれません」
レイニスは私を止めて、ラヴィーヌが虫籠を取り上げようとする。
「大丈夫よ。カブトムシは噛まないし、可愛いのよ」
「可愛くはありません」
「可愛くはないと思います」
レイニスとラヴィーヌが即座に否定してくる。
そういえば、ジゼ様は竜人の方々には小さな生き物を愛でる習慣はないのだと言っていたわね。
「その子たち、危険ではないから、貸してくれる? 外に出して、もっと良く見たいの」
「アンネリア様がそうおっしゃるなら……」
ラヴィーヌが私から取り上げていた虫籠をテーブルに戻した。
私は虫籠の中から手前にいた一匹を掴んで外に出した。
虫を掴むことは得意だ。
伊達に毎日エルジエル君と野山を散策しては、セミや蝶々やカマキリを捕まえていたわけではないのよ。
ただ、カブトムシだけは捕まえられなかったのよね。
森の中に入れば見つかるという虫ではないもの。
「大きくて立派で可愛いわね……ヘラクレス三世に似ているけれど、種類がきっと同じなのね」
「カブトムシはカブトムシなのでは? 種類とは一体」
「いくつか種類があって、大きさや形が違うの。多分、このヘラクレス三世は、オグニアス皇国の森の中にしかいないのだと思うわ」
「そういった生き物を捕まえることなどまずないので、分かりかねますが、そうなのですね……」
レイニスが興味深そうに私の話を聞いてくれるので、私は鷲掴みにしていたカブトムシをテーブルの上へと置いた。
「この形の子たちは、一番強くて、滅多に手に入らないからとても高いのよ。王国の貴族たちはこぞってこの子たちを購入しようとして、高値をつけるから、余計に値段が……でも、貴重なのよね。それはそうよ、だって皇国の森で密猟しているのだから……」
私はため息をついた。
お兄様のヘラクレス三世も、密猟されたものだったのね。お兄様が聞いたらきっとショックを受けるわね。
でも、もしかして知っているのかしら。
私は男性ではないから、カブトムシの売買事情にはそこまで詳しくないのよね。
私はもう一匹を籠から出すと、その子もテーブルに置いてあげた。
「こちらの子の方が、ツノが短いわね。でも体が大きいわ。この子の名前は、カブ次郎にしましょう」
「カブ次郎?」
レイニスが私の言葉を反芻する。
「ええ。で、こちらの子は、カブ太郎」
「カブ太郎。とても良い名前ですね、アンネリア様」
ラヴィーヌが頷きながら褒めてくれる。
ヘラクレス三世の方が強そうだけれど、親しみやすくて良いと思うの。カブ次郎と、カブ太郎。
「王国の男性たちは、それぞれ自慢のカブトムシを持ち寄って、箱の上に置いて戦わせるの。箱から先に落ちたカブトムシの負けなのよ。箱の上に残っていた子の勝ち」
「つまり、決闘をカブトムシに肩代わりさせるということなのですか?」
「そうなの。王国の男性……主に、貴族なのだけれど、貴族たちは、レイニスみたいに強くはなくて、自分で剣を持って戦うことはまずないのよ」
「確かにどの男性も皆、アンネリア様のように小さくたおやかで、まるで女性のように見えましたね」
レイニスはお城まで私を迎えに来てくれたので、ジュード様やお兄様にも会っているのよね。
滞在時間は一瞬だったけれど、やっぱりレイニスの目にも王国の男性たちは女性のように見えていたのね。
「アンネリア様、箱というのは、これぐらいの大きさで良いのですか? これは、菓子を入れていた空き箱なのですが」
私とレイニスが話をしていると、いつの間にかいなくなっていたラヴィーヌが、箱を持って戻ってくる。
それはちょうど良いサイズの空き箱だった。
テーブルの上に空き箱を置くと、その上に私はカブ太郎とカブ次郎を向かい合わせて置いてみる。
二匹はとたんにやる気を出したように、ツノを突き合わせて戦い始めた。
「おお、アンネリア様、カブ太郎とカブ次郎が、急に闘争心をむき出しにしましたよ!」
「本当ね……! 私、カブトムシとはそこまで深く関わってこなかったのだけれど、こんなに一生懸命戦ってくれるのね……!」
勇ましくも、健気で可愛い姿だった。
私は胸の前で両手を握り締めると、二匹の戦いを固唾を呑んで見守った。
「それでは、せっかくなので私はカブ次郎を応援しましょう」
「では、私はカブ太郎を支持しよう。負けるな、カブ太郎! ラヴィーヌ、私のカブ太郎を見ろ、なんて勇ましい姿だ!」
「レイニス、私のカブ次郎も負けてはいませんよ。あぁ、ツノを、お腹の下に入れて持ち上げようとしています。なんて賢いんでしょう……! いくのです、カブ次郎! その意気ですよ!」
レイニスとラヴィーヌが真剣にカブトムシたちを応援し始めるので、私の体にも力が入った。
「頑張れ、二人とも……! でも、怪我をしないようにね、気をつけるのよ……!」
はらはらしながら私は二匹を見守る。
部屋に、「カブ太郎!」「カブ次郎!」という応援の声が響き渡る。
ついにカブ次郎がカブ太郎の腹の下にツノを差し込んで、えいや、とばかりに持ち上げた。
カブ太郎はひっくり返って、そのまま箱の下へとぽとりと落下していく。
両手で私はカブ太郎を受け止めて、よく頑張ったわね、と、つるりとした背中を撫でてあげた。
「なんて偉いのでしょう、カブ次郎! 勝ちましたよ、レイニスに勝ちました!」
「くそ……! ラヴィーヌ、次はないからな……!」
ラヴィーヌが喜んで、レイニスはすごく悔しがっている。
王国の男性たちがカブトムシに夢中になる気持ちが少しわかった。
健気だわ。カブトムシ、とても健気。強いのに、健気。
「……アンネ。一体何を?」
「ジゼ様! 今、カブトムシ決闘をしていて、カブ次郎が勝ったのです! でも、カブ太郎もすごく頑張ったのですよ!」
ごく自然に部屋に入ってきたジゼルハイド様に、私は両手の中のカブトムシを掲げて見せた。
ジゼルハイド様ににこにこ微笑んだ私は、そういえば怒っていたことを思い出して、内心とても慌てた。
レイニスが、私の手からカブトムシをそっと掴んで、籠に戻してくれる。
ラヴィーヌもカブ太郎を籠に入れて蓋を閉める。
それから二人ともいそいそと部屋から出て行ってしまったので、私はジゼルハイド様とお部屋に二人きりになってしまった。
「ジゼ様……な、何をしに、きたのです? 私は怒っていて、でも、カブトムシ、ありがとうございます……! あぁ、でも、私はまだ、怒っていて……!」
「アンネ。……もう一度、謝罪に来た」
ジゼルハイド様は私に手を伸ばすと、いつもよりも強引に、私をその腕の中へと閉じ込めるようにして、抱きしめた。
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