アンネリア、部屋ごもり中
タオルと着替えを引っ掴んで脱衣所から出てきた私は、レイニスとラヴィーナによって確保された。
「アンネリア様を保護したぞ、ラヴィーナ!」
「そのままお部屋に運びますよ、レイニス!」
レイニスに頭側を、ラヴィーナに足側を抱えられて、私はものすごい勢いで自室へと連れ戻された。
抱えられて運ばれながら、私はぐすぐす泣いていた。
胸が痛い。
嫌いって、言ってしまった。
誰かに嫌いなんて言葉をぶつけたのははじめてだし、好きな人に怒ってしまったのもはじめてだ。
あんな言葉を口にしてしまった私がこんなに痛いのだから、ジゼルハイド様はもっと傷ついたわね、きっと。
お部屋に戻されて、体をふかれてお洋服を着せてもらっている間、私はそんなことをぐるぐる考え続けていた。
ラヴィーヌは何も聞かずにお茶を淹れてくれて、レイニスは私の傍にいてくれた。
それだけでも心強くて、すっきりした柑橘系の香りのする紅茶を一口飲むと、やっと少し落ち着いた。
ジゼルハイド様との間に何があったのかを話すと、二人とも真剣な表情で聞いてくれた。
私の味方をしてくれるという二人にもなんだか申し訳なくて、私は部屋に一人きりにしてもらうと、ベッドの中に潜り込んだ。
頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく考えがまとまらなくて、少し痛んだ。
こんな時は、寝てしまうに限る。
眠れないかも、と、思ったけれど。
案外眠ることができるものね。
とんとん、と、遠慮がちに扉が叩かれる音で私は目を覚ました。
ぼんやりしながら起き上がって、扉に視線を送る。
のろのろとベッドから降りると、私は扉へと向かった。
「……はい」
ラヴィーヌかしらと思いながら扉を開けると、そこにはジゼルハイド様が立っていた。
ジゼルハイド様の後ろにはラヴィーヌとレイニスが、とても申し訳なさそうな表情で控えている。
「ジゼ様……」
胸元がざっくりあいた薄い灰色の寝衣が素敵。
その上から羽織っている、様々な色が混ざり合って黒を作りあげている、ゆったりとした上着も素敵だし、結っていない髪が艶々と肩や背中に広がっているのも素敵。
やっぱり、好き。
好きかもしれないと気づいて、それを自覚してしまった途端に、坂道を転がり落ちるようにして、私は恋という泥沼の中に入り込んでしまっている。
感情が得られたのならそれは泥沼なんかではなくて、甘い蜜をたっぷりとたたえた花のようなものだったのでしょうけれど。
「アンネ。その……先程は、すまなかった。夕食に、呼びにきた」
駄目なのよ、私。
すぐにごめんなさいって謝りたい。ひどいことを言って、ごめんなさいって。
でも、そうしたら今までと同じだ。
私はまたずるずると、深みに嵌ってしまう。
だって私は、物分かりの良い女ではないもの。ジゼルハイド様のことが好きだから、一緒にいられたらそれで良いなんてとても思えない。
ジゼルハイド様に好きな人が現れたらきっと嫉妬してしまうだろうし。
愛して欲しいと躍起になってしまうだろう。
それからまたひどい言葉を投げつけて、ジゼルハイド様を傷つけてしまう。
同じことを繰り返してしまうのなら、今ここで、拒絶していただいた方が良い。
ジゼルハイド様は優しくてそんなことはできないのだろうから、私の方から、近づかないようにしないといけない。
「……一緒には食べません!」
だって、期待してしまうもの。
優しくされたら、された分、期待してしまうもの。
私は両手を顔の横で構えて、できるだけ怖い顔でジゼルハイド様を睨んだ。
「……アンネ、それは」
「荒ぶるオコジョのポーズです。ジゼ様はやっぱり私を動物だって思っているのだわ。だから、威嚇しています」
「……アンネ」
ジゼルハイド様は大きな手で額を押さえて、俯いた。
すごく呆れられているわね。良いのよ、これで。
動物っぽいって思ってくれていいし、女として見てくれなくても良い。
そのうち国に帰されて、私は実家で悠々自適な独身の余生を送るのだわ。
「怒っているのだな。……俺の、せいで」
「ともかく、もう一緒には寝ないし、一緒にご飯も食べないから!」
あぁ、私。
すごく嫌な女だわ。
こんなこと、本当は言いたくないのに。ごめんなさいって言って、駆け寄りたいのに。
じわりと目尻に涙が滲んで、荒ぶるオコジョのポーズさえ崩れそうになる。
ジゼルハイド様は顔を上げると、まじまじと私を見つめた。
泣きそうな顔を見られたくなくて、私は視線をそらす。
「……出直そう。ラヴィーヌ、アンネの食事は、部屋に運べ」
「かしこまりました」
ジゼルハイド様は私の部屋から出ていった。
パタンと扉が閉じて、再び一人になった私は、ベッドの端にずるずると座り込んだ。
これで、良いのよ。
私は怒っていて、ジゼルハイド様のことなんか好きじゃなくて、国に帰りたいって思っているのよ。
(全部、嘘だわ。私は怒っていないし、心が痛くて、ジゼ様が好きで、帰りたくない)
私のことを好きになって貰おうなんて、今はとても考えられなかった。
どうして良いのか、分からない。
ラヴィーヌが準備してくれた夕食も、あんまり食べることができなかった。
お食事の味も、ろくに感じることができない。
恋ってもっと、きらきら輝いていて、華やかなものだと思っていた。
周りの景色が全て輝いて見えるとか、心が弾んで、幸せで満たされる、とか。
違うのね。
もっと、どろどろしていて、苦しくて、どうしようもなく切ない。
一人きりの部屋は、あまりにも広すぎる。
昨日はジゼルハイド様に抱きしめていただいて、眠ったのに。
多くを求めてしまったから、余計なことをしてしまったから、強欲な私に天罰が降ったのね、きっと。
お食事を終えて寝室でぼんやりしていると、再び扉が叩かれた。
「アンネリア様、陛下から、贈り物が……」
ラヴィーヌに呼ばれて寝室から出てリビングルームに行くと、テーブルの上に大きな四角い籠が置かれている。
その中には、それはもう立派なツノを持ったカブトムシが二匹入っていた。
「ヘラクレス三世……」
籠を覗き込んで、私は呟く。
立派な一本のツノと、大きな体のカブトムシは、お兄様が大切にしているヘラクレス三世にとてもよく似ていた。
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