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36話

◆◇◆◇◆


「何で…小隊長」


 マージと剣士が話す後方で【才能】により、己の小隊長が嘘を吐いたことを知ったひとりが先行する2人を静かに眺めていた。実に親しげだ



 身内の【嘘】に心を痛めることはなかった。それが一種の合図でもあり、手段だった。今回の見限りの合図───緊急時にはマージを見捨てろとの合図に思わず声が出たのは失態だった



 小隊長は非常に焦っていた魔物退治で小さな功績を上げてはいるもののそれらは軍隊の中ではごく平凡なもので日常業務である


 それが示すところは〈凡庸〉である。かもなく不可もない、故に小隊長は焦りを覚えていた───〈神銀の剣〉が現れたことでより一層の焦りを覚えていた


 彼らは6年前には全く名を見かけることがなかった無名、それが4年で最前線、武功を挙げ、つい最近では最凶迷宮の攻略を成したと───快挙を成し遂げた。今現在アビーク領の兵士の中ではその話題で持ちきりだった


 アビーク公爵はこれをひどく気に入っており、少なくとも年内には私兵に着くものと専らの噂なのである。最早情緒は時化状態───焦りが止むことを知らないのだ


「本当にいいんですか?」


 魔法使いの2人が話し込む


「剣の神童、公国騎士、聖女ティーナ

 古の魔法使い、小隊長殿も

 焦りを感じているのだろう」


「でもまだ子供ですよ!」


「しッ、それはわしも分かっとる

 だがどうにも妙なんじゃ」


「妙?」


「きちんと考えてものを見ていれば

 気づけて当たり前の事実なのだがな

 あの得物じゃ」


「変わった形の聖杖ですが」


「妙な気配が混ざっておる

 なのに戦闘の痕跡が殆ど見られん」


「まさか…迷宮狂人」



 |迷宮狂人〈メイズマーダー〉───迷宮内には多種多様な魔物が存在する。そんな環境を利用し、死因を誤魔化す者も居る。運が良ければ装備や骨が見つかるかもしれない。悪ければ塵すらも発見できない。犯罪にはうってつけの環境である



「分からん、だが

 手練れだ」


「…ッ、化け物ですね」


「あぁ、あの歳でな」



「…」


 みんな気がついてる。タイギは異常者だってところに


 力を温存しながらここまでやってきた私たちと違って、この子は殆ど休まずにここまで来てる。私たちが入った時は確かに誰も居なかったのに追いつかれているのが何よりの証拠だ


 それに加えて疲れている様子が全く見られない───いかにも堂々と、身を隠すこともなくここまで来た。そうとしか思えない速さの探索速度。そんなこと、果たしてアビーク公爵の私兵総力を持ってしても可能だろうか?いや、可能だが割に合わない



 表面上で融和を見せながらもマージに警戒を続ける面々はやがて、無地の大扉の前までやってきた


「…また」


 既視感を覚えるマージは静かに扉を睨みつけた


「何これ?」


「何だ?洞窟に何故扉が?」


「石の大扉?」


「なんたる不思議か」


 魔の来たる深淵と比べ、やや小振りなその扉を前にアビーク小隊の一行は異変を感じていた。定石通りメロが先行して扉を調査し始めた


「前に来た時は…こんな」


「…ッ!」


「小隊長!」


「っち!メロ逃げろ!」


「え?」


「詠唱は間に合わん!」


 扉に手をかけたメロ。その瞬間武器を片手に走り出したマージ。周囲はどよめき、戦闘態勢に入る。明らかな敵対行為であった───マージは武器の鞘もどきの布から〈鋲〉の部分だけを露出させると、小隊長の横を素早く通り抜け様に放った


「この!」


「ッ!!」


 放った〈鋲鎚朱雀〉はメロを掠めるに止まった。その間にメロは短剣を抜き、マージに向かって振り下ろした。〈グチャ〉という、それは変な音を立てた一撃だった


 マージはそれを避けることなくメロに掴み掛かると肩を鷲掴みにし、力任せに投げ飛ばし、扉の中へと凄まじい速さで入っていってしまった



「メロ!無事か?」


「えぇ」


「よく無事だったな」


 メロはマージの顔を見ていた。睨みつける、殺意の籠った子供らしからぬ形相だった


「クソ、手柄を取られる前に中に…」


「いや、共倒れになるまで待つべきだ」


「お前ら先ずはメロを…」


 皆が言い争う中、投げ飛ばされた反動で飛んでいった武器をメロは辺りを散策し見つけた。見つけて持ち上げたそれは奇妙なことに刀身が溶けてなくなっていた


「何、これ…うっ」


 溶けた刀身の中に確かに混ざる赤い液体。そんな金属と液体の混合物は奇妙な程に異臭を放っていた


「…え?」


「どうした」

 

 言い争うアビーク小隊のひとりが扉に刺さったそれを見て、絶句した。メロもそれを見て唖然とした


 何かが武器の槍先で打ち付けられ石の扉を溶かしていたのだった。メロはこの時になって、殺意が自分に向けられたものではなく、もっと後ろの存在に向けられたものだったことを朧げに認識し始めた



「…変な奴だなぁ、全く」


 マージは辛うじて無傷に近い状態だった。ナイフの直撃を受けていれば問題だったところを〈メロを狙って伸びていた〉ものの一部が間に入り、代わりに〈それ〉の〈毒〉による軽い腐食のみで済んでいた


"チリチリ"とした焼け付く様な痛みからマージは、鞄から〈中和剤〉を取り出し、手の甲にかけ始めた。その間もマージは目の前の〈それ〉を眺めた


「だから、魔物には詳しくないって」


〈巨大な蝸牛〉───それが持つ触手は片方が欠けていた

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