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29話

*グロテスクな表現が過度に含まれます。お気をつけて読まれて下さい

◆◇◆◇◆


「1匹でも!」


 ゴードンが事態の打開に踏み込んだ。アルトラの暴走に近い状態は敵の有無によりその継続性を変化させるのではないかとゴードンは必死になって考えた末に剣を抜き、軍隊蟻の1匹に目掛けて振り下ろした


 その時、剣を持っていた方の腕が宙を舞い、地面に落ちた。それは綺麗な音色を響かせていた。ガラス同士が衝突した時のような耳に残る高音の反響と共に腕の前腕を斜めに袈裟懸けを受けたが如く呆気なく千切れ飛んだ


 突然の出来事に負傷した本人のゴードンさえも思考が全く動かなくなり、綺麗な断面図を眺める始末だった


 痛みを感じない、何故腕が落ちたのか、異常事態だとはっきり認識するまでに軍隊蟻の攻撃により片耳までもがこそぎ落とされた



 エリアはこの状況を前に決めかねていた。片手大の触媒───セプターを仕切りに握るか解くかを繰り返すのがその証拠である。聡い脳内で考え得る最悪を前に魔法による援護をできるだけ行わないようにしていた


「〈回復、まだ〉」


 幾重にも重ねた意味の内包されたエリアの言葉。それは自らの手札を扱うか、否か、加えてティーナへの戦術的介入を促す意味を込めた言の葉だった


 ティーナはその言葉を聞いたのか、聖杖を握り締めて歩き出し、ゴードンの背中に向かって歩を進めていった。神への祈りや内なる声への反抗的な思考をそのまま口から垂れ流す独り言を常に続けながらゴードンの真横を通り抜けた


「ティーナ、良かった…ティーナ?」


 軍隊蟻は近づいてくる神の気配にゴードンへの攻撃をやめるとティーナに向き直り、"キリキリ"と警戒を音にして伝播させていた。会場に響く不快な音はやがて敵意となり、軍隊蟻がアルトラの狂人的な攻撃を受け半壊になりつつもティーナを真っ先に殺さんと動き出した


「死ねば、解放される

 死ねば助かる」


 魔物の津波を前にしてもティーナは独り言を続け、続く魔物の津波をまともに受けた


「ティーナ…おい」



 ゴードンの横、やや前方で血の噴水が上がった。それはティーナの腕、腹、首から絶え間なく吹き上がり、軍隊蟻の中でティーナが無惨にも貪られていっている証拠でもあった


 金髪の切れ端、皮膚の一片、骨に歯が飛び散っていく様子を見て尚、ゴードンは盾を構えていたが立っているだけで精一杯だった


「え…あ、ぁえ?」


 そのうち頬にティーナの何かすら分からない何かがぶつかり、少し欠けた



 ゴードンが目の前の光景をただ茫然と見つめていた。それは仲間の死を目の前にした絶望などではなかった


「あぁぁぁあ、痛い痛い痛い

 どうして、何故!!

 天よ、神よ、私がどのような罪を、

 犯したというのですか!あああああ」


 どこを齧られようとも

 どこを引き裂かれようとも

 どこを噛み潰されようとも

 死ぬことはできず


 目の前で死ぬことのできずただ貪られ続けるティーナの姿に絶望していた。震えすら起きない恐怖を超えた畏敬、それは【神の奇跡】


 喰われたところから瞬く間に再生をしていく【熾天使の恩恵】───軍隊蟻の強靭な顎により衣服諸共噛んで引きちぎられる教会の正装。衣服は徐々にその布面積を減らしていく、最早防具としての役割を全うできない布切れ同然のそこから晒されるのはティーナの痴態だった


 それと同時に展開されるのはティーナの背中から神々しくも悍ましい光を放つ3対6翼の大天使が如き立派な白翼だった


「これは、これは天罰なのですね!

 あの子を!マージを助けなかった!

 私の…」


 絶え間なく聞こえる〈個人の名前〉、苦痛から解放されないこの現状にティーナは思いついた罪を懺悔する様に叫び、祈りを始めた


 絶え間ない苦痛の中、アルトラの【神刃】がティーナを器用に避けて軍隊蟻を木っ端微塵に吹き飛ばした。ティーナは自らに降り掛かった〈偶然〉に対して答えを見つけたのだった


「あぁ、神よ。そうなのですね

 ありがとうございます」



 欠けた手足、ひいては疲労までもを個人の範疇で癒し、祈りの絶えることを望まない【天使の白翼】───今それは不可逆的な【派生】により【神に最も近い存在】として、個人の判断でさえ死ぬことを許されない【器】として存在することを然とさせられた【熾天使の恩恵】に成り上がってしまっていた



 エリアを除いた3人が満身創痍の状態で倒れ込んだ。アルトラは自らの【スキル】の行使により限界を超えた酷使の果てに立ったまま気絶していた


 ゴードンは度重なる精神的な負荷の大きさに耐えきれず、意識を保つことをやめ、身体が崩れ落ちる様に倒れ込んだ


 ティーナはそんな中でも祈りを続ける姿をとっていた。本来〈艶かしい筈の起伏を持つ裸体〉を会場に晒している状況にも関わらず、劣情を抱く者は愚か、その姿を恥とする者は誰一人としていなかった。神への献身を一心に務める信心の鑑───見る人を魅了するその姿は聖女そのものだった


 観客達はどよめきと興奮がひしめき合っていた


「あの奇跡はまさしく神の祝福」


「神の奇跡の見せ場を作るために

 わざと魔物の大群に突っ込むとは…」


「しかし、それ程に神に信仰を捧げるとは

 信仰深いことの証明だ」



 呼吸すら憚られる幕引きに、不意に誰かが声を上げた。それは〈魔の来たる深淵〉の攻略直後に神銀の剣が意識不明の状態で担ぎ込まれたことへの疑問に対しての自らの考えを伝えたい一心での叫びだった


「…そうか!魔の来たる深淵での救出は

 これが原因だったのか」


 神童アルトラ、公国騎士ゴードン

 聖女ティーナ、古の魔法使いエリア


 何故、魔の来たる深淵の攻略後に彼らが気を失っていたのか、観客を含む声の主は〈眼前〉のこれが答えだと信じることを選び、口々に賛成を意味する憶測が飛び交い始めた


「5人目はそもそも

 入って無かったんじゃないか?」


「いや、5人目はもともと」

 救出隊として待機していたのかもしれないぞ」


「これ程強力ならば討伐を果たしたのも納得だ」


「これ程までに人を辞めなければ

 最凶の迷宮は攻略できないのか」


 そこに〈疑う者〉は居なかった。英雄症候群───戦禍の続く中で人々は英雄を求めている。崇める者に縋りたい者は如何なる矛盾があろうとも何かしらの納得できる理由を見つけ出し、盲信する


 神銀の剣のお披露目はこうして幕引きを迎えた

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