12話
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突風が吹き、日の光に照らされ真っ赤に染まる雪が巻き上げられる中、牛車が野菜と少年を載せゆっくりと動いていた
「アビーク公爵は
無益な争いを嫌う知性派なんですよ」
街道の畦道を牛とそれが引く荷車が悠々と歩いている。どこまでも広がる快晴模様は雪が降る時期には気持ちのいい暖かさを生んでいた
こんな日にも魔物の一部は活発になる。越冬に至れず死に物狂いで獲物を取り貪り食う様は死にたくないという意志の現れか本能の赴くままの行動か、白の時期には大抵の生物が長い眠りつくことを除けば、実に自然である
少年はそんな様子を眺めながら抱えた得物を抱き寄せ、警戒を露わにしていた。生物であれ、魔物であれ───生存の一点において譲る気はない意思を持っていた
「アビーク公爵は
この地を受ける前は第二王子として
跡目争いをされていたのですが
自ら進んで王位継承権を捨て
先の戦争で荒れ放題だったこの一帯の開拓を
引き受ける形をとったのですよ」
「それは凄い決断ですね
支持者も多くいたでしょうに」
「えぇ、第二王子は秀才と呼ばれる程に
期待をされていましたから
それはもう、早々の離脱に当時はそれはもう
大慌てでしたよ」
「想像通りでした」
独り言のように聞こえる昔話をする老人。それを相槌を打つ形で聞く人、マージは迫り来る魔物が生物に薙ぎ倒され貪られる様を見つめていた。巻き上げられた雪が日の光に照らされて艶やかな紅を纏うとマージは老人の話に耳を傾ける
「───そこでアビーク公爵は
長距離を安全かつ快適に行き来できるように
商人のみならず住人にも税を掛けて
守備を充実させたんですよ」
「それは中々、反発を生みそうな政策ですね」
「えぇ、当時は批判が殺到し、領外に出る人も
少なくはなかったものです。ですが
商人の行き来が増えたのもまた事実
時の第二王子と言われたのも納得の
先見の明を披露されたのです」
◆
野営、野宿は魔物にとって格好の餌となる。それを放置すれば生物や魔物の数が増える。魔物や生物は利益を生むこともあるが、魔物や生物が過剰な領域は得てして人の往来や定住者が減るものだ
しかし、生物や魔物を狩るにしても兵力は必要となる。兵力を動かすのには補給なども出費として重なる。数を倒せば元が取れる可能性があるもののその頃には安定した『税収』───領域内の生活を保証する対価が減ってしまっている。かと言って早々に討伐隊を出せば負債となる。領主の頭を悩ませる天秤の問題だ
その点を考えた時、アビーク公爵は実に大胆だ。両の天秤の拮抗を保つのではなく、片方を切り捨て、片方を強みとしたのだ
税収は2通りある
・ひとつは住民からの納められるもの。衣服や金品、食料品もまた税として納められている。それそのものが価値を持ち、使うも売るもできる品物は万能の財産である
・そしてふたつ、硬貨───労働の対価として支払われる形ある〈信頼の証〉。主に商人の扱うそれは本来形のない〈労働の価値〉を明確化した。他の領域でも扱える故に世界に多く普及している。商人はひとつ目を商売として扱う故にふたつ目で商いへの感謝を支払う
アビーク公爵はこの〈信頼の証〉を住民にも課したのである。それは反対する住民も現れるだろう───〈守備を充実させた〉この点に納得しない限りは
「護衛などの出費を考えることなく
商いができるというのは強みですからね」
「そう!そうなのですよ旅の方
作物を荒らしたり、家畜を屠る害獣の
心配をしなくて済むというのは
本当にありがたい話だったんですよ」
護衛を雇う必要のない、警備を置く必要がない───それを保証したアビーク公爵の政策はその地で農作物を育てるもの、商売に来るものにとってとても有用なものだった
◆
「───商人が寄り集まり
そうして作られた宿場町のひとつが
あの遠くに見えるキヌイですね」
「あれがキヌイですか」
「山と森の間に沿うように
作られているので規模としては小さめですが
守りは固く安心して住めますよ」
マージは遠方から迫るキヌイを眺めながら落ち着きのある街並みを見つつ、巡礼の目的地でもある聖地について古い羊皮紙を取り出し、眺めていた
◆
そうして踏み込んだキヌイの町で老人にお礼をして別れたマージは今夜の宿をとるべく見回した瞬間、背中に衝撃を受けよろめいた
町に入ってすぐの出来事にマージは驚きながら衝撃を受けた背中側に急いで視線を送った時、2度目の衝撃を受けることになった
「…!」
人にぶつかってしまっていた。往来の激しい道の真ん中で立ち止まっていたせいでぶつかってしまった人の持っていた麻袋の中身が散乱してしまっていたのだ
「ごめんなさい、怪我は…」
マージが急いで麻袋の中身だった。やや小ぶりの真っ赤な果実を拾い上げ、麻袋に戻していった。その最中マージは目の前の人がボロボロの布を身に着けていることを不審に思った
小さな体に似つかわしくない大袋を運んでいるその姿に一瞬───神銀の剣での初日を思い出していた。一歩一歩を踏みしめることが苦痛になる程の肩の痛み、背中に走る熱と痺れ、堪えるように、歯を食いしばったあの時を思い出していた
「あの…」
「おい!クソ犬!何を休んでいる!」
目の前の人に再び声を掛けようとしたその時、男の怒号が聞こえた。声の主は鞭を片手に大股で近づいてきており、怒髪天といった様子を周囲にも分かるほどに体現していた
マージはそんな様子に既視感を受けつつ、男の前に不可抗力という形で割ってはいることになってしまった
「これは旅の人お見苦しい姿を…」
男はマージを見るなり頭を下げた
「いえ…、そんなことより、先程犬と…」
「えぇ、旅の人の後ろにいるのは
うちの従業員でして」
「従業員…」
マージは目線をそのままに〈地面に落ちた赤い果実の入った麻袋〉が思い浮かんだ。失敗による叱責、男の手に握られている鞭を見れば〈暴力〉が待っていることは火を見るよりも明らかだった
「…あ〜っと」
「?」
「えっとですね?
僕がこの人から麻袋の中身を
買いたいとしつこく聞いてしまいまして…」
「そうなんですね、てっきりまた
麻袋を落としたものとばかり」
「…ギク、それでですね
お譲りしていただけませんか?」
「それは、旅の人…」
「450なんてどうでしょう?」
マージの顔が青ざめていく中、悟られない様にと銀貨450───宿屋での宿泊2日分、一般的な食事三日分を提示した。〈それ〉が麻袋に詰め込まれていたとしてもそれ程の値段はつくことはない金額だ
「分かりました、余程林檎がお好きなんですね
確かに雲の土地で採れたものは
瑞々しく愛好家も多いと聞きますし」
「えぇ、見かけることができたので
是非と思いまして」
「分かりました、主人には私から伝えておきます」
「ありがとう、ございます」
「それでは
おいクソ犬、さっさと戻るぞ」
「…し」
「え?」
◆
「…」
宿屋で荷物を下ろし、天井を眺めるマージは去り際に聞いたその言葉を反芻した
「お人よし、ねぇ」
確かにと納得しながらマージは今日の成果物に向き直った。詐欺の可能性もあったが無意識に庇ってしまったことをマージは気にしていなかった。それよりも真っ赤な果実───林檎と呼ばれたその果実を取り出し眺める。見れば見るほど不思議な見た目をしていた
「聞く限り食べ物だよな」
麻袋から取り出したそれを、まじまじと眺めた後、マージはそれに齧り付いた。〈コリ、シャク〉と歯が果実の表面を貫き、内側の果肉を抉る音の後、口に広がる甘味の喜びにマージはそれを夢中で咀嚼した
「美味しい」
取り敢えず、損はしていないことに安堵を浮かべるのだった




