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第5話 ヴァイオレット・ウィオラーケウスの誤算

本日2回目の更新です。

ヴァイオレット視点です。

「たのもーーっ!!!」


 公爵家の爽やかな朝に暑苦しい声が響いて、わたくしは思わず顔をしかめた。


 声の主はこの国の皇太子、ヴェルメリオ・エリュトロンだ。


 過日、皇太子はわたくしに婚約を申し入れて来た。いわく、わたくしに一目惚れしたのだという。

 なんて軽薄な。


 わたくしは武門の公爵家に生まれた、ヴァイオレット・ウィオラーケウス。

 武門の家に生まれた者の勤めとして、幼い頃から剣の腕を磨いて来た。


 それゆえに、わたくしの結婚相手はわたくしよりも強い男性以外はあり得ないと幼い頃から決めていた。


 皇太子がわたくしよりも強ければ婚約を考えたけれども、彼は顔と威勢ばかり良くて、剣の腕はいまいちだった。

 数回打ち合っただけで、年下のわたくしにあっさり負けたのだ。


 そんな彼との結婚などとても考えられない。


 わたくしは弱い男性は嫌いなのよ。

 それに、暑苦しい男性も好みではないわ。


 この話はそれで終わりになるはずだった。


 けれども皇太子はそれから毎日、わたくしへの贈り物と共に、決闘を挑みにやってきた。

 何度負けても懲りずに毎日やってくる。


 おかげであの暑苦しい叫び声が優雅なはずの公爵家の朝の日常になってしまった。


 お母様は微笑みながら「あれだけ想われて結婚したのなら、きっと幸せになれますよ。殿下の想いを汲んで差し上げたら?」とおっしゃった。


 お父様は「皇太子殿下と婚約しなくとも、我が家は別に支障はない。ヴァイオレットの好きにしなさい」とおっしゃった。


 公爵令嬢であるにも関わらず、わたくしに政略結婚を求めない両親をありがたく思った。


 わたくしはどうしてもわたくしよりも強い男性としか結婚したくなかったから。



 ♢♢♢



 それからしばらくして、わたくしはあることに気がついた。


 皇太子の動きが少しずつ変わり、振り下ろされる剣に重みが増したのだ。


 けれどもまだまだ太刀筋が甘い。

 彼がわたくしに勝つことはなかった。


「くーっ! 今日は惜しかった!! ヴァイオレット、また明日な!!」


 だからだろうか。

 わたくしは、帰ろうとする皇太子を思わず引き留めてしまった。


「お待ちになって」

「?」


 皇太子が不思議そうな顔でわたくしを見る。


 なぜ引き止めてしまったのかわからない。

 けれども引き止めてしまった以上仕方がないので、わたくしは彼をお茶に誘うことにした。


「あなたからいただいたお菓子があるから一緒にお茶でもいかが?」


 わたくしから誘われるとはつゆも思っていなかったらしい皇太子は、嬉しそうに破顔した。



 ♢♢♢



 お菓子を食べる時に見た皇太子の手はぼろぼろだった。

 それが剣の腕を真剣に磨くものの手であることをわたくしは知っていた。


 軽薄だと思ったけれど、意外と気骨があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、皇太子はわたくしに質問してきた。


「ヴァイオレットはなにが好きなんだ? 花でも菓子でも宝石でもなんでも良い。教えてくれ!」


 わたくしの部屋は皇太子から毎日贈られる花でいっぱいになっていたし、ティータイムのお菓子も彼から贈られるものばかりになっていた。


 どうせもらうなら少しでも好きなものの方が良い。


「わたくしは薔薇の花が1番好きよ。あとは紫色の花も好き。お菓子は甘すぎるものは好きではないわ」


 皇太子はまるで勉学でもするかのように真剣な眼差しでわたくしの話を聞いていた。


 それがなんだかおかしくて、わたくしは思わず笑みがこぼれてしまった。



 ♢♢♢



 それからも皇太子は相変わらず毎日わたくしへ決闘を挑みにやって来た。


 けれども変わったこともある。


 彼の贈り物がわたくしの好みの品に変わったのだ。


 それに加えて、甘かった太刀筋が少しずつ改善されてきた。


 そして、決闘のあとはいつもわたくしとお茶をするようになった。


 わたくしの部屋は皇太子から贈られたわたくし好みの花でいっぱいになり、ティータイムのお菓子もわたくしの好みの味のものになった。


 それを見ていたら、お母様の言葉が不意に浮かんだ。


『あれだけ想われて結婚したのなら、きっと幸せになれますよ』


 そういうものかしら?

 でも確かにあの様子では浮気の心配もなさそうだから、将来側妃の存在に悩まされることもなさそうね。もし皇太子がわたくしに勝つことがあれば、一考の価値があるかもしれないわね。


 いつの間にか彼との将来を考えている自分がいることに、わたくしは気がつかなかった。



 ♢♢♢



 皇太子がわたくしの元へ通うようになって早数ヵ月。


 ついにその日がやってきた。


 打ち合うこと数回。

 皇太子の剣をまともに受け止めたわたくしは、その重さで思わず剣を持つ手を離してしまったのだ。


「ヴァイオレット!! 大丈夫か!?」


 その場に膝をついたわたくしに、皇太子は慌てて駆け寄り手を差し伸べた。


 わたくしは迷わずその手を取った。


「ええ、大丈夫よ。あなたとの婚約を受けるわ」


 皇太子はぽかんとした表情で固まった。


 そしてわたくしの言葉を理解した途端、目から大粒の涙を流した。


「ヴァイオレット!! 絶対に幸せにする!!!」

「ええ、よろしくね」


 わたくしは自分のハンカチで皇太子の涙を拭きながら、彼から婚約を申し入れられた時の事を思い返していた。


 あの時はまさかこんな結末になるなんて予想すらできなかったわ。


 わたくしは暑苦しい男性は好みではなかったはずなのに。

 とんだ誤算ね。


 でも意外と悪くはないわ。

本日18時にも更新予定です。

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