いつも通り
翌朝。
「……眠い」
レンは机に頬杖をついていた。
昨日の帰り道から、ずっと気になっていることがある。
「……ウィンド」
小さく呟く。
手のひらに意識を集中する。
魔法陣を思い浮かべる。
そして――。
「……」
何も起きない。
「やっぱりか」
レンはため息をついた。
昨日は、何も考えずに魔法を使った。
落ちていく魔法具を見て。
取らなければと思って。
気づいたら「ウィンド」と口にしていた。
けれど。
今は違う。
魔法を使おうと意識すると、どうしても昨日の感覚が再現できない。
「レン、何してるの?」
ユナがやってくる。
「昨日のウィンド、もう一回使えないかなって」
「ああ」
ユナは少し笑った。
「朝から魔法の練習?」
「ちょっと気になってな」
「昨日は咄嗟だったから使えたんじゃない?」
「俺もそう思ってる」
レンは手を見る。
「だから、普通に使えるようになったってわけじゃなさそうだ」
「でも、使えたことは使えたんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、それだけでも進歩じゃない?」
「まあな」
そこへアルトとフィーリアもやってくる。
「何の話?」
「レンが朝から魔法の練習してた」
「へえ」
アルトが笑う。
「昨日のやつ?」
「ああ」
「またやってみようぜ」
「今はいいよ」
「なんで?」
「授業始まるし」
「それもそうか」
チャイムが鳴る。
四人はそれぞれの席へ戻った。
* * *
午前の授業が終わる。
昼休み。
レンたちはいつものように昼食を取っていた。
「そういえば、昨日の店で買った本、どうだった?」
ユナが聞く。
「まだ途中」
「まだ読んでるの?」
「結構分厚いんだよ」
「レン、本当に気に入ったんだね」
「知らないことが多いからな」
アルトが笑う。
「じゃあ、今度は西のほうの本でも探してみれば?」
「西?」
「ああ。東方大陸の西側にも色々あるだろ」
「それも面白そうだな」
フィーリアが小さく頷く。
「今度、本屋に行く?」
「いいな」
「また寄り道?」
「いいだろ」
そんな話をしているうちに、昨日のことは少しずつ頭から離れていった。
午後の授業も終わる。
放課後。
「レン、マギアのところ行こうぜ」
アルトが声をかけてきた。
「調整するの?」
「ちょっと見てほしいところがある」
「分かった」
二人は練習場へ向かった。
ユナとフィーリアも一緒についてくる。
「この前調整したところ、もう少し変えてみたいんだ」
アルトがマギアを起動する。
魔鉱石が淡く光り、車体が浮かぶ。
「乗ってみる?」
「俺が?」
「一応、調整した本人だし」
「じゃあ少しだけ」
レンはマギアに跨がる。
軽く前へ身体を倒す。
マギアが滑らかに動き出す。
「……うん」
以前より反応が早い。
身体を少し傾ける。
方向が変わる。
「どう?」
「いいと思う」
レンはマギアから降りる。
「ただ……」
「ただ?」
レンは車体を見る。
「ここ」
姿勢検知用の魔法陣を指差す。
「少しだけ反応が遅い気がする」
「そうか?」
「うん」
レンは魔法陣を覗き込む。
構造を見る。
以前なら、それだけで判断していた。
けれど。
「……」
何となく。
魔法陣の一部が気になった。
「ここで、少し引っかかってる感じがする」
「引っかかる?」
「うまく言えないけど」
レンは指先を線の近くへ持っていく。
「魔素の流れが、ここだけ少し遅い……ような」
「……分かるのか?」
アルトが驚く。
「分かるっていうか」
レンは首を傾げる。
「何となく、そう見える」
「昨日言ってたやつ?」
ユナが聞く。
「たぶん」
レンは少し考える。
「昨日、ウィンドを使ったときに見えた気がした流れ」
「へえ……」
アルトが魔法陣を見る。
「俺には普通に見えるけどな」
「俺も、ちゃんと見えてるわけじゃない」
レンは苦笑する。
「ただ、ここが少し違うように感じるだけ」
フィーリアが静かに魔法陣を見る。
「……私は、少し分かる」
「本当?」
「うん」
フィーリアが指先で一か所を示す。
「ここ」
「やっぱり?」
「少しだけ」
レンはその場所を見る。
構造上も、確かにわずかな違いがある。
「じゃあ、ここを少しだけ調整してみるか」
「やってみようぜ」
アルトが頷く。
レンは魔法陣の一部を慎重に調整する。
ほんのわずかな角度。
線の接続位置。
大きく変えるわけではない。
「……これでどうだ?」
「乗ってみる」
アルトがマギアに跨がる。
軽く身体を傾ける。
マギアが反応する。
「……お」
アルトが笑う。
「さっきよりいい」
「本当?」
「ああ。曲がり始めが少し軽い」
レンも頷く。
「じゃあ、たぶん合ってる」
「やっぱレンに見てもらうと違うな」
「俺だけじゃないよ」
レンはフィーリアを見る。
「フィーリアも気づいてたし」
「うん」
ユナが二人を見る。
「なんか二人とも、こういうところだけ妙に息合ってるよね」
「そう?」
「そうだよ」
アルトが笑う。
「じゃあ、俺は二人に任せようかな」
「急に丸投げするなよ」
「冗談だって」
四人が笑う。
* * *
帰り道。
レンは一人、少しだけ後ろを歩いていた。
「……魔素の流れ」
今日の感覚を思い出す。
昨日。
落ちていく魔法具の周りに、一瞬だけ風を起こした。
そのときに見えたもの。
今日、マギアの魔法陣を見て感じたもの。
どちらも、はっきりしたものではない。
けれど。
「……やっぱり、何かあるのかな」
レンは空を見上げる。
夕方の空。
薄い雲の向こうに、淡い光が残っている。
「レン、置いてくよ」
前からアルトの声がする。
「ああ、今行く」
レンは三人のところへ駆けていく。
今日も、いつも通りだった。
授業があって。
昼休みがあって。
放課後にマギアを触って。
友達と帰る。
特別なことは何もない。
それでも。
レンの中では、ほんの少しだけ何かが変わり始めていた。
魔法を使うこと。
魔素を感じること。
そして。
自分の中にあるものを知ること。
その全部が、少しずつ近づいている気がした。




