咄嗟の
放課後。
レンたちは、いつものように四人で学校を出た。
「今日どうする?」
アルトが聞く。
「私は本屋寄りたい」
ユナが答える。
「この前言ってた本?」
「うん」
「じゃあ俺も行く」
レンが頷く。
「フィーリアは?」
「私も行く」
「決まりだな」
四人で商業区へ向かう。
学校帰りに寄り道することも、すっかり珍しくなくなっていた。
「そういえばレン」
歩きながらアルトが言う。
「この前のマギアの調整、結構よかったぞ」
「本当?」
「ああ。反応が前より少し早くなった」
「それならよかった」
「ただ、俺にはまだ違いが分かりにくいけどな」
「乗ってる本人がそれでいいのか?」
「俺は速くなれば嬉しい」
「単純だな……」
ユナが笑う。
「でも、安全確認はちゃんとしたんでしょ?」
「もちろん」
アルトが答える。
「学校にも申請出したし、練習場での使用許可も取った」
「ならいいけど」
そんな話をしながら、四人は商業施設へ入った。
店をいくつか見て回る。
ユナが本を探している間、レンとアルトは近くの雑貨を眺めていた。
「これ何に使うんだ?」
「知らない」
「二人とも分からないの?」
フィーリアが横から覗き込む。
「説明書あるぞ」
レンが手に取る。
「……魔法具用の小型調整器具」
「何それ?」
「魔法具の細かい調整に使うらしい」
「レン、またこういうの見てる」
ユナが呆れたように言う。
「面白いからな」
「本当に好きだね」
「仕組みを見るのが好きなんだよ」
レンは調整器具を棚へ戻す。
そのとき。
「……あ」
フィーリアが小さく声を漏らした。
手に持っていたものが、指から滑った。
「フィーリア!」
小さな魔法具が床へ落ちる。
高さは、それほどない。
けれど。
落ちた先には、硬い石床がある。
そのまま当たれば、壊れるかもしれない。
「――ウィンド」
レンの口から、自然に言葉が出た。
淡い光が一瞬だけ走る。
次の瞬間。
魔法具の周囲を、ほんのわずかな風が包んだ。
「……!」
落下速度が、ほんの少しだけ緩む。
ふわっ。
ほんの一瞬。
それだけだった。
けれど。
「取れる!」
レンは身体を投げ出した。
「レン!?」
床へ手を伸ばす。
魔法具を掴む。
そのまま勢いで床を転がった。
「……っ」
肘をついて身体を起こす。
手の中を見る。
「……あった」
「レン、大丈夫!?」
フィーリアが駆け寄る。
「ああ。ちょっと転がっただけ」
「怪我してない?」
「大丈夫」
ユナも心配そうに覗き込む。
「いきなり飛び込むからびっくりしたよ」
「だって落ちたから」
「だからって……」
アルトが呆れたようにレンを見る。
「いや、それより」
「ん?」
「今、ウィンド使ったよな?」
「……え?」
レンが首を傾げる。
「何が?」
「いやいや」
アルトが指を差す。
「落ちる直前に言っただろ。『ウィンド』って」
「……俺が?」
「俺たち全員聞いてたよ」
「…………」
レンは少し黙った。
フィーリアも頷く。
「言ってた」
「……そうだった?」
「うん」
レンは自分の手を見る。
さっきまで、そんなことを考えている余裕はなかった。
落ちる。
取らないと。
それだけだった。
「……無意識に使ったのか」
「たぶん」
アルトが笑う。
「しかも、ちゃんと魔法になってたぞ」
「ほんの少しだけだったけどな」
「それでもだろ」
レンは少し驚いていた。
今まで魔法を使うときは。
魔法陣を確認して。
術式を意識して。
魔素を集めて。
名前を呼んで。
そうやって、一つ一つ順番を追っていた。
それなのに。
今は。
何も考えずに。
ただ、取りたいと思った瞬間。
魔法が出た。
「……なんか変な感じだな」
「嬉しくないの?」
ユナが聞く。
「嬉しいけど」
レンは少し笑う。
「自分で使った感じがしない」
「でも使ったのはレンだよ」
フィーリアが言う。
「そうなんだけどな」
レンはもう一度、手の中の魔法具を見る。
幸い、傷はない。
「……よかった」
「フィーリアのだからな」
「うん」
フィーリアが受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
アルトが腕を組む。
「それにしても、咄嗟に魔法使えるようになったんだな」
「そうなのかな」
「前よりは確実に進歩してるだろ」
「……まあ」
レンは少し考える。
「じゃあ、次はちゃんと練習してみるか」
「いいんじゃない?」
ユナが笑う。
「今度は飛び込まなくてもいいようにね」
「それはそう」
四人は再び歩き始める。
レンも少し遅れてついていく。
さっきのことを思い出す。
何も考えずに使ったウィンド。
ほんの一瞬だけだったけれど。
確かに、魔法は自分の意思に反応した。
「…………」
レンはふと足を止めた。
「……そういえば」
「どうした?」
アルトが振り返る。
「いや」
レンは少し考える。
「ウィンドを使ったとき、何か見えた気がする」
「何が?」
「分からない」
レンは首を傾げる。
「風が出る前に、何かが流れていったような……」
「魔素じゃない?」
ユナが言う。
「たぶん、それだと思う」
レンは自分の手を見る。
「昨日も、ちょっと似た感じがあったんだよな」
「研究施設で?」
「うん」
レンは少し考えた。
「でも、まだちゃんとは分からない」
「じゃあ、先生に聞いてみれば?」
フィーリアが言う。
「そうだな」
レンは頷く。
「今度聞いてみる」
そして。
四人は再び歩き出した。
夕方の商業区には、学校帰りの学生たちが増えている。
店の明かりが少しずつ灯り始める。
そんな日常の中で。
レンは、ほんの少しだけ前へ進んでいた。
魔法を使ったことよりも。
そのとき見えた「流れ」のほうが。
なぜか、気になっていた。




