見えないもの
家に帰ったレンは、机の上に研究資料を広げていた。
文化・競技祭のMVP特典として受け取った、魔導機に関する資料。
マギアの構造。
魔法陣。
魔鉱石。
魔素。
読み進めるほど、知らない言葉が増えていく。
「……やっぱり、簡単じゃないな」
それでも、読むのは苦ではなかった。
分からなかったものが、少しずつ分かっていく。
それが面白い。
レンは一枚の資料に目を止めた。
魔素についての説明。
魔素は魔鉱石などに蓄えられ、魔導機や魔法具を動かすためのエネルギーとして利用される。
人間の身体にも存在し、魔法を使う際には体内を循環する。
「……体内を循環する」
レンはペンを持った。
『魔素を感じるにはどうすればいいか』
紙に書く。
その下に続けた。
『魔素はどこにある?』
『体内を流れている?』
『外から入ってくる?』
『属性変換はどこで起きる?』
「…………」
考える。
普通の人間なら、魔法を使うときにこんなことを考えない。
火を出したい。
そう思えば、火が出る。
風を起こしたい。
そう思えば、風が起きる。
それが当たり前なのだ。
けれど。
レンには、その「当たり前」がない。
「……そもそも、魔素が分からないんだよな」
目には見えない。
触っても分からない。
けれど、確かに存在している。
魔導機も動かす。
魔法も生み出す。
ならば。
「何か、方法があるはずだ」
レンは資料をめくっていく。
魔法陣についてのページ。
魔素の流れを制御する構造。
量を調整する構造。
属性を変換する構造。
魔法を構築する構造。
「……魔法陣って、色々できるんだな」
そこで、ふと思いつく。
「だったら……」
ペンが止まる。
「魔素を感じるための魔法陣って、作れないのか?」
魔法陣は、魔素を扱うための仕組みだ。
ならば。
魔素を扱う前に、その存在を認識するための仕組みを作る。
「…………」
もし魔法陣が魔素の流れを検知できるなら。
それを自分の身体の中に作れば――。
「……いや」
レンは一度、考えを止めた。
身体の中。
そんな場所に魔法陣を作る。
失敗したらどうなる?
そもそも、そんなことが可能なのか。
「……危ないよな」
普通に考えれば分かる。
分からないことを、自分の身体で試すべきではない。
まして、魔素そのものが分からない自分が。
「一人じゃ無理だな」
レンは椅子にもたれた。
そこで、一人の人物が頭に浮かぶ。
「……父さん」
アーヴェル。
魔導科学の研究者。
魔法陣についても詳しい。
何より、レンのことを知っている大人だ。
「父さんに聞いてみるか」
そう決める。
けれど。
「……あれ?」
レンはふと気づいた。
「研究室って、どこだ?」
アーヴェルとはこれまで、主に家で話している。
研究者だということは知っている。
学園都市の研究機関で働いていることも知っている。
けれど、レン自身は研究室へ行ったことがない。
「……場所、知らないな」
レンは少し困った。
スマートフォンのように検索すれば出てくる、というわけにもいかない。
そもそも、研究機関のどこにいるのかすら分からない。
「……フィーリアに聞くか」
そうして。
レンは翌日、学校でフィーリアに尋ねることにした。
* * *
翌日の昼休み。
レンはフィーリアの席へ向かった。
「フィーリア」
「なに?」
「父さんの研究室って、どこにある?」
「研究室?」
「うん」
フィーリアが少し首を傾げる。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何の?」
「魔素について」
「魔素?」
「ああ」
レンは少しだけ考えてから説明する。
「魔素を感じる方法を調べてるんだ」
「……魔素を感じる?」
「うん。俺、魔法適性がないだろ?」
「うん」
「だから、普通の人がどうやって魔素を扱ってるのか、いまいち分からなくて」
「なるほど」
フィーリアは少し考える。
「父さんなら知ってるかもしれない」
「だよな」
レンは頷いた。
「それで、研究室に行って直接聞いてみようと思って」
「じゃあ、案内するよ」
「いいの?」
「うん」
「助かる」
フィーリアが小さく頷く。
「放課後でいい?」
「ああ」
「分かった」
その日の放課後。
レンは資料を鞄に入れ、フィーリアと合流した。
「こっち」
「うん」
二人並んで学校を出る。
目指すのは、レンがまだ一度も足を踏み入れたことのない場所。
アーヴェルの研究室だった。




