適材適所
放課後。
レンはフィーリアと並んで、学園都市の中心部へ向かっていた。
「こっちで合ってる?」
「うん」
フィーリアは迷うことなく歩いていく。
「研究室って、学校から結構離れてるんだな」
「研究機関が集まってる場所だから」
「なるほど」
学校の周辺とは、少しずつ景色が変わっていった。
学生向けの店が減り、代わりに大きな建物が増えていく。
研究施設。
魔導機器の工房。
企業の研究所。
敷地の中を行き交う研究者らしき人たち。
「……こっち側、あんまり来たことなかったな」
「私も普段は学校と家だけだから」
「フィーリアでも?」
「うん」
「じゃあ、俺とあんまり変わらないな」
「そうかも」
二人で歩いていると、一つの大きな建物の前でフィーリアが足を止めた。
「ここ」
「ここが?」
「父さんの研究室があるところ」
レンは建物を見上げる。
「……結構大きいな」
「研究機関だから」
「そりゃそうか」
二人で中へ入る。
受付を済ませ、案内された廊下を歩いていく。
壁の向こうから機械の音が聞こえる。
魔導機器が動く音。
誰かが話している声。
時折、どこかで小さな警告音が鳴る。
「研究所って感じするな」
「そう?」
「うん」
フィーリアが一つの扉の前で立ち止まる。
「ここ」
扉には研究者の名前が表示されている。
「アーヴェル……」
レンが確認する。
「本当にここなんだな」
「うん」
レンは少しだけ緊張した。
父親に相談するだけだ。
それなのに。
これから自分が考えていることを、研究者に話す。
「……よし」
ノックする。
「どうぞ」
中から声がした。
「失礼します」
レンが扉を開ける。
そこには、いくつもの資料と魔導機器に囲まれたアーヴェルがいた。
「レン君か」
アーヴェルが顔を上げる。
「フィーリアも一緒か」
「うん」
「どうした?」
レンは持ってきた資料を机の上に置いた。
「ちょっと聞きたいことがあって」
「魔素について?」
アーヴェルが資料を見る。
「うん」
「詳しく聞こう」
レンは少し考えてから話し始めた。
「俺、魔素を感じられないだろ?」
「ああ」
「だから、どうやったら感じられるのか調べてた」
「なるほど」
「それで……魔法陣を使えないかなって」
アーヴェルの目が少しだけ変わった。
「魔法陣を?」
「うん」
「どう使うつもりだ?」
「魔素を感じるための仕組みにする」
レンは資料を指差す。
「魔法陣なら、魔素の流れを制御したり、状態を検知したりできるなら……それを利用して、まず魔素がどこにあって、どう流れてるのか分かるようにしたい」
アーヴェルは黙って聞いていた。
「…………」
「どうかな?」
しばらくして。
「面白い」
アーヴェルが答えた。
「それなら、試してみる価値はある」
「できそうですか?」
「可能性はある」
「そうですか」
レンは少し安心する。
けれど、アーヴェルはすぐに続けた。
「ただし、身体の中に魔法陣を作るのは別の話だ」
「やっぱり危ないですか?」
「ああ」
アーヴェルの表情が真剣になる。
「魔法陣は魔素の流れを変える。身体の中に構築すれば、身体そのものに影響を与える可能性がある」
「なるほど」
「だから、いきなり身体で試すのはやめておこう」
「分かりました」
レンは素直に頷いた。
「じゃあ、まずは外で試しますか?」
「そうだ」
アーヴェルは机の上に別の紙を広げた。
「魔素を検知するための簡単な魔法陣を作る」
「検知?」
「魔素そのものを直接感じるのではなく、魔法陣に反応させる」
紙に簡単な図が描かれていく。
「ここで魔素を捉える」
「はい」
「そして、流れや量を読み取る」
「なるほど」
「最後に、それを別の形へ変換する」
レンは図を見つめる。
「……見えないものを、見える形にするわけか」
「そういうことだ」
レンは少し考えた。
「だったら、魔素の量だけじゃなくて、流れてる方向も分かったほうがいいんじゃないですか?」
アーヴェルが顔を上げる。
「どうしてそう思う?」
「俺が知りたいのは、魔素があるかどうかだけじゃないからです」
レンは図を見る。
「どこから来て、どこへ流れてるのか。それが分かれば、普通の人がどうやって魔法を使ってるのかも考えやすくなると思います」
「…………」
アーヴェルは少し黙った。
そして。
「確かに、そのほうがいい」
図を書き直す。
「検知だけでなく、流動方向の情報も取れるようにしてみよう」
「はい」
レンは頷いた。
少しして。
「アーヴェルさん」
「何だ?」
「これ、手伝ってもらってもいいですか?」
アーヴェルはレンを見る。
「もちろん」
「いいんですか?」
「ああ」
少しだけ考えてから、アーヴェルは続けた。
「研究者としても、君のことを知っておきたい」
「俺を?」
「君は魔法のない環境で生きてきた」
「はい」
「この世界で生まれ育った人間とは、魔法に対する前提が違う」
「それが研究になる?」
「十分なる」
アーヴェルは静かに答える。
「普通の人間は、魔素を意識せずに扱っている。幼い頃から魔素に触れているからな」
「歩くのと同じようなもの?」
「近い」
「じゃあ俺には、その感覚がない」
「だからこそ興味深い」
レンは少し考える。
「……なんか、実験台みたいですね」
「そう聞こえるか?」
「ちょっとだけ」
アーヴェルが苦笑する。
「君を傷つけるつもりはない。安全を確認しながら進める」
「なら安心しました」
「それに」
アーヴェルはレンを見る。
「君自身が知りたいと思っていることでもあるんだろう?」
「ええ」
レンは頷いた。
「知りたい」
「なら、一緒にやろう」
「はい」
フィーリアは二人のやり取りを静かに見ていた。
「レン」
「ん?」
「楽しそう」
「そう見える?」
「うん」
レンは少し笑った。
「まあ、面白そうだからな」
アーヴェルも小さく笑う。
「それなら今日はここまでにしよう」
「え?」
「まずは検知用の魔法陣を設計する。実際に作るのは準備ができてからだ」
「そうですか」
「焦る必要はない」
「分かりました」
レンは机の上に並んだ図を見る。
まだ何も完成していない。
魔素も見えない。
魔法も使えない。
けれど。
初めて、その「見えないもの」を知るための具体的な方法が見えた。
「……ありがとう、アーヴェルさん」
「ああ」
レンは資料をまとめる。
「また来てもいいですか?」
「いつでも来なさい」
「じゃあ、また来ます」
研究室を出る。
廊下を歩きながら、レンはさっきの図を思い返していた。
魔素を検知する。
流れを読み取る。
そして、それを理解する。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
でも。
今は、それで十分だった。
まずは。
見えないものを、知るところから始めればいい。




