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空から始まる2度目の青春  作者: 紺野 翼


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知らないだけ


 文化・競技祭が終わって、しばらく。


 学校には、いつもの日常が戻っていた。


 その日の放課後。


「じゃあ、また明日な」


「ああ。また明日」


 アルトたちと別れたあと、レンは一人で研究施設へ向かっていた。


 先日の研究参加で、参加者向けの資料をいくつか受け取っていた。


 その中でも気になっていたのが、魔素の流れについて書かれた資料だった。


「……魔素の流れ、か」


 歩きながら、リーテルに資料を表示する。


 魔鉱石から取り出された魔素。


 魔法陣による制御。


 魔導機の内部を循環する魔素。


 読めば読むほど、マギアがどうやって動いているのかが少しずつ分かってくる。


 けれど。


「自分の中の魔素って、どうなってるんだろうな」


 そこだけは分からない。


 レン自身は、魔素を感じたことがない。


 魔法を使える人間なら、当たり前のように扱っているもの。


 それが、自分には分からない。


「……やっぱり、一度聞いてみるか」


 資料を閉じる。


 そう考えながら歩いていると、研究施設が見えてきた。


 入口を通り、受付で名前を告げる。


「今日は研究参加の見学ですか?」


「はい。前にもらった資料について、少し聞きたいことがあって」


「分かりました。担当の者に確認しますね」


 受付を済ませる。


 案内を待っていると。


「……あれ?」


 廊下の向こうから、見覚えのある人物が歩いてきた。


「エリオ?」


 エリオもレンに気づく。


「……レン?」


 二人とも足を止めた。


「なんでここに?」


 レンが聞く。


「学校の研究部から頼まれて、資料を受け取りに来た」


「ああ、なるほど」


「お前は?」


「俺は文化・競技祭のMVP特典で、研究参加させてもらってる」


「そうだったな」


 エリオがレンの手元を見る。


「その資料か?」


「ああ」


「マギアの研究資料?」


「うん。読んでたら、ちょっと気になるところがあって」


「……そうか」


 エリオは少し考えた。


「なら、少し話さないか」


「俺と?」


「ああ」


 レンは少し意外そうな顔をした。


「別にいいけど」


 二人は施設の休憩スペースへ移動した。


 向かい合って椅子に座る。


「それで?」


 レンが聞く。


「レースのことだ」


「まだその話?」


「悪いか」


「いや」


 レンは苦笑する。


「別にいいけど」


 エリオは少し黙ってから口を開いた。


「お前に負けてから、少し考えた」


「うん」


「俺は、お前のことを何も知らなかった」


「そりゃ、ほとんど会ったことなかったしな」


「そういう意味じゃない」


 エリオがレンを見る。


「魔法も使えない。レースも初出場。それなのに、あのコースで俺に勝った」


「まあ、結果的にはな」


「あの最後の直線での動きも気になっている」


「ああ……」


 レンはレースを思い出す。


 あのとき。


 マギアが、自分の身体の一部のように感じられた。


「俺にもよく分からないんだ」


「分からない?」


「ただ、あのときは妙に動かしやすかった」


「魔法を使ったわけではないのか?」


「俺、適性ゼロだぞ」


「知っている」


 エリオは少し考え込む。


「だからこそ気になる」


「何が?」


「一つ、仮説がある」


「仮説?」


「俺は研究者じゃない。だから、本当にただの考えだ」


「分かった」


 エリオは少し考えてから、ゆっくり口を開いた。


「だって、考えてみろ」


「……?」


「魔法適性っていうのは、魔法が使えることを前提にした検査だろ」


 レンは黙って聞く。


「魔法を行使させて、その結果から適性を測る」


「うん」


「でも、そもそも魔法の使い方が分からない奴がいたらどうなる?」


「……」


「いつまで経っても魔法を行使できない」


 エリオが続ける。


「そうなれば、測定する側からすれば反応が出ない」


「……」


「結果として、ゼロになる」


 レンは少し目を見開いた。


「つまり……」


「魔法適性がゼロなんじゃなく、使い方が分からないから測定できない」


「そういう可能性もあるってことか」


「ああ」


 エリオは頷いた。


「もちろん、仮説だ」


「でも、俺の場合は……」


 レンは言葉を止めた。


 エリオが待つ。


「……何かあるのか?」


「いや」


 一度、誤魔化そうとした。


 けれど。


 この話をするなら、自分のことを少しは説明しなければならない。


「……俺さ」


 レンは視線を落とす。


「この世界のこと、何も知らなかったんだ」


「何も?」


「ああ」


 レンは少し笑った。


「魔法も。魔素も。魔鉱石も」


 エリオの表情が変わる。


「……どういう意味だ?」


「そのままの意味」


「学校に来る前から?」


「うん」


「じゃあ、お前は今までどこにいた?」


「それが……」


 レンは言葉に詰まった。


 どう説明すればいい。


 自分でも分からない。


 昨日まで別の世界にいた。


 そして眠って。


 気づいたら空から落ちていた。


 そんな話。


 普通なら信じるはずがない。


「……信じなくてもいいけど」


 レンが小さく言った。


「俺、ここじゃない場所にいたんだ」


「ここじゃない場所?」


「ああ」


「国外という意味か?」


「違う」


 レンは首を振った。


「もっと……違う場所」


 エリオが黙る。


「俺がいた場所には、魔法なんてなかった」


「……」


「空を飛ぶ乗り物もなかったし、魔鉱石もなかった」


「それは……」


 エリオが言葉を探す。


 レン自身も困ったように笑った。


「変な話だろ?」


「……ああ」


「俺もそう思う」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 エリオはレンを見ていた。


 疑っているようにも見えた。


 けれど、馬鹿にしているわけではなかった。


「どうやって、ここに来た?」


「分からない」


 レンは答える。


「本当に分からないんだ」


「……」


「昨日まで普通に生活してた」


 そこで一度、言葉を止める。


「それで、寝た」


「寝て?」


「次に目を開けたときには、空にいた」


「……空?」


「ああ」


「落ちてた」


 エリオが黙った。


「そのあと、フィーリアに助けられた」


 レンは笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


「それだけなんだ」


「……」


「どうしてここに来たのかも、何で俺だったのかも分からない」


 自分でも、ずっと分からなかった。


 今だって分からない。


 ただ。


 目を開けたら。


 知らない世界にいた。


「……だから」


 レンは顔を上げる。


「俺は、この世界の人間じゃないと思う」


 エリオの表情が、わずかに変わった。


「……そういうことか」


「信じる?」


「分からない」


 正直な答えだった。


「でも」


 エリオは腕を組む。


「少なくとも、お前がこの世界の常識を何も知らなかった理由は説明できる」


「まあな」


「そして」


 エリオは考え込む。


「お前の魔法適性についても、考え直す必要があるかもしれない」


「俺の?」


「ああ」


 エリオはゆっくりと言った。


「この世界の人間は、生まれたときから魔素のある環境で生きている」


「うん」


「子供の頃から、魔法具がある。魔素がある。魔法がある」


「だから、自然に扱い方を覚える?」


「そうだ」


 エリオは頷く。


「歩くときに、足をどう動かすか考えないのと同じだ」


「……」


「でも、お前にはそれがない」


 レンは静かに聞いていた。


「お前は、魔素というもの自体を知らない場所から来た」


「そうなるな」


「なら、使えないのも当然だ」


 エリオは続ける。


「身体の中に魔素があったとしても、それをどう認識すればいいのか分からない」


「……確かに」


「だから俺は、お前が魔法を使えないんじゃなく」


 エリオはレンを見る。


「ただ、使い方を知らないだけなんじゃないかと思った」


 レンは黙った。


 その言葉が、頭の中に残る。


 使えないんじゃない。


 知らないだけ。


「……でも、どうやって?」


「まずは、魔法を使おうとするな」


「え?」


「魔素を感じるところから始めればいい」


「感じる?」


「ああ」


「でも、俺には何も感じないぞ」


「だからだ」


 エリオが言う。


「今まで感じようとしたことがないんだろ」


「……それは、そうだけど」


「なら、まずそこからだ」


「どうやって?」


「そこまでは知らない」


「おい」


「だから仮説だと言っただろ」


 エリオが少しだけ笑った。


 レンも思わず笑う。


「まあ……そうか」


 そのとき。


「エリオさん、資料の準備ができました」


 廊下から声が聞こえた。


「ああ。今行く」


 エリオが立ち上がる。


「じゃあ、俺はこれで」


「うん」


 エリオが歩き出す。


 数歩進んだところで、振り返った。


「レン」


「ん?」


「お前が何者なのかは、正直よく分からない」


「俺も分からない」


「だろうな」


 エリオは少しだけ笑った。


「でも、次に走るときは負けない」


 レンも笑う。


「じゃあ、俺も負けるつもりはないよ」


「それでいい」


 エリオは廊下の向こうへ消えていった。


 レンは一人、休憩スペースに残る。


「…………」


 魔素を感じる。


 今まで考えたこともなかった。


 もし、本当に自分が「使えない」のではなく。


 ただ「知らない」だけなら。


 まずは。


 知らないものを知る必要がある。


 レンは手元の資料を開いた。


 魔素の流れ。


 魔法陣による制御。


 魔導機の内部構造。


 ページをめくる。


 そして、ふと思った。


 魔法陣は、魔素を制御するためのもの。


 なら。


「……魔素を感じるための魔法陣って、作れないのか?」


 まだ分からない。


 でも。


 調べる理由はできた。


 レンは資料を閉じる。


 そして、研究施設の奥へ向かって歩き出した。


 魔法を使うためではない。


 まずは。


 魔法というものを、自分の身体で理解するために。

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