知りたいだけ
文化・競技祭が終わって、しばらく。
学校には、いつもの日常が戻っていた。
昼休み。
レンたちはいつものように、四人で昼食を取っていた。
「そういやレン」
アルトが突然、口を開いた。
「決勝の映像見たぞ!」
「映像?」
「ああ。学校の記録に残ってたやつ」
「そんなのあるのか」
「あるに決まってるだろ」
アルトが笑う。
「すげぇな!」
「何が?」
「初出場でトップ取るなんて、やっぱ思い返してもすげぇわ」
「……まあ、運もあったと思うけど」
「それでもだよ」
ユナも頷く。
「最後、かなりギリギリだったよね」
「うん」
フィーリアも小さく頷いた。
「レン、速かった」
「ありがとう」
レンは少し照れながら答える。
「それでさ」
アルトが続ける。
「MVPの特典、ちゃんと届いた?」
「ああ」
「何だったんだ?」
「食券と……あと研究参加の権利」
「食券って何枚?」
「三十枚」
「三十!?」
「結構あるな」
ユナも驚く。
「一枚一食分だから、しばらく昼飯には困らないね」
「ありがたい」
レンは笑う。
「食券は封筒に入れてもらったけど……」
少し考える。
「研究参加のほうは、すっかり忘れてたな」
「おい」
アルトが呆れる。
「MVPの特典だぞ?」
「いや、食券のほうが分かりやすいし」
「そこじゃないだろ」
「でも、研究って何するんだろうね」
ユナが首を傾げる。
「分からない」
レンも考える。
研究参加。
言葉だけ聞けば少し堅苦しい。
けれど。
「……行ってみるか」
「え?」
「ちょっと気になる」
「マギアの研究?」
「そう」
レンは少し考えてから言った。
「仕組み、まだちゃんと分かってないから」
「乗れるようになったのに?」
「乗れるのと分かるのは別だろ」
「まあ、それはそうか」
アルトが頷く。
「じゃあ、行ってみれば?」
「うん」
こうして。
レンはMVP特典の研究参加権を使って、学園都市の研究施設を訪れることになった。
* * *
「こちらが研究区画です」
案内された建物の中。
廊下には様々な魔導機器が並んでいる。
学生らしい姿もあれば、研究者らしい大人の姿もある。
見慣れない装置や資料が整然と並び、奥からは機械の駆動音や魔力の振動が伝わってくる。
「今日はマギアの基礎構造について見てもらいます」
案内役の研究員が説明した。
「お願いします」
広い部屋に入る。
中央には一台のマギアが置かれていた。
ただし。
外装の一部が外されている。
「……おお」
レンが足を止める。
「これ、分解してるんですか?」
「整備と研究を兼ねています」
車体内部には、いくつもの魔法陣が組み込まれている。
中央には中枢部。
後部には魔鉱石。
それぞれが複雑に接続されている。
「こんなに入ってるのか……」
「一つの魔法陣で全部を動かしているわけではありません」
研究員が説明する。
「起動、姿勢検知、魔素制御、重力場、補助制御。役割ごとに複数の魔法陣が連携しています」
「なるほど」
レンはマギアに近づく。
「じゃあ、起動するときは?」
「後部の魔鉱石から魔素が供給されます」
「そこから?」
「中枢部へ送られ、各系統へ分配されます」
研究員が説明しながら指差していく。
「最初に起動系が働き、その後、重力場が展開されます」
「だから浮くんですね」
「そうです」
「じゃあ、浮いたあとに足置きとかハンドルが出てくるのは?」
「内部機構が連動して展開します」
「なるほど……」
レンは頷く。
実際に中を見ると、今まで見えていなかった部分が少しずつ分かってくる。
「姿勢を読み取るのは?」
「こちらです」
研究員が中央付近を指す。
「複数の検知用魔法陣があります。乗っている人の体重移動や姿勢変化を読み取り、マギアが進行方向や速度変化を判断します」
「つまり、俺が前に倒れると……」
「前進の意思として処理されます」
「右に体重を移せば?」
「旋回」
「起こせば?」
「減速」
「……すごいな」
レンは魔法陣をじっと見る。
「人の動きを、そのまま命令として扱ってるみたいなものか」
「近いですね」
「でも、どうやって『前に進みたい』って分かるんです?」
研究員が少し笑う。
「そこがマギアの面白いところです」
検知用の魔法陣を指差す。
「単純に身体の動きを一つずつ命令として変換しているわけではありません。姿勢、荷重、変化量などを総合して、乗り手の意図を判断しています」
「意図……」
「もちろん完全に読み取れるわけではありません。危険な動きは制御側で制限されます」
「だから安全補助があるんですね」
「そういうことです」
レンは黙ってマギアを見る。
自分が何気なく身体を動かしていた裏側で、これだけの処理が行われている。
「面白い……」
思わず呟いた。
「君、ずいぶん細かいところまで聞くね」
「え?」
研究員がレンを見る。
「マギアに興味があるんですか?」
「あります」
「研究者志望?」
「いや」
レンは即答した。
「そこまでは考えてないです」
「じゃあ、どうして?」
レンは少し考える。
「……知りたいだけです」
「知りたいだけ?」
「はい」
レンはマギアを見る。
「どうやって動いてるのか知りたい。どうして身体を動かしただけで、マギアが同じように動いてくれるのか」
「なるほど」
「それが分かれば、いつか自分で調整したり、改良したりできるかもしれないし」
「改良したいんですか?」
「できるなら」
レンは少し笑った。
「別に仕事にしたいわけじゃないですけど」
研究員は少し考えるようにマギアへ目を向けた。
「それも立派な興味だと思いますよ」
「そうですか?」
「研究を仕事にしたい人もいます。知識を身につけて、その先で何かを作りたい人もいる」
研究員が続ける。
「知識を何に使うかは、人それぞれですから」
「……なるほど」
レンは頷いた。
それなら。
自分は自分のやり方で、この世界を知っていけばいい。
「そういえば」
研究員がレンを見る。
「君、魔法適性がゼロなんですよね?」
「はい」
「それで今回のレース、優勝したのか」
「……まあ、一応」
レンが少し照れくさそうに答える。
「それは珍しいですね」
「そうなんですか?」
「魔法適性がなくても、マギアを操作すること自体には問題ありません。マギアは乗り手の魔力だけで動く機械ではありませんから」
「ですよね」
「ただ、適性ゼロの学生が初出場でここまで結果を出すのは、そう多くない」
「……そうなんだ」
「映像も見ましたよ」
研究員が笑う。
「特に最後の判断は面白かった」
「最後?」
「商業区画へ入ったところです」
レンが少し目を見開く。
「あれですか」
「多くの選手が避けるルートでしたからね」
「距離が短かったので」
「それだけで選んだ?」
「あと、道の形を見て」
レンは少し考える。
「こっちのほうが行けると思っただけです」
「なるほど」
研究員は頷く。
「君の場合、魔法よりも、乗り手としての判断力や操作感覚のほうが大きいのかもしれませんね」
「そういうものですか」
「少なくとも、今回の結果を見る限りは」
レンは少し照れながら笑った。
「じゃあ、もっと上手くなれるように頑張ります」
「いいですね」
その後も、レンはいくつか質問をした。
魔鉱石から魔素がどう供給されるのか。
重力場を維持する仕組み。
複数の魔法陣がどう連携しているのか。
安全装置がどこまで介入するのか。
一つ聞けば、また一つ気になる。
時間が経つのが早かった。
「今日はこのくらいで」
「ありがとうございました」
研究員が資料を数冊渡してくれる。
「MVP特典の参加者向け資料です。基礎部分ならこれで勉強できます」
「いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
資料を受け取る。
ずしりとした重さ。
それだけで、少し嬉しくなった。
研究施設を出る。
外はもう夕方だった。
「……面白かったな」
レンは手元の資料を見る。
まだ分からないことは多い。
けれど。
今日だけでも、今まで知らなかったことをたくさん知ることができた。
「……もっと知りたいな」
小さく呟く。
研究者になるつもりはない。
特別な目的があるわけでもない。
ただ。
知らないものを知りたい。
仕組みを理解したい。
そしていつか。
自分で触って、調整して、改良できるくらいまで分かるようになりたい。
そんな気持ちを抱えながら。
レンは夕暮れの学園都市を歩いて帰った。




