少し遠くへ
数日後。
昼休み。
レンは教室の窓際で、買ったばかりの本を開いていた。
『東方見聞録~日に照らされし大地と繁栄~』
昨日の夜も少し読んだ。
東方大陸の歴史。
五つの学園都市。
それぞれの地域の特徴。
そして――。
「……港町か」
本の地図を眺める。
東側には海が広がっている。
その海に面した街の一つに、港町があった。
写真を見る限り、学園都市とはかなり雰囲気が違うらしい。
「何見てんの?」
アルトが隣から本を覗き込んだ。
「この前買った本」
「まだ読んでんの?」
「結構分厚いんだよ」
「歴史の本だろ? よく読めるな」
「知らないことが多いからな」
レンは地図を指でなぞる。
「ここ、東の港町」
「ああ、そこか」
アルトが地図を見る。
「行ったことあるぞ」
「マジで?」
「昔、家族と行った」
「どんなところ?」
「海があって、魚がうまい」
「……分かりやすいな」
「港町だからな」
そこへユナがやってきた。
「何の話?」
「東の港町」
「港町?」
「レンが気になってるらしい」
「俺、まだそこまで言ってないぞ」
「じゃあ、行きたくない?」
「……行ってみたい」
「ほら」
「うるさい」
ユナが笑う。
「私も行ったことあるよ。小さい頃だけど」
「フィーリアは?」
「あるよ」
「じゃあ、俺だけ行ったことないのか」
レンは本を閉じた。
「観光できる場所とかあるのか?」
「市場もあるし、古い街並みも残ってるよ」
ユナが答える。
「海沿いの公園も綺麗」
「それは行ってみたいな」
「学園都市から地方線で行けるよ」
「日帰りでも大丈夫」
フィーリアも頷いた。
アルトが笑う。
「じゃあ、次の休みに行こうぜ」
「本当に?」
「みんな暇だろ?」
「私は大丈夫」
「私も」
三人の視線がレンに集まる。
「……俺も行く」
自然と笑っていた。
次の休み。
友達と出かける。
それだけのことなのに、妙に楽しみだった。
「じゃあ、時間は後で決めよう」
「朝から行こうぜ」
「分かった」
話がまとまったところで、午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。
* * *
放課後。
帰り支度をしていると、フィーリアがレンのところへやってきた。
「レン」
「ん?」
「今日、帰りにうちへ寄って」
「フィーリアの家?」
「うん」
「どうした?」
「父さんが呼んでる」
「……俺を?」
「そう」
「何かした?」
「してないよ」
「ならいいけど」
少しだけ不安になりながら、レンはフィーリアと一緒に学校を出た。
* * *
家に着くと、玄関を開けたところで懐かしい声が聞こえた。
「おかえり、フィーリア」
「ただいま」
奥からアーヴェルが出てくる。
「そして、久しぶりだね。レン君」
「お久しぶりです」
「まあ、座りなさい」
三人でテーブルを囲む。
アーヴェルがレンを見る。
「最近はどうだね?」
「学校にも少しずつ慣れてきました」
「それはよかった。生活のほうは?」
「特に困ってないです」
「そうか」
アーヴェルは安心したように頷く。
「友達もできたんだろう?」
「はい。フィーリアの友達と、あとクラスのやつも」
「それなら何よりだ」
フィーリアが隣で頷く。
「アルトとユナ」
「二人ともいい子だよ」
「そうか」
アーヴェルは少し笑った。
「フィーリアが学校の話をするようになったのも、最近だな」
「……そう?」
「前は聞いても、授業があった、で終わっていたからね」
「そうだった?」
「そうだったよ」
フィーリアは少し考える。
レンは思わず笑った。
「確かにフィーリアらしいな」
「どういう意味?」
「いや、なんでもない」
少しだけ穏やかな空気が流れる。
そのあと、レンは思い出したように言った。
「そういえば、今度の休みに三人と出かけることになって」
「ほう。どこへ?」
「東の港町です」
「港町か」
「地方線で行けるみたいなので」
「なるほど」
アーヴェルが頷く。
「それなら日帰りでも問題ないだろう」
「はい。海沿いを見たり、市場に行ったりする予定です」
「楽しそうだね」
「俺も楽しみです」
そう言ってから、レンは少し照れくさそうに笑った。
するとアーヴェルが何かを思い出したように立ち上がった。
「そうだ」
「?」
部屋の奥へ行き、しばらくして戻ってくる。
手には小さな封筒があった。
「これを持っていきなさい」
「……?」
レンが受け取る。
「お金?」
「そう」
「いや、でも……」
「学生の身で、まだこちらの生活にも慣れていないだろう」
アーヴェルは穏やかに言った。
「口座には最低限しか入れていなかったはずだ。普段の生活ならともかく、友達と出かけるとなれば不自由するだろう」
「でも……」
「遠慮しなくていい」
レンは封筒を見る。
確かに、こちらへ来てから必要最低限の生活費しか用意していない。
学校生活には困っていない。
けれど、遊びに行くとなれば話は別だ。
「……ありがとうございます」
「気にすることはないよ」
「大事に使います」
「それでいい」
フィーリアが横から封筒を見る。
「何円?」
「フィーリア、そこ聞く?」
「気になる」
「普通に聞くんだな……」
アーヴェルが笑う。
「必要な分だけ使えばいい」
「はい」
レンは封筒を鞄へしまった。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
「うん」
立ち上がったレンに、アーヴェルが声をかける。
「レン君」
「はい?」
「楽しんできなさい」
「……はい」
玄関を出る。
隣にはフィーリアがいる。
「お金、よかったね」
「助かったよ」
「何買うの?」
「まだ決めてない」
「魚?」
「それはアルトに聞いてくれ」
フィーリアが少しだけ笑った。
レンも笑う。
次の休み。
今度は、学校の外へ。
少しだけ遠くへ行ってみる。
そんな予定が、いつの間にか楽しみになっていた。




