知らない名前
休日の朝。
レンは机の上に、一冊の本を広げていた。
『東方見聞録~日に照らされし大地と繁栄~』
「…………」
ページをめくる。
地図。
国の名前。
都市。
歴史。
知らないものばかりだった。
「東の大陸に五つの国……」
昨日までなら、ただの数字だった。
けれど今は違う。
自分が暮らしているこの街も、そのうちの一つにある。
ページをめくる。
国ごとの特徴。
主要な都市。
昔起きた出来事。
知らなかったことが次々と出てくる。
「……結構広いんだな」
地図を眺める。
学校へ行って。
街を歩いて。
友達と遊んで。
そんな毎日を過ごしていると、つい忘れてしまう。
この世界は、自分が今いる場所だけではない。
まだ見たことのない場所が、いくつもある。
「……この国だけでも、知らないところだらけだな」
さらにページをめくる。
いくつかの都市の名前が並んでいた。
「へえ……」
その中の一つに目が止まる。
「この名前……」
どこかで見た覚えがある。
少し考える。
「……あ」
学校で使った教材に載っていた。
「そういうことか」
学校で習ったこと。
本に書かれていること。
街で実際に見たもの。
それらが、少しずつつながっていく。
「……ちょっと面白いな」
レンはそのまま読み進めた。
* * *
数日後。
昼休み。
レンたちは、いつものように四人で集まっていた。
「そういやレン」
アルトがレンの鞄を見る。
「この前買った本、読んでる?」
「ああ」
レンは鞄から本を取り出した。
「結構面白いぞ」
「まだ読んでんの?」
「分厚いんだよ」
「そんなに?」
「歴史とか地理とか色々載ってるからな」
ユナが横から表紙を覗き込む。
「『東方見聞録』?」
「ああ」
「難しそう」
「まあ、ちょっと難しい」
「じゃあ私、途中で寝そう」
「歴史の本ってそういうもんじゃない?」
「それは偏見じゃない?」
ユナが笑う。
「でも、知らないこと多いからな」
レンが本を閉じる。
「この世界のこと、まだ全然知らないし」
「それならフィーリアに聞けば?」
ユナが言う。
「フィーリアも全部知ってるわけじゃないだろ」
「うん」
フィーリアが素直に頷く。
「じゃあ一緒じゃん」
「……そうだね」
フィーリアが小さく笑った。
「そういえば」
ユナが思い出したように言う。
「この前のお店、楽しかったね」
「ゲーセン?」
「うん。あと服も」
ユナがフィーリアを見る。
「フィーリアに見せたい服、まだあるんだよ」
「まだあるの?」
「あるよ」
「……多いね」
「今度また行こうよ」
「うん」
「レンも来る?」
「俺?」
「この前、本屋で本買ってたじゃん」
「まあ……」
「じゃあ一緒に行けばいいじゃん」
「俺、服は見ないぞ」
「荷物持ち」
「またそれかよ」
レンが苦笑する。
「アルトもね」
「なんで俺まで!?」
「男手は多いほうがいいでしょ」
「理不尽すぎる……」
三人が笑う。
「そういえばアルトは、ゲーム雑誌どうだった?」
レンが聞く。
「ああ?」
「この前読んでただろ」
「ああ。新作のやつ?」
「買ったの?」
「買ってない」
「なんで?」
「欲しいゲームが載ってただけだからな。発売してから考える」
「へえ」
「レンは本買ったじゃん」
「本はいいんだよ」
「何が違うんだ?」
「……読むから」
「俺だってゲームするぞ」
「それもそうか」
また笑い声が広がる。
昼休みの時間は、あっという間に過ぎていく。
レンは机の上に置いた本を見る。
知らない国。
知らない都市。
知らない歴史。
この世界には、まだ知らないものがいくらでもある。
でも。
それを知っていくことは、思っていたより悪くなかった。
「……いつか、どっか行ってみるのもいいかもな」
レンが何気なく呟く。
「どこに?」
アルトが聞く。
「まだ分からない」
「なんだそれ」
「でも、いつか」
レンは笑った。
まだ知らない名前が、いくつも残っている。
その一つ一つが。
いつか、自分の知っている場所になるのかもしれない。
そう思うと。
少しだけ、この世界のことをもっと知りたくなった。
そして。
午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。
「ほら、戻るぞ」
「分かってるって」
四人はそれぞれの席へ戻っていく。
いつもの午後が始まった。




