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第三話『陰の名前 上』其ノ壱







 

 


    影はどんな顔をしているのだろう____









 

 

 

___




 

 「っはあ…はあっ…はっ」


 たらりと冷や汗が背中を伝う。ドクドクと鳴り響く心臓に、体力の限界を伝える足。もう無理だと震える身体を必死に動かす。



 

 なんで、こんなことに_____










 


















 「廻くーん!あともう少しですよーっ」



 

 学園内高等部体育科専用トレーニング施設__


 

 5月、良く晴れた休日の朝、シリアスな雰囲気には到底似付かない、明るく元気な声で悠太君が僕に呼び掛けた。声の主はというと、眩しい笑顔でゴールと大きく書かれた旗を振りながら僕に声援を送っている。


 ここは体育科敷地内に創設されている、体育科専用のトレーニング施設である。



 ………もう一度言おう、ここは体育科専用のトレーニング施設である。

 

 身体能力向上の為、ありとあらゆる設備が備え付けられたこのトレーニング施設で、僕は背後に迫る岩石の様な見た目の妖から逃げる為、悠太君の待つゴール目掛けて必死に足を動かす。

 「不死身とはいえ、毎度毎度妖の攻撃モロに食らってたら流石に足手まといだわ」というなんともシビアな狼君の言葉を発端に、僕の基礎体力、身体能力の向上も兼ねて、妖からの攻撃を交わしながら3km先のゴールを目指す、実技トレーニングを行っている。

 

 悠太君の待つゴールはもう目前だが、それと同じくらい背後の妖もギョロギョロと目を回しながらすぐそこまで迫っている。ずっと走りっぱなしの足は限界だし、上手く避けきれずにできた傷で身体中が痛い。そもそもなんで学園内に妖がいるんだ。思考が低下する頭の中でぐるぐると考えていると、


 「廻君、後ろ!!」


 悠太君の大きな声で反射的に後ろを振り向く。いつの間にか僕に追い付いていた妖のその硬く大きな腕で勢い良く殴り飛ばされた。


 「ッゴホ」


 モロに食らった攻撃に一瞬呼吸が止まる。必死に立ち上がろうとするも、強く壁に叩きつけられた痛みで身体に力が入らない。そうこうしている間に妖は目の前に迫り僕の体に影を落とした。そして、その勢いのまま再度僕の頭上から硬い腕を振り落とした。


 やばい、潰される___ッ


 「はい終了〜」


 すると、その言葉と共に妖の腕は僕の頭の上ギリギリでぴたりと止まった。まるで魂が抜けてしまったかのように妖はウンともスンとも言わなくなった。

 当然のように妖を止めた狼君は「大丈夫かよ?」と言いながら手を差し伸べてくれる。僕は震えた息を吐き出しながら、有難くその手を取って立ち上がっている。そんな僕達の元へ悠太君や弥子君も駆けつけてきた。


 「いや〜惜しかったですね」

 「最後のとこ仲平見えて油断したでしょ」


 「あ、もう傷治りかけてる」なんて言う弥子君にその通り過ぎて何も言えない。


 「やっぱり僕一人で妖を相手にするなんて難しいと思うんだけど…」

 「まーでもちゃんと体動かせてるし、妖から逃げようって自分で考えて動けてんだからマシにはなってんだろ」


 結局弱音を吐く僕に、励ましなのかは少し微妙な言葉を狼君はくれた。本当に大丈夫なのだろうかと治りかけの傷を撫でながら、「それにしても…」とずっと気になっていた事を口にする。


 「この妖は何で狼君達の言う事を聞いてるの?」


 突然体育科専用のトレーニング施設に連れてこられ、トレーニング内容をザッと説明をされた後、当然の様に此処に放り込まれた妖の存在が僕はずっと気になっていた。


 「ああ、これは妖じゃねぇよ?(あやかし)ロボな」

 「妖ロボ?」


 とても機械には見えないけど…、と思いながら完全に動きが止まってしまった妖ロボを見る。そんな僕の気持ちを見透かした様に、隣に立った弥子君が教えてくれる。


 「妖ロボって言うのは、主に対妖用トレーニングのために工業科の生徒達が試供品として学園に提供している試供品ロボの事だよ」

 「これを生徒が作ってるの!?」

 「工業科はものづくりに関する専門的な知識と技術を習得する学科だからね、その道に強い異能力や知識、技術を持った生徒ばかりなんだ」

 「ほんと何度見ても良く出来てますよね、本物にしか見えません」


 本物ではないと聞いてもどう見ても本物にしか見えないその妖ロボに思わず感心する。それと同時に本物じゃなかったのかと密かに安堵した。本物の妖を通して実践を積まなくても、この妖ロボで慣れていけば僕にも祓えるようになるかもしれない。

 




 あれ、でも____


 「これ機械って事は壊しちゃったらまずいんじゃ、」

 「あー大丈夫大丈夫」


そう言って狼君は停止している妖ロボの前に立ち腕を軽く引いて、その妖ロボに向かって躊躇無く拳を打ち出した。





 

バコーンッ!!






 豪快な音が響いて妖ロボは一瞬で砕け散った。チリチリと火花を散らしながら砕け散る妖ロボを尻目に、此方を振り返った狼君は清々しい程の笑顔で言う。


 「これ試供品だからさ、壊れても平気なんだわ」



 

 いや、壊したよね____???








 

 「そ、そうなんだ……」

 「ちょっと狼、最近壊しすぎなんじゃないの?これじゃ回道のトレーニング出来ないよ」

 「お前も昨日4体粉々にしてたじゃん」


 「あれは仕方なかったんだよ」なんて話してる弥子君と狼君に、そもそも何でこんな簡単に壊せるんだ、と僕はその場にしゃがみ込んだ。狼君の拳で粉々に砕け散ってしまった妖ロボは今やただの破片となり、無惨にその辺に散らばっている。その破片を1つ手に取ってみると硬い金属の感触が伝わってきて、本当に機械だったんだな、と改めて思った。


 「廻君どうかしました?」


 そんな僕を不思議そうに見つめながら悠太君が問いかけてくる。


 「いや、こんなに硬いものを軽々と破壊しちゃうなんて、狼君の力って本当に凄いなぁって」

 「本当にそうですよね、狼君も弥子君も本物のヒーローみたいで憧れちゃいます」

 「ヒーローか…、たしかに」


 そう言った悠太君に、狼君と弥子君が僕を学園に迎えに来てくれた時の事を思い出して納得する。顔を見合せながら笑う僕達2人を狼君と弥子君は不思議そうに見ていた。


 「狼君や弥子君みたいに一瞬で妖を祓えるような能力が、僕にもあれば良かったんですけどね」

 「あ……そういえば、悠太君の異能力ってどんな能力なの?」


 僕は悠太君の異能力について、竜胆先生から聞いた普通科には珍しい僕と同じB級の能力者という事しか知らない。

 

 「あ、そういえばまだ言ってませんでしたね」

 「えっと、たしか、竜胆先生が僕と同じB級の能力者だって…」

 「そうですそうです!僕も廻君と同じB級の能力者です」


 そう言った悠太君は少し頬を染めて嬉しそうに頷いた。


 「僕の異能力は「平均値」。対象としたものの力の平均値をとり、その力を平等にする事が出来ます」

 「平等に……?」


 悠太君の説明にいまいちピンとこなくて首を傾げる。そんな僕に悠太君は笑って言う。


 「実際見てみないと良く分からないですよね」


 そう言った悠太君は、狼君、弥子君、僕の3人の距離を円になるようにグッと近付ける。すると次の瞬間、スッと悠太君の纏う雰囲気が変わり、僕の背中には謎の緊張が走る。そんな僕とは裏腹に狼君と弥子君は慣れた様子で一連の流れに身を任せているようだった。

 悠太君は右手を左腕に添え、左手を肩の高さから真っ直ぐに伸ばしたまま手の平を徐々に閉じてゆっくりと下げていく。そして、左の手の平を閉じた悠太君が目を伏せる。


 











 ピィィン_____


 













 その一瞬、空気が弾ける様な音が響いた。そして、フッとほんの一瞬全身の力が抜ける様な感覚に陥る。それは気の所為かと思う様な程度のもので、その他には何の変化も見られないように思う。


 「えっと……、これは一体…?」


 僕がそう聞くと、いつもの雰囲気に戻った悠太君が笑って言う。


 「僕の異能力「平均値」は対象としたものの力の平均値をとり、その力を平等にします。僕の言う力とは人が生まれながらに持つ力の事で、基礎体力や身体能力、僕達能力者にとっての異能力を指します。

 そして、僕が対象に出来るものは一度に僕の視界に映るものだけなので、今、狼君、弥子君、そして廻君を対象に能力を使いました」


 なるほど、だからさっき僕達3人の距離を近付けたのか。先程の悠太君行動の意図に気付き、小さく頷いていると、悠太君は僕を見つめて少し眉を下げて笑った。


 「だから今、狼君、弥子君、廻君の力は同じ値……つまり、3人の力からとった平均の力になっているんです」

 「僕達3人の力が同じ値に…?」

 「はい、3人の力は今同じ値です。今回の場合、対象が狼君、弥子君、廻君の3人なので、狼君と弥子君の力の強さのお陰で平均値は大幅に上がってます。なので廻君は今、普段よりも強い力が出せると思いますよ」


 そう言った悠太君の言葉に少し気分が上がり、ソワソワした気持ちで手の平を眺めてみる。すると突如、背中からゾワッとした気配を感じた。



 バッと後ろを振り返ると同時に狼君が空中から僕の顔目掛けて大きく脚を振りかぶっていた。何で、と思う暇もない程一瞬の出来事に、僕は咄嗟に顔の前で腕をクロスさせ防御しようとする他なかった。






 パァンッッと強烈な破裂音が辺り一体に大きく響いた。それと同時に僕の腕には痺れるような痛みが走る。


 「ナイスカバー」


 ビリビリと痺れる腕に顔を歪ませながら、その原因である狼君を見上げると、当の本人は口元に緩く弧を描いて僕を見下ろしていた。


 「ろ、狼君……、これは一体、どういう事?」

 「わりぃわりぃ、仲平の能力試すのにこれが1番分かりやすいと思ってさ〜」


 地上に降り立った狼君は、痛い、と少し涙目の僕に向かってそう告げた。未だビリビリと痛む腕を摩りながら、気が抜けて思わず座り込んでしまった僕はどういう事だろうと狼君を見上げる。


 「普段のお前なら俺の蹴り、受け止めきれねぇだろ?そもそも俺が後ろから狙ってんのにも気付けてねぇだろうしな」


 _____あ、確かに


 「でもまあ同じ力とはいえ、狼は元々の身体能力が化け物級だから加減しててもかなりの威力だったでしょ、しかも不意打ちで」


 「ごめんね」と、まるで子供のした悪事を親が代わりに謝るような言い方で弥子君は僕に謝った。そんな彼に、僕は気にしないでという意をやんわりと伝えた。


 「それにしても悠太君の力凄いね、同じ階級だなんて思えないや」


 悠太君の力に感心し、自分の力と比べて僕は小さく肩を落とした。


 「……それがそうでもないんです」


 そう言って悠太君は座り込んだままの僕に手を差し伸べる。僕は有り難くその手を借りて起き上がり、悠太君の声に耳を傾ける。


 「視界に映るものを均一に同じ力にできるとは言っても、その数が多ければ多いほど能力の持続時間は短くなりますし、僕の体力では、今まで2人の人間に対しておよそ1時間半の持続が限界でした

 それに、狼君や弥子君のような僕より遥かに強大な能力を持った者に対しては、たとえ能力を使ったとしても簡単に破られちゃうんですよ」


 ね?、と同意を求める様に悠太君は狼君と弥子君に言う。

 だとしても僕なんかよりもずっと凄い力を持つ悠太君は凄いと思うんだけど……。そんな僕に気付いてか悠太君は更に続ける。


 「あと、僕自身には能力は発動しないんですよ」


 どこかその事実がマイナスな要素の様に語る悠太君に、僕はどうしてだろうと首を傾げる。だって、悠太君自身が能力の対象に含まれないと言うことは、使い方によってはかなり強い能力になるじゃないか。


 「でもそれって、低い平均値をとれば悠太君はとても強くなれるんじゃ__」

 「僕、体育2なんです」


 …………………………。


 「え?」


 僕の言葉に被せる様に言った悠太君に、僕は言葉の意図が分からなくて思わず聞き返す。悠太君はいつもと変わらない眩しいくらいの笑顔で答えてくれる。


 「僕、体育2なんですよ」

 「それはどういう__?」


 やはり意味を理解出来ない僕に、悠太君は少し考えた素振り見せた後、キョロキョロと辺りを見渡して足元に落ちていた妖ロボだったものの欠片を一つ拾った。そして僕達から20m程の距離を取って、そこから「廻君、行きますよーっ」なんて言って手を振っている。一体何をどうするのだろうと思って見ていると、悠太君はそれをグッと握りしめて、まるでピッチャーの様な綺麗なフォームでそれを僕目掛けて勢い良く投げてきた。





















 


 と、思ったけどその欠片は悠太君のすぐ足元に落下した。


 「…………ん?」


 何だこれは……と呆気に取られている僕の横で、狼君と弥子君は「あれ逆にどうやってんだろな」「むしろ難しくない?」なんてこの状況を見慣れた様子で語っている。

 当の本人である悠太君は何でもない様子で足元に落ちた欠片を拾ってまた僕達の元へと戻ってくる。


 「あの、悠太君、これは一体……?」

 「廻君、日本の学校では成績を5段階で評価しますよね」

 「え?あ、そうだね」

 「5段階の中で最も普通で平均的な数字は何だと思いますか?」

 「えっと、3……?」

 「そうです、成績をつけるに当たって評価の基準となる数字は3になります。その3を基準に、上に上がれば平均以上、下に下がれば平均以下、という評価になるんです」


 何が言いたいのか分かりますか?とでも言いたげな目をして悠太君は僕を見る。


 「つまりですね……僕がどれだけ能力を使って低い平均値を取っても、大体の場合、僕の力はその平均値と同じくらいの力、またはそれ以下の力でしかないので、ボコボコにされちゃうんですよ」


 「僕、体育2なので!」なんて言って花が咲きそうな程の清々しい笑顔を僕に向ける。…………いや、全然笑えないよ悠太君、とは言えず、僕は「な、なるほど…」と当たり障りない返しをした。悠太君の異能力と僕が同じ階級である事に自信を無くしかけていたけど、その事実に少しホッとしてしまった事は絶対に墓場まで持っていこう。


 「僕も狼君や弥子君みたいにかっこよく一瞬で祓いたいんですけどね〜」


 「結局いつも苦戦しちゃうんですよ」なんて言う悠太君の言葉に、僕はここにきて重要な事実にはたと気付いた。


 「あれ、そういえば僕の能力ってどうやって妖を祓うの…?」


 僕の発言に3人はきょとんとした顔をする。そんな3人を見つめながら「僕の……、不死身って身体だけじゃ祓う事なんて出来ないと思うんだけど…」と不安気に続けると、大丈夫だとでも言う様に悠太君は僕の顔の前で人差し指を立てた。


 「それは、廻君がまだ祓具(ふつぐ)を持っていないからです」

 「…………ふつぐ?」


 初めて耳にする言葉に首を傾げる。そんな僕に悠太君は優しく言葉を続ける。


 「祓具は祓う道具と書きます。その名の通り妖を祓うための道具の事です。祓具は能力者にの力によって創り出されたもの、又は能力者の血を含んで作られたものの2種類に分かれます。

 廻君も知っている通り、妖は僕達能力者の力でしか祓う事が出来ません。なので僕や廻君のように直接ダメージを与えて祓う事のできない能力者の殆どは祓具を使って妖を祓うんですよ」

 「なるほど……」


 悠太君の説明に頷きながら答える。そんな武器があるのなら僕も攻撃的な妖にも対抗できるのかもしれない、と考えていたところでまたもや浮かび上がってきた疑問に気付く。


 「でも僕、祓具持ってないよ?」


 そんな僕の問いに狼君と弥子君は顔を見合わせる。そして2人で何やら軽く言葉を交わしたあと、弥子君は軽く咳払いをして言う。


 「いや、先に体づくりしてからの方が良いかなって思ってたんだけど……、確かに祓具があった方が想像しやすいかな」


 弥子君の言葉の意図が理解出来なくて、どういう意味だろうと言葉の続きを待つ。




 「祓具、創りに行こうか____」







 

 


 

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