第二話『其ノ学園』其ノ弐
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学園内高等部視聴覚室____
話したい事があると言った竜胆先生に連れられるがままやってきたのは視聴覚室だった。
普通の扉より少し重さのある扉を開けると、そこには大きなシアターのある広い空間が広がっていた。
「テキトーに座ってて」と竜胆先生はスクリーンのセッティングし始めたので、僕は大人しく前の席に腰掛ける。以前通っていた高校の視聴覚室より一回りも二回りも広いこの空間は、広過ぎて少し落ち着かない。手持ち無沙汰に道中で買ったお昼ご飯を手にそわそわしていると後方から重たい扉の開く音がした。
「わりー、遅れた」
「りんどーもう来てる?」
振り向くと、そこには謝罪の言葉とは裏腹に全く悪びれた風のない高専寺君と狐塚君の姿があった。
「とっくに来てるよ、全く君達のその遅刻癖はいつになったら直るの?」
呆れた様子で溜息を吐きながら竜胆先生は不満を溢す。そんな竜胆先生を特に気に留めることなく、2人は僕の隣に腰を下ろした。
「久しぶりだね回道、元気だった?」
あの日以来、久しぶりに会った狐塚君が僕に笑い掛けた。
「うん、元気だよ。狐塚君全然見かけないから、本当に久しぶりだね」
久しぶりに2人に会えた事が嬉しくて自然と口角が上がる。誰かに会えて嬉しいだなんて、なんだか不思議な気持ちだ。
そんな僕を見て、狐塚君は不思議そうにその長い黒髪を揺らした。
「狼にはどこかで会ったの?」
「あ、いや、高専寺君とは会ったっていうか、今日偶然見かけたんだ」
へらりと笑いながら今日の事を思い出して口にする。そこでやっと、高専寺君が何故、僕に「またな」なんて口にしたのかを理解した。
なるほど、あれは今日此処で会う事を知っていたからか。
「回道は確か普通科だったよね……。て事は狼、またなんか問題起こしたの?」
「俺じゃねーよ?ノーコンな奴が普通科の教室にスパイク決め込んでただけ。穏便に解決してたぜ、な?回道」
「えっと、うん…?」
いやいやと顔の前で片手を振り否定の意を示す高専寺君に、僕は昼間の様子を思い出して一体どこが穏便だったのだろうと考える。
「りんどーはこういうとこ寛大だよね」
俺達にはいつも口煩いくせに、と狐塚君は不満そうに口を尖らせた。その言葉にチラリと竜胆先生を見ると、相変わらず感情の読めない笑みを浮かべている。
「まあ、それは置いといて!
3人揃ったところで、廻君にざっとこの学園について説明しようか」
パンッと一つ手を叩いて竜胆先生が空気を変える。準備が出来たのか、目の前の大きなスクリーンには学園の校舎が映し出されている。
「本当はもっと早くに説明するべきだったんだけど、ちょっと色々と忙しくてね……」
「ごめんね」と、そう言って僕に眉を下げた竜胆先生に、僕は慌てて首を振ってみせた。
「じゃあまず大前提として、此処、私立祈納学園には能力者しか入学できない。入学どころか、能力を持たない普通の人間はうちの敷居を跨ぐことすらできないんだ。
つまりこの学園の生徒達や教員、職員を含む誰もがどんな微々たるものでも能力を持っていることになる。
そしてこの学園には、幼稚舎から、初等部、中等部、高等部、大学棟まであって、能力者が普通の人間と同じ様に学べるシステムや娯楽施設等が充実してる。
ちなみに、そこの狼と弥子は幼稚舎から学園に通ってるよ」
そう言われて高専寺君と狐塚君を見る。
「幼稚舎って…そんな小さな頃から学園に?」
思わず出た驚きの声に狐塚君が反応する。
「幼稚舎から通ってる生徒は割と多いよ。まあ、幼稚舎から通ってる生徒は全員、登録済みの能力者ばかりだけどね」
「………登録済みの能力者?」
初めて聞く言葉に、同じように聞き返せば今度は椅子にのけ反って座っている高専寺君が口を開いた。
「登録済みってのは、この学園に予め能力が登録されてる家系の能力者の事だよ。本来、能力ってのは遺伝的なもんで代々受け継がれて覚醒するもんだからな。
そーゆー代々受け継がれた能力を持つ家系の奴は既に学園に能力が登録されてっから、当たり前みてぇに能力が覚醒したらこの学園に入学すんの。
でもごく稀に、能力を持たない普通の人間から産まれた子供に新しく能力が覚醒する事がある。そーゆー奴らは、存在を認知されると学園に入学する様に勧誘されて、途中から編入して来んだよ。
________お前みたいにな」
高専寺君はどこか揶揄うように頬杖をつきながら僕を見て笑った。
なるほど、だから僕はこうして勧誘されたのか。
「でも、どうして学園に勧誘するんですか?」
「それは、能力者にとって学園が外よりも生きやすい環境ってこともあるだろうし、能力をちゃんと制御できるようにしてあげることで、自分自身を守れるようになるでしょ?あとは、妖を祓える能力者に御役目を担ってもらう為……、いや、これは後でいいか。
ま、こればっかりは、学園のお偉いさんしか本当の事は知り得ないからねぇ……たぶん能力者の情報を学園で管理しておくと色々と便利なんだよ」
そんな適当な、と呆れる程の物言いで竜胆先生は答えた。「じゃあ次いくね〜」とマイペースに進み始め、僕は再びスクリーンに視線を動かした。
「更に学園は高等部から様々な学科に分かれる。廻君のいる普通科を始め、日文科、理数科、体育科、家政科、商業科、工業科等……数多くの学科が存在している。そして高等部で所属していた学科から、そのまま大学棟へ進学するのが基本の流れかな。学科選択は自由だけど、殆どの生徒達は自分の性格や能力の性能にあった学科を選択してることが多くて……。
廻君の場合は、特に希望が無いみたいだったから無難に普通科にしておいたけど、学科変更は出来ない訳じゃないから、途中で変更希望があったらいつでも言ってね」
ザッとスクリーンに映し出された学科の数を見て驚く。確かにとんでもなく大きな学園だとは思ってたけど、こんなにも沢山の学科が存在してるとは思わなかった。
そういえば、今朝の出来事で高専寺君が体育科だったことは分かったけれど、狐塚君はどこの学科なんだろう。
「……高専寺君は体育科だよね、狐塚君はどこの学科なの?」
「俺は理数科3年。学園1問題の多い体育科とは対照的な学科だよ」
「そりゃ理数科は朝から晩まで机に齧り付いてる様な学科だからな」
「はいはい、今は君達の煽り合いに構ってる暇はないの」
狐塚君のその印象的な左目の目元に並んだ2つの黒子が、ピクリと動いたのはきっと気のせいじゃないんだろうな。悪戯に八重歯を覗かせて笑う高専寺君はなんだかとても楽しそうだ。笑ったまま見つめ合う2人。
竜胆先生は手馴れた様子で制した後、僕に向き直った。
「___それで、ここから少し廻君に大事な話」
ふわりと先生の長いピアスが揺れて、深い青色の瞳が僕を映し出す。
「説明した通り、学園は能力者にとって生きやすい環境を創り出すために存在してる。
……でも学園で暮らすに当たって、どうしても担ってもらわないといけない御役目があるんだ」
「御役目?」
先程聞いたような言葉に首を傾げる。
「学園で暮らす能力者達にはこの世に蔓延る妖を祓う、「祓」と言う御役目が与えられるんだ」
この学園に入学してから数週間。あまりにも平穏な毎日に、あの日見た妖と呼ばれた化け物は、もしかすると幻だったのではないかとさえ僕は思っていた。
「妖を……あれを祓う?」
「そう、祓うんだよ。妖を祓えるのは、妖を目視でき、かつ祓える異能力を持った僕たち能力者だけなんだ。
だから学園は、能力者達にそれぞれ妖を祓う「祓」の命を与える、言わば労働機関でもある」
……なんだそれ。そんなの聞いてない。そんなの無理に決まってるじゃないか。
あの日起きた出来事を思い出すだけでも体が震えてくる。人のありとあやゆる負の感情だけでできた化け物を前にして僕は何も出来なかったんだ。
「そんなの、出来るわけないじゃないですか…あんな化け物を倒せるわけが____」
「だから学園が存在してるんだ。
ここはあらゆる能力者達を育成する場でもあるんだ。何も死にに行かすような真似はしないよ。御役目も能力者の力に合ったレベルで与えられている。
学園にいる能力者が全員、狼や弥子みたいに強い能力を持っている訳じゃないんだ。中にはあまり力を持たない能力者や、御役目には不向きな能力者だって沢山居るからね。
学園本部は学園の能力者達に、それぞれが祓うことの出来るレベルで御役目を与えているんだ」
その言葉を聞いて少しだけ肩の荷が降りる。とはいえ、僕に妖を祓う事ができるなんて微塵も思えない。
「………それでも、僕に妖を祓う事なんて、出来るとは思えません」
「まあ、確かに今の廻君には妖を祓うことの出来る力なんてないけど…」
竜胆先生は何やら言い淀んだ後静かに口を開いた。
「……でも、君のその能力は酷く戦闘向きなんだよ。
今は、ただの不死身なだけの能力者かもしれない。でもこの学園で祓う術を身につければ、例えダメージを与えられても決して死ぬ事はない、最強の能力者になれる。
それは廻君にとってとても辛いものかもしれないけど……、でもそれを見込んで学園は君を選んだんだ」
「そんな……っでも僕に、そんなこと…」
失望と、絶望と、恐怖……。期待を裏切られたかのような気持ちに僕の感情はぐちゃぐちゃになる。そんなぐちゃぐちゃになった感情を抑えるように、僕はキツく口を結んでぎゅっと拳を握りしめた。
そんな僕を諭すように竜胆先生は静かに口を開いた。
「……「祓」はとても大切な御役目なんだ。
人が生きる限り、人が人とが共に生きる限り、人に感情が存在する限り、妖は生まれ続ける。
そしてこれから先、もっともっと生きづらくなっていくこの世界は、きっと妖を増やし続けていく……。
僕達能力者が祓う事を止めてしまったら、やがてこの世は妖に飲まれてしまうだろうね。
____だから僕達は祓わなくちゃいけない。
まるで、それが僕達の役目であるかのように、僕達には祓う力が与えられているんだから。
だから学園には廻君の力が必要なんだ」
強い意志を持つ深い青色に見つめられて、僕は息を呑んだ。
……ああ、駄目だ。
だって先生の言っている事は理解できるんだ。理解できるからこそ、そんな風に言われては僕には頷くしか道がないじゃないか。
「わ、かりました……」
___でも、それでも、僕が誰かに必要とされたのなんて初めてだったから。
握りしめた拳の力をさらに強めた。
「………ありがとう、助かるよ。
ま!そんなに心配しないで。廻君が御役目を受ける時は基本的に狼と弥子の3人で組んでもらうから」
「……へ?」と思わず間抜けな声が出た。




