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第二話『其ノ学園』其ノ壱






 






 

       其ノ学園は此処に或る___
















 


 

___


 

 学園内高等部普通科____





 

 「__で、この一見難しいそうに見える問題も前回習った公式を応用する事で答えを導く事が出来る」


 カツカツと黒板をチョークが軽やかに走る。なるほど、これはこの公式を応用して解くのか。


 「どんな難しい問題も絶対に解けない事はない、その過程で学んだ事から絶対に答えを導き出す事ができる」


 日が差し込む教室には、チョークの音と竜胆先生の声だけが響く。なんとも静かで穏やかな時間だ。



 「それじゃあこの次の問題も同じ要領で__」





 突如、ガシャーンッと窓ガラスの割れる音が響く。

静かな時間が流れていた教室内にキラキラとガラスの破片が散乱する。



 え______?


















 


 「ッあっぶねーだろ体育科ァ!!!!気を付けろ!!!」

 「わりーわりー!手が滑っちまって〜」

 「どんな滑り方したらこんな上まで飛んでくるんだよ!!!!!」

 



 た、体育科??



 

 ざわざわと人の集まる窓際に近づいて外を見ると、こちらに向かって大きく手を振るジャージ姿の数人の生徒の姿見えた。

 どうやら窓ガラスを破壊した犯人は体育科の生徒らしい。


 「はやくそのボール返してくんね?」

 「こんな重いものがボールなわけないだろ!!お前らは砲丸投げでもやってんのか!!!」

 「砲丸投げより重いんだぜ」

 「そんな物投げ込まれたら怪我じゃすまねーだろ!!!」


 さっきまで静かだった時間が嘘のように、途端に騒がしくなる空間。真下の校庭からヘラヘラとした笑顔でこちらを見上げる体育科の生徒達は、およそ普通の人間では持ち上げる事すら困難であろう重量のボールで、どうやらバレーボールをしているらしい。


 ……いや、意味が分からない。
















 


 あの日、竜胆先生達に誘われてこの学園、


 私立祈納学園(しりついのうがくえん)に編入してから早数週間___





 「大丈夫大丈夫〜そんな大したことねーよ」

 「お前ら脳筋バカと一緒にされてたまるかァ!!」




 何というか、この学園は__




 「大体なんで体育科が普通科(うち)の校庭使ってんだ!」

 「いや〜今うちの校庭1年がサドンデスマッチしてっから使えねーんだわ」

 「相変わらずバケモンみたいな学科だな!」





 少し、変わっている______





 ギャーギャーと窓際で騒ぐ一部のクラスメイトを尻目に、僕や他のクラスメイト達は慣れた様子で竜胆先生の指示のもと、いそいそと散乱したガラスの破片を片付ける。


 「そういや体育科、この前家政科の敷地でも暴れてたらしいよ」

 「なんかその時は槍とか飛んで来たらしいな」

 「槍ですか、それはまた危ないですね〜……。



 


 ____いや〜びっくりしました!ね、廻君」

 「……えっ」


 まさか話しかけられると思っていなかったから急に話を振られて驚く。

 クリップピンで無造作に上げられた前髪が、目の前の彼の人懐っこい笑顔をより強調しているようだった。


 「あ、うん!ほんと、びっくりしました」


 話しかけられる、なんていう行為自体に慣れていない所為でなんだか顔が熱くなる。声が少し上擦ってしまったの、バレていないだろうか。

 そんな僕に優しく笑い掛けてくれる彼は、たしか、


 「えっと、仲平(なかひら)君…?」

 「そうですそうです!仲平 悠太(なかひら ゆうた)です!悠太でいいですよ〜」


 少し釣り上がった大きな瞳を緩ませてパッと花が咲いた様に笑う彼__悠太君は僕と同じ普通科のクラスメイトだ。


 「じ、じゃあ悠太君、体育科の生徒はいつもあんな感じなの?」


 誰かを名前で呼ぶことなんて、記憶を無くして以来初めてで少し緊張する。

 そんな緊張を誤魔化すように頭に浮かんだ疑問を口にした。


 「そうですね〜……。


 本当は学科ごとに敷地があるので、各学科は敷地内で授業する事が基本なんですけど……。体育科は先生を始め、なんとも自由な生徒や授業が多いようで、こうやって他学科の敷地で問題を起こす事は、そう珍しいことでは無いですね」


 なるほど、度々あるからこそ皆こんなに冷静で落ち着いていられるのか。僕なんか未だに心臓が破裂しそうなほど波打っているのに、悠太くんは「まあ窓ガラスが破壊されるなんて事はそうそう無いですよ〜」なんて呑気に笑っている。

 そんな僕を見てか、悠太君はその人懐っこい笑顔で言う。


 「編入したばかりだと、色々と慣れない事ばかりで大変ですよね。僕で良ければ、なんでも言ってください!」


 その言葉に胸の辺りが温かくなる。









 

 ………やっぱり、この学園は変わっている。



 僕が編入して来た時だって______



 












____


 「回道 廻です、よろしくお願いします」


 なんの当たり障りもない、至って平凡な自己紹介。



 

 あの日、僕が学園に編入する事が決まった日、まるで元々描かれていたシナリオの様に全ての事があっという間に進んだ。

 元々通っていた高校には、最初に出会った時既に竜胆先生が編入手続きを終わらせていたらしい。お世話になっていた施設は、全寮制の学園への編入に伴い、やむを得なく僕は施設から出る事になった。

 少ない荷物を持って施設を出る僕に、「行き先が決まって良かったわね」なんて施設の職員は安心したように笑い掛けた。でもその笑顔からは厄介払いが出来て良かった、と安堵の表情が滲み出ていて、僕はそれを真っ直ぐに見つめ返す事が出来なかった。



 

 竜胆先生に導かれるまま窓際の席に着く。真新しい制服独特のパリッとした着心地のせいで少し動きづらい。

 ずっと誰かと関わる事から逃げてきたから、今更どうやって関わればいいのか分からない。そんな事を悶々と考えているとポンっと肩に手を置かれる。


 「なあなあ!回道の能力ってなんなんだ?」

 「へ……?」


 驚いて顔を上げると、わらわらと僕の席を囲むようにクラスメイト達が集まっている。


 「てか髪すげぇな、どうなってんの?」

 「隈酷くない?」

 「こんな時期に編入なんて珍しいな」


 僕を囲むクラスメイトが一斉に話しかけてくる。こんな事初めてで困惑する。テンパった頭を必死に回転させて僕は口を動かした。


 「こ、この髪は地毛で、隈は、えっと、なんでだろう……。えっと、僕の能力は、何ていうか、死なない、みたいな感じ……かな」


 まばらに白髪の混じったこの髪の毛も、目の下に深く刻まれた隈も、不気味で気味が悪いとよく言われた。極め付けはこの死なない身体、そんな僕を人は化け物と罵った。


 此処でもやっぱり、僕は化け物なんだろうか。


 ドキドキと嫌に鳴る心臓がうるさい。ごくりと唾を飲み込んでそっと顔を上げると、僕の予想に反して彼等はキラキラとした目で僕を見つめていた。


 「死なないって不死身ってことか!?すげーな!」

 「それで地毛ってかっこいいな〜!俺も染めよっかなあ」

 「普通科には珍しいすごい能力だな」


 僕の想像とは違って彼等がそれぞれ口々にする言葉は、どれも思っていたものとはかけ離れたものばかりで拍子抜けする。戸惑う僕を、彼等は太陽のような眩しい笑顔で見た。



 

 「これからよろしくな!回道!」






















 

_____




 

 編入初日に言われたその言葉に、見える景色がいつもより色付いて見えた事を思い出した。初めて向けられた嫌悪の無い綺麗で真っ直ぐな言葉は、思い出すだけでも心臓の辺りがじんわりと温かくなる。


 だから悠太君の言葉は、僕の心を温かくするには十分過ぎるくらいで、そんな心臓を抑えるように僕はきゅっと小さくシャツを握り締めた。


 

 ……この気持ちをどう表現すれば良いのかを、僕は知らない。


 

 こんな時、なんて言えば良いのか、僕には分からないんだ。



 「はーい、それじゃあ授業再開するから席に着いて〜」


 僕の思考を遮るように、パンパンっと手を叩いた竜胆先生の声が重なった。


 「それじゃあ廻君、また話しましょうね」

 「あっ……」


 そんな僕に嫌な顔一つせず、悠太君は自分の席に戻ってしまった。それにつられて僕も慌てて自席に着いた。いくら人と関わって来なかったとはいえ、自分の気持ちを表現することすら出来ない自分に嫌気がさす。




「はあ……」と深い溜息を吐きながら、ふと割れた窓ガラスから校庭を眺める。そこでは恐らく何の反省もしてないであろう体育科の生徒達が、我が物顔で普通科の校庭を存分に使ってバレーボールを再開している。









 

 あ____高専寺君だ。








 


 バレーボールをしているとは到底思えない衝撃音が響く校庭に、見知った姿を見つけた。あの日竜胆先生と一緒に僕を迎えに来てくれた高専寺君や狐塚君とは、あれ以来会えていない。だからこの学園に編入してきて、僕は初めて彼の姿を見た。


 高専寺君体育科だったんだ、なんて考えながらぼーっとその姿を目で追いかけていると、そんな僕の視線に気づいたのか此方を見上げた高専寺君とバチっと視線が重なった。



 彼は一呼吸置いて、片手を挙げヒラヒラと此方に手を振ってくる。そんな彼に僕は慌てて手を振り返した。そんな僕を見て可笑しそうに笑った後、高専寺君は僕に向けて口をパクパクと動かす。





 何て言っているんだろう?



 所詮口パクのそれはグッと目を凝らさないと理解できない。



 

 "ま"


 "た"


 "な"



 

 …………またな?



 

 僕が理解したのが伝わったのか、高専寺君はそれ以降僕を見る事はなかった。


















 __


 

 時は流れ学園内には昼休みを告げるチャイムが鳴り響き、待ちに待ったお昼ご飯に生徒達の足は弾み始める。巨大な学園なだけあって、昼休みになると一気に学園内は賑わいを増す。


 そんな中、お弁当など持たない僕は売店でお昼ご飯でも買おうとひとり席を立つ。そうして教室を出ようとしたところで、教卓に立つ竜胆先生に呼び止められた。


 「あ、廻君少しいいかな?少し話したい事があるんだ」




















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