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第一話『邂逅』其ノ肆



 


 


 「いや〜流石、相変わらず容赦ないねぇ」





 静かな空間にパチパチと場違いな拍手の音が響いた。そしてその音と共に聞いた事のある声が聞こえてきた。声のする方へと視線を向けると、そこには夕方に出会った男__竜胆 恭平と名乗る男が扉に体を預けて立っていた。


 「……りんどーは相変わらず性格が悪いね。居るなら手伝ってくれても良かったんじゃない?」

 「竜胆先生ね?

 そもそも用心棒のために君達を連れてきたのに、僕が出たら意味無いでしょう?

 ……それに君達ならその程度の(あやかし)、余裕で祓えるでしょ」


 ヘラヘラと話す竜胆さんに、長髪の彼は笑顔を崩し顔を歪めてみせた。そんな彼等に竜胆さんは不敵な笑みを浮かべて、


 「____大体君達、遅刻してるの忘れてないよね?」


 その言葉に2人の動きがピタリと止まった。


 「加えて建物もこんなに破壊して…………。

 

 帰ったら始末書、提出してもらうから」


 ニコリと笑った竜胆さんに「げえっ」と、2人の顔は大きく歪んだ。

 

 そんな様子を、何処か他人事の様にただボーッと眺めていると、くるりと竜胆さんが僕の方を向いた。




 「____廻君、また会えたね」


 「今度は逃げないでねー」なんて言いながら竜胆さんは僕の元へと歩み寄ってくる。地面に座り込んだままの僕の前にしゃがみ込んで、竜胆さんは優しく笑った。


 「君が無事で、本当に良かったよ……。その様子だと、異能力の事は聞いてるかな?」


 ボロボロの僕の姿を見て、竜胆さんが同情するように悲しげに眉を下げた気がするのは僕の気のせいだろうか。


 「僕の、この身体が異能力によるものだと言う事は、何となく解りました。でも……、さっきの化け物は、一体何なんですか……?」


 彼等の話を聞いて、異能力というものについては少しだけ理解することが出来た。でも、さっきの化け物については何も分からないままだった。

 僕の問いに対して、竜胆さんは少し声のトーンを落として話し始めた。


 「あれは人間の負の感情そのものだよ」

 「負の感情………?」

 「そう、人が誰しも持ってるマイナスの感情。それがああやって形になって現れる、僕達はそれを(あやかし)と呼んでる」

 「………あやかし」

 「妖は普通の人間には目視出来ない。目視出来るのは動物やごく稀に幼い子供、あとは霊感と言われるものが強い人間、そして僕達能力者だけがその姿を目視することが出来る」


 その説明に僕は一つ疑問を覚えた。


 「あの……でもさっき、僕と一緒に襲われた彼等には化け物……その、…妖、の姿が見えていました」


 そうだ。普通の人間である彼等にも妖の姿は見えていたのだ。それに彼等が特別霊感が強いなんて話は聞いた事がないし、そんな風には見えなかった。

 

 それじゃあ一体何故_____?



 

 「例外があってね。

 普通、人間には妖は目視出来ない。……でも、形になった妖の力が一定の境界線を越えてしまうと、その妖はたちまち自我を持つようになるんだ。そうすると、妖の負の力が強すぎるあまり、その力は周囲の人間にまで干渉し、普通の人間にも一時的に目視出来るようになる」

 「一定の境界線を越える………?」

 「君に初めて会った時、もちろん能力者である君には()()()()彼等が生み出した妖が見えてたでしょ?」


「!」


 思わずドキリと心臓が跳ねた。


 「君には最初からずっと視えていたけれど、君はそれをずっと視ないようにしてたんだ。そしてもちろん、普通の人間である彼等にはその妖の姿なんか見えていなかった」


 ___そうだ。僕にはずっとその醜い姿が見えていたんだ。でも僕は、ずっとそれを視ない様に、視えない様に過ごしてきた。


 「妖というのは人間の負の感情が形になったものだ……、だから妖は人間の感情の大きさに比例して力を得る。

 最初はただ側に取り憑いて、誑かしたり、唆したりの悪さをする程度だけど、人が人間としての境界線を一度でも越えてしまうと、一気に負の感情が高まってその妖は途端に自我を持ち、己の感情のままに周囲の人間を無差別に襲う様になる」




 ________人が人間としての境界線を越える?




 その言葉につい先程の出来事が頭をよぎる。僕には一つ思い当たる事があったからだ。


 「彼等は本気で君を殺そうとしたでしょ__?」




 ________そうだ。

 

 彼等はこの廃墟を訪れた僕の身体を欲望のまま好き勝手に弄んだ後、自分の私情のままに本気で僕を殺そうと鉄の塊を振りかぶった。彼等にとって、どれだけ僕の中に己の欲を吐き出そうとも、感情のままに僕の身体を痛め付けようとも、決して傷むことの無い僕の身体はとても都合の良い存在(玩具)だったからだ。


 「己の感情のままに君を殺そうした彼等は、人が人間として存在できる境界線を軽々と越えてしまった。そしてそれは、自我を持つ妖を生み出すには十分だったんだよ」


 チラリと息耐えて動かない死体となってしまった彼等を見つめる。その顔にはもう恐ろしくて堪らなかった笑みは無く、恐怖で顔が歪んでしまっていた。




 

 ___ああ、気持ち悪い。まるで誰かに腹の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてるみたいだ。



 

 だって、もし、もしも僕が、

 

 僕という存在がいなければ、彼等が妖を生み出す事なんて事はなかったんじゃないか。

 

 彼等を化け物にしてしまったのは(不死)ではないのか。

 (不死)さえいなければ、彼等は負の感情に呑まれる事も、殺される事もなかったのではないか。



 

 彼等が死んだのは______















 

 「僕の、せ__」

 「お前のせいじゃねぇ」


 溢れ出る自責に飲まれそうになった時、一筋の光が差すようにその声は聞こえた。ゆっくりと顔をあげると、銀白髪の彼が眉間に皺を寄せて心底気分悪そうに彼等を見つめて「胸糞悪ぃな」と呟いた。そして死体として転がった彼等を親指で気怠げに指差して言う。


 「彼奴らが死んだのはお前のせいじゃねぇ……、こういう奴らはいずれ必ず妖を生み出す。お前がいてもいなくても変わんねぇよ」

 「そもそも彼等を救えなかったのは俺達の責任だから、君が気にする事じゃないよ」


 銀白髪の彼に続いて長髪の彼も言う。彼等のその言葉がじわじわと胸に広がって、重くのしかかった僕の自責を少しずつ溶かしていく。


 「ていうか、2人共別に助ける気なかったでしょ?」

 「りんどーも人のこと言えないじゃん、見てた癖に」

 「先生ね」


 目の前のそんな会話に少し心が軽くなる。そんな僕を見て、竜胆さんは一拍置いて改めて口を開いた。


 「……妖に対抗でき、祓う事が出来るのが僕達能力者だ。妖を祓い、現世の均衡を守るために能力者は存在している。


 ただ、どうしても人間と能力者では視ている世界、生きている世界が違う。だから多くの能力者は、この小さな世界(箱の中)で生きていくのが難しい」


 その話を聞いて無意識に眉が下がる。僕が学校や施設で異質な存在であったのも、この世界が生きづらいと感じたのもきっとこのせいだ。僕は皆と、視ている世界、生きている世界が違いすぎたのだ。






 「だから学園は存在している_____」






 俯く僕の耳に、その言葉は力強く響いた。そっと顔を上げると、竜胆さんの瞳が真っ直ぐに僕を射抜いていた。


 「学園には、君と同じで様々な能力を持った人間が集まっている。そしてその能力者達を育成し、能力者にとって生きやすい環境を作り出すために創り出されたのが学園だ。



 ______さて、前置きが長くなったけど。廻君、君には今2つの選択肢がある」


 そう言って竜胆さんは2本指を立てて見せる。


 「君はこれから僕達と一緒に学園に来るか、このままこれまでと同じこの小さな世界(箱の中)へと戻るか……。


 ____君はどうしたい?」




 どうしたいって、そんなの______



 「………僕には、何も無いんです。3年前の事故で、それ以前の事が…何も思い出せないんです。だから僕は僕を何も知らなくて、誰に聞こうにもこんな身体の僕を、気味悪がって、嫌って………気付いた時には独りでした」


 それも全て、仕方のない事だと諦めていた。

 

 何も思い出せないのも、皆が僕を嫌うのも、独りぼっちな事も。そのどれもが仕方のない事だって、ずっとずっと独りで諦めてきた。


「みんなと同じように生きられない僕は、この世界で何者にも成れなくて……。だから、きっと………僕は誰の記憶にも残らないまま、この世界に僕の生きた証は何も残らないんだろうなって……」


 僕の話に3人は静かに耳を傾けてくれる。膝の上でギュッと握り締めた拳が鈍く痛んだ。


 「それはきっとこれからも変わる事は無くて、この小さな世界(箱の中)で独り生きていくんだって……僕はもう、それで良いって思ってたんです」


 一度歯を食いしばって、震える唇を無理やり動かした。


 「でも、違った……、僕はあの時、気付いたんです」


 一度口に出すと、もう耐え切れないとでも言うように、それはボロボロと溢れ出てきた。

 

 「僕はっ、ちゃんと生きたかった!みんなと、同じように、……生きたかったッ!!化け物としてなんかじゃなくて、ッ人間として、みんなと同じ人間として………ッ!

 殴られる度にちゃんと感じる痛みも、好き勝手に使われるこの身体もっ、罵倒に痛むこの心臓だって……、ッちゃんと僕は此処に生きてるんだって、証明したいんです!!」


 

 ____そうだ。僕はずっと誰かに気づいて欲しかったんだ。

 


 僕という存在が今、確かに此処に生きていると言うことを。



 「誰にも気付かれないまま、終わりたくない!僕はっ君達みたいに強くなりたい……ッ!!

 ッそれで、誰かの人生に、僕と言う存在がちゃんと居たんだって……、この世界で、僕はちゃんと生きていたんだって、証明したいんだ!!!」



 なんの格好もつかない、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて真っ直ぐに彼等に伝えた。記憶をなくしてから、どんなに酷い目に合わされようともこんなにも涙を流した事は無かった。

 ごちゃごちゃと並べただけの分かりずらい僕の言葉を、彼等が真正面からしっかりと受け止めてくれるのが嬉しかった。




 ジャリッと、地面を踏む足音が聞こえて其方を見る。黒と白の制服に身を包んだ彼等2人が、落ちた瓦礫を踏み壊しながら僕の元へと歩いていた。

 そんな彼等を見ていると、ふと、地面に画面のひび割れたスマホが転がっているのが目に入った。それは僕が言いなりの弱者に成り果てた原因である、死体と成った彼等のスマホだった。そんなスマホが彼等のすぐ足元に落ちている。その事実に僕の背中には冷たい汗が伝う。


 

 駄目だ、まずい。そのスマホの中には、彼等の撮った僕の動画の数々が入っている。どうしよう、それを見られでもしたら、きっと彼等は僕を軽蔑する___


 

 流れ落ちる涙はそのままに、みるみるうちに僕の顔は青ざめていく。そんな僕の思いも虚しく、銀白髪の彼はスマホの前で立ち止まった。


 

 しかし立ち止まったのはほんの一瞬で。

 彼は酷く軽蔑するような冷徹な目でスマホを見下ろしたかと思うと、その長い足を振り下ろしてガシャンッとスマホを粉々に砕いて僕の元までやって来た。その行為はまるで、体の奥深くまで支配されていた僕の鎖を壊すかのようで。


 呆気にとられる僕の前にしゃがみ込むと、その手で優しく僕の顔を包み込んだ。




 「……学園にはさ、お前みたいにすげぇ能力持った奴等がそれぞれ色んな事情抱えて、この世界で自分の思う人生生きてっからさ」

 「君の思う人生も、君らしく生きられるんじゃないかな」




 そう言って、僕の顔を包み込んだ銀白髪の青年__高専寺君は、絶え間無く僕の頬を伝う涙をその細長い指で救い上げた。そして、長髪の青年__狐塚君が、その暖かい手の平で僕の頭をふわりと優しく撫でた。


 

 ああ、本当。君達2人は強いだけじゃなくて、こんなにも優しいのか_____



 「だから、来いよ回道!」



 不意に呼ばれた名前に、彼等に厭らしく呼ばれ続けた記憶がよぎる。

 同じ呼ばれ方なのに、君達から呼ばれるとこんなにも暖かくて、そして、どこか懐かしい。

 


 「……僕は…変われる、のかな」

 「回道は今、自分で変わろうとしてるんだ。だったら変われるよ」


 初めて感じるこの胸の鼓動は、何故か心地良くて嫌いじゃない。






















 


 


 "「(めぐる)」"
























 


 

 ふとまた僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

 それはとても懐かしくて、そして何故か泣きそうになる。




 

 「答えはもう出たみたいだね」


 竜胆先生からスッと差し出された手の平を見つめて、僕は一つ深呼吸をする。

 

 ぐしぐしとボロボロになった服の袖で強引に涙を拭った。そして僕に向かって真っ直ぐに伸ばされた手の平に、もう既に傷一つない自分の手を重ねる。

 

 そんな僕の手を優しく握り返して、そっと手を引いた竜胆先生は嬉しそうに笑った。




 

 「歓迎するよ廻君!


 ____ようこそ、学園(がくえん)へ」










 




 


 

 これは、




 







 とても奇妙なこの世界で、僕が確かに生きたことを証明する、そんな僕の怪奇譚(かいきたん)だ__


 








 



 

 


第一話「邂逅(かいこう)」-完-

 第一話『邂逅』読んでいただいてありがとうございます。


 第一話は題名の通り、運命的な出会いや巡り合わせを書いています。本作の主人公である回道 廻と、異能力者や妖、学園との運命的な出会いによって、物語が廻り始めます。


 「妖」というのは、私が日々生きていく中で、もしも人の悪意や負の感情に形があるとどうなるのだろう、という思い付きから生まれました。

 対する「異能力者」は、もしも妖がいる世界なら人はそんな世界に適応するように独自に進化していくのではないか、と思ったところから誕生しました。

 

 それから、本作に登場するキャラクターの名前や異能力にもとことんこだわっています。名前の由来も全てのキャラクターにちゃんとあるので、またの機会にお話出来れば嬉しいです。


 良ければまた次回も、読んでいただけると幸いです。

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