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第一話『邂逅』其ノ参


 

 ____刹那、ビシャビシャと顔に浴びる夥しい量の血。



 

 なんだ……?これは、一体、何が起きて____


 

 目の前には右腕の無い彼と、床には無惨にも抉り取られた彼の真っ赤な右腕。カランカランっと無機質な音を立てて、彼が持っていた筈の金属バットが地面に転がった。


 

 その後ろには、なんとも形容し難い悍ましい化け物の姿___


 

 それはついさっきまで彼にベッタリと()()()()()はずなのに、まるで自我を持ったかのようにギョロギョロと目の玉を回して滴り落ちる血を嬉しそうに舐めている。


 「カ、イドゥ、ャ、ラセテ、ク、レョ」


 右腕を無くして醜く蹲って叫ぶ彼のそばで、化け物はブツブツと楽しそうに喋っている。


 「うわあああああああ!!!」

 「お、おい、おまえ腕が……っ」


 さっきまで楽しそうに僕を殴り殺そうとしていた筈の取り巻きの2人の体は恐怖で震え上がってしまっていた。でもそれは僕だって同じだった。今までに感じたことのない程の恐怖。先程まで彼等に与えられていた恐怖なんか、可愛いものに思えるくらい。ただただ目の前に迫る、今までで1番近くに感じる()に体が震えて動かない。


 化け物の目の玉が取り巻き2人を映したと思った瞬間、グチャッと1人の身体半分が文字通り握り潰された。最早人間の形を成してない彼だったものは力無く冷たいコンクリートへと転がった。そんな彼だったものを見て、思わずヒッと情けない声が出た。


 「こっちに来るなああああ!!」


 自分の隣で、一瞬にして殺された仲間を見たもう1人はパニックになったのか、情けない声を上げながら扉へと震えた足で走り出した。しかしそれも虚しく、その手が扉を掴む前に、化け物はドスッと彼の腹に綺麗に穴を空けた。大量の血を吐いて倒れる彼の腹の穴をかき混ぜながら、化け物は楽しそうに、嬉しいそうに目の玉をギョロギョロさせた。


 恐怖に圧倒されて動けない。腰が抜けて地面に座り込む僕の目の前で、右腕を無くして醜く蹲ったままの彼が此方へと手を伸ばしてくる。恐怖に怯えきって涙を流しながら僕に助けを求めてくる彼には、さっきまでの力で支配していた強者の面影はどこにもなかった。


 「な、なあ……っか、いどぉ…った、すけ___」


 ヒュッと耳元で風を切る音が聞こえた瞬間。目の前の彼の頭に化け物の鞭のような手が突き刺さった。声をあげる間もなく絶命した彼の姿に、僕の恐怖は最高潮に上る。


 「っあ、ああ……」


 駄目だ、恐怖で舌が回らない。彼等に殴られた傷の痛みも最早感じないぐらいだ。

 ビュッとその鞭のような手が僕の身体を吹き飛ばす。


 「ぅぐッ」


 容赦なく壁に叩きつけられた痛みに呼吸が上手くできない。彼等人間の力なんかとは比べ物にならないその痛みに生理的な涙が滲む。


 そんな僕にはお構い無しに化け物は続けて、まるで植物のようにうねる触手で僕の腹をグチャリッと突き刺した。耳にした事のない肉の破れる音がダイレクトに耳に響く。腹の底から込み上げる血が「ガハッ」と口から溢れ出てくる。串刺しにされた急所からは絶えずダラダラと血が溢れ出て、冷たいコンクリートの床に真っ赤な水溜まりを作った。


 







 _____なんで、こうなった。









 

 楽しそうに目の玉を動かす化け物は、未だブツブツと何か喋り続けている。恐怖からなのか痛みからなのか、目の前の化け物を見つめる視界が涙でぼやける。





 なんで……僕なんだ。僕が一体、何したって言うんだ。

















 


  "「あの子あまり喋らないし」"












 


  "『気味が悪いわ』"

             
















 "「相変わらず傷一つ付かねぇ可愛い顔だなぁ、お前は」"



















 "「玩具(それ)以外にお前の価値なんかねぇんだからなあ!!!」"





 

















 ッそんなの!そんなの僕が一番分かってるよ!!!









 

 ついに溢れ出した涙が頬を伝ってポロポロと零れ落ちた。赤い水溜まりに落ちる度に、それはピチャッピチャッと音を立てた。



 

 _____ああ、僕はきっと、思っていたよりもずっとちゃんと痛かったんだ。


 

 この世界で何者にも成れなかった僕は、きっと誰の記憶にも残らない。


 

 この世界に僕の生きた証は何も残らないまま、誰に気付かれる事も無く消えていく。

 


 きっとこのまま____



























 



 "「きみに、……たの、みたいんだ……」"





































 "「____たのむ、よ……」"



 






























 


 ふと、誰かの声が聞こえた。

 

 その声を、僕は知らない筈なのに。酷く懐かしくて、傷付いた僕の体を優しく包み込む様で____



 


 身体が熱くて、目が燃えているみたいに。まるで僕じゃない誰かが、僕自身に訴えてくるみたいで。

 





















 僕が、僕じゃないみたいだ____



 







 




 

 ________駄目だ


 

 このまま何もせず消えてしまうなんて、


 そんなの、そんなのッ絶対に駄目なんだ!!!






 


 

 

 僕のお腹に触手を突き刺したままの化け物は、ケタケタと楽しそうに喋りながらもう1つの触手を僕目掛けて振り翳してくる。


 身体の熱さに身を任せて、力任せに勢い良く触手を引き抜いた。あれ程硬くめり込んで身動きも許さなかった触手がグチュリと音を立てて引き抜かれた。栓を失った傷口からは、今までとは比にならないほどの赤黒い血液がびちゃびちゃと零れ落ちた。燃え上がるような熱い目からは、ツゥーッと何かが伝う。それが涙なのか血なのか僕には分からない。ただ、不思議と頭の中がすっきりとしている。


 しかし、そんな気持ちとは裏腹に血が流れ過ぎた僕の身体には力が入らない。立っているのがやっとだった。


 赤く染まる視界の中、あれほど速かった化け物の攻撃がスローモーションのように映る。立っているのがやっとの僕には、その攻撃を避けられるような力は残されていない。

 だが、その攻撃が当たろうが結果は変わらない。例えば、僕が()()()()()だったら、もうこの時点で絶命しているのだろう。



 

 ____だけど


 例えこの世界の誰もが僕を殺そうとも、僕が終わることは絶対にない。
















 だって僕は()()()()んだ


















 

 目の前に迫った触手に、これからやってくるであろう壮絶な痛みを想像してギュッと目を閉じた。








 


 その時_______



































 



 

 

 ドゴォンッッッ!という轟音と共に凄まじい突風が吹き荒れ、建物全体が大きく揺れた。



 

 驚く暇も無いまま、僕は突風に吹き飛ばされて土埃と共に壁にぶち当たった。


「うっ、げほっ……一体、なにが……」


 土埃が建物内を舞う中、なんとか状況を把握しようと目を開けるも、大きく破壊された壁の瓦礫と舞う土埃に何も見えない。

 程なくして、徐々に視界がクリアになると、何かに吹き飛ばされて壁にめり込んだ化け物が視界に映った。


 そして______


 


 「あんまり無茶しないでよ」

 「加減してんだから大丈夫だって」


 破壊された壁から月明かりに照らされて、2人の青年が現れた。


 1人は、月夜に反射してキラキラと輝く銀白のような色素の薄い髪を靡かせて、もう1人は、深い青味のかかった綺麗な長い黒髪を背中まで伸ばし、背中には刀のような形をしたものを背負った青年だった。


 彼等は僕と同じ高校生だろうか。この辺では見かけない黒と白で綺麗に統一されたブレザーの制服が、その2人の異質さをより強調しているようだった。

 

 目の前の化け物に2人は何ら驚くこともなく、迷いのない足取りで僕の方へと歩いてくる。


 「りんどーの言う通りだったね、この人で間違いない」

 「ああ、急所やられてんのに生きてる……。


 ______大丈夫かよ?」


 そう言って、その銀白の髪をサラサラと靡かせた青年は地面に座り込んだままの僕を見下ろした。彼の鮮血の様な赤い瞳が、怪しく光って僕を真っ直ぐに射抜く。

 彼らは何か知っているのだろうか。


 「え、あ、誰………」


 未だ状況が読めない僕に、目線を合わせるようにして銀白の髪の青年はしゃがみ込んだ。


 「俺は高専寺(こうせんじ) (ろう)。んで、後ろに居んのが狐塚(こつか) 弥子(やこ)。お前と同じ高3な」


 銀白の髪の青年は、自身を高専寺 狼と名乗り、その赤い瞳を細めて笑った。その後ろでは長髪の青年__狐塚 弥子と紹介された青年が、人当たりの良い笑顔を浮かべながら僕を見下ろして言う。


 「俺達2人、君のことを迎えに来たんだ」


 

 ______一体、何を言ってるんだ?


 

 「迎えにって、どういう………」


 僕の酷く困惑した声に、銀白髪の青年はフッと薄い笑みを零した。


 「お前を、学園に迎え入れに来たんだよ」


 それはなんだか、とても聞き覚えがあった____






 


 

 


 "「そうそう、君をぜひ学園にってね」"









 

 

 心当たりのある僕の表情を読み取ってか、長髪の青年が柔らかい物腰で言う。


 「竜胆って人が君に会いに来てたでしょ?俺達も一緒に、君に会いに来たんだよ。


 ______君のその異能力を見込んでね」


 ドクンッと心臓の波打つ音が聞こえた。

 

 この人達は僕のこの身体(体質)を知っている。そしてこの身体(体質)を異能力と呼び、それを見込んで僕に会いに来たと言う。


 「い、異能力………?」

 「そ。君のその力は体質なんかじゃない。異能力だよ、君自身のね」


 彼等の言う様に異能力というものが存在するのであれば、僕のこの身体(体質)にも説明がつく。でも、だからと言って、彼等の現実離れした話は、にわかには信じられ無かった。


 「い、異能力って、そんなのあるわけが___」







 突如、視界の端で蠢く黒い影。








 「危ない!!!っ後ろ!!」


 考えるより先に声に出ていた。壁にめり込んでいた筈の化け物が、その鞭の様に長い腕を背を向ける彼等目掛けて振り翳していた。


 一方の彼等は、僕の声に何ら焦るような様子もなく、未だ笑みを浮かべたまま呑気に僕の方を向いている。すぐ後ろにはあの悍ましい化け物の攻撃が迫っていると言うのに。





 何をしてるんだ!早く、早くっ逃げないとッ!

 

 そんな僕を横目に、長髪の彼は徐に化け物の攻撃に向かって手を翳す____








 駄目だ!!!もう避けきれない____ッ


 

 冷や汗が頬を伝ったのと同時に、化け物の攻撃が彼等に直撃した______

























 

 

 と、次の瞬間。何かに弾かれたかの様に化け物の腕が弾け飛んだ。


 「え………」


 何が起こったのか分からない。だって明らかに避け切れる距離では無かったし、なりより、確かに攻撃は当たっていた筈だ。現に化け物自身も何が起きたのか理解できない様で、目を白黒とさせている。


 「一体、なにが………」


 困惑している僕を振り返って長髪の青年は言った。


 「君と同じだよ。俺も、俺の能力を使ったんだ」


 そう言って笑うと、未だに座り込んだまま立つことの出来ない僕を置いて彼等は2人で話を進め始めた。


 「やっぱ先にアイツ片しとくか?碌に話も出来ねぇ」

 「ま、一応俺達そのために呼ばれた訳だしね」

 「あ、あのっ!」


 彼等の話についていけなくなって、僕は思わず口を挟んだ。


 「さっきの、何なんですか」


 彼等はチラリと僕に視線だけ向けると、怪しく口元に弧を描いた。


 「まあ見とけよ。能力ってのがどんなものか、口で説明するより直接見た方が分かりやすいからな」

 「とりあえず君は、巻き込まれない様に出来るだけ俺から離れずに……って別に大丈夫か。


 だって君___死なないんだもんね」


 そう言うと2人は僕に背を向けた。その背中は僕とさして変わらない筈なのに、何故だかとても大きくて頼もしく見えた。

 

 そして銀白髪の彼は、ニヤリと口元に笑みを浮かべると化け物目掛けて飛びかかった。そのあまりの速さに僕はもちろん、化け物も目が追い付いていない様だった。化け物が彼の姿を捉える前に、銀白髪の彼がパァンッと気持ちの良い音を響かせながら勢い良く蹴りを入れた。


 「ギュィッ」


 気持ち悪い奇声をあげて、化け物は吹き飛ばされながら壁にめり込んだ。彼の蹴りの凄まじい威力に、周囲の瓦礫やガラスの破片等が竜巻のように舞う。

 しかし、何故か僕___いや、長髪の彼の周辺だけが、まるで見えない何かに覆われているかのように、全てが弾き返されている。動揺して彼を見上げるも、「ほんと派手だね〜」なんて言って、呑気に笑っている。


 「どうして、ここだけ……」


 絞り出した僕の声に長髪の彼は「んー?」と振り返る事なく答える。


 「……ああ、俺の異能力だよ。君が異能力を持っているように、俺たちもそれぞれ異能力を持ってる。


 例えば、そこで好き勝手暴れてる狼の能力は「人離怪力(じんりかいりき)」。その名前の通り、人間離れした身体能力を持つ異能力で、武闘派能力者の中でもかなりの武闘派……まあ、そんなの見てれば分かるか」


 そう言って笑った彼につられて、僕も銀白髪の彼の方へと視線を移す。彼の地面を蹴ってからの滞空時間、コンクリートの壁をも拳一つで軽々と破壊出来る力___確かにそれは、人の力というにはあまりにも人間離れし過ぎていて、異能力等というものを持ってしないと説明がつかなかった。


 「で、俺の能力は「(ほこ)(たて)」。最強の武器と最強の盾を持つ能力」


 そう言って彼は背中に背負った刀を横目に見た。おそらく彼の言う最強の武器というのが、背中に背負ったその刀なのだろう。それじゃあ最強の盾は____?


 「最強の、盾って…?」

 「最強の盾____身体だよ。俺のこの身体が最強の盾なんだ」


 そう言ってまたもや長髪の彼は笑った。そして頭上にハテナマークを浮かべる僕に、小さく笑みを溢して言う。


 「俺のこの身体は、見えない最強の盾に覆われていて、全ての攻撃を弾き返してくれるって感じかな」

 「身体って…………、でも今、こうやって僕の周りにも、攻撃は一つも当たってない……」


 そうだ。彼の説明では、彼自身は見えない盾に覆われていて攻撃は当たらないようだけれど、僕まで攻撃が当たらないのは可笑しいじゃないか。


 「そうだね、君にも当たっていない。なんなら俺の周りには攻撃が一切当たっていない。


 分かりやすく言えば、俺は自分の身体を覆っているこの盾を自由自在に操る事ができるんだ。その盾を今、俺の身体じゃなくて俺の周りに発動してるんだ。だから今、俺の身体は決して最強じゃない。今なら俺の身体に攻撃は当たり放題……。

 ま、そもそも、周りで弾いてるから俺の身体には傷一つ付けられないけどね」


 そう言ってまた一つ、最強の盾は流れてきた攻撃を弾いた。

 僕にはもう何が何だか分からないけれど、この有り得ない光景は、僕に異能力と言うものを信じさせるには十分だった。


 「そろそろだね」


 そう言われて僕は再び銀白髪の彼に視線を戻した。そこには、見る影も無くボロボロに弱りきった化け物がいた。そして、傷一つない銀白髪の彼が赤い瞳を光らせて化け物を見下ろしていた。


 「加減しとくな?」


 一言そう告げると、銀白髪の彼はその赤い瞳を細めて化け物目掛けて勢い良くその拳を振りかぶった。


 

 ドゴォンッッと、加減しているとは思えないほどの破壊力で、彼の拳に乗って凄まじい風圧と瓦礫が飛んでくる。しかし、もちろん最強の盾に守られている僕達にはその瓦礫当たらない。

 

 そして、今までとは比にならないほどの威力により、化け物の身体は四方八方に飛び散って、そして消えた。言葉通り、跡形も無く消えたのだ。

 開けた視界から其方を覗くと、そこには銀白髪の彼ただ1人だけがゆらりとその場に立っていた。


 「……すごい」


 思わずそう溢した僕に、長髪の彼は小さく笑ったような気がした。







 









 


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