第一話『邂逅』其ノ弐
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バタンッッと、強引にドアを閉めたことで大きな音が施設内に響いた。「はぁっはぁっ」と息を切らしながら帰ってきた僕に、施設の人達は驚いた顔をした。
「め、廻君……おかえりなさい。どうしたの?そんなに慌てて……、何かあったの?」
「ぁ……、い、いえ……」
眉を下げながら僕の機嫌を伺うようにして声をかけてきたその目にハッとする。僕は当たり障りのない言葉を返して、早足に自室へと駆け込んだ。
自室の鍵を閉めて僕はようやく息を吐いた。
身寄りのない僕は、3年前からこの施設で生活をしている。
3年前、僕は崩壊した廃墟の下敷きになって、そこから奇跡的に無傷で救出された。その時の事故が原因で、僕には3年前以前の記憶が存在しない。いつ、何処で、誰と、何をしていたのか、何も思い出せない。
ただ唯一、自分の名前だけを覚えていた。
しかしこの世界には、何処にも「回道 廻」という者は存在していなかった。そんな存在の無い僕は、流される様に此処の施設へと流れ着いたのだ。
そんな事を思い出していると、薄い扉から職員達の声が壁を伝って聞こえてきた。
「廻君、何かあったのかしら?」
「さあ……?あの子あまり喋らないし、毎日ボロボロで帰ってきて…なんていうか……」
『気味が悪いわ』
そんな言葉聞き慣れた筈なのに、何故か痛む心臓が余計に僕を惨めにさせた。
身寄りのない僕は当然施設で保護される事になり、この場所にいる訳だけど。存在しない名前を自分の名前だと言い張る僕は、施設内でも完全に異質な存在で腫れ物に触るかのように扱われている。さっきの人達だってそうだ。困った様に下げられた眉、一向に交わらない視線、皆がこんな僕を気味悪がってる。
ふと横にある鏡を見る。そこには僕という存在が鮮明に映し出されていた。
白髪の入り混じった黒髪に、上手く寝付けなくて出来た深い隈、ボロボロになった制服。そして何より、いつ見ても傷一つないこの身体が僕が化け物であることを証明していた。皆が僕を嫌って、気味悪がるのも無理はない。だって、僕にも僕が分からないんだ。
そっと鏡の自分に手を添えて額を合わせる。ひんやりとした温度に自分の体温も奪われていくようだった。
"「君は気付いてる筈だ、自分は他の人間とは違う異質な存在だって」"
「一体何なんだ、あの人も…………僕も」
「________僕は、一体何なんだ」
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日もほぼ落ちきった夕刻、僕は彼等との約束のために施設を出た。生憎とこんな時間に何も言わず手ぶらで出掛ける僕に、声をかける者は施設には存在しない。
憂鬱な気持ちとは裏腹に、あっという間に約束の場所に着く。
なんの偶然か、彼等が好んで集まるこの場所は、3年前僕が救出された廃墟の跡地だった。
立ち入り禁止のテープを無視して中に入り込む。中途半端に復興されたこの廃墟は、今にも崩れそうな箇所が幾つかある。慣れた足取りで危ない箇所を避け、最上階の奥を目指す。その場所に近付くにつれ、ゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてきて吐き気がした。
建て付けの悪い扉を開けると、不気味に歪んだ三日月の目が一斉に僕を映した。
「待ってたぞ回道ぉ〜、早くこっち来い」
そう言って唇を吊り上げて彼は笑った。そんな彼の傍には取り巻きの2人がスマホのカメラを起動させて僕を待ち構えていた。
ああ、本当に吐き気がする______
彼等に逆らう力を持たない僕は、黙って彼等の元へと足を進めるしか無かった。言われるがまま彼等の元へとやって来た僕を3人は慣れように取り囲む。1番ガタイのいい彼は嬉しそうに僕の顔を掴んで持ち上げると、舐め回すように僕の顔を見た。
「相変わらず傷一つ付かねぇ可愛い顔だなぁ、お前は」
彼はそう言うと、顔を掴んでいる手とは反対の空いた手をシャツの中へと滑り込ませ、厭らしく僕の身体をまさぐった。
闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのはこの世では当然の摂理だ。だから、弱者が強者に支配されるのなんて至極当然の摂理だったのだ。
僕の身体を使って、全ての性欲を発散して遊び尽くした彼等は、酷くスッキリとした顔をしていた。そして満足気な顔で衣服を整えながら、取り巻きの撮っていた先程の動画を大音量で流しては声をあげて気持ちの悪い笑みを零した。
彼等3人の性欲が発散されるまで好き勝手に使い回された僕は、乱れた呼吸を繰り返しながら一刻も早くこの場から去りたいが為に必死に重い身体を引き摺って乱された衣服を整えた。彼等は己の欲を何度も何度も僕の中に吐き出した。吐き出されたその部分が気持ち悪くて、今すぐにでも掻き出したい衝動を抑えてフラフラと立ち上がる。そんなボロボロの僕を彼は呼び止めた。
「待てよ回道、今日はまだ終わっちゃいねぇよ」
その言った彼が手に持つ金属バットに背筋が凍る。こんな事は初めてだった。
初めて此処に連れてこられた時、彼等は嫌がる僕を笑いながら無理矢理性欲処理に使った。泣いて嫌だと言えば余計楽しそうにして身体を弄び、止めてくれと抵抗すればそれを力と快楽で捩じ伏せた。そんな僕の姿をばっちりとカメラに収めた彼等に脅されれば、僕はもう何度でも言いなりになるしか無かった。
そうして彼等に目を付けられた僕は、こうして彼等の都合で廃墟に僕を呼び出しては性欲処理に僕を好き勝手に犯したり、ストレスが溜まった時は気分が晴れるまで力のままに僕を散々痛め付けた。
ただ、彼等は「可愛い顔に傷が付くと萎えちまうから」等という理由で、性欲処理に使う時は僕を袋叩きにする事は決してしなかった。
だからさっさと帰ろうとした。性欲処理の役目を果たした僕は、今日この場所にはもう用済みである筈だからだ。なのに、どうして……。
「俺達ももうすぐ卒業だろ?いくらお前が言わねぇったって、絶対に言わねぇ保証はどこにもねぇんだよ」
カラカラと彼が金属バットを引き摺る音が不気味に鳴り響く。彼が僕の方へと近づく度に、僕の体はカタカタと震えを強くした。そんな僕の頭に手を置いて、耳を伝って頬へと手を滑らせながらそっと僕の顔を上げる。
「そ、んな……僕、絶対言わないよ……ほんとに、」
「俺だって辛いんだぜ?お前の中は熱くて気持ち良いし、特にその……可愛い顔が、痛みと、恐怖と、屈辱に、涙でぐちゃぐちゃになってる時の顔が最ッ高に興奮すんだよ……!!」
そう言った彼の顔は今まで見たどの笑顔よりも己の醜い欲望に染まりきった悪魔のような笑顔だった。
「ぁ……っ」
恐怖で声も出せず涙を滲ませるしかない僕を見て、彼等3人は楽しそうに唇を歪ませた。そして彼は僕から手を離し、手に持った金属バットを大きく振り上げた。
「だからさあ、これは仕方ねぇよなぁ!!!」
そう言うと同時に、持っていた金属バットを勢いよく僕の頭に振り落とした。キィンと少し甲高い音が響いて、頭蓋骨にヒビが入ったかのような鋭くて重い衝撃が走った。いつまで経っても慣れない容赦ない痛みに僕はたまらず倒れ込んだ。
そのガタイのいい体に力のまま硬い金属で殴られると悲鳴は音にすらならなかった。目がチカチカして頭が回らない。ただドクドクと滴り落ちる血の温かさに、ああ、僕は殺されるのか、と何処か他人事のように思った。
「お前は俺が見付けた玩具だ!!最期まで責任取って可愛がってやるよ!!玩具以外にお前の価値なんかねぇんだからなあ!!!」
耳障りな彼らの声が容赦無く僕を刺す。ひしひしと突き刺さる容赦ない殺意に僕はただただされるがままになった。意識を飛ばす暇も無い程に3人は僕を殴り殺そうと、痛めつけながら罵倒する。
気にする事なんか無い。なんて事ない、いつも通りの光景だ。別に気にならない……平気だ。平気な、筈………なのに、
チカチカする視界の中。力無く地面に横たわる僕は、だらだらと口から血を零しながら彼等を見上げた。カヒュッと聞いた事のない呼吸の音が自分の口から零れ出てくる。そんな僕にはお構い無しに、彼はもう既にその金属製のバットを大きく振り上げていた。
彼らにとって偶然見つけた僕という存在は、遊ぶにはとても都合の良い玩具だった。
闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのはこの世では当然の摂理だ。だから彼等が僕を殺すのだと決めたのなら、僕が此処で彼等に殺されるのなんて、至極当然の流れなのである。
結局僕は、学校でも施設でも、何者にも成れなかった。強いて言うのなら、皮肉にも僕は彼等にとって都合の良い玩具という存在には成る事が出来たのだろうか。
目の前の彼は、その筋肉質な腕でバットを僕目掛けて勢い良く振り降ろす。
ああ、その一撃でこの惨めな人生を終わらせる事が出来たのなら、どれ程良いことか。
でも、駄目なんだ。だって、僕は_____
ザシュッと、聞き慣れない音がこの空間に嫌に響いた。




