第一話『邂逅』其ノ壱
きっと誰の記憶にも残らない、そんな人生だった__
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雲一つない気持ちの良い晴れの日。
そんな昼下がりの屋上で、乱暴に体を叩きつけられた反動で錆びたフェンスが鈍い音を立てた。程なくして、僕の顔目掛けて何の躊躇もなく筋肉質な拳が飛んでくる。
なんて事無い、いつもの決まったルーティンだ。
「回道ぉ、お前どこいたんだよ、探したんだぞ〜?」
彼はそう言って殴られた反動で下を向いた僕の顔を、髪を引っ張って強引に持ち上げた。そんな彼の名前は、なんて名前だっけ。
「ぅ……っごめん……、先生から資料運ぶのを頼まれて_」
僕の回答が気に食わなかったのか、言い終わる前に鳩尾に重い蹴りが入った。力加減をまるで知らない不意打ちの蹴りに僕は強く咳き込んでしまう。鈍く痛むそこを庇うように醜く蹲る僕を、彼の取り巻き2人がさぞ面白そうに嘲笑った。
「そんなことよりさ〜、……なあ、またヤらせてくれよ」
「ぇ……?ま、待ってよッ!だって、ついこの前も……ぅぐッ」
そう言った瞬間、その大きな手で思いっきり顔を掴みあげられる。ゴツゴツとした指が頬にくい込んだせいで酷く痛んだ。そんな彼は痛みに涙を滲ませる僕の顔をまじまじと覗き込む。長くてうざったらしい僕の前髪を一つ一つ丁寧に手で払い除け、僕の顔を露わにする。「やっぱりお前、可愛い顔してんなぁ」と、露わになった僕の目と無理矢理目を合わせて厭らしく笑う。
「なあ、回道。俺らも色々溜まってんだよ、スッキリさせてくれよ、な?いつもんとこで待ってるからよ」
_______ああ、醜い
彼等3人、いつ見ても醜いと思った。穢い欲に塗れた人間の負の感情は、なんて醜くて悍ましいのだろう。
一向に目が合わない僕が彼の逆鱗に触れたのか、スッと目を細めた彼は力任せに僕を殴って蹴って痛めつけた。そんな彼に続く様に取り巻きの2人も僕の身体を思うままに痛めつけた。下品に笑いながら気持ち良さそうに拳を振るう彼らは、僕をサンドバッグか何かだとでも思っているのだろうか。
「そんじゃ宜しくな〜」
「ヒューッヒューッ」と細い呼吸を繰り返し、完全に虫の息になった僕に気が済んだのか、彼等3人はいつもの軽い足取りで屋上を出て行った。
去り際、醜く地面に転がる僕の耳元で「逃げたらあの動画、ばら撒いちまうからな」と最後にしっかりと脅す事も忘れずに。
ところどころズキズキと痛む身体を庇いながら、しばらく寝そべって空を見上げる。いつもの事ながら彼等の暴力には加減がない。本気で僕を殺しそうな程に。そうして彼等は拳を振り下ろす度、どんどん醜くなっていく。
真新しい痣の目立つ腕を空に向かって真っ直ぐに伸ばせば、より一層空が高いことに今更気が付いた。
____ああ、今日は本当に良い天気だ。
昼休み終了の予鈴が鳴る頃には、もうとっくに痛みなんてものはなくなっていた。
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【自殺】
"自ら死を選ぶこと。自分を殺すこと。"
そして、
僕みたいな人間が自ら死を選ぶことで、どうしようもないこの人生に、ただ唯一の救いを求める行為だ。
まあ、僕は死ぬことすら出来ないのだからどうしようもないのだけれど。
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「まあ色々とあるだろうが、まだ若いんだ。進学でも就職でも自分の好きな様にやってみなさい」
ガラッと耳障りな音を立てて、進路指導室を出る。進路相談という名目だけの面談で、先生のくれた無責任な言葉が頭を反芻する。高校3年生の4月、世間の高校3年生達は自分の進路と本格的に向き合い始める時期だ。
それは僕も例外ではなく、担任の先生と今後の進路についての面談をさせられた訳なのだけれど、貰った言葉は何とも無責任なものばかりで何の参考にもならない。僕が進学出来ない事なんて知っているくせに、教師という立派な立場から綺麗事ばかりの理想を語ってくる。まあ、もっとも進学するつもりなんてさらさらないのだけれど。
感情任せに「はぁ」と深く息を吐くと、手に持った白紙の進路調査票がくしゃりと悲しげな音を立てた。
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下校のチャイムが鳴り響く中、ずらりと並んだ下駄箱の中からボロボロになった靴を取り出す。
まったく僕みたいな人間は、一体人生のどこに救いを求めれば良いのか。
正面玄関を出てトボトボと歩きながら、ふとそんな事を考える。放課後になって浮き足だった生徒達の声が嫌に耳につく。放課後友達と遊びに行くだとか、今はこれが流行っているのだとか、最近出来たカフェに行くだとか、そのどれもが僕の世界には無縁の話ばかりで、やっぱり僕はどこか異質な存在なんだと、改めて思った。
この小さな箱の中はどこか居心地が悪くて、息苦しい。
そんな空間から逃げ出すように僕は早足に正門を出る。
「お、やっと出てきた〜、おーいそこの君!」
いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。それよりもこれからどうしよう。またヤらせてくれだなんて、ついこの前ヤったばかりじゃないか。自分達はスッキリするかもしれないけど、それに使われる僕はたまったもんじゃない。これからの事を考えるだけで吐き気がする。
「あれ、聞こえてない?君に話しかけてるんだけど……」
でもそんな事を考えたって仕方が無い。僕には逃げるという道は残されていないのだから。あの動画を彼等が握っている限り、強者が弱者を支配するこの箱の中で生きる限り、僕は彼等のおもちゃでいるしかないのだ。
結局僕は、彼等の言いなりになるしか____
「君だよ、君!__回道 廻くん」
突然名前を呼ばれたことに驚いて、思わず足を止めて振り返った。
其処には20代半ばぐらいだろうか、鎖骨まで真っ直ぐに伸ばした藍色の髪を左サイドで緩く束ね、ひらひらと手を振りながら笑顔で僕を見つめる男の人。
「え……っと、僕ですか…?」
「そう、君だよ廻君。君を待ってた」
いや誰だ、この人。全く心当たりがない。
そんな僕の怪訝な表情に気づいたのか、その人は相変わらずの笑顔で話し始めた。
「僕は竜胆 恭平、とある学園で教師をやってる。今日は君に話があって来たんだ」
「僕に、話?」
「そうそう、君を僕が務める学校に編入して欲しくてね。……念の為用心棒としてあと2人、君と同い年の学生も一緒に来る予定だったんだけど……、目を離した隙に何処か行っちゃったみたいだ」
ふわりと風が吹いて彼の長いのピアスを揺らした。そのどこか妖艶な雰囲気に僕は目が離せなかった。
スマホを確認しながら、人当たりの良い笑顔で話すこの人の言うことが、僕にはまるで分からない。
「………あの、人違いだと思うんですけど。たしかに僕は回道 廻ですけど……、えっと…、竜胆さんがなんの事を言ってるのかさっぱり分からないし、なにかの間違いだと___」
「いや、君のことだよ」
それまでの笑声が嘘かのように被せられた真剣な声にドキリと心臓が跳ねた。真っ直ぐに見つめられる視線から逃げられない。
「君は気付いてる筈だ、自分は他の人間とは違う異質な存在だって」
まさについさっき考えていた事を当てられて、背筋に冷たい汗が流れた。
「そして、君は最も死から遠い存在で、そんな君の人生は最も死に近いところに存在してる」
その言葉に思わず目を見開いた。
そして気が付くと目の前まで来ていたその人に、僕は分かりやすい程に動揺した。
「……な、に言って……」
「____君が視てる世界、僕にも視えてるんだ」
耳元で聞こえた言葉にぞわりと全身の毛が逆立つ様な感覚を覚えた。思わず反射的にバッと後ずさると、此方を見つめて怪しく笑う瞳とぶつかった。
「__ほら、君にも視えてるんでしょ?」
その瞬間、視界に写った醜くて悍ましいなにか
嫌な汗が頬を伝うのを感じて、唾を飲み込む。
「あ、そうそう。それから君と一緒にいた子達のあれ、あれは今相当危険だね、早くどうにかしないと彼等は____
って、ちょっと廻君ー!?」
隙を見て全速力でその場から逃げた。後ろから僕を呼び止める声が聞こえたけど、そんなもの気にせずにただただ全力で走った。
あの人が何を言っているのか全く分からなかったのに、全てを理解出来てしまうのが怖かった。
ただ一つ、僕はあの人と関わっちゃいけない。




