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第十三話『-心道編- いつの日か心中して』其ノ肆


 ぼんやりとする視界に、僕を覗き込むようにして見る竜胆先生が目に映った。いまいち状況が呑み込めないでいる僕に、竜胆先生が手をひらひらと振りながら「おーい、大丈夫?」と問い掛けてくる。


「……っえっと、僕は……」


 のそのそと上半身を起こしながら辺りを見渡すと、どうやら此処は学園の保健診療所のようだった。


「廻、御役目の最中に妖の攻撃受けて気を失ったんだよ」

「あ……」


 そう言われて思い出す。


 考え事をし過ぎていたせいで御役目に集中出来ず、妖の攻撃をモロに食らってしまったのだ。そんな僕の顔を見て、竜胆先生は「あ、ちなみに妖は狼と弥子がちゃんと祓ったから安心してね」と付け足す。恐らく学園まで僕を運んでくれた二人に、迷惑をかけてしまったなと反省しているとズキッとした痛みが身体を走った。思わず布団を捲って身体を見ると、僕の身体には御役目で負ったであろう傷が沢山あった。


「え……なんで」


 有り得ない光景に目を見開いていると、ガラッという音を立てて病室の扉が開いた。そこには気怠げに煙草を吹かす稲見先生が立っていて。


「あ?起きたのか」


 ズカズカと病室に入ってくる稲見先生。そんな稲見先生に竜胆先生が「仁、煙草」と言えば、稲見先生は小さく舌打ちを零して煙草の火を消した。


 そんな稲見先生に、僕は動揺しながら問い掛ける。


「あ、の……傷が、治ってないんですけど」


 僕を見下ろした稲見先生は、チラリと僕の身体に残ったままの傷を見る。



 

 こんな事は初めてだった。


 僕は不死身だ。どれだけの致命傷を負ったとしても絶対に死なないし、どんな傷でも治ってしまう。確かに妖から受けた傷の治りは遅いとは言っていたけれど、真っ暗な外を見るに御役目から数時間は経っているはずだから傷が治っていないだなんておかしいのだ。しかも、一つなんかじゃない。全ての傷が治っていないんだ。




 動揺に震える僕に、稲見先生は小さく息を吐き出して傍にある椅子に腰掛けた。


「てめーの能力について、まだ話してなかった事がある」

「え……?」


 思ってもみない返しに、驚いて声が出る。静かにそう告げた稲見先生は、チラリとまたひとつ僕の傷だらけのままの身体を見て再び口を開く。


「まず、今日新たに分かったことが、てめーの能力はてめーの感情に左右される」


 それがどういう意味なのか分からなくて、僕はただ稲見先生を見つめた。すると稲見先生は僕の心臓を人差し指でスっと指差して。


「つまり、てめーの感情が今自分の回復能力を拒んでんだよ。だから傷が治らねぇ。俺が復元しようとしても、何でかてめーの身体には俺の能力が適応されねーし、どうにも出来ねぇ」

「な、なんで……」


 そう零した僕に、稲見先生は薄らと隈のある目を細めた。


 



「____それは、ちゃんと自分で分かってんだろ」





 断言したその言葉に、息を呑む。何も、弁解する言葉が出てこなかった。


 そんな僕を置いてけぼりに、稲見先生は話を続けた。


「それから、これはてめーに話してなかった事だが……」


 稲見先生は少しだけ迷うように言い淀んだ。そしてゆっくりと口を開いて。


















 

「回道 廻、てめーはただ不死身なだけの能力者じゃねぇ」




 真っ直ぐに僕を見つめてそう言った稲見先生。僕は一拍遅れて「え……?」と、殆ど空気のような声を出した。


 無意識に傍に座る竜胆先生を見るけれど、竜胆先生もそれを知っていたかのように何も言わなかった。


「それは、どういう意味……ですか」


 やっとの思いで問いを口にすれば、稲見先生は一つ瞬きをして僕を見た。

















 

 

「____てめーの血には、生命(いのち)を甦らせる力がある」




















 ドクンッと全身の血液が逆流するかのような、そんな感覚を覚えた。じわじわ、じわじわと頭に血が上って来るような、そんな感覚。全身が熱くて、今にも何かが爆発しそうだった。






 ぐしゃりと真っ白なシーツを握り締めながら、僕は溢れ出る感情を押さえ付けるように口を開く。



「な、んで……今に、なって、それを言うん…ですか」


 力任せに握り締めた拳には、爪が食い込んで痛かった。でも、それよりも、今も自分の身体を巡り続けるこの血が痛くて堪らなかった。



「それをっ……今、僕は言われて、っどうしたらいいんですか……!」


 押さえ付けていたはずの感情は、声に出すといとも簡単に溢れ出てきた。






 






 苛立ちが、抑えられなかった。










「なんで、今になって言うんですかッ!早く、もっと早く教えてくれてたら、救えたのに……っ!なんで……ッ僕なら、笑子ちゃんを救う事が、出来たのに……!!!」


 癇癪を起こした子供のように、感情任せに大声で言葉をぶつけた。悔しさと、絶望と、裏切られたような気持ちがごちゃ混ぜになって、それが全部苛立ちという感情になって僕を襲った。


 静かに僕の言葉を受け止め続ける稲見先生の腕を力任せに掴んで、叫んだ。


「なんでもっと早く……ッ教えてくれなかったんだ!!!それを知ってたら、僕は____ッ」






















 

「____廻」

















 大雨のような僕の言葉を、竜胆先生の澄んだ声が遮った。







「笑子の死は、誰であっても救う事は出来なかった」



 淡々と、分かっているだろとでも言うように竜胆先生は言った。


「笑子は妖の爆発に巻き込まれて死んだ、つまり即死だった。心臓が止まってしまったら、仁の能力も使えない。たとえ即死の状態でも廻の能力が使えたとして、あの時廻も爆発に巻き込まれて気を失っていたんだ。この事実を廻が知っていたとしても、笑子の事は救えなかった」


 僕から目を逸らすことなく、竜胆先生はそう言った。何もかもがその通りで、それが事実で、何も言い返せなかった。笑子ちゃんはどうしても救えなかった。


 稲見先生の腕を掴んでいた手の力がふっと抜ける。力無くシーツを見つめる僕に、稲見先生の声が上から落ちてくる。


「それでも、ちゃんとてめーに伝えなかったのは間違いだった。……悪かった」


 そう言われて顔を上げると、いつも怒ってばかりの稲見先生が頭を下げていて。






 もう、止めて欲しかった。





 

 もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。






 もう、何も考えたくなかった。






























 もう、いっその事忘れてしまいたかった。





「……ぼ、くも取り乱して、酷い事言って、すみませんでした。

 でも、大丈夫です。笑子ちゃんが死んだ事は、ちゃんと分かっているので……だからもうこの話は____」



 口早にそう言って、この話を終わらそうとした。あわよくば、早く二人には病室から出て行ってもらおうとした。


 それなのに____

































「廻、もうそれは止めなさい____」



 竜胆先生の澄んだ声が、やっぱり僕を見逃さなかった。


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