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第十三話『-心道編- いつの日か心中して』其ノ弐





 創一郎君が出て行った後、また僕も同じように本を読んで探し物をしていたけれど、やっぱり創一郎君が言った言葉が頭から離れなくてあんまり集中出来なかった。

 


 ふと窓の外を見ると人も疎らになっていて、あんなにも眩しかった夕日もかなり傾いていた。もうそんな時間かと僕も図書館を出るために本を閉じた時、












 

「____良かった、まだいた」
















 


 と、後ろから聞き馴染みのある声がして振り返った。


「弥子君____?」


 そこには手を振りながら僕の方へと歩いてくる弥子君がいて。どうしてここに……?と首を傾げる僕の隣に、弥子君はその長い脚であっという間に到着する。


「入れ違いにならなくて良かったよ」

「えっと、どうしたの?」


 失礼にも弥子君が図書館を利用するようなタイプには見えないし、その発言からして僕に用があるみたいだった。隣に立つ弥子君を見上げると、弥子君は創一郎君のように僕の隣に腰を下ろす。その姿を見て、ふと思い出す。


 ____あ、そうだ。


 


「そういえば、少し前に創一郎君と会って、弥子君が居なくて残念そうだったよ」

「あれ、そうなの?ここに来るまでにすれ違わなかったから入れ違いになったのかな、残念」


 弥子君はそう言って少しだけ辺りを見渡した。でもすぐに僕の方へと振り向くと、その優し気な目を細めて僕を見た。


「でも俺が今話したいのは回道だから、鐘鋳にはまた今度会いに行くよ」

「僕と話……?」


 僕と話したいと言った弥子君に思わず首を傾げる。わざわざ図書館(此処)まで赴いてまで僕と話したい事だなんて、何かあったかな。


 そんな僕の考えが表情に出ていたのか、弥子君はやはり笑いながら「触れないでおくのが良いと思ってたんだけどね……」と続ける。


 そして、



「____心道の事、ちゃんと話そうと思ってさ」

「!」



 思わず、肩が跳ねてしまった。


 別に、触れて欲しくなかった話だったとかそんなんじゃなくて、意図的に弥子君達がその話を避けてくれていたのを知っているから、少しだけ驚いただけだ。



 

 だから、じくりと何かが広がるみたいに痛んだ心臓は、ただの気の所為だ。



 

「……ちゃんと話すって、何を?」

「んー、そう言われると明確な答えは無いんだけど……。


 でも、回道が全部置いて行こうとしてるみたいだから」


 弥子君の言っている意味がさっぱり分からない。そんな気持ちがやはり顔に出ていたのか、僕が聞くよりも先に弥子君が「回道」と僕の名前を呼んだ。




















 

 

「____心道は死んだんだよ」























 ドクリと、脈が大きく波打つような感覚がした。少しだけ息がしづらくなって空気を吸い込んで心臓をシャツ越しに抑えると、やはり規則正しく僕の心臓は波打っている。

 


「……分かってるよ、ちゃんと」

「嘘、分かってないよ」


 やや被せ気味に言ってきた弥子君に、僕は思わず眉間に皺が寄る。


「分かってるって、現にもうずっと笑子ちゃんはいないじゃんか」


 皮膚に食い込んだ爪の痛みに、僕は自分が強く拳を握り締めていたことに気付く。そんな僕に構うこと無く、弥子君は次々と言葉を投げかけてくる。








「そういえば、特別支援室でご飯食べなくなったよね。なんで?」


「……笑子ちゃんが、いないから」




 





「最近は全然俺達と遊ばないじゃん、なんで?」


「だから……放課後は、調べたい事がある、から」












「俺達に心道の話をしてくれないのは?」


「そ、れは……みんな、気を遣うかもって」



 次々と投げかけてくる一方的な問いに、僕は何故か苛立ちのような感情を覚える。まるで僕の答えを聞こうとはしない弥子君に、僕は生意気にも苛立っているのだ。


 グッと奥歯を噛み締めた僕の耳に、またしても「それじゃあ……」と弥子君の静かな声が届く。




 




















「心道のお墓に行かないのは、なんで____?」




















 まるで、世界が少しの音も許さないような静寂に包まれて、時間も何もかもが止まってしまったかのような、そんな気分だった。



「心道みたいに身寄りのない能力者の遺骨は、学園にある霊園で大切に保管される。だから、行こうと思えばいつでも行けるよね」



 淡々と話し続ける弥子君の声が、右から左へと僕の耳を通り過ぎて行く。握り締めた拳がギリギリと痛んで、噛み締めた奥歯が鈍い音を立てた。


 


 ____ああ駄目だ、何かが爆発しそうだ。


 


 

「回道は心道と親しかったわけだし、なんなら毎日でも会いに行きたいぐらいだと思ってたんだけど……。


 




 ねえ、なんで会い行かないの____?」









































「__ッそんなの、弥子君に関係ないだろ!!!!」




 ダンッと感情任せな大きな音を立てて、僕は立ち上がった。初めて見下ろした弥子君に、溢れ出る感情のままに大声でそう言えば、喉の奥が焼けるように痛んだ。


 荒い呼吸のせいで肩が大きく上下する。こんなにも苛立ちを覚えたのは初めてで。誰も入って来ないようにと厳重に囲っていた繊細な場所に土足で踏み込まれるみたいな、そんな気持ちだった。



 

 こんなにも感情を顕にしている僕とは対照的に、見下ろした弥子君は驚く程何も変わらなかった。そして、感情に振り回されている僕を見上げて。



「なんだ、ちゃんと声に出せるじゃん」



 そう言って、眉を下げては優しく笑った。


 全く予想していなかった返しに拍子抜けして、少しだけ気持ちが落ち着く。酸素がちゃんと身体に入ってきて、息がしやすくなった。少し落ち着いたお陰で周りの状況が見えるようになって、図書館で大声を出してしまった自分に焦るけれど、閉館間際の今、どうやら図書館には僕達しかいないようで安心する。


 弥子君に怒ってしまった事に、少しの気まずさを覚えながら静かに席に着く。どうしようとぐるぐる考えていると、隣から弥子君の優しい声が聞こえてきた。


 

「意地悪な聞き方しちゃってごめんね」

「え……?」


 思わず隣を振り向くと、弥子君は机に置かれたままの本を興味無さげにペラペラと捲った。


 

「死ってさ、どんな人間にでも絶対に傷になるものだから。名前も知らない人が死んでも何のダメージもないけど、自分にとって大事な人が死んだらそうもいかないじゃん。大事な人が死んでしまったのに、目に映る世界が何も変わらないのは、他人にとってその死が大したことないからだよ。

 

 死って無慈悲なんだ、死んだ対象がどれだけ大切だったかなんて関係ない」


 

 弥子君の言葉が、僕の皮膚をすり抜けて心臓に触れる。弥子君の言っている事は何も新しい発見じゃない、当たり前に分かっていたことばかりだ。なのに、まるで初めて知ったみたいに心臓が痛くて、笑子ちゃんの死が日常に呑まれていった事実が悔しくて仕方なかった。


 そんな僕に、弥子君は小さく息を吐き出した。

 


「……だから自分の中に溜め込むのは、そろそろ限界なんじゃないかと思って」


 その言葉に、僕はただ弥子君を見つめて、その言葉の続きを聞いた。

 

「声に出すって結構大事な事なんだよね。感情を言語化する事で、自分の感情に名前が付くと不思議と少しだけすっきりするんだよ。

 感情を感情のまま自分の中に溜め込んでたら、そのうち内側から壊れてくからさ」


 何となく、どうして弥子君があんな事ばかり聞いてきたのか分かった。その意図を理解すると、途端に自分の発言が申し訳なくなって眉が下がる。


「あの……さっきは、ごめん。僕、弥子君に酷い事言った」


 そう言って謝ると、弥子君はきょとんとした顔で僕を見た。


「何謝ってんの、あんなの俺が嫌な事ばっか聞いてたんだから当たり前でしょ。回道の触れて欲しくない部分に土足で踏み込んだんだから、そんなの謝んなくていいんだよ」


 然も当然のようにそう言ってのけた弥子君にさっきまでの気まずさはどこかへ行ってしまう。相変わらず、弥子君はどこか読めなくて分からない人だな。



 
















 そんな事を思っていると、館内に閉館のアナウンスが流れた。そのアナウンスに「もうそんな時間か」と弥子君が呟いて席を立つから、僕も同じように席を立った。



 


 静かな館内で僕と弥子君は足音を響かせながら歩く。そこに会話はなかったけれど、不思議と気まずさはなかった。図書館を出るため、重たい扉に手をかけた時、






「回道」







 弥子君が僕の名前を呼んだ。


 その声に振り返れば、背の高い弥子君がすぐ後ろにいて。見上げて首を傾げれば、弥子君はその細い手のひらをそっと僕の心臓に押し当てた。




 




















 

「____その気持ちは、置いて行かないでよ」



























 

 その声は、酷く悲しげだった。


 そう言った弥子君の言葉の意味は分からないけど、見上げた弥子君の顔が酷く悲しげで、まるで懇願するようにも見えたから、僕は思わず心臓に押し当てられた弥子君の手のひらをそっと掴んだ。


「弥子君……?」


 そう言って顔を覗き込むように下から見れば、弥子君の長い髪の毛が顔を隠すように肩から流れ落ちると、次の瞬間にはもういつも通りの弥子君の顔がそこにはあった。


 弥子君はパッと手を離すと、僕の後ろにある重たい扉を軽々と開けて外に出る。その後を追うように僕も図書館を出た。外はすっかり日が落ちて夜になっていて、少しだけひんやりとした風が肌を撫でている。


「ねえ弥子君、さっきのはどういう意味なの?」


 僕がそう聞けば、弥子君は左耳の長いピアスを揺らして僕を見る。


「近いうちに、ちゃんと分かるよ」


 弥子君は、ただ一言そう言った。僕はやっぱり意味が分からなくて、弥子君は本当に読めない人だなと改めて思った。そんな僕の背中を弥子君はトンッと押して。


「ほら、早く帰らないと夜ご飯の時間終わっちゃうよ」

「弥子君は帰らないの?」

「俺は教室に忘れ物したから、その後に行くよ」


 一緒に行けないのかと少し肩を落としながら、僕は見送ってくれる弥子君を振り返った。首を傾げる弥子君に、僕は言う。


「弥子君は、やっぱり優しいね」


 僕がそう言うと、弥子君は1拍置いてにこりと微笑んだ。その笑みを見て、僕は弥子君に手を振って図書館を後にした。






























 























「____お前はほんと人の事ばっかだな」








 

 回道が去って行った図書館の前、回道の背中を見届ける狐塚の耳に聞き馴染みのある声が届いた。その声に狐塚は小さく笑みを零すと、くるりとその声の方へと振り向いた。


「盗み聞きだなんて相変わらず悪趣味だね、狼は」


 振り向いた先には、壁に背を預けて腕を組む高専寺の姿。動揺が少しも見られない狐塚の様子に、高専寺は「気付いてたくせによく言うわ」と少し呆れたように呟いた。


「ていうか仲平はどうしたの?」

「あー……撒いてきた」

「何やってんの……絶対拗ねてるよ」

「いや、雷一(らいち)辺り捕まえて遊んでんだろ」


 「つか、お前も撒いて来てんだろ」と言った高専寺に狐塚は清々しい程の笑みを浮かべた。そんな狐塚の様子に、高専寺は呆れるように息を吐き出すと口を開いた。


「で、わざわざ撒いてまでする事が回道の世話とは、お前はほんとに優しいな」


 そんな高専寺の言葉に、狐塚がピクリと僅かに反応する。それでもやはりその顔はにこりと笑みを浮かべていて。


「そう思って貰えてるなら良かったよ」


 何やら含みを持たせた言い方だった。そんな狐塚の言葉に「……相変わらずだな」と小さく呟いた高専寺。二人の会話には幼馴染ゆえの独特な空気が流れていた。


 程なくして、再び高専寺が口を開く。


「お前が回道(彼奴)にそこまでしてやるのは、()()()()()後悔してるからか?」


 そう言った高専寺に、狐塚は少しだけ間を置いて「いや……」と口を開いた。






















「重ねているから……かな」



 月が顔を出した夜空を見上げて、狐塚はただ一言そう呟いた。月の明かりが狐塚の瞳を照らして、その黄色の瞳の色を濃くする。そして狐塚はひとつ瞬きを落として、くるりと高専寺を振り返った。


「ていうか、それは狼の方でしょ。狼があんなに他人に関わるのなんて珍しいじゃん。


 懐が言ってた事、強ち間違いじゃなかったんじゃない?」


 その言葉に、高専寺の赤い瞳が大きくなる。ピクリと反応した高専寺に、狐塚は笑って肩をすくめた。


「ちょっと怒んないでよ、喧嘩したいわけじゃないからさ」


 そうは言いつつも狐塚の顔にはいつも通りの余裕そうな笑みが浮かんでいる。そんな狐塚に高専寺は小さく舌打ちを零した。


「で、本当は何しに来たの?」


 狐塚がそう問い掛ければ、高専寺は漸く狐塚を見つめて「お前も分かってんだろ」と口を開いた。その言葉に狐塚はスッと口角を上げる。


「ああ……御役目の事?」


 そう言った狐塚に、無言で肯定を示す高専寺。


「俺等がいれば、まず心道が死ぬことはなかった。相手は精々A級の雑魚だからな」


 淡々と話す高専寺の表情からは何も読み取れない。


「でも心道が死んだ時、俺等は回道とは一緒にいなかった。御役目が来たからだ、()()2()()()


 遮るもののない空で、月が輝く。その明かりが高専寺の銀白の髪の毛を照らして、キラキラと不気味に反射させる。


「そもそもA級以上の能力者が複数人で一つの御役目を担う事なんてそうそうねぇ。ましてや俺等S級の能力者が同じ御役目を担う事なんて、片手で数えられる程度だ。しかも今回の御役目、蓋開けて見りゃただのA級の雑魚」


 そんな高専寺の言葉に、狐塚はスっと目を細めた。黄色の瞳が妖しく光って、その一際妖艶になった顔で狐塚は口を開く。


「つまり、あの時あのタイミングの御役目が偶然とは思えない」


 そう言って狐塚が「でしょ?」と高専寺に問い掛ければ、高専寺はその赤い瞳を同じようにスっと細めた。


















 二人の肌を、少しの冷たさを含んだ風が撫でる。






















 真上からこの学園を見下ろしながら輝く月を見上げて、狐塚はゆっくりと息を吐き出した。




























「ほんと……何が隠れてるんだろねぇ、この学園(世界)は」





























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