第十三話『-心道編- いつの日か心中して』其ノ壱
僕の世界は、何も変わらず廻り続けている____
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「____廻君!」
いつの間にぼーっとしていたのか、僕の腕を掴んだ悠太君の声にハッとする。
お昼休み、ガヤガヤと騒がしい学園内の大きな食堂で僕は狼君と弥子君と悠太君の四人で昼食を囲んでいた。
ぼーっとしていたらしい僕を心配そうな顔で覗き込んだ悠太君に、僕は笑って「どうしたの、悠太君」と聞き返した。すると悠太君は「もうっ、やっぱり聞いてなかったんですね!」と、少し頬を膨らませる。
「今日の放課後、一緒に遊びに行こうって誘ってたんですよ!」
プクッと頬を膨らませて僕を見る悠太君が何だか可愛くて、僕は思わず笑みが零れた。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんね、また今度で」
僕がそう返すと、悠太君はやはり不満そうな顔をして。
「またですか……。廻君はここの所毎日、一体何処に行ってるんです?」
「図書館だよ」
「図書館……?」
僕の言葉に悠太君は首を傾げる。その顔からはまるで意味が分からないと言いたげなのが伝わってきて、僕はまたひとつ小さな笑みが零れた。
「ちょっと探してるものがあって」
「だからまた今度一緒に遊ぼう」と言えば、悠太君はしぶしぶ納得するようにパクリとオムライスを口に含んだ。いつもお菓子ばかり食べている悠太君がちゃんとしたご飯を食べるなんて珍しい……。
僕はそんな事を思いながら同じようにオムライスをひと口食べた。
「んな顔すんなよ仲平、今日は俺等と遊ぼうぜ」
「そうだ、仲平の好きなバッティングセンターにしようか」
「狼君と弥子君がいたら僕の負け確定じゃないですか」
「拗ねんなよ〜」なんて言われながら、狼君と弥子君の二人に悠太君が宥められている。
いつも通りの光景だ。
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「____心道 笑子は死んだ」
あの日、稲見先生から笑子ちゃんが死んだと聞いた日。
まるで温度のない稲見先生の声が耳に届いた瞬間、僕は心臓が止まってしまったかのような錯覚を覚えた。
でもそれは勘違いだったみたいで、そっと心臓に手を当ててみれば、ドクドクと確かに波打っていた。
淡々とそう言った稲見先生に、口を結んだままの竜胆先生。
言葉が脳に届いて理解した途端、僕の口からは驚くほど自然に言葉が出てきた。
「…………そうですか」
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少し不満そうにしながらオムライスを食べる悠太君に、学食のAランチに付いていたデザートのチーズケーキを弥子君の分まで食べてしまう狼君、それに静かに青筋を立てる弥子君。
そしてそんな三人の姿を見て、笑ってしまう僕。
僕の世界は、驚くほど何も変わらなかった。
早いもので、笑子ちゃんが死んでからもうすぐ1週間が経とうとしていた。
あの日笑子ちゃんが死んだという事実を、たった一言で片付けられてしまった僕は随分冷たい人間なのだろうか。
笑子ちゃんが死んでしまっても、僕は今まで通り、何も変わらずに生活出来ていた。
ちらりと、一瞬僕を心配そうに見た悠太君が、僕の事を心配して気にかけていることには気付いていた。それは悠太君だけじゃなくて、狼君と弥子君だってそうで。笑子ちゃんが死んだという事は、勿論三人も知っているけれど、誰もそれを口にはしなかった。
ただずっと静かに、僕を心配してくれている。
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「____じゃあまた明日ね、悠太君」
そう言って手を振った僕に、悠太君は「は〜い」とやはり不満気な顔をして手を振り返してくれる。そんな悠太君に僕は苦笑いを零しつつ、放課後に賑わった教室を後にした。
騒がしい放課後の校舎をすり抜けて僕が向かったのは、学園にある大きな図書倉庫館__通称図書館だ。そこにはありとあらゆる本があって、各学科のための専門的な文書までもが完璧に揃っている。学園に唯一あるその図書館は巨大な建物で、時代を感じさせるその建物からはほんのりと懐かしい様な木の匂いがしている。
グッと重たいドアを開けて中に入ると、いつの日か笑子ちゃんと行った本屋さんに似た紙の匂いが鼻を掠めて、何だか心臓の辺りが熱くなった。館内は図書館なだけあってとても静かで、生徒もパラパラとはいるものの少なかった。
僕はそんな静かな空間を歩きながら、お目当ての日文科書物と書かれた本棚から数冊本を抜き取って席に着いた。
パラパラとページを捲って、手を止める。
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【きず/傷・疵・瑕】
体や物が損傷したところ。傷。
欠点。短所。
不行跡。不名誉。恥。
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「…………」
無意識に手に力が入っていたのか、くしゃりとページが音を立てたことで僕は慌てて握りしめていたページから手を離した。あの時と同じように心臓が止まってしまったかのような感覚がして静かに手を当ててみるけれど、やっぱり僕の心臓はちゃんと動いていた。
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「廻____」
最期に見た笑子ちゃんが、必死に手を伸ばした先で僕の名前を呼ぶ。
「____________」
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ふぅーっと深く息を吐き出す。
あの日から何度も考えている。あの時、僕だけを見つめて言った笑子ちゃんの最期の言葉が分からなくて。その言葉の意味を、僕はずっと探している。
パタンと本を閉じて僕は窓の外を見つめた。窓から差し込む夕日は、静かに梅雨の終わりを告げ始めている。雨の日の笑子ちゃんを置き去りにして、僕はジリジリと肌を焦がすような夏に向かっていた。
差し込む夕日が眩しくて、僕は少しだけ眉を顰める。結局何も分からないやと肩を落としそうになった時、視界の先で見知った姿を見つけた。
「____あ、創一郎君」
思わず呼んだ名前に、名前の主__創一郎君は振り返った。祓具を作ってもらって以来、この広い学園ではすれ違う事もなかったから久し振りにその姿を見た。彼も何か本を探しに来たのか、腕には数冊の分厚い本が抱えられている。相変わらずクールな表情の創一郎君は、僕と目が合うと怪訝そうに眉を顰めた。
「……………………」
「……………………」
………………。
「……………………ああ、回道さん」
よ、良かったーーーーーー!!
ふと思い出したかのように僕の名前を呼んだ創一郎君に、僕は心底安堵する。創一郎君が分かりやすく誰だっけこの人、みたいな顔で見つめてくるものだから流石に冷や汗をかいた。
「う、うん……久し振りだね、創一郎君」
僕がそう言うと、創一郎君は立ち止まったまま「そうですね」と淡々と呟いた。そして何やら辺りをきょろきょろと何やら見渡し始めた創一郎君を見て、僕は苦笑いを零す。
「ここには弥子君はいないよ」
僕がそう言うと、創一郎君は分かりやすく眉を下げるから少し笑ってしまう。
「創一郎君も、今日は玄雲さんと一緒じゃないんだね」
「今日はって……、別にいつも一緒じゃないですから」
「何でみんな俺と奥墨さんをニコイチみたいに……」と、心底嫌そうに顔を歪める創一郎君に僕はまたしても笑ってしまう。
「創一郎君も何か調べ物しに来たの?」
「まあ、はい。創造に使う為の資料を探しに」
そう言った創一郎君の腕には分厚い本が数冊抱えられていて、どれも武器やものづくりに関する本の様だった。
「そうなんだ、やっぱり創一郎君は凄いや」
「じゃあまた……、頑張ってね」と僕は笑って創一郎君に手を振って、手元に視線を下ろすと別の本を開いた。
パラパラとページを捲る。静かな館内には話し声なんか聞こえなくて、それが何だか心地良かった。
カタンッ____
と音が聞こえたかと思うと、僕の隣の椅子が引かれて見知った麹色の髪の毛が視界で揺れた。
驚いて隣を見ると、創一郎君は分厚い本を開いてパラパラとページを捲っている。
「……何かあったんですか?」
「え……」
____意外だった。
僕の知っている創一郎君は、好きとそれ以外の境界線がとてもハッキリしていて、興味のない人間には隠すことなく興味を示さないし、面倒事を嫌う彼は自分から物事に関わりにいくような人ではないから。
だから、そんな彼が僕にそんな事を聞いてくるのが意外だった。
「えっと、どうして……?」
僕が驚いてしまうのも、無理はないと思う。隣で本に視線を向けたまま此方を見ずに話す創一郎君の表情は、やはり変わらずクールなままで僕には読めなかった。
程なくして、手元に視線を落としたまま創一郎君が口を開く。
「普段のアンタはズカズカと人の境界線を踏み越えて関わりに来るじゃないですか。それなのに、今日はアンタの方が一線引いてるみたいに見えたんで、俺もアンタみたいに踏み込んでみました」
「別に、ただの興味です」と、そう言って創一郎君はまたひとつページを捲った。そんな創一郎君に何でか目が乾いて痛かった。
僕はページを捲る手を止めて、創一郎君と同じように手元の本に視線を落とした。
「…………この前、御役目で友達が死んだんだ」
静かな館内に僕の冷たい声が響いた。声に出して見ても、やっぱり僕の目から涙なんてものは出てこなかった。
僕の言葉に、ページを捲っていた創一郎君の手が止まる。
そして____
「そうですか」
いつかの僕と同じように創一郎君は言った。その淡白な返しに、僕は少し拍子抜けしてしまう。
「えっ……と、それだけ……?」
思わずそう問いかけてしまった僕に、創一郎君は止めていた手をまた動かした。
「まあ、御役目で死ぬのは何も珍しい事じゃないんで」
思わぬ返しに、僕は驚いて目を見開く。それから「……良くある事なの?」と恐る恐る聞けば、創一郎君は淡々と言う。
「いくら御役目の階級を分けているとはいえ、妖の存在源は人間の負の感情なんで。感情が爆発すれば突然階級が上がるなんて事もあります」
それは僕と笑子ちゃんが遭遇した出来事そのまんまだった。
いくら階級を付けたって、人間の感情をコントロールする事なんて僕達には出来ないのだから絶対に大丈夫な御役目なんて存在しないのに。僕はそんな簡単な事を、創一郎君に言われて初めて気が付いた。
「だからまあ、御役目で能力者が死ぬことは良くあることではないですけど、珍しいことでもありません」
まるで普通の事だとでも言うように創一郎君はそう言った。
僕は夕日の差し込む窓の外を見る。窓の外には放課後にはしゃぐ青春真っ盛りの生徒達の姿。もしかすると、今この瞬間も御役目で命を落としている能力者がいて、今目に映っている生徒達も明日にはいないのかもしれない。そんな事を考えて、何故か安堵に似た感情を抱いてしまった僕は、どこかおかしくなってしまったのだろうか。
ぼーっと窓の外を眺めていると、隣から「なるほど、そういう事ですか」と創一郎君の声が聞こえた。その声に僕は窓から視線を外して創一郎君を見る。すると創一郎君はやっと顔を上げて僕を真っ直ぐに見つめた。
「友達が死んで、傷心中って事ですよね」
そう言った創一郎君に、僕は言葉に詰まってしまう。「えっと、いや……そうじゃなくて……」と口篭る僕に、創一郎君が首を傾げる。
だって、違うんだ。僕は____
「……涙が……出てこなくて、悲しめないんだ、僕」
初めて言葉にすると、それは途端に重さを増して僕に襲いかかって来た。
あの日から僕は、笑子ちゃんの死をちゃんと悲しめないでいた。大事で大切で、それ以上だったはずなのに、笑子ちゃんが死んでも僕の世界は何も変わりやしないのも、涙すら出てこない自分も、全てが怖くて仕方ないのだ。
グッと拳を握り締めながらそう言うと、創一郎君は僅かに目を見開いた後、ほんの少しだけ眉を下げて僕を見た。
「____大丈夫ですよ」
「え……」
ハッキリと僕の目を見て言った創一郎君に僕は思わず声を漏らした。
「世界は変わらないんじゃなくて、回道さんが変えようとしてないんです。
悲しめないんじゃなくて、悲しみたくないんです。
涙は出てこないんじゃなくて、追い付いてないだけですよ」
すらすらと淡々に告げる創一郎君に僕は頭が追いつかない。何一つ理解出来なくて、僕は困惑した表情のままただ創一郎君を見つめた。
「い、意味が分からないよ……」
僕が情けなくそう言うと、創一郎君は静かに本を閉じて席を立った。呆然とその背中を見つめていると、創一郎君はくるりと振り返って、そして少しだけ優しい目をして僕を見た。
「____ちゃんと、泣けるといいですね」
ただ一言、そう言って創一郎君は今度こそ振り返ることなく立ち去って行った。




