第十二話『-心道編- 過ぎ去りし春心』其ノ弐
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「____心道さん、居ますか?」
ざわざわと放課後に浮き足立った高等部心理学科の教室内に、僕の声が響いた。
僕は入口近くにいた生徒にそう声をかけると、教室内にいた笑子ちゃんを素早く呼んでくれる。僕を見た途端に慌ててやって来た笑子ちゃんの顔は何故か少し怒っていて。
「何で教室にいるのよ!」
「何でって御役目に……」
「だからって迎えに来なくてもいいわよ!!」
見慣れない他学科の僕は少し目立つのか、周りの生徒達の視線が僕達に集まっていて。案外恥ずかしがり屋の笑子ちゃんはそれが恥ずかしかったのかもしれない。目立つ事が苦手な僕は、彼女の心情を察して少し申し訳ない気持ちになる。
「ご、ごめん……」
「別に謝らなくても……!嫌だったとかそんなんじゃっ」
思わず謝罪を口にした僕に笑子ちゃんは焦ったようにそう返した。その言葉に、 また心臓が勝手に跳ねる。
ああ、この感情は知ってる。嬉しい、だ。
僕は頬が緩んでしまわないように必死に唇を引き締めた。
すると彼女の後ろからニヤニヤと笑った女子生徒が顔を覗かせて。
「笑子ちゃん、今度話聞かせてね」
「なっ、何の話よ!!」
笑子ちゃんの友達だろうか。前に一度心理学科を訪れた際に見た事がある生徒だった。頬を赤く染めてあたふたする笑子ちゃんを見てどこか嬉しそうに笑った女子生徒は、僕達に向けて小さく手を振る。
「笑子ちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」
少し照れ臭そうにそう返した笑子ちゃんに、何だか僕も嬉しくなった。
グイッと僕の腕を引っ張って歩く笑子ちゃんに、僕は女子生徒に小さく手を振り返して教室を出た。
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都内某所____
御役目の紙に従って辿り着いた場所は、開放型の屋外喫煙所だった。駅の裏側にあるその喫煙所は、ぱらぱらと雨の降る今日は人が見当たらずポツンと寂しそうに立っていた。喫煙所の中へ入ると、紙煙草の独特な臭いが僕達の鼻腔を刺激した。
「煙草臭いわね」
「中に入ると、そうだね」
「制服に臭い付いたら最悪だわ」と笑子ちゃんは顔を歪める。そんな笑子ちゃんに苦笑をしながら、僕は辺りを見渡した。
ここの駅は多くの人で賑わっている。駅の表側にはカフェやコンビニなんかもあって便利そうだ。僕達のいる駅の裏側の喫煙所の辺りは淋しげだけれど、すぐ目の前には学習塾もあって、開けられた窓からは机に向かう学生の姿も見える。
____あ、妖だ。
たまたま開けられた学習塾の窓から、女子生徒の肩に乗った小さな妖が見えた。黒い毛玉のような小さなものでまだ殆ど形を成していないその妖は、D級程度のもの。
確かD級の妖は凡そ全ての人間に憑いてるって竜胆先生言ってたし、自分でコントロール出来るものだって言ってたから放っておいて大丈夫だろう。
僕はくるりと学習塾に背を向けて、差していた傘を閉じた。降り注ぐ雨粒が僕を濡らすけど、祓うのに傘を差していては邪魔だからしょうがなかった。
そうして僕は鼻を摘んで顔を顰める笑子ちゃんと向き直った。
「……それで今回の僕の御役目なんだけど」
僕はチラリと上を見上げて、ゆっくりとそれらを指差した。
「喫煙所にいる妖を全部祓うみたい」
正気?とでも言いたげに顔を歪めた笑子ちゃんに、僕はただ苦笑いを零すしかなかった。
だってそれもそのはず、僕が指差した喫煙所にはうじゃうじゃと小バエのような小さな妖が大量に集まっていたのだ。ざっと見て、その数は三十匹ほど。階級的にはC級程度の妖のようだけど、それにしても数が多過ぎる。
「……ちょっと多過ぎる、よね」
「ちょっとどころじゃないわよ」
そう零した僕に、間髪入れず笑子ちゃんがツッコんだ。「気持ち悪い」と傘を差しながら隅で小さくなる笑子ちゃんに、確かにこんなに集合してたら気持ち悪いかもと僕も思った。
"こんな気持ち悪い御役目、最悪ね"
ふと、頭の中で笑子ちゃんの声が聞こえた。
そういえば前にも、笑子ちゃんはそんな事言ってたな……。
僕はぶんぶんと頭を振って、水の滴る空を見上げた。
それにしても、今日が雨で良かった。
この屋外喫煙所は屋根が無いから、雨が降る今日は利用者がいない。だから、僕は人目を気にせずに刀で妖を祓うことが出来る。
刀を手に持って上を見上げれば、煙草の煙のように気ままに宙を舞う小バエのように小さな妖が映る。何か喋っているみたいだけれど、小さすぎて聞き取れない。C級の妖だから直接危害を加えてくる事は無さそうだけど、これだけ大量にいるから御役目として回ってきたのだろう。
そんな事を考えて、僕は小さな妖に向かって刀を振り下ろした。
ブォンッと短く風を切る音と共に、刀で斬った数匹の妖が消える。どうやらこの妖はその小ささ故に、目を探して潰さなくても僕でも狼君みたいに消し炭にする方法で祓えるみたいだった。
これなら、僕一人でも祓えそうだ。
そうして僕は、刀を持ち直して残りの小さな妖に向けて刀を振り下ろした。
「お、終わった……」
小さな妖全てを祓いきる頃には、僕は想像以上に疲弊していた。C級だし、目を探さなくても祓えるから簡単だと思っていたけれど、流石に小バエくらいの小さな妖三十匹程を一人で祓いきるのは大変だった。あと普通に気持ち悪かったし……。
「お疲れ様」
「あ、ありがとう笑子ちゃん」
びしょ濡れで座り込む僕に、笑子ちゃんが傘を差してくれる。でも、その顔はなんだか曇っているみたいに見えて。
僕は有難く傘を受け取って立ち上がるけど、もう傘を差す意味もないくらいにびしょびしょで笑ってしまう。
そうして刀を仕舞っていると、笑子ちゃんの小さな声が聞こえてきた。
「……無理言って着いてきたのに、結局何も出来なくて、悪かったわね」
振り返ると笑子ちゃんは下を向いて眉を下げていて。その言葉に笑子ちゃんの顔が曇っていた理由が分かって、僕はそんな事かと小さく笑みを零した。
「そんな事ないよ。僕は、笑子ちゃんがそこにいてくれる事が嬉しいんだ」
「……やっぱり、アンタ馬鹿じゃないの」
笑子ちゃんの薄く色付いた頬が、彼女のぶっきらぼうな言葉の意味を教えてくれる。
それはきっと、ありがとう、だと言うことを。
「____帰ろっか」
僕はそう言って、笑子ちゃんと共に喫煙所を出た。
「確かにあの妖は気持ち悪かったよね。沢山集まってたし」
「あんだけうじゃうじゃいたら気持ち悪いわ」
「僕も囲まれた時は気絶しそうだったよ」
「おえ」
心底気持ち悪そうな顔をした笑子ちゃんに思わず笑みが零れる。それと同時に感情豊かな彼女に胸が疼いた。
ぱらぱらと雨粒が傘にぶつかる。
「____このままだと厳しいな」
雨音に混じって、そんな声が聞こえた。




