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第十二話『-心道編- 過ぎ去りし春心』其ノ壱















 

 

 …も……、ぃ…な……んだ……









 


















 …もう……ぃて……く、ない……っ


 









 















 、……み……く、っなぃ……だ……















 















……ッぼくを、………______……っ
























__


 


「____ッは」




 喉が焼けるような悲しい声に、僕は目を覚ました。


 小雨が窓を打ち付けて静かに夜を過ごす中、僕は真っ暗な寮の自室で無機質な天井を映していた。寝ている間、無意識に呼吸が止まっていたのか、目を覚ましたベットの上で荒い呼吸を繰り返す。汗をかいた肌が気持ち悪くて、どうにか落ち着こうと目を覆った右腕に、僕は自分が泣いているのだと気付いた。


 


「…また、あの声……」



 

 ここ最近、僕はどうにも夢見が悪い。




 見た夢の内容をはっきりと覚えているわけではないが、こんな風に涙を流して起きる事が何日も続いている。


 

 ただ夢の中で、ずっと誰かの声が聴こえる。


 

 きっと、僕はその声を知っているんだと思う。


 

 狼君達と出会ってからというもの、その声は何度も聞こえていた。ぼんやりと霞んだようにはっきりとは見えないけれど、柔らかそうな黒髪を揺らして僕を振り返るあの少年を、確かに僕は知っているのだとこの身体が告げる。




「……泣いてた」


 

 

 傷だらけの身体で、流れる血には構いもしないで、ただ真っ直ぐに僕だけを映して。





 

 君が初めて見せた涙に、僕はどうしたんだっけ。



 





 











 












 


 ____どうして君は、泣いてたんだっけ



































 __


「____アンタ、寝不足なの?」

「へ、」


 昼休み、いつも通り特別支援室に集まった僕達5人は騒がしく昼食を囲んでいた。


 小雨がしとしとと降り落ちる音を背に、何だかぼーっとしていたらしい僕に笑子ちゃんがそう問い掛けてきた。その声に驚いて顔を上げると、其処には眉を顰めた笑子ちゃんがいて。


「隈、濃くなってるわよ」

「え、ほんと?」


 慌てて窓ガラスに映った自分を見れば、笑子ちゃんが言うように前よりも隈が濃くなっていて。思わず「ほんとだ……」と目を擦ってみれば、乾燥していたのか少しだけピリッと目に痛みが走った。


「言われるまで気付かなかったや……」

「っ別に、ずっと見てたわけじゃないわよ!?何となくそう思っただけで……!」

「?うん」


 何やら焦ったように話し始める笑子ちゃんの顔が赤くなる。どうしたんだろう。


「寝不足って、何かあったんですか?」


 すると、疑問符を浮かべていた僕の顔を悠太君が心配そうな顔で覗き込んできた。その拍子に悠太君が食べているチョコレートの香りがしてきて、またご飯の代わりにお菓子を食べているのか、とそんな事を思った。


「ううん……!大した事じゃないよ。ただちょっと、最近変な夢ばかり見てて……」

「変な夢?」


 慌ててそう言った僕に、メロンパンを手に持つ狼君が聞き返した。


「黒い髪の男の子が、何度も夢に出てくるんだ。ずっと僕に何か言ってるんだけど……でも、何を言ってるのか、はっきり聴こえなくて……」


 その悲痛に歪んだ声を思い出して、僕は何故か胸が痛んだ。はっきりとは聴こえなくても、その声が苦しんでいるのが分かる。


 そんな僕に、そっとおにぎりを机に置いた弥子君が顎に手を当てて何か思い当たる節があるような顔をした。


「それってさ、無くした記憶なんじゃないの?」


 その言葉に、目を見開く。


「だって何度も出てくるんでしょ。回道、何か思い出しかけてるんじゃない?」


 そう言われて、考える。


 確かに、あの少年はここ最近何度も夢に出てきていた。その声を聞くのは初めてじゃなくて、どこか懐かしい気だってする。



 

 やはり僕は、あの少年を知っているのだろうか。


 


「そう、なのかな……。でも、確かに、声を聞くと懐かしい気がするんだ」

「おおー!!それってどんな声なんです?」

「えっ、と……」


 頭の中で、昨夜も聴こえた彼の声を思い出す。



 曖昧で、上手く聴き取れなくて。でもその声は、僕に縋るように苦しげで。


 その声を聞くだけで、僕は____




 















 

「泣きたく、なるんだ……」





 






















 ぽつり、そう零した。


 途端に静まり返った室内に不思議に思って顔を上げると、4人共僕を見て目を見開いていて。


「え、皆どうしたの?」

「いや、どうしたのって……」


 困惑したような顔で僕を見つめると、弥子君は「いや、何でもない」と僕の問いを断ち切った。


「それより、その男の子のこと黒髪以外で何か覚えてる事はないの?」

「うーん、何か……」


 夢の中で見た男の子を思い浮かべる。それが夢だからなのか、僕の記憶が曖昧だからなのか、その姿はいつも霞んでいて曖昧だった。


「黒い髪の毛で、見た目は僕達より少し幼かったような………」


 昨夜見た夢を、必死にかき集める。舞う土埃が視界を悪くする中で、君の存在だけが浮かび上がっていて。






 

 あ、そうだ。


「怪我……血を流してて、でも、まるでそんなの気にしてないみたいに、僕だけを見てて……


 

 ____泣いてた」




 

 そうだ、君は泣いてたんだ。


 苦しそうな声で泣きながら、僕を見て。君が泣いてるとこなんて、僕は初めて見たから、僕はそれが苦しくて。



 

 そう言った僕に、狼君達が不思議そうに首を傾げた。


「何だぁ?殴り合いの喧嘩でもしたのか?」

「てことは回道、泣かしたんだ」

「えぇ…、僕そんな事しないよ……」

「それは早く仲直りしないとですね!」

「仲直り……?」


 そう言って聞き返せば、悠太君はいつもみたいに優しい笑顔で僕を見る。


「喧嘩しちゃったなら、仲直りすれば良いんです!ただそれだけですよ!」


 なんて事ないみたいに、悠太君は言う。


 破れてしまった紙を、テープでくっ付けるみたいに。穴が空いてしまった服を、糸で縫うように。何も大した事は無いんだと、そんな風に。





 

 その言葉に、何故か僕は安堵した。



「そ、っか……仲直りすればいいのか」

「はい!それだけです!」

「ハァ……アンタ、そもそも喧嘩したの?」

「あ」


 冷めた目で僕達を見て言った笑子ちゃんに、そもそも覚えていない事を思い出してハッとする。


 そんな僕に、笑子ちゃんは再び心底呆れたように深々と溜め息を吐いた。


「ほんっと、馬鹿ばっかりね……」

「うぅ……」


 そんな笑子ちゃんの辛辣な言葉に、ぐうの音も出ない。呆れた様子の笑子ちゃんは淡々とお弁当を食べ進めていて、僕もそれに倣って買ったパンを頬張った。






 

 


 笑子ちゃんが友樹君を祓ったあの日から、早いものでもう一週間が経とうとしていた。



 あの日笑子ちゃんは、相手の本心と本心を繋げる能力によって内側から友樹君を祓う事が出来たらしい。相手の本心が聴こえるだけの能力だと思っていた笑子ちゃんはその事に心底驚いたような顔をしていた。

 ただ、どうやって能力を発動したのかなんかは笑子ちゃん本人もまだ分かってないらしいけど、それはこれからゆっくりと時間をかけて知っていけばいいと、僕は思った。

 

 

 カーテンで遮った向こう側でお互いに涙を見せ合った僕達は、あの日以来その話については一切触れていない。初めての御役目であんなにも悲しい物語を見る事になった笑子ちゃんの事を、僕は図々しくも少し心配していたけれど、あれから笑子ちゃんは特に変わった様子もなく相変わらず僕達と共に過ごしている。


 



 ちらりと笑子ちゃんの手に視線がいく。あの日、人知れず固く繋いだ笑子ちゃんの手を思い出して胸が疼いた。



 

 触れたい、と思った。




 

 ジッと向けていた視線に気付いた笑子ちゃんが此方を振り返る。吊り気味な彼女の目が怪訝そうに動いて。


「……何よ」

「なっ何でもないよ……!」



 

 あの日から、僕はどこか変だ。


 

 

 笑子ちゃんの隣に座るのなんて何度もあったのに、彼女が隣で動く度に心臓が跳ねる。学科の違う笑子ちゃんの姿を見付けると、勝手に足が彼女の元へと動く。笑子ちゃんの表情が変わる度に心臓が苦しくなって、彼女が笑えば全身が火照るように熱くなる。



 

 僕はどこかおかしくなってしまったのだろうか。



 

 上手く彼女の方を見れない僕を、変なものでも見るような顔をして見る笑子ちゃんはいつも通りなのに、僕だけがどこかおかしい。



 自分でもよく分からなくて、戸惑う気持ちをかき消すようにまたひとつパンを頬張れば、ジッと僕を見つめる視線を感じる。顔を上げて視線の元を追えば、そこには頬杖をついて僕を見つめる弥子君がいて。どうしたのだろうと僕は首を傾げた。


「どうしたの?」

「……いや、」


 問い掛けた僕に、弥子君は何やら意味ありげに間を空けて答えると、フッと口角をあげて。


「回道はどんどん変わってくね」


 そう言って優しく目を細めるから、僕は益々意味が分からない。ただその顔があまりにも優しいから、何だか僕も分からないこの感情を見透かされているみたいで恥ずかしくなった。


「っ弥子君は____」







































 

 ____パタパタパタ








「何か知ってるの?」と、そう続く筈だった僕の言葉を、聞いた事のある音が遮った。天井から聞こえたその声に上を見上げれば、眩しい光の空間から伝書鳩が現れた。


 パタパタと数回宙を旋回した後、伝書鳩は僕達が囲う机の上へと舞い降りた。


「何この鳥」

「伝書鳩ですよ」

「伝書鳩……?」

「伝書鳩は僕達に通信文(メッセージ)を運んでくる賢い鳩なんです」


 問い掛けた笑子ちゃんに悠太君がそう説明すると、「へー」と、彼女は珍しいものでも見るように伝書鳩をまじまじと眺めた。


 僕達の真ん中に降り立った伝書鳩は咥えていた二枚の手紙を、僕の前に一枚、狼君と弥子君の前に一枚差し出した。

 僕は目の前に置かれた一枚を手に取って中身を確認すると、やはりそれは僕に当てられた御役目で、其処には御役目という文字とその場所だけが簡潔に記されていた。


「やっぱり、御役目だ」


 誰かの御役目に着いて行ったり、偶然妖に出会って祓うことはあったけれど、こうして僕宛てに与えられた御役目は久々で何だか緊張してしまう。同じように手紙を確認する狼君と弥子君を見れば、何故か彼等二人は少しだけ驚いた顔をしていて。


「御役目……」

「やっぱり2人も御役目なの?」


 僕がそう聞くと二人は一斉に僕を見た。その顔には何故か戸惑いが滲んでいて僕は首を傾げる。


「2人共、どうしたの?」

「いや……」


 狼君と弥子君は二人で顔を合わせては、何かを考えているようだった。しかし程なくして二人は短く息を吐くと「何でもないよ」と、無理矢理納得したような顔をした。


「悪いけど今回の御役目は回道だけで行ってもらうよ。俺達も御役目があるからさ」

「うぅ……やっぱりそうだよね」


 予想していた事実に僕は一気に不安になる。今までの御役目には、狼君や弥子君のように必ず僕よりも階級が上の人と一緒だったから、それが僕の安心材料になっていたのだけれど。それが無い今回の御役目はとてつもなく不安だった。


「今の回道なら大丈夫だよ」


 見るからに不安そうな顔をしている僕に、弥子君が優しく微笑む。


「回道はちゃんと強くなってる、1人でも十分祓えるよ」

「弥子君……」


 にこりと微笑む弥子君の隣で、狼君もニッと八重歯を覗かせていて、不安だった気持ちが少し落ち着く。


「そういえば、2人も御役目に行くんだね」


 僕がそう零すと、狼君と弥子君は意味が分からないという顔をする。


「あっ違くて……!そんなの当たり前なんだけど、2人が御役目に行くところ、見た事なかったから……」

「ああ」


 僕の言葉に二人は納得したような顔をする。すると僕の横からひょこっと悠太君が顔を覗かせて。


「2人はほぼ毎日御役目を担っていますよ」

「え、」

「妖の数は日に日に増えてますからね。階級が上の能力者は、ほぼ毎日御役目を与えられているんです」


 当たり前にそう言った悠太君に僕は驚きで声も出ない。あんなにも危険な御役目をほぼ毎日こなしているだなんて。しかもS級ともなればその危険度は僕の比じゃない。


 驚愕する僕に、弥子君が笑いかける。


「回道が来てからは、回道の御役目に同行するためにその数は少し減ったけどね」


 なんて事ないようにそう言って笑うけれど、僕は二人が傷付いているところや疲れているところなんか一度も見た事がない。もしかすると、二人は僕が思っているよりもずっと強いのかもしれない。


「でも、二人が同じ御役目だなんて珍しいですね。僕、初めて見ました」

「そうなの?」


 僕がそう聞くと、悠太君は大きく頷く。


「A級以上の能力者は、その強さから一人で御役目を担うのが基本で、とにかく多くの妖を祓うために同じ御役目を与えられる事は殆どありません」

「そうなんだ」

「まあ稀にペアやグループになって行動する能力者もいるんですけどね」


 悠太君の説明にちらりと狼君と弥子君を見れば、やはり二人は何やら難しい顔をしていて。


「そんなに大変な御役目なんでしょうか」

「さあな」


 首を傾げた悠太君に、狼君は一言そう言って手に持っていた手紙を閉じた。そして何事も無かったかのように食事を再開した姿に、僕も同じようにパンを頬張った。
















 お昼休みの時間も終わりに近付いてきて、僕達はいそいそと特別支援室を出た。前を歩く狼君達に続きながら、僕は手に持った御役目の紙を意味もなく眺めていた。大丈夫だと言われても、やはり不安なことに変わりなかったからだ。


 手に力を込めたことでくしゃりと紙が音を立てた時、いつの間に隣に立っていたのか、笑子ちゃんの声が僕を呼んだ。


「ねえ……その御役目、私も一緒に行くわ」

「え?」


 驚いて笑子ちゃんの顔を見ると、思っていたよりも近かった距離に心臓が跳ね上がる。そんな僕にはお構い無しに笑子ちゃんは真っ直ぐに僕の目を見つめて。


「だから私も一緒に行きたいのよ、アンタの御役目」

「な、なんで」


 驚いてそう聞き返すと、笑子ちゃんは少しだけ眉を顰めた。


「……御役目が誰かの心を救う事になるのなら、私も強くなって祓うことが出来るようになりたい」


 

 その言葉に僕は理解する。


 

 あの日以来何も変わったところは無いように見えていた笑子ちゃんは、きっとずっと考えていたのだ。あの日の自分が正解だったのか、本当に救う事は出来ていたのかと。


 


「私も、誰かを救う事が出来る人になりたいの」




 祓う事は救いなのだと、御役目は誰かの心を救うことなのだと。


 だから____



「____うん、一緒に行こっか」


 そう言って笑うと、笑子ちゃんは嬉しそうに少しだけ頬を緩めた。


「でも、僕で良かったの?」


 僕がそう聞くと、笑子ちゃんには意味が伝わらなかったようで首を傾げている。僕は前を歩く狼君と弥子君を指差して。


「僕より狼君達の御役目の方が、勉強になると思うんだけど……」


 「狼君と弥子君、凄く強いし」と続けると、意味が伝わったのか笑子ちゃんは目を見開いた。するとみるみるうちに顔を赤くして僕を見るから、僕も同じように驚いて目を見開く。


「べ、別にアンタが良いとかじゃなくて!アイツらの御役目よりもアンタの御役目の方が安全そうだから……!」

「う、うん、分かったから落ち着いて……!」


 何故か焦ったように赤い顔で早口に喋る笑子ちゃんの勢いに押される。何でか分からないけど落ち着くようにと、僕は手を前に出して落ち着くようにと伝えるけれど、赤い顔をした笑子ちゃんは依然としてあわあわとしたままだ。


 すると、


 






















「笑子ちゃんは廻君と一緒がいいんですよ」


 





























 いつの間に傍にいたのか、悠太君がとんでもない爆弾を落とした。


「廻君は乙女心が分かってないですね〜」

「お前も全く分かってねぇと思うぞ」

「まじでノンデリだもんね」

「え?」


 そんな三人の会話が耳から耳へとすり抜けていく。


 大きく跳ねる心臓の鼓動が体に響いて、体は熱を持ち始めるから、僕は必死にそれを誤魔化した。


「あはは、悠太君ってばほんと__、」


 

 なのに、目の前にいる笑子ちゃんが僕と同じように顔を真っ赤にしているから____


「っ!」


 熱く火照る体を誤魔化す事が、もう出来ない。わなわなと、ただ唇が震えるだけで言葉は音にならなくて。頬が熱くて熱くて、恥ずかしい。ドキン、ドキンと、大きな音を立てて波打つ心臓が五月蝿くて焦る。



 

 何で笑子ちゃんは何も言わないんだろう。


 


 いつもならすぐ怒って否定してくるのに、どうして……。

 どうして、ただ赤い顔をして恥ずかしそうにしてるんだ。

 そんなのまるで、悠太君が言ってることが正解みたいじゃないか。




 そんなの……勘違い、するじゃないか。





 

 
























 …………勘違いって、僕は何を____




 そう思ったところで、思考を遮るように予鈴のチャイムが鳴り響いた。


 その音に笑子ちゃんはハッと我に返った様な顔をする。そんな笑子ちゃんの様子に気付いた悠太君が、顔を覗き込んでは懲りずに「あ、やっと帰って来ました」なんて言うから。


「____っ死ね!!!」

「お゙ぇ!!!」


 いつも通り、鳩尾に右ストレートをお見舞されるんだと思う。悶えるように膝をついた悠太君を、「ほんとに馬鹿だね〜」なんて言って弥子君達が見下ろしている。


「つーか仲平も回道に着いてくと思ったわ」

「き、今日は鳴楽(めいらく)君と野球するんです……」

「相変わらず仲が良いね」


 と、そんな会話が聞こえて来て、どうやら悠太君は今日の放課後は予定があるみたいだ。

 ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるために、ふぅーと軽く息を吐く。野球の予定があると言う悠太君に、本当に友人の多い人だなぁなんて思いながら、僕は火照ってしまった体を冷ました。




 

 僕達は午後の授業の為、早足に廊下を進んでそれぞれの学科校舎へと別れる。狼君と弥子君とは御役目があるから今日はもうこれが最後だろう。そう思って「じゃあ……」と手を振ると、クンッと制服の裾が引っ張られるような感覚がして振り返る。


 するとそこには僕の制服の裾を小さく引く笑子ちゃんがいて。「笑子ちゃん……?」と戸惑いながら問い掛けると、笑子ちゃんはグッと僕を見上げた。


 そして、







「……御役目、一人で行ったらぶん殴るわよ!!!」









 そう一言吐き捨てると、足早にこの場を去って行った。遠くなるその背中を見つめながら、「何だったんだ……」と呟いたところで、僕はまたしても頬が熱くなっていることに気付いた。



 やっぱり、僕は変だ。



 彼女の行動や言動一つで一喜一憂してしまうし、病に侵されたように身体は熱く火照ってしまう。

 





 僕はおかしくなってしまったのだろうか。







 初めて感じるこの気持ちが分からなくて、僕は名前が付けられない。はたして、この気持ちには名前があるのだろうか。



 悶々と考えていると、そんな僕を見てやはり弥子君は優しく微笑んだ。


「回道も、案外分かりやすいね」

「……どういう意味?」

「何でもないよ。……良いなぁと思ってさ」


 もう一度問い返そうとしたところで「さ、授業始まるよ」と話を切り上げられたから、僕はそれ以上聞けなかった。




































 物語は、最初から確かな粗筋に沿って進んでいた。
































 それは抗いようもない程に着実に。

































 


 物語の始まりは、一体何処からだったのだろう。




























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