第十一話『-心道編- 純粋無垢な心髄』其ノ肆
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学園内保険診療所 医務室____
「____馬鹿かお前等は!!!」
「いった!!!」
ゴンッと痛そうな音を立てて、稲見先生の拳が狼君と弥子君の頭に振り落とされた。幾度となく見たことある光景に、最早僕は慣れを感じてしまっている。
「何で俺達だけ……」
「怪我人相手に手を上げる訳にいかねーだろ」
「廃人が俺等以外殴ってんの見た事ねぇよ」
学園に戻って来た僕達は、喚く悠太君を連れて真っ先に稲見先生のいる医務室を訪れていた稲見先生の能力によって、悠太君も笑子ちゃんもすっかり元通りの身体を取り戻していて。
僕は学園に着く頃にはもう全ての傷が修復していたから、特に治療は受けなかったけれど。
「まあ元気出してください二人とも!このお菓子あげますから」
「……元気そうだね、仲平」
「はい!もうすっかり!」
いつも通りの元気を取り戻した悠太君がぴょこぴょこと跳ねる。手にお菓子を持った悠太君に、僕は笑みが零れた。
ふと、視界の端で笑子ちゃんが立ち上がる。僕は静かに立ち上がって、笑子ちゃんの後を追った。
皆がいる場所から切り離すようにカーテンの閉まったベットに笑子ちゃんはいた。
ベットに腰掛ける笑子ちゃんの隣に僕も同じように腰を下ろした。そんな僕に笑子ちゃんは何も言わないから、きっとこれは大丈夫だということだ。
「笑子ちゃん、ありがとう」
「何がよ」
騒ぐ悠太君達の声を背に、僕を見ないで笑子ちゃんはそう返した。
「友樹君を引き剥がしてくれた事も、僕を庇ってくれた事も、……友樹君を祓ってくれた事も」
そう伝えれば、笑子ちゃんはグッと拳を握り締めた。それはまるで、何かを耐えるように。
「……それから、ごめん」
「何で謝るのよ」
心做しか、口調を強めた笑子ちゃんに、僕は一拍置いて口を開いた。
「僕の決意が足りなかったせいで、君に友樹君を傷付けさせた。妖になった友樹君に、僕は何も出来なかったから」
「……」
笑子ちゃんは何も言わなかった。そんな笑子ちゃんに、僕は小さく息を吸って言う。
「笑子ちゃんが居てくれて、本当に良かった。君が居なかったら、友樹君は妖のまま終わってたと思う」
唇を噛み締めた笑子ちゃんの肩が小さく震える。僕は敢えて笑子ちゃんの方は見ずに、伝えた。
「友樹君を祓ってくれて、ありがとう」
そう言うと笑子ちゃんは震えながら俯いた。その拍子に、ギシリとスプリングが音を立てた。
「っ……ぎ……って」
くぐもった笑子ちゃんの声に耳を傾けると、震える笑子ちゃんが少しだけ僕に近付いた。そんな笑子ちゃんのスカートにはいくつもの水溜まりがシミを作っていて。
笑子ちゃんは僕の方へとシーツに握り締めた手を滑らせて言う。
「……手、握って」
その言葉に僕は少しだけ目を見開いた。
「……うん」
僕はそう短く返して、震える笑子ちゃんの手を包み込んだ。そうして触れた少しだけ冷たい笑子ちゃんの温度に、僕は何故か視界が滲んだ。
暫くして、どちらからともなく僕達は手を解いて、ばらばらと指と指を1本ずつ絡ませて、ぎゅっと固く繋ぎ直した。
そうしてついに、僕の目から涙が零れ落ちた。
目の前で見た救いの形は、酷く切なくて、それでいてとても苦しかった。
親子が見せた究極の愛の形は、あまりにも痛くて、泣き出してしまうほどに温かかった。
気付けば、僕と笑子ちゃんの肩はぴったりと隙間無くくっついていた。
カーテンの向こうで聞こえる悠太君達の声にかき消されながら、僕と笑子ちゃんの二人だけが知る涙は、縋るように強く繋いだ手を通じてお互いに拭い合った。
ひんやりとした笑子ちゃんの手に、ふと思い出す。
僕が好きだったあの手は、酷く温かかった。
その手に触れると、冷たい僕の手まで温かくなって。
君はいつも、何も識らない僕に沢山の事を教えてくれた。
____そうだ、名前を呼ばないと。
僕の好きな、君の名前を。
朧気に霞む記憶の中で、柔らかい黒髪がふわりと揺れて、君が振り返る。
君の名前は、何だっけ____
第十一話『-心道編- 純粋無垢な心髄』-完-




