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第十一話『-心道編- 純粋無垢な心髄』其ノ壱






 

















 繋いだ手が離れてしまっても




 どうかその心までは離れていかないでと____






 














 

 __

 



「____この辺りなんじゃないかと思うんだよね」





 「まあ母親がいるかは別だけど」と、スマホを片手に持った弥子君が言う。


 僕達が向かったのは、ゆき君と出会った商業施設近くにある大通り。人が多いのは勿論のこと、道路を素早く駆け抜ける、車通りもとても多い場所だった。


「どうして此処なのよ」


 僕の気持ちを代弁するかのように、笑子ちゃんが言った。


「その子みたいな幽霊っていう存在は、その感情だけがこの世に取り残されてるから、その感情が存在することになった場所をぐるぐる回ってるものなんだよ」


 そう言って弥子君は細長い人差し指をくるくると回して見せた。


「俺達みたいにこの世に生きて存在してる訳じゃないから、その場所から遠く離れた所には行くことが出来ない。だからその子は、この商業施設辺りでしか存在出来ないんだ」


 なるほど……。つまりゆき君はこの商業施設辺りで幽霊となって、ずっとこの辺りを彷徨い続けているってことか。


「となると、この辺りで起きた事故か事件を調べればいい」

「え、どうして?」


 少し前を歩く弥子君の背にそう問い掛ける。溢れかえる人混みに、ゆき君とはぐれないように僕よりもずっと小さな手をさらに強く握った。


「幽霊にまでなるような負の感情が残る死なんて、事故か殺人でしょ」

「!」

「まあ他にも病死とかも考えられるけど、この辺りに病院は無いしその線は一旦除外して考えるとその二択だ」


 事故か殺人……、ゆき君がどうして死んでしまったのかなんて考えてもいなかった。


 見下ろした僕を不思議そうに首を傾げて見上げてきたゆき君に、僕は言葉が詰まって出てこない。だってこんな、僕よりもずっと小さな子がとっくに死んでしまっているなんて。


「で、この辺りの事故か事件を調べてみたんだけど……この大通りは昔から事故が頻発してるみたいだよ」

 

 「まあ確かに、車通りは多いよね……」と、そう言って弥子君が目を細める。

 

 確かにこの大通りは常に車が行き交っていた。時間に追われているのかなんなのか、飛び出し注意の看板を無視した法定速度を遥かに上回るスピードで駆け抜けて行く。そこからは僕達歩行者が絶対に道路なんかには出てこないという気持ちが透けて見える。節々に危険性を感じるこの大通りでは、どんな事故が頻発しているのかなんて想像に容易かった。


「つまり、此処で起きたその子の事故現場に行けば何か分かるかもしれないってことね」

「そーゆーこと」


 笑子ちゃんの言葉に、弥子君はスマホをポケットにしまいながら肯定した。それにつられるように、僕も小さく納得する。


 恐らくこの大通りでゆき君は亡くなったのだろうと弥子君は考えているらしい。それでこの大通りに僕達はやって来たのだけど。


「でもそれっぽい痕跡は見当たりませんね」

「つか人多過ぎて探せねぇ……」


 うんざりするように零した狼君。時間帯もあるのか、行き交う人はかなりの数でごった返していた。大通りの道路へと近付くほど、人の数は増えて行って思うように動けなかった。


 全く、どうしてこうも都心は人の数が桁違いに多いんだ。


「わっ、すみません……!」

「チッ」


 押し寄せる人並みによろけてぶつかってしまえば舌打ちが返ってくる。


 本当に、人は他人に対して随分冷たいものだ。まるで自分以外の人間には、感情なんか存在しないロボットだとでも思っているみたいに。

 まあでも、自分が中心で物語が進んでいるわけだから、関わりの無い他人にまで配慮するなんて、そりゃ難しいか。



 

 そんな事を一瞬考えて、僕は人並みに潰されないように手を繋いだゆき君を見下ろした。



 

 

「ゆき君、大丈夫?みんなとはぐれないように一緒に、」

「____おかあさん」

「え」



 

 するりと僕の手をすり抜けて行ったゆき君の小さな手。


 それは突然人混みをかき分けて前へ前へと進んで行く。僕は一拍遅れてゆき君の背を追った。


「ちょ、ちょっとゆき君!待って……!」


 人混みをすり抜けて行く小さな背を必死に追う。どんどん進んで行くゆき君との距離は簡単に離されてしまって、僕は幾度となく人にぶつかってしまうけど、そんなの構っていられなかった。


 小さな謝罪を繰り返しながら、溢れる人混みをかき分けて交差点の前まで辿り着く。

 

 ゆき君は何処に行ったのだろう。頬に汗を伝わせながら必死に辺りを見渡す。そして見つけた。信号機の前で立ち尽くしている小さな背中。僕はその背に向かって手を伸ばして、



 

「ゆき君……!どうし__」
























「____可哀想に、事故だなんて」



 























 聞こえてきた声に、ゆき君へと伸ばしていた手は触れることなくぴたりと止まる。


 不自然に開けた視界。溢れかえる人混みの中、故意的に避けられて出来たその空間には、沢山の花。ゆき君の視界の先にある信号機には、沢山の手向けられた花があって。


 心臓が嫌な音を立てて軋む。少し遅れてやって来た笑子ちゃん達が僕の名前を呼ぶけれど、その声は耳から耳へと抜けていった。



 

「まだ6歳だったそうよ」

「此処は昔から車の事故が多いから……」

「信号無視した車に跳ねられたって、それも母親の目の前で」

「それであんな……」



 

 ヒソヒソと噂話でもしているかのように不躾に話す人々。哀れむような言葉とは裏腹に、その声は好奇心に満ちている。後ろにいる笑子ちゃん達が息を呑んだのが分かった。

 

 僕の耳にもしっかりと届いているという事は、目の前にいるゆき君の耳にも届いているという事で。


「ゆ、き君……」

「おかあさん」


 絞り出すように小さな背に向かって声をかければ、まるで僕の声なんか聞こえていないみたいに、ゆき君は一歩足を踏み出した。

 

 その言葉にハッとして前を見ると、沢山の手向けられた花の前に背を向けて座り込んだ女性の姿。


 白髪の混じったパサついた髪の毛は無造作に結われていて、背中だけでも酷く痩せ細っているのが分かる。


 

 ____ああ、この人がゆき君のお母さんなのか。

 


 たったそれだけの事実に、僕は泣きそうになった。


 

「おかあさん、やっとみつけた」


 

 僕よりもずっと小さな手を、痩せ細った背に伸ばす。


「おかあさん……?どうしたの、ぼくだよ」


 いつまで経っても此方を振り向いてはくれない痩せ細った背中。首を傾げて、座り込んだままのお母さんを覗き込むゆき君。


「おかあさ__」

「ごめんね」


 お母さんの顔を覗き込んだゆき君の目が見開かれる。


 震えるその背中を見れば、お母さんがどんな顔をしているのかなんて見なくても分かった。ポタポタと地面にシミが出来ていく。それにつられるように、僕の視界もどんどん滲んでいって、心臓が潰れそうなほど痛んだ。


「なんでなくの?」

「ご、めんね、ごめんね……」

「おかあさん、なんでないて」

「守ってあげられなくて、ごめんね」


 必死にお母さんの頬を伝う涙を小さな手で拭おうとするゆき君。


 何度も、何度も、目の前を母親を呼ぶ。でもどちらの声も一方通行で、まるで届かない。視界に映るゆき君が滲んでボヤける。



 

 駄目なんだよ、ゆき君。だってゆき君は、お母さんには見えないんだ。




 







 

「おかあさん、ぼくはここにいるよ」

 

「もう一度でいいから、会いたい」

 

「まえにいるよ、ぼく」

 

「どうして、いないの」

 

「ぼくをみてよ、おかあさん」

 

「私よりも先に、逝かないで」

 

「なんで、ぼくをみてくれないの」


「お願いだから、置いて逝かないで……」






















 

 

「____死なないで」

























 

 ついに、大きく見開かれたゆき君の瞳から涙が零れ落ちた。綺麗な頬から無数の涙が伝って落ちていく。力が抜け落ちたかのように、お母さんの頬から手が離れる。



 

「しんだの、ぼく……ぼくは……だから、あえないの…」



 

 うわ言のように呟くゆき君。でも、何だか様子がおかしい。苦しそうに顔を歪めて、その拍子にまたひとつ涙が零れ落ちた。心臓の辺りをグッと抑えて、ゆき君は僕を見た。


「お、にい、ちゃん……おかあさん、へんなの」


 そう言って、ふらふらと覚束無い足取りで僕達の方へとやって来る。


「おかあさん、へんじしてくれないの。ぼく、ここにいるのに、あいたいっていうの」

「ゆ、きくん……」


 苦しそうに心臓を抑えて涙を流す。その瞳は血走っていて、流れる涙が血みたいに見える。


「おかあさんだけじゃないの、みんなへんなんだ。ぼくのこと、むしするの。ずっとはなしかけてるのに、だれもきいてくれないの……みんな、ぼくをみてくれない」


 耳が痛かった。悲痛に歪んだ幼い涙声が、何度も僕の耳を刺した。



 

 何か、何か言わないと。何か、ゆき君の救いになるような言葉を言ってあげないと。



 

 じゃないと____


 

 

「なんで、ぼくはみえないのっ……なんで、なんでっなんで!!!なんでみんな、ぼくをむしするの!!なんでぼくをみてくれないの!!


 なん、で……おかあさんは、ぼくをみつけてくれないの!!!」


 

 涙で滲んだゆき君が、僕の目の前へとやって来る。

 

 心臓を抑えて背中を丸めて、片方の手で顔を覆って泣いている。其処に居るのは確かにゆき君な筈なのに、何故だか身体が震えて歯がカチカチと音を立てる。


 

 違う、違うんだゆき君。そうじゃないよって、言ってあげないと。


 君を独りぼっちにはしないって、僕は____




















 


「ねえ、おにいちゃん……、どうして、ぼくはしんじゃったの……っ」

「っ」





 

 















 僕を見上げたゆき君の右目がギョロギョロと動き回った。


「っぁあ゙、……ぐ、るしぃ、い゙だい……いたい゙よ……おかあ、さ……あ、ァ、ア……ァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」


 「下がれ!回道!!」と、狼君の焦った声が背中に届く。ゆき君が激しく苦しみ出したかと思うと、大きな奇声と共に友樹君を囲うように凄まじい突風が吹き荒れた。







 

 










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