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第十話『-心道編- 迷い彷徨う心心』其ノ参


 __



「おかあさんがいないから、さがしてるの」


 とりあえず一旦落ち着こうと、僕と笑子ちゃんはフードコートまで男の子を連れて来た。男の子はやはり迷子のようで、はぐれてしまった母親を探しているらしい。買ってあげたりんごジュースを一口飲むと、男の子は少しだけ安心したように頬を緩めた。


「やっぱり迷子だったのね」

「どうにかしてお母さんを探してあげたいんだけど……」


 そう言って僕と笑子ちゃんは男の子を見つめる。

 


 ただの迷子なのであれば、一緒に探すとか迷子センターとか色々手はある。でもこの子の場合、問題は……。


「やっぱり見えてない……、わよね?」

「うん……」


 そう、この男の子の姿はどうやら僕達以外の人には見えていないようだった。


 あんな人混みの中、小さな男の子がひとり母親を探していたら誰だって僕達みたいに目に付くものだ。それなのにこの子はあの人混みの中、不自然な程存在を認知されていなかった。なんなら人混みの中で突然しゃがみ込んだ僕達を周りの人間は怪訝そうな目で見てきた。


 つまりこの子は俗に言う……


「幽霊、ってこと……?」

「……」


 僕の言葉に、笑子ちゃんは考え込むように無邪気にりんごジュースを飲む男の子を見た。想像していた幽霊よりもずっとはっきりと存在している男の子に、僕も同じように考え込む。


「妖って事はないの?」

「うーん、S級以上の妖なら有り得るのかもしれないけど……僕には迷子の子供にしか見えないなあ」

「そうよね……」


 「どう見ても迷子の子供よね」と、笑子ちゃんは体から力を抜いた。そうなると僕達に残された可能性は幽霊しかないのだが……。


 黙り込む僕達を不思議に思ったのか、男の子はきょとんとした幼い顔で見上げてくる。そのせいで、くりくりとした幼い目がより一層強調されて大きく見えた。


「なんのはなし?」

「ううん、何でもないよ。お母さんとは何処ではぐれたの?」

「……わからない」


 そう言って男の子は不安そうに俯く。ぎゅっと服を握り締める小さな手に胸が痛んだ。僕はそっと安心させるように優しく男の子の頭を撫でる。


「僕達も一緒に探すから、大丈夫だよ」

「ほんとう……?」

「本当だよ。君、名前はなんて言うの?」


 僕がそう聞くと、男の子は考え込むように眉間に皺を寄せた。パタパタと小さな脚を動かしては、首を傾げる。


「き、き……ゆ、ぉき……ゆ、き?」

「ゆき?」

「……うん」


 男の子は手に持ったりんごジュースを見つめたまま、肯定の返事をする。僕はゆき君の手を取って、目を合わせて微笑んだ。


「じゃあ一緒に探しに行こう、ゆき君」















































「____駄目ね、全っ然見つからないわ」


 商業施設を出て外まで探していた僕達は、項垂れるように壁にもたれかかった。明るかった世界は、もうとっくに日を落として暗く染まってしまっている。


「一応、狼君達も呼んだからもうすぐ来ると思うんだけど……」

「アイツらが役に立つの?」


 まるで期待をしていない目が僕を見る。そんな笑子ちゃんに苦笑いを零して、不安そうに僕の手を握るゆき君の隣にしゃがみ込んだ。


「もうすぐ僕の友達も来てくれるから、皆で一緒に探せば絶対にお母さん見つかるよ」

「……みつかるまで、ぼくといっしょにいてくれる?」

「うん、ゆき君がお母さんと会えるまで独りにしないよ」


 そう言って小さな小指に自分の小指を絡めれば、ゆき君は安心したように眉を下げた。



 

 ゆき君に言った言葉に勿論嘘は無い。ただ、僕は少しばかり焦っていた。

 

 迷子になってしまったというゆき君は、一体いつから迷子なのだろう。お母さんとはぐれてしまったという皆からは姿の見えないゆき君は、一体どうやってお母さんとはぐれてしまったのか。


 それに、

 

 周りの人にゆき君の姿が見えていないという事は、もしかするとゆき君のお母さんにも____




 

「お、いたいた。回道ー」


 ぐるぐると考え込んでいた僕を現実へと引き戻したのは、飄々とした狼君の声だった。

 

 立ち上がって声の方を向くと、そこには見慣れた3人の姿。


 いや、というかそれより____


 


「え、キモ。何よアンタら、そのアホみたいな格好」


 ドン引きした笑子ちゃんの声もそのはず、合流した狼君達3人は周囲の視線を掻き集める何とも愉快な見た目に変わっていた。


 

 ……それはもう、近づいて欲しくないほどに。


 

「賑やかで楽しそうでしょ」

「騒がしくてアホみたいよ」

「今のプリクラ凄ぇんだよ。色々貸してれっからさ、全部使って遊んでたら謎に全部くれたわ」

「よっぽどアンタらに出てって欲しかったのね」

「あ、これあげますよ!笑子ちゃんにピッタリなので!」

「要らないわよ!!」


 「っていうかそれどういう意味よ!」と、笑子ちゃんは悪意のない笑顔でゴリラの被り物を渡してきた悠太君に怒鳴りつける。そんな悠太君はHAPPY BIRTHDAYのカチューシャを頭に付けて、本日の主役と書かれた襷を掛けている。その腕にはゲームセンターで取ったのか、沢山のお菓子と謎に全部くれたというプリクラグッズを抱えている。


「あ、もしかしてこっちの豚の方がいいです?」

「誰が豚よ!!!」

「ぅぐ!!」


 怒った笑子ちゃんに顔目掛けて右ストレートを決められた悠太君は、「顔面陥没しました……」と顔を覆って悶えている。どんだけ懲りないんだ悠太君は……。


「遅くなってごめんね、回道」

「アーム弱過ぎてキレた弥子が手付けらんなくてさ〜」

「何言ってんの、俺キレてないよ」

「矛使おうとした時は流石にびびったわ」

「弥子君、狼君……」


 僕の元へと歩み寄ってくる狼君と弥子君。


 フラダンスで使うレイの首飾りを付け、ちょび髭の付いたパーティーメガネを掛けた狼君はピロピロと鳴る吹き戻しのおもちゃを吹かしている。そんな狼君の隣ではド派手な赤いキラキラした帽子を被って、付け髭を付けてアロハシャツを羽織った弥子君が手に持った杖を器用にくるくると回している。


 ……どうしたらそうなるんだろう。


「た、楽しそうだね……」

「だろ?」

「あぁ、ちゃんと回道の分もあるからね」

「ありがとう……」


 屈託のない笑顔で僕を見る2人に苦笑いを零す。よく分からないけど、とても満足そうな3人は今日を遊び尽くしたみたいだ。


「で、迷子拾ったって?」

「あっ、うん」


 首を傾げた狼君の言葉に、僕は此処に3人を呼んだ理由を思い出した。手を繋いでいたゆき君を2人に紹介する。


「この子ゆき君って言うんだけど、その、なんて言うか、周りの人に……って、どうしたの?」


 ゆき君から顔を上げて2人を見れば、何故か2人共ゆき君を見て目を見開いて。

 僕はちらりと笑子ちゃんの方を見れば、悠太君まで何故か此方を見て固まっている。


 何だろう?と不思議に思っていると、愉快な見た目をした狼君に「ちょっとこっち来い」とグイッと肩を組まれる。その拍子にゆき君と手が離れて振り返れば、どうやらゆき君とは悠太君が一緒にいてくれるみたいだ。



 

 狼君と弥子君に連れられて、僕と笑子ちゃんはゆき君とは少しだけ離れたら場所に移動する。


「2人共、一体どうしたの?」


 そう問い掛けた僕に、狼君と弥子君は眉を顰めた。


「どうしたもこうしたもねぇよ。彼奴、もう人じゃねぇぞ」


 冷たく言い放った狼君に、僕と笑子ちゃんは息を呑んだ。2人は一つ一つ身に着けた装飾品を外しながら淡々と言う。


「人じゃないって……」

「死んでるんだよ、あの子」

「っ」


 「流石にそれは気付いてるでしょ」と弥子君は続ける。その通りだった。


 僕達以外には見えないゆき君、そして自分に関する記憶がどこか曖昧な理由、それはもうゆき君が死んでしまっているからだ。幽霊だと考えた時点で僕達はその事にとっくに気付いていたけれど、それを口にするのを避けていた。


 だって、お母さんを探していると言うゆき君はきっと___



「あの子、自分が死んでるって知らないのよ」


 どこか苦しげに笑子ちゃんは言った。笑子ちゃんの言うように、ゆき君は自分が死んでる事に気付いていないのだ。だから、どうして自分が他の人に見えていないのかも分からなくて。


「迷子のままのあの子を、母親に会わせてあげたいのよ」


 そう言った笑子ちゃんの顔は悲しげに歪んでいて、きっと僕も同じ顔をしているんだろう。そんな僕達を狼君と弥子君は黙ったまま見下ろした。


「……二人の気持ちは分かるけど、あの子にはもう関わんない方がいい」

「っどうして!」

「あの子の存在が曖昧だからだよ」

「曖昧……?」


 弥子君の言った意味が分からなくて聞き返す。存在が曖昧ってどういう意味なんだ。


「今のあの子は俗に言う幽霊っていう状態で、何らかの負の感情だけがこの世に取り残されてるんだ」

「負の感情……?」


 聞き覚えのある言葉に、思考が嫌な方向へと進んでいく。それって、もしかしてゆき君は……。


「ゆき君は、妖なの……?」


 問い掛けた僕の言葉に、笑子ちゃんは目を見開いた。それもそのはず、だってそれは僕達が一番避けたかった可能性だ。

 

 弥子君はちらりとゆき君を見ると、「いや……」と否定の言葉を零すと。


()は妖じゃない」


 何やら含みを持たせた言い方だった。意味が分からない僕と笑子ちゃんに、すっかり全ての装飾品を取り終えた狼君が言う。


「幽霊と妖の境界は曖昧なんだよ。どっちも負の感情でこの世に存在してるからな」


 悠太君と楽しそうに話すゆき君を見て、狼君は顔を歪めた。


「未練が晴れて綺麗に終われたら何の問題もねぇけど、その感情に呑まれて妖になっちまったら相当タチが悪ぃ」

「妖になる?……」


 そう聞いた僕に狼君は「ああ」と、短く肯定の返事を返した。


「幽霊もその存在源は人の負の感情だからな、妖になるには十分だ。

 ……ただ問題は、幽霊から妖になった場合、その妖は必ずS級以上の妖になっちまう事だ」

「S級以上、!?そんな、どうして……」


 驚いて声を上げた僕に、狼君は淡々と続ける。


「人の負の感情から少しずつ人の形を覚える妖と違って、彼奴等は最初から人の形に成ってんだろ」


 そう言って狼君は親指で悠太君と話すゆき君を指した。確かにゆき君は、もうとっくに僕達と変わらない人の形だ。


 それはそうだ、だってゆき君は人間だったんだから。


「今はただ彷徨ってるだけの幽霊かもしんねぇけど、いつ感情が爆発して妖になるか分かんねぇんだよ。その起爆剤が探してる母親かもしんねぇし……、会わせるのはリスキーだ」

「それに、あの子が幼い子供なのも危ういね。子供は感情のコントロールが上手く出来ないから、妖になる可能性が極めて高いんだよ」


 狼君に続けて言った弥子君の言葉に、心臓が握りつぶされてしまいそうな気持ちになる。


 二人の言っている事は理解出来る。物事を冷静に見極められて正しい判断が出来る二人だ。きっと彼等の言う通りにするのが一番良いのだろう。


 ギリッと噛み締めた奥歯が鈍い音を立てる。

 


 でも、それでも____



 

「まだ妖じゃないから俺達には祓えないし、あの子の事は転堂さんかりんどーにでも頼んで____」

「っ駄目だ!!!!」



 普段の自分からは想像も出来ない大きな声に、自分でも驚いた。


 僕の大きな声に狼君達は勿論、周囲の人達も僕達を不審な目で見たのが分かった。



 

「そんなのっ、絶対駄目だよ!!」



 

 ずっと不安そうに揺れたままの瞳を、僕は知っている。



 

「……確かに、成仏っていう形で終わらせるのが一番綺麗なのかもしれないけど…、でもそれじゃあっ、ゆき君はずっと迷子のままだ!」



 

 きっと二人の判断が正しい選択なのだと思う。でも、その正しさではゆき君の心を殺してしまうんじゃないのか。それじゃ駄目なんだ。



 

「僕、約束したんだ。ゆき君がお母さんに会えるまで、独りにしないって……」



 

 あんなにも小さな手が、どれ程の寂しさを抱えたままなのか。



 

「僕は、正しい選択よりもゆき君の心を救いたい……!だからゆき君がお母さんに会えるまでは、絶対独りにはしない!!」



 

 狼君と弥子君の目を真っ直ぐに見て言い切った。これが例え正しい判断ではなくとも、それでも僕はゆき君の心を救いたいんだ。





 

 暫くして狼君と弥子君は深々と息を吐き出した。




「つっても手掛かり少ねぇな、どうやって探す?」

「ここらで彷徨ってるって事は、この辺りで間違いないんだろうけど……」

「え……っちょっと、2人共……!」


 狼狽える僕の声に、2人は疑問符を浮かべながら振り返った。


「いや、その……良いの?」


 スマホを手に話し始めた狼君と弥子君に、僕はおどおどと声を掛けた。


 あんな事を言っておいてなんだけど、絶対に反対されると思っていた。それなのに……。


 驚く僕に、2人はどこか呆れたような顔をした。


「良いも何も、回道ならそう言うと思ってたよ」

「お前の事だから、一度決めたんなら俺等が何言っても聞かねぇだろうよ」

「うっ、それは……」


 返す言葉も出ない僕に、2人は優しく笑う。僕の気持ちを尊重するような、そんな2人の優しい目が僕は温かくて好きだ。


「それに、回道が言わなくても心道が言ってたと思うよ」


 「ね?」と笑子ちゃんを見た弥子君に僕もつられて振り向くと、図星を突かれたような顔をした笑子ちゃんがいて。どうやら笑子ちゃんも僕と同じ気持ちみたいだった。


「……声を掛けた時点で、最後まで面倒見るつもりだったわよ」

「笑子ちゃん、」


 言葉はぶっきらぼうでも、彼女が優しい事を僕は知ってる。



 

 自然と口角が上がる。




 


「____ありがとう、みんな」






 独りじゃ出来ないことは、誰かとなら____










 

 そうして僕は、迷子ままの小さな手をとった。













 第十話『-心道編- (まよ)彷徨(さまよ)心心(こころごころ)』-完-

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