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第十話『-心道編- 迷い彷徨う心心』其ノ弐

 __


 都内某所 商業施設内____




「____で?」


 平日とはいえ、多くの人でごった返した施設内は沢山の声で溢れていた。そんな中、流石の人の多さにヘッドホンを耳に被せた笑子ちゃんが、僕達の前で仁王立ちをして腕を組んでいる。



 

 そして____



 

「何でアンタ達までいるのよ!!!!!」


 そんな人々の喧騒に負けないぐらいの声量で、笑子ちゃんは僕達の耳をつんざいた。キッと此方を睨み付けた笑子ちゃんは、きょとんとした顔をする狼君達を指差した。


「良いじゃないですか〜、僕だって遊びに行きたいんです」

「他で遊びなさいよ!!」

「まあそう怒んないでよ心道、2人の邪魔はしないからさ」

「なっ……アンタ馬鹿じゃないの!?」


 バチンと僕と笑子ちゃんを見てウインクをした弥子君に、僕はよく分からなくて首を傾げる。噛み付くように言い合いを始めた笑子ちゃんの顔はやっぱり楽しそうだ。


 そうやって笑子ちゃん達を見ていれば、不意に肩にグッと腕が回される。肩を寄せられて横を見れば、そこにはニヤリと笑う狼君がいて。


「人たらしも大変だな」

「人たらしって……そんなんじゃないよ、僕」


 口を尖らせた僕に、狼君は悪戯に口角を上げて笑った。


 僕よりも背の高い狼君の隣に並ぶと、何だか僕の身体はずっと小さく見えた。


 狼君は細身の体型でシルエットなんかは凄く線が細いけど、それでも彼のその能力もあってか、筋肉量は凄くて狼君の身体は全体的に感触が硬い。あまり筋肉のない僕の身体とは正反対で、そんな狼君がかっこいいと思った。


 急に黙った僕を不審に思ったのか、狼君は覗き込むように僕の顔を見た。その拍子に、彼の綺麗な銀白髪が僕の視界でサラサラと流れた。


「どうした?」

「……やっぱり綺麗だね、狼君の髪」


 流れるように何も考えずに狼君の髪に向かって手が伸びていた。頬の横で揺れる髪を手の甲で触れれば、思っていたよりもずっと柔らかい事を初めて知った。


「僕ね、綺麗な白色の目をした女の子に会ったんだけど………。


 その子の白は、この世界の色んな色を反射する、透き通るみたいな白だった」


 記憶の中にいる名前も知らない彼女の瞳は、この世界の色んな色に染まるような白だった。きらきらとこの世界の色を反射しては、その綺麗な白色の瞳は世界の色を知っていくみたいに。



 

 

「それがずっと、狼君の髪の色に似てると思ってたけど……でも、やっぱり全然違うや。


 狼君の白は何色にも染まらない、確かな白色だったんだね」

 



 

 狼君の赤い瞳が、見開かれる。普段の彼があまりしない驚いたような表情に、そんな顔もするんだなと場違いにもそう思った。

 サラサラと指通りの良い絡まりを知らない狼君の髪の毛が、僕の手の甲から流れ落ちて行く。


 銀の混じったその白色は、何色にも反射する彼女の瞳とは違って、何色にも染まらない確かな色を持った白色だった。



 

「え____?」



 不意に体に影がかかったかと思うと、肩に重さがのしかかった。


 ふわりと狼君の匂いが鼻を掠めて、視界の端に銀白髪がちらりと見えて初めて、僕は自分の肩に狼君の頭が押し付けている事を自覚した。

 


「どっ、どうしたの、狼君……?」


 

 顔を見ようにも、狼君は顔を隠すようにして頭を押し付けているからその顔を見る事が出来ない。何も言わない狼君に、驚きよりも心配の方が勝ってそっと声をかけた。


 


 

「あ、の、ごめんね…僕、何か変なこと__」































「____やっぱ、関わんじゃなかったわ」


 
































 

 人々の喧騒に紛れた小さな声は、確かに僕の耳に届いた。酷く後悔をしているみたいなその声に、何故だか耳が痛くなった。



 

 今、狼君がどんな顔をしているのかを、僕は知らない。僕の肩におでこを押し付けて、何色も映さないその赤い瞳を、いつかの春の日を思い出しては揺れるその瞳の奥を、僕は知らない。

 

 あんなにも頼もしい背中が、今はとても小さく見える。子供の時のまま、時が止まってしまったようにも見えたその背中に、僕はそっと手を伸ばそうとする。




 

「それって____」

「__何してんのよ、アンタら」



 棘のあるその声に横を見れば、笑子ちゃんが変なものでも見るような目で僕達を見ていた。その後ろでは、弥子君が悪い笑みを浮かべてスマホを光らせては僕達に向けている。


 あの顔は絶対写真とか撮ってるんだろうな……。


「えぇっ…と、これは__」

「熱い抱擁♡」

「キモ」

 

 どう説明しようかと思ったけれど、笑子ちゃんの声に狼君はパッと何事も無かったかのように離れていった。巫山戯たようにそう言った狼君に、笑子ちゃんはドン引きしたような目を向けてくる。

 ちらりと狼君を見ると、いつもみたいにヘラヘラと余裕の笑みを零していて。


 

 さっきの声は、僕の考え過ぎだったのかな。


 

 僕の視線に気付いたのか、狼君と目が合う。狼君はいつも通り犬歯を覗かせると、ぐしゃぐしゃと僕の頭を雑に撫でた。


「わっ、ちょっと狼君…!」

「ほら、お前等映画観んだろ」


 「行ってこい」と僕達2人を送り出した狼君は、弥子君と悠太君を引き連れて僕達に背を向ける。


「僕、男だけでプリクラ撮ってみたいです」

「やだよ、あれ仲平しか盛れないじゃん」

「盛れたら良いのかよ」


 そんな声と共に歩いて行った3人は、行き交う人混みに紛れて見えなくなった。





















 

 __




 結論から言うと、映画はイマイチだった。



 勿論、原作である小説が面白かった訳だから話の内容自体は面白かったんだけど。映画化されると何故かその全てが安っぽく見えてしまった。


 

 多分、僕の解釈とは違ったからだと思う。

 


 紙媒体の文字だけで伝える物語は、その全てを読者が想像する必要がある。読者の想像込みで初めて物語が完全になる小説の類いは、映画化されて目に映る情報が追加されると、どこか違和感を感じてしまう。それはきっと、僕が無意識に創り出している想像とは違った解釈を映し出されているからだろう。


 だからこの映画も、出来が良いというのには納得出来るけれど、それは僕の想像とは少し違っていて、その点では何だかイマイチだったのだ。




 

 映画を見終わった僕達は、人混みを避けて少しばかり落ち着いた場所に腰を下ろしていた。目の前の広い通路では絶えず人々が行き交っていて、それを眺めながら僕達は飲み物片手に一息ついた。


「何か、言うほどでもなかったわね……期待し過ぎたのかしら」


 ポツリと呟くように笑子ちゃんは言った。


「うん、何かイマイチだったかも。勿論、話自体は面白かったんだけどね」

「ま、映画化なんてこんなものよね」


 どうやらあの映画は笑子ちゃんもイマイチだったみたいで、僕達は揃って苦笑いを零した。それでも、ふと目に入る笑子ちゃんの目元は少し赤くなっていて、感受性が豊かな彼女の事が少し羨ましくも感じた。


 少し人混みを外れたこの空間は、まるで世界を傍観しているみたいで、何だか居心地が良い。


 

 ____あ、そういえば



「笑子ちゃんは……究極の愛って、何だと思う…?」

「なっ、何よ急に」


 僕の問い掛けに、笑子ちゃんはびくりと肩を跳ね上げた。そんな笑子ちゃんの様子に、流石に突拍子も無かったかもしれないと反省する。


「あ、いやさっきの映画でさ、誰かの犠牲の上で成り立つ恋人の存在を、究極の愛だって、言ってたから……」


 慌てて言葉を付け加えた僕に、笑子ちゃんは「ああ、なるほど」と納得の表情を滲ませる。


 僕が問い掛けたそれに対する答えはきっと人それぞれで、全員が納得する答えなんてものは存在しないのだろう。

 

 愛とかいう目に見えない不確かなものを証明してみせるなんてこと、絶対に不可能なんだから。


 

 だから、これはただ少し気になっただけだ。



「そうね……」


 笑子ちゃんは顎に手を当てて、少し考えるような素振りをしてみせる。彼女に問い掛けておいて、僕はそれに対する自分の答えを持ち合わせてなんかいない。

 そうして程なくして、笑子ちゃんが答える。


「相手の為に死ぬこと……かしら」


 手に持ったペットボトルを見つめて、笑子ちゃんはそう言った。思っていたよりもずしりと重みのある答えに驚く。


「……どうして?」

「死ぬって、1番怖いじゃない。愛なんてあるかも分からない不確かなものを究極にするなら、相手の為に自分の命を差し出して、死んでそれを証明するのが1番究極なんじゃないかしら」


 ペットボトルを握る手に少しだけ力を込めたせいで、その形は少し歪んでしまっていた。


 笑子ちゃんのその考え自体に反論なんかはない。1人の意見として十分受け入れられる。


 でも、それじゃあ____

 


「でも死んじゃったら、その人にとっては傷跡になっちゃうよ」


 もしかすると確かに、相手の為に死をもって証明して見せれば、それは究極の愛になりうるのかもしれない。


 

 でも、遺された側はどうなんだ。


 

 「自分の為に死んだ」ではなく、「自分のせいで死んだ」と、それは究極の愛じゃなくて、傷跡となってしまうのではないのだろうか。



 

 僕の言葉に笑子ちゃんは顔を上げて僕を見る。真っ直ぐに交わった視線に、心臓が変にドキリと跳ねた。


 でも、笑子ちゃんはただフッと口角を上げて。


 

「____だから良いんじゃない」

 


 予想外の返しに、僕は目を見開いた。


 

「その人の為に死んで見せて、一生消えない傷跡になってしまえば、きっとその先別の人と結ばれてもその傷跡があれば忘れられないの。


 その人の中で一生消えない傷跡として刻まれる事が出来るのよ。






 そんなのまさに、究極の愛じゃない___?」



 悪戯が成功した子供のように、笑子ちゃんは歯を見せて笑った。


 

 それはドロドロと重く歪んでいて、それでいてあまりにも純粋無垢な究極の愛の形だった。


 

 その愛の衝撃に言葉も出ない僕を、笑子ちゃんは眉を顰めて僕を睨んだ。


「……何か言いなさいよ」

「っごめん、ちょっとびっくりしちゃって……」


 乾いた口からそう答えれば、笑子ちゃんは意味が分からないとでも言うように余計に眉を顰めた。


「そんなに真っ直ぐな死は初めて聞いたから……何だろう、なんかそれってすごい……綺麗だ」


 上手く言葉に出来ないのが心底もどかしい。こんなにも重たい愛なのに、どうしてこんなにも真っ直ぐで綺麗だと思うんだろう。

 

 わけの分からない返しをした僕に、笑子ちゃんは「はあ?」と声を上げて首を傾げた。


「そういうアンタはどうなのよ」


 上手く言葉を紡げない僕に、見兼ねた笑子ちゃんは短く溜息をつくと僕に問いを返してきた。その問いに対する具体的な答えを持ち合わせていない僕は少し唸って。




 

「うーん……、僕は__」




























「____おかあさん、」





























 突然、今にも泣き出してしまいそうな幼い子供の泣き声が聞こえてきた。


 それは都会の喧騒に掻き消されてしまいそうな程小さな声だったけれど、確かに僕には聞こえた。

 

 それはどうやら笑子ちゃんも同じなようで、僕と同じように人々が絶えず行き交う通路の方を真っ直ぐに見ていた。



 

 僕達の視線の先__その通路に、忙しなく行き交う人々の中、ただ一人ポツンと小さな体を震わせる男の子。白いトレーナーにカーキ色のズボンを履いて、ぎゅっと耐えるように胸の辺りを握り締めて行き交う人々を見上げている。見たところ、小学校低学年といったところだろうか。男の子の様子からして、恐らく迷子になってしまったに違いない。


 ちらりと笑子ちゃんを見ると、どうやら笑子ちゃんも僕と同じ事を考えいるようで、僕達は黙って腰を上げると男の子の元へと歩み寄った。


 

 でも何だろう、あまりにも不自然なんだ。



 人の流れを避けて、キョロキョロと辺りを見渡す男の子の元まで辿り着く。目線を合わせるようにしゃがみ込むと、やはりその違和感は確かなものに変わる。




 

 ____まるで、誰にもこの子の姿が見えていないみたいだ。






「__君、どうしたの?」


 僕の声に顔を上げた男の子の目には涙が少し滲んでいた。男の子の目を見つめる僕と笑子ちゃんに、男の子は何やら驚いたように目を見開いて、その衝撃でポロリと大きな涙が一粒こぼれ落ちる。


「ぼく、みえてる……?」

「え____」


















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