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第十話『-心道編- 迷い彷徨う心心』其ノ壱












 たとえ何もかもを忘れてしまっても









 ただ一つの光を探している____























 __


 学園内保健診療所特別支援室__




 

「____最近のコンビニってさぁ、高くね?」



 

「わかる、おにぎり高すぎ」

「僕なんてこの前お菓子だけで1000円超えちゃいましたよ」

「悠太君は買いすぎな気がするけど……」


 

 五月晴(さつきば)れ____。梅雨の中休みで晴天の今日、窓から差し込む太陽の光に照らされた特別支援室では、 狼君の切り出した話題を筆頭に弥子君と悠太君と話す僕達4人の声が弾んでいる。

 

 「そんな事ないですよ!」と、テーブルを挟んで向かいの椅子から身を乗り出す悠太君を宥めつつ、僕はちらりと斜め前に座って黙々とご飯を食べる笑子ちゃんを見る。


 

 ____あ、まずい気がする



「見ろよこのプリン。この大きさで300円近くすんのバグだろ、3口じゃねぇか」

「どんだけでかい3口なの。このおにぎりのがやばいでしょ。見て、具少なすぎ。これもう塩にぎりじゃん」

「2人とも文句言ってるわりにはいつも買ってますよね」


 ピタリと箸を止めて、深く息を吐く姿に僕はたらりと冷や汗が流れる。そんな僕の気持ちとは裏腹に、狼君達の会話は益々熱を高めていく。


「そういや仲平も、この前買ったチョコが5粒しか入ってねぇって文句言ってたよな」

「あー確かに。400円ぐらいの買ったって嬉しそうにしてたかと思えば5粒しか入ってないって怒ってたね」

「いや確かにそうですけど!でもあれは5粒しか入ってないのに狼君と弥子君が食べちゃったからですよ!!」

「あれ、そうだっけ?」

「そうですよ!!!!何で覚えてないんですか!!」


 キャンキャンと吠える子犬のように喚く悠太君に、狼君と弥子君はもぐもぐと口を動かしている。斜め前でそっと机に置かれた手を見て、僕はこれから来るであろう音に備えて静かに耳を塞いだ。



 そして____




「うるっさいわねアンタ達!!!!!少しは静かにしなさいよ!!!」



 キーンと響く笑子ちゃんの怒鳴り声に、僕の頭は思わず横に傾く。机に手を置いて立ち上がった笑子ちゃんは、眉を釣り上げて僕達を見下ろした。


 そんな笑子ちゃんの怒声に、驚いた顔をして固まる3人。騒がしかった室内は一瞬だけ静まり返る。しかし、この3人が大人しく静かになるはずもなく……


「いや、お前の声が1番でけぇよ。どうした、急に」

「何でアンタが引いてんのよ!!!」

「心道はコンビニ高いって思わないの?」

「思うわよ!!高すぎよ!!!!」

「もー笑子ちゃんどうしたんですか、テストの点でも悪かったんですか」

「アンタと一緒にすんじゃないわよ!!!」


 「何で知ってるんですか!」「知るか!!」と、ギャーギャー騒ぐ笑子ちゃんは何だか楽しそうで、僕は自然と頬が綻んだ。すると、キッと僕の方を振り返った笑子ちゃんは僕をビシッと指差して。


「廻!!アンタは耳塞いでる暇があるならこのバカ共止めなさいよ!!」

「えぇ、そんな無茶な……」


 無茶な事を言う笑子ちゃんに僕は手を振って無理だと伝える。そんな僕達を見ていた弥子君は、何やらニヤニヤとしながら頬杖をついた。


「ツンツンしてるだけじゃ、回道みたいな鈍感には伝わんないよ心道」

「なっ、……なにがよ!」

「2人とも何の話してるの?」

「んー、回道は本当に人たらしだよねって話かな」

「え゙、なにそれ……ねえ笑子ちゃん、」

「知らないわよ!!!」


 問い掛けた僕に眉を釣り上げた笑子ちゃんの頬は少し赤らんで見えた。首を傾げる僕に、弥子君は相変わらずニヤニヤとした表情で「無自覚って罪だね〜」と揶揄うように笑っている。


 そんな状況に何故か顔を赤くした笑子ちゃんは、ワナワナと唇を震わせて僕達を睨み付けると、


「大体……、どうして揃いも揃って特別支援室(此処)に集まって来るのよ!!!」


 大きな声でそう言った笑子ちゃんに、僕達4人は揃ってきょとんとした表情を浮かべる。


 あの日____笑子ちゃんと打ち解けて以来、僕達4人はお昼休みの度に揃ってこの特別支援室を訪れていた。理由はもちろん笑子ちゃんが居るからで、狼君達は面白そうだからという理由で同じく度々此処を訪れている。

 あれ以来クラスメイトとも打ち解け始め、ヘッドホンを着ける事は少なくなった笑子ちゃんだけど、やはり人が多くなると聴こえてくる声も多くて辛いのか、昼休みは変わらず特別支援室を利用していた。


 笑子ちゃんの言葉に、僕は「うーん…」と考えるようにして顎に手を添えると、肩で息をする笑子ちゃんへと向き直った。


「……えぇっと、笑子ちゃんがいるから……かな」

「……っ!」


 素直に言葉にするとそれは何だか照れ臭くて。頬を掻きながらそう伝えると、何故か頬を紅潮させた笑子ちゃんがいる。僕は何かおかしな事を言ったのだろうかと思っていれば、そんな僕達2人をニヤニヤとした顔で見る3人が目に入った。


「回道やる〜」

「あっっま」

「甘い!甘いです!換気!!!!」


 「ヒュー」と口笛を吹く弥子君に、プリンを食べながら八重歯を覗かせる狼君、そして何やら興奮気味に僕達を見た悠太君は大きく窓を開けた。その3人の行動に自分の先程の発言が途端に恥ずかしくなり、ぶわりと顔に熱が集中する。


「ちっ、違うよ……!そういう意味で言ったんじゃなくて!僕は、ただ……」


 あわあわと手を振りながら訂正する僕の声は、ニヤニヤと僕達を見る狼君達には恐らく届いていないのだろう。

 なかなか下がらない熱が恥ずかしくて、僕は斜め前で同じように頬に熱を溜めた笑子ちゃんを見た。


「ど、どうしよう、笑子ちゃん……」

「っ知らないわよ!!」

「そんなぁ……」

「そもそもアンタがあんな恥ずかしい事言うからよ!」

「だって本当の事だし……」

「はあ!?」


 何故か更に頬の熱を強めた笑子ちゃんが一際大きな声を出した。「だからアンタのそういう所が……!」と怒り始めた笑子ちゃんに、同じように狼君達も騒ぎ始めて室内は一気に熱気を高める。


 毎度の如くガヤガヤと騒々しくなった室内で慌てふためいていると、ドスドスと何やら廊下から大きな足音が響いてくる。

 その足音に、何だ?と首を傾げていると、足音はバタンッ!と大きくこの特別支援室の扉を開け放つと一目散に僕達の元へと駆けて来た。



 そして____



 

 

 

「うっせーなてめー等ァ!!!特別支援室(此処)は溜まり場じゃねーぞ!!」





 グワッと鬼の形相で現れたのは稲見先生だった。


 相変わらず青白い顔をした稲見先生は、額に青筋を浮かべて普段は気怠げに力の無いその目を釣り上げて僕達を睨み付けている。

 突然現れた稲見先生に驚く僕と笑子ちゃんとは裏腹に、狼君達は大して驚く事なく飄々とした顔で稲見先生を見ている。


「何だぁ廃人、ニコチン不足か?」

「しょうがないなぁ……りんどーには黙っといてあげるから吸いなよ」

「ちょっと駄目ですよ2人とも、受動喫煙の方が身体に悪いんですから」


 全くもって恐れを知らない3人は、今にも爆発しそうな程不機嫌な稲見先生を前にベラベラと通常運転だ。そんな3人にまたひとつ青筋を増やした稲見先生は1歩僕達の方へと足を踏み出して来る。


「毎日毎日馬鹿みてーにギャーギャーと……うるせーんだよ。特別支援室(此処)は溜まり場じゃねーんだよ、保健診療所だぞ」


 淡々と話す稲見先生に僕の額にはたらりと冷や汗が流れ始める。大きな声で怒鳴られるよりも、静かに淡々と怒られる方が怖いと感じてしまうのはどうしてだろう。


「そんなに元気ならさっさと出て行けや」


 額に浮かべた青筋を濃くした稲見先生に、そういえばこの特別支援室の隣は稲見先生のいる医務室だったな……とそんな事を思い出した。頬をヒクつかせる稲見先生が、今にも溢れそうな罵声を必死に飲み込んで大人らしい振る舞いをしようとしているのが分かる。でも、そんな稲見先生の配慮がこの3人に届く筈などなく。


「何だよケチくせぇな、学園内だったら何処で食べたって良いだろ」

「大体特別支援室(此処)は飲食が許可されてるじゃん、何が駄目なのさ」

「あ、稲見先生もお菓子食べます?丁度6個入りなんですよこれ」


 そう言って稲見先生に丸いチョコレートを差し出す恐れ知らずな悠太君。


 

 ああ、駄目だ____



 プラスチックのスプーンでプリンを口に運ぶ狼君と、ひらひらと小馬鹿にした様に手を振る弥子君に無言で近づく稲見先生。僕と笑子ちゃんはそれを静かに眺めながら揃って耳を塞いだ。



 そして____



 


「だから出て行けやァ!!!」

「ぶっ」

「った!」


 ゴンッッと良い音を立てて稲見先生の拳が狼君と弥子君の頭へと勢い良く振り落とされた。


 その衝撃で、狼君の口に含んでいたプラスチックのスプーンがバキィという音を立てバラバラと口から零れ落ちた。そんな狼君の隣では不意に落とされた拳に弥子君が顔を歪めて頭を抑えている。僕はそんな相変わらずの様子を、ただ俯瞰して見ていた。



 スプーンってあんな風に噛み砕けるものなんだ……。



「……おい何すんだよ、スプーン砕けちまったじゃねぇか」

「もーなんで俺達だけなわけ?仲平だって騒いでたじゃんか」

「うっせー、生徒に手あげんのはまずいだろ」

「俺達も生徒なんだけど」

「おいコレどうやって食うんだよ」

「飲め」


 抗議の声を上げて騒ぎ始めた狼君達を他所に、悠太君は呑気にお菓子を広げて幸せそうに食べている。


 本当にマイペースな人だな。勿論悠太君のそういう所も好きなんだけど。



 

 騒ぎを止めにやって来たはずの稲見先生は、いつの間にか騒ぎの中心になって狼君と弥子君と一緒に室内を騒がしくしている。そんな可笑しくも通常運転な光景に、僕は自然と息を吐いて笑みを零していた。


 ちらりと笑子ちゃんを盗み見ると、彼女はそんな彼等を引いたような目で見ては呆れたように息を吐いて椅子に深く腰掛けた。僕は静かに笑子ちゃんの正面に腰掛けると、おずおずと1冊の小説を差し出した。


「あの、これ……前に借りてた小説…。読み終わったから、ありがとう」


 僕の手から小説を受け取った笑子ちゃんは、「早いわね」と零すと少し驚いたような顔をしながら受け取った。


「僕、タイムリープするような話はあまり読んだ事がないんだけど……これは時系列が分かりやすくて面白かったよ」

「ああ、分かるわ。これ系の話は時系列がごちゃごちゃになって読者に伝わりにくくなる事が多いけど、これは綺麗に整理されてるから読みやすいわよね」


 心なしか、声を弾ませた笑子ちゃんが瞳を輝かせる。


「でも……ヒロインを救う為に周りの人間を犠牲する主人公の考えは、僕にはちょっと難しかったな……。

 やっぱり、死ぬ筈だった人間を生き返らすのって、そんなに難しいのかなぁ……」

「どうなのかしらね、そもそも死人を生き返らすなんてこの世の絶対的な理に反するし……。人の運命が産まれながらに決められているものなら、どれだけ足掻いても死に行く人は死ぬように、物語は進んでいくのよ」

 


 夢も希望も無いような、酷い話だと思った。でもそれと同じくらい、納得出来てしまうような考えでもあった。


 

 笑子ちゃんに貸してもらった小説は、事故で死んでしまった恋人を救う為、主人公が過去に戻ってやり直す物語だった。しかし何度過去に戻って救おうとしても、世界はあの手この手で恋人を殺しにくる。何とかして恋人の命を救うとすると、その対価とでもいうように周りの人間の命が犠牲になってしまう。それはまるで、この世界に存在出来る人数は元々決められているかのように、必ず誰かが犠牲になる。

 

 誰かの命を犠牲にしてでも恋人が生きる未来を選ぼうとした主人公だったけれど、結局は恋人が主人公を止めて、一番初めの恋人が死ぬ本来の未来へと辿り着いて終わる。そうしてパズルのピースがぴったりと綺麗にはまるように、物語は本来の結末へと辿り着くのだ。

 

 それは決して綺麗なハッピーエンドとは言えない結末だったけど、ストンと胸に落ちるように何故か納得出来る物語だった。

 もしも運命というものが本当に決められたものなのだとしたら、世界はそうであるように仕向けてくるのではないかという考えに、僕が酷く納得出来たからかもしれない。


 僕はストーリーを思い出しながら深々と考え込んでいると、笑子ちゃんは思い出したかのように声をあげた。


「そういえば、この小説映画化されてるわよ」

「そうなの?」


 笑子ちゃんはタタタ…と素早くスマホを操作すると、ズイっと僕の目の前へと画面を見せてくる。そこにはたった今話していた小説の映画化されたホームページが載っていた。


「わ、ほんとだ」

「結構良いみたいよ。ちょっと観てみたいのよね……」


 考え込むようにまじまじとスマホの画面を見つめる笑子ちゃんを見る。


 そういえば、笑子ちゃんは感情が顔に出やすい。好きなもの、嫌いなもの、良い事があった時、悪い事があった時……。そのどれもが彼女の顔を見れば伝わってくる。さっきだって、僕達が特別支援室(此処)に集まって騒ぐのも口では文句を言っているけれど、その顔はいつだって嬉しそうだ。

 

 だから今スマホの画面をまじまじと見つめては僅かに目を輝かせている彼女は、ちょっとではなくかなり観てみたいのだろう。


 そんな分かりやすい笑子ちゃんの顔を見るのが、僕は結構好きだったりする。


 

「____その映画、僕も一緒に観に行けない、かなぁ……」


 情けなく語尾が小さくなった僕の言葉に、スマホを見ていた笑子ちゃんは目を丸くして僕を見た。


「その小説、面白かったし…僕も観てみたいんだけど……」


 人を誘うと言うのは何だか緊張するもので、僕は人差し指で頬を掻いてはそれを誤魔化した。すると、何故か笑子ちゃんは薄く頬を赤らめていて。


「な、何で私も一緒なのよ……!」

「え?」


 驚いて目を丸めるのは、今度は僕の方だった。


「何でって……、僕、映画館って行ったことなくて、1人より2人の方が安心するし……それに、一緒に行くなら笑子ちゃんが良いなぁって思って……」

「っ」


 ぼぼぼっと効果音が付きそうなほど、頬の温度を高めた笑子ちゃんが視界で揺れる。ころころと変わるその表情が、素直に可愛いと思った。

 きっと、僕のこの声には乗せていない心の声も、彼女の耳には届いているのだろう。


「えっと……、僕も一緒に行ったら駄目、かな……?」


 やっぱり駄目だったかなと、そっと顔を覗き込むようにして聞くと、逃げるように勢いよく顔を仰け反らせた笑子ちゃんに驚く。その行動に驚いて彼女の名前を呼ぼうと開きかけた口を、彼女の言葉が遮った。


「っ別に良いわよ、そのくらい!」


 食い気味に言葉を放った笑子ちゃんの顔はどうしてか真っ赤だったけれど、その言葉に僕の頬は情けないほど緩んでいた。笑子ちゃんと出掛けられるという事が、嬉しかったのだ。


「そっか、嬉しい……ありがとう」


 小さく零した言葉に、笑子ちゃんはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。でもそれが彼女の照れ隠しだということを僕は知っている。


「でもこの映画来週までだから、早めに行かないとね」

「じゃあ、今日の放課後……とかは、どうかな」

「いいわね、そうしましょ」

「じゃあ、授業が終わったら笑子ちゃんの教室に迎えに行くよ」

「別に、来なくても……」


 もごもごと何かを言った笑子ちゃんに耳を傾けて「何て……?」と聞くと、またもや顔を仰け反らせて「何でもないわよ!!」と怒られた。



 

 大きな楽しみが出来た放課後の約束に、窓の外は一層眩しく輝いて見えた。




















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