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第九話『-心道編- 真心込めて』其ノ肆


 __


 本屋を出た僕達は、少しの休憩を兼ねてカフェでドリンクを飲みながら向かい合って座っていた。


 夕方の店内は騒がしくて、僕達と同じく学校終わりの制服姿の学生が多く目に付いた。決して静かとは言えない店内は沢山の声で溢れ返っている。そんな店内で広めの席へと案内された僕達は、向かい合う形でそれぞれ腰を下ろした。


「僕、外でカフェに来るのなんて初めて……こんなに賑やかなんだね」


 騒がしい店内でか細い声しか出せない僕の声は、ヘッドホンを付けたままの笑子ちゃんの耳にちゃんと届いているだろうか。


 ズズッとストローを吸うと、冷たい飲み物が喉に流れ込んでくる。ちらりと見た笑子ちゃんは不愉快そうにヘッドホンを抑えていて。


「私もあまり来ないわ。こういう場所は煩いから好きじゃないし…」

「え゙、だっ大丈夫…?なんだか顔色も悪いし……、此処出ようか?」


 本屋さんで見た時よりも、笑子ちゃんの顔色はずっと悪かった。なんだか辛そうに眉を顰めて、ヘッドホンを抑えている。


「平気よ、私が来たくて来たんだから」

「そ、そっか……無理、しないでね」


 オロオロする僕に、笑子ちゃんは少し語気を強めてそう言った。そう言われると僕も頷くしかなくて、心配は胸の底へと押し込んだ。


 ふぅーっと深く息を吐いた笑子ちゃんは、ヘッドホンから手を離して飲み物へと口を付ける。水分を取ったことで、心なしか少し笑子ちゃんの表情が和らいだ気がした。


「……今度、笑子ちゃんが持ってる小説、貸してくれないかな」


 ぼそりと呟くように言うと、笑子ちゃんがキョトンとした顔で僕を見つめる。


「それは良いけど……どうしたのよ」

「いや、笑子ちゃんの話聞いてたら、なんか読んで見たくなっちゃって……。笑子ちゃんの好きなもの、僕も知りたいんだ」


 思った事をそのまま言葉にして伝えると、みるみるうちに笑子ちゃんの頬は熱を持った。


「っアンタはどうしてそんな恥ずかしい事を平然と……!」

「?」


 恥ずかしさを隠すかのように言う笑子ちゃんに、僕は意味が分からなくて首を傾げて見せる。僕は何か恥ずかしい事を言ってしまったのだろうか。思い返してみても、自分では全然心当たりがない。


「僕はただ、思った事を言っただけだよ」


 笑子ちゃんの瞳が大きく見開かれる。水色の瞳が、またキラリと光ったような気がした。その顔はお昼休みに見た時のように、困惑と不安が滲んでいて。僕はどうして笑子ちゃんがそんな顔をするのか分からなかった。


 

 ただ迷子の子供ような顔をする笑子ちゃんに、声をかけようとしたその時__



 


「にこちゃ__」
























「____心道?」


 



 聞き慣れない声が、僕達二人の空間を切り裂いた。



 その声に振り返った笑子ちゃんは零れるほど大きく目を見開いた。僕も同じように視線を向けると、そこには制服を着た同い歳くらいの年齢の男女五人が、僕達のテーブルの横に立っていた。

 

「久しぶりじゃ〜ん。てか相変わらずヘッドホン着けてんだ」


 テーブルに手を付いて、ズイっと身を乗り出した彼女達は少し甲高い声でケラケラと笑った。明るい茶色に染められて少し傷んだ髪の毛と着崩した制服からは、少しキツめの香水の匂いがしている。

 

 笑子ちゃんの名前を呼んでいたし、彼女達とは知り合いなのだろうか。再びヘッドホンを抑えて俯く笑子ちゃんの様子からは、彼女達との関係があまり良いものの様には見えないけど。

 

 それに、彼女達の周りにはぞわぞわと蠢く妖の塊がいて。それはC級程度の御役目にもならないようなもののようだけれど。C級が集まって塊になっているからか、その妖はとても嫌な感じがした。


 ちらりと、笑子ちゃんを見ていた彼女達の視線が僕を捉える。僕を見ると、彼女達はにんまりと口角を上げて。


「え、何この人。心道の彼氏?」

「いつの間にか転校してったと思ったら彼氏作ってんじゃん」

「ち、違うわよ、その人は……」

「は?聞こえないんだけど。てか喋ってんだからそれ外しなよ」

「ちょっと、やめてっ……返して!」


 無理矢理ヘッドホンを取り上げた彼女達三人は、酷く焦った顔をして返してと懇願する笑子ちゃんを見下しては顔を歪めて下品な笑い声を上げている。誰がどう見てもそれは悪意の塊で、彼女達の周りに蠢く妖の塊は一段とその色を濃くしていた。

 

 彼女達のその悪意の籠った瞳を、僕は知っている。それはかつて僕にも向けられていたもので。だから分かる、彼女達と笑子ちゃんは友達なんかじゃない。




 彼女達を止めようと立ち上がろうとした時、彼女達と一緒にいた彼等二人が僕の肩に手を回して隣に座ってきた。


「あー突然お邪魔しちゃってすんませんね、彼氏さん。あれふざけてるだけなんで、あんま気にしないでください」

「アイツら心道の友達で、俺らも心道が転校するまでは仲良くしてたんすよ」




 仲良く……?





 とても彼等が笑子ちゃんと仲良くしてたようには見えないし、怯えたような目をする笑子ちゃんと友達だったとは思えない。そんな見え透いた嘘を並べる彼等は、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。


「ね〜アンタって心道の彼氏?」


 笑子ちゃんのヘッドホンを取り上げたままの彼女が、僕を見て問い掛ける。


「この子と付き合うの大変じゃない?ずっとヘッドホンなんか着けて気取っててさ〜、教室の隅で死んだ顔して本なんか読んでんの。誰が話しかけてもヘッドホン外さずに会話しようとしないからクラスで浮きまくってて……だからウチらがこうして教えてやってたの」


 そう言って、彼女達は返してと手を伸ばす笑子ちゃんを突き飛ばしてヘッドホンを前に掲げる。悪意に満ち溢れた彼女達は、俯く笑子ちゃんを横目に見ては馬鹿にしたように鼻で笑って。


「マジで、なんでこんな子と付き合ってんの?ろくに会話も出来ないし、人と話してんのにずっとヘッドホン着けててさぁ……ほんとイラッとくる」


 その言葉に、笑子ちゃんは耳を塞いで蹲った。よく見えないけれど、そのぎゅっと閉じた目はただひたすら苦しみに耐えているようで、僕の胸は握り潰されるように痛くなる。


「ちょっと……!」

「まーまー落ち着けって」


 笑子ちゃんの元へと駆け寄ろうとした僕の動きを制すように、彼等二人は肩に回した腕を強めた。鈍く絞められる首に、僕は少し顔が歪む。

 僕の向かい側では、笑子ちゃんを囲んだ彼女達が「またそれかよ」と笑子ちゃんを見下して鋭い目を向けている。


「つーか心道見る目無さすぎだろ、こんな陰気臭くて気持ち悪ぃヤツのどこがいいんだよ」

「陰気臭い者同士お似合いなんじゃね?」


 「たしかに」と僕の横で彼等はゲラゲラと下品に僕達を笑う。その笑い声に、笑子ちゃんを嘲笑っていた彼女達の視線が再び僕へと向かって。


「え〜でも普通に顔は良くなぁい?」

「わかる〜!ちょっと可愛い系でさぁ」

「心道には勿体無いよね」


 ジロジロと僕の顔を見ては顔を歪めて笑い、怯えたように蹲った笑子ちゃんを馬鹿にしたように嘲笑った。そんな彼女達の様子に、僕の肩に手を回す彼等は面白くなさそうな顔をして、腕の力を強める。


「女ってこーゆー女々しいヤツ好きだよな」

「あーマジ意味わかんね……」

「っゔ」


 不機嫌そうに眉を顰めた彼がテーブルの下で、周りからは見えないように僕の鳩尾を殴った。久しぶりに感じた鈍い痛みに咳込みそうなるが、僕はそれを飲み込んで代わりに小さな呻き声を上げる。


「なあ、オマエあんま調子乗んなよ……、な?」


 念を押すように、彼等は肩に回した腕を強めて首を絞めた。


 どうして彼等のような人達は、暴力を振るう事にこうも抵抗がないのだろうか。悪意を持って、平気で人を傷付けてくる彼等の事が僕には理解出来ない。


 たらりと冷や汗を伝わせながら笑子ちゃんを見ると、蹲ったままの肩はカタカタと震えていて必死に耳を抑えている。そんな笑子ちゃんの様子が彼女達の逆鱗に触れたのか、彼女達は煩わしそうに笑子ちゃんの手を掴んだ。



「ほんっと……マジで腹立つんだけど。アンタみたいなヤツ生きてるとこ見るだけでイラッとすんだよ……ッ!」




 パシッと、力任せに笑子ちゃんの手を耳から引き離した彼女の手を掴み上げた。彼女達はもちろん彼等も、簡単に拘束から逃れて立ち上がった僕を見て驚いた顔をしている。


 狼君達のトレーニングに比べたら彼等の拘束を解くなんて最初から造作も無かったけれど、力で解決するものでは無いと我慢していた。


 でも、目を見開いて僕を見る笑子ちゃんの瞳に滲むその涙を見た瞬間、もう僕は我慢出来なかった。


「なっ、何よアンタ!離し__」

「撤回してください」


 自分でも驚く程低い声が出た。頭に血が上るっていうのはこんな感覚なのだろうか。怒りからなのか目が燃えるように熱くて、何かが爆発しそうだ。


「今の言葉、早く撤回してください」


 僕を見た彼女達が青ざめた顔をする。僕はそんなに怖い顔をしているのだろうか。怒ったことなんて無いからよく分からない。


「僕は、笑子ちゃんがヘッドホン着けてても気にならないよ。笑子ちゃんにとって、それがどれだけ大切なものなのかなんて、見れば分かるから。だから、これ返してもらうね」

「なっ……!てかアンタ、その目……」

「……目?」


 そう言われても、僕は自分の顔を見る事が出来ないから分からない。それに、今はそんな事なんかどうでも良くて。ちらりと涙を滲ませた瞳で僕を見上げる笑子ちゃんを見る。


「笑子ちゃんは……よく怒るし、すぐ顔赤くなるし、分からないなあって時も多いけど。でも、ちゃんと僕の目を見て話してくれるよ。小説の話なんかしてる時は、凄く真剣そうな顔したりして、大好きなのが伝わってくる……。



 それに、笑子ちゃんって結構笑うんだよ」

 

 僕を見て震える彼女の手からヘッドホンを取り返すと、涙を滲ませて僕を見上る笑子ちゃんの耳へとそっとかける。もうこれ以上、笑子ちゃんが汚い言葉を聞かなくてもいいように、耳を塞ぐように。


 ほろりと笑子ちゃんの瞳から、耐え切れなくなった涙が零れ落ちる。僕はそれを優しく掬うように人差し指で拭って。


「……だから、早く撤回してくれないかな」

「ッ意味分かんないんだけど!ウチら何も間違った事言ってないし、全部ほんとの事じゃない!!」


 怯えた顔をしても尚、自分達の発言を撤回しない彼女達に僕の頭はどんどん冷えきっていく。


 そんな彼女達の様子に、僕の横にいた彼等が立ち上がる。僕の顔が見えていないのか、彼等二人はさっきまでと同じような調子で僕の肩を掴んでくる。


「いやオマエなに急にキレてんの」

「つーか早く手離せや、調子乗んなって言っただろうが」


 やはり暴力を振るう事しか脳が無い彼等が、拳を振り上げたのが横目に見えた。スローモーションのようにゆっくり見える拳に、僕は呆れを含ませた溜め息を吐く。

 

 そして僕の顔に向かって伸びるその拳を、片手で受け止めようとしたその時____
































 




 




「なんか面白そうな事やってんじゃん回道、俺等も混ーぜて」



 



















 語尾にハートでも付きそうな程、愉しげな声が彼の拳を止めた。


 

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