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第九話『-心道編- 真心込めて』其ノ壱
















 



 本当の心は、いつだって分からなくて____




























 __


 学園内高等部普通科____



 パラパラと小雨が降る今日。窓の外はなんだか灰色で、どこかすっきりとしない天気だ。それでも学園内は騒がしくて、待ちに待った昼休みに生徒達は声を弾ませている。


「廻君、お昼ご飯です!」

「うん、今行くよ」


 そんな中僕も、いつも通り狼君達とご飯を食べるために、悠太君と共に食堂へ向かおうと席を立った。

 

 悠太君とはあの一件以来、友達としての距離が縮まった気がしている。具体的にどこが変わったのかと言われるとそれは上手く言えないけど、お互いの接し方に遠慮が無くなったというか、他のクラスメイト達よりももっと特別な友達だと認識するようになった、みたいな。

 

 隣でニコニコと楽しそうに話す悠太君と一緒に、ガヤガヤと騒がしい教室の扉を開けて廊下へと出る。忙しなく生徒達の行き交う廊下を進んでいると、後ろから僕の名前が聞こえた。



「____あ、いたいた廻!」


 その声に振り返ると、僕を呼んだのは竜胆先生のようで早足に僕達の元へと駆けて来る。どうやら僕を探していたらしい竜胆先生は、僕を見付けると少し安心したような顔をした。


「竜胆先生……、何かあったんですか?」

「お昼休みにごめんね、ちょっと廻にお願いしたい事があってね」

「お願い、ですか?」


 その言葉に、僕は首を傾げてみせる。ちらりと僕の隣を見た竜胆先生は、僕の隣にいる悠太君と軽く言葉を交わしている。そして僕に視線を戻すと、竜胆先生を見上げる僕に再度口を開いた。


「これからお昼ご飯のところ悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれないかな」


 そう言って竜胆先生は申し訳無さそうに僕達を見た。


「それは、大丈夫ですけど……」

「悠太も、ごめんね」

「いえいえ、大丈夫です!では廻君、狼君と弥子君には僕が伝えておきますね」

「うん、ありがとう」


 ニコニコと笑顔で手を振る悠太君に、僕も一言お礼を告げて手を振った。悠太君の背中を見送った僕は、改めて竜胆先生に向き直った。



 反対側の廊下へとゆっくり歩き始めた竜胆先生に、僕も同じように着いて行く。


「急にごめんね。ちょっと廻に会わせたい子がいてね」

「会わせたい子……ですか?」


 眉を下げた竜胆先生の耳に光る、長いピアスが揺れた。申し訳無さそうな顔をした竜胆先生は、どうやら僕に会わせたい人がいると言う。


「僕は普段、普通科の教師の他に臨時で心理学科の教師もしていてね。その心理学科の生徒で、廻に会って欲しい子がいるんだ」

「は、はあ……。それってどんな人、なんですか?」


 問い掛けた僕に、竜胆先生は少し困ったように眉を下げて笑った。


「その子、廻と同じで最近編入して来たばかりの編入生なんだけど……。ただ、能力が上手く制御出来ていないのもあって、まだあんまり周りと馴染めていなくてね」


 歩きながら語る竜胆先生の話によると、どうやらその人は僕と同じ編入生らしい。そしてその人は、能力が上手く制御出来なくて、まだあまり周りの生徒と馴染めていないみたいだった。


 隣を歩く僕に、竜胆先生はふわりと笑いかけた。


「だから廻に、その子と仲良くなって欲しいんだ」

「え、っと………どうして僕、なんですか?」


 お願いの内容よりも、それに選ばれたのがどうして僕だったのかが気になった。この広い学園には沢山生徒がいるはずなのに、どうして他学科の僕なんだろうか。


 だって、もっと他に……


「僕なんかより、悠太君の方が話すの上手ですし……狼君とか弥子君の方が、その…友達が多いから良いと思うんですけど……」


 ぼそぼそと、僕は竜胆先生に言う。確かに僕はこの学園に来てから友達が出来たけれど、それは周りに恵まれていたからであって僕の力ではない。だから初めて関わる人と仲良くするだなんて、正直僕には自信が無かったのだ。


 背中を丸める僕とは反対に、竜胆先生はシャン背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見た。


「廻はさ、いつだって正面から人と関わりにいくでしょ」

「え……」


 静かにそう言った竜胆先生に、僕は顔を上げる。見上げた竜胆先生は真っ直ぐに前を見つめたままで、窓の外では相変わらず小さな雨粒が降り注いでいた。


「それはとても簡単なようで、実はとても難しい事なんだよ。人は臆病な生き物だからね、それがいつも僕達を嘘吐きにしてしまうんだ。だから回りくどく遠回りをして、嘘を付きながら人と関わろうとしてしまうんだよ」


 竜胆先生の言っている事は少し難しくて、僕はただひたすら耳を傾けた。


「でも廻は、いつだって正面から不器用に関わりにいくでしょ。傷付くことを恐れないその姿勢が、君の周りにいる人間を変えてること、気付いてる?」

「えっ、……いや、えっと」


 僕を見て悪戯に微笑んだ竜胆先生に、僕はあたふたと慌てることしか出来ない。だって、急にそんな事を言われるだなんて思わなかったんだから。

 そんな僕の様子に、くすりと笑みを零した竜胆先生が雨の滴る窓を見つめる。


「廻と出会ってから、悠太はちゃんと自分自身の事を見るようになったし、狼と弥子なんて自分達から廻と関わりにいくようになった……。


 君は気付いていないかもしれないけど、君のその嘘偽りの無い言葉は、確かに人を変えてるんだよ」


 そう言った竜胆先生は、嬉しそうに目を細めて笑った。真っ直ぐに褒められた言葉に、思わず頬が熱くなる。


「まあ、相変わらず自己肯定感は低いみたいだけどね」

「ゔ……」


 困った様に僕を見て笑った竜胆先生に、図星を付かれた僕は返す言葉もなかった。そうして再び前を向き直した竜胆先生が、静かに語りかけるように言う。


「あの子はとても優しい子なんだ。優しいから、制御出来ない自分の能力で傷付いてしまった……。人と関わるのが嫌なんじゃない、あの子はただ怖いだけなんだよ、人と関わるのが」

「……」


 竜胆先生から聞くその人の気持ちが、僕には痛いほど理解出来る。だって僕も同じだったから。竜胆先生が僕を選んだのは、僕も同じ痛みを知っているからなんだろう。


「それでもあの子はこの学園を選んだんだ。だからあの子の心の扉、一緒に開いてやってよ廻」


 そう言ってニカッと笑った竜胆先生の笑顔は、心からその人の幸せを願っているような笑顔だった。その人が学園を選んだ理由は、きっと僕と同じだ。


 だったら、僕は____



「____はい。僕も仲良くなりたいです、その人と」


 竜胆先生の瞳を力強く見つめると、先生は嬉しそうに目を細めて頷いた。





























 __


 学園内保健診療所特別支援室__


「特別支援室……?」


 竜胆先生に連れられてやって来たのは、保健診療所内にある特別支援室だった。


 扉の前で首を傾げた僕に、竜胆先生が言う。


「その子、昼休みは此処で一人過ごしててね……。あまり周りの生徒と馴染めていないのもあって、昼休みの度に此処を訪れてるみたいなんだ」

「なるほど……」


 確かに、周りと馴染めないでいる教室内は居心地が悪い。それが騒がしい昼休みともなると尚更だ。



 

 コンコンと控えめにノックをした竜胆先生に、僕の体には緊張が走る。


 元々僕は人と関わるのが得意ではない。この扉の先にいる人は、傷付いて心を閉ざしてしまった人だ。僕なんかで本当に大丈夫なのだろうか。


 暫くしてもノックの音に返事が返ってくる事はなくて、竜胆先生は扉をゆっくりと開いて中へと進んだ。そんな先生の背中を追うようにして、僕も特別支援室へと入っていった。

 

 扉を開けるとそこには細い通路があって、その奥にはテーブルが置かれた一室がちらりと見えている。人の気配がするそこに、おそらくその人はいるのだろう。慣れた足取りで一室へと辿り着いた竜胆先生は、中を覗き込むようにして顔を出した。


「お休み中にごめんね、ちょっといいかな」

「私、返事してないんですけど。勝手に入って来ないで下さい」

「居るならちゃんと返事してよ」

「大体、どうしてこの部屋には鍵が付いてないんですか」


 ピンッと糸を張ったような、張り詰めた声が耳に届いた。想像していたよりもずっと刺々しかったその声は、明らかに竜胆先生に敵意を向けている。



 

 っていうか、竜胆先生の会わせたい子って女の子だったの__!?



 

 そんな彼女の声にはお構い無しに、竜胆先生は部屋の中へと足を踏み入れる。


「まあそんな事言わずにさ、今日は君に会わせたい子がいるんだ」

「……会わせたい子?」


 竜胆先生の言葉に、彼女は少し声を顰めた。その声色だけで彼女が警戒しているのが分かる。

 竜胆先生はちらりと僕を見ると、小さく手招きをした。その手に引かれるようにして、僕もそっと部屋の中へと入る。


「この子、回道 廻君。僕が担任を務める普通科の生徒で、君と同じ編入生だよ」


 其処にいたのは高等部の制服を身に纏った女の子だった。少し癖のある小麦色の髪の毛を耳の後ろで二つに結び、ツンとしたつり目は僕と目が合うや否や警戒する様に僕を睨み付けた。


 お行儀良くソファーに腰掛けている彼女は、読んでいた本を静かに閉じた。そしてスっと僕から目を逸らすと、耳を覆い隠すようにつけているヘッドホンに手を当てると、カチカチと何やらボタンを押した。


「……それで、私に何の用ですか?」

「えっ、と……」

「君に、廻と是非仲良くなってもらいたくてね」

「お断りします」


 間髪入れずに言い放った彼女に、竜胆先生が「まあまあ、そんな事言わずにさ」と困ったように笑いかけた。思っていたよりもずっと歓迎されていない彼女の態度に、僕は額にたらりと冷や汗をかいた。


「二人共、絶対に仲良くなれるからさ。……それに笑子(にこ)だって、独りぼっちがいいわけじゃないでしょ」

「別に、私は……」


 竜胆先生の言葉に目を伏せた彼女は、どこか怯えているように見えた。そんな彼女を一目した竜胆先生は、トンッと僕の背中を押して彼女の前へと突き出すと。


「ま、話してみないと何にも分からないからさ、とりあえず二人でお昼ご飯でも食べなよ」

「えっ、ちょ、竜胆先生……!」

「廻は急に呼び出しちゃったからお昼ご飯買えなかったよね。はい、これ僕の奢り」


 「皆には内緒ね」と、僕の声を無視して竜胆先生は購買で買ってきたであろうおにぎりやお茶の入った袋を僕に手渡した。確かにお昼ご飯は買えていなかったから有難いんだけど……。


「って、いやそうじゃなくて……!」

「それじゃあ僕もお昼ご飯食べてくるから。笑子もちゃんと自己紹介して、廻と二人で話してみなさい」

「ちょっと竜胆先生!」


 僕の声を無視して「じゃあね」と、ひらりと手を振った竜胆先生は、無責任に僕達二人だけを置いて特別支援室を出て行ってしまった。







 

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