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第八話『禍福』其ノ参

 __


 都内某所 私立大学キャンパス内____



 転堂さんの御役目で僕達がやって来たのは、都内の私立大学だった。どうやら此処は美術系の大学のようで、平日の今日は夕方であってもキャンパス内にはパラパラと人の姿があった。


「なんか小せェな」

「学園がでかすぎんだよ」


 くるりと辺りを見渡した玄雲さんが言ったように、学園の大きさに慣れてしまったのか、ちゃんと大きいはずのキャンパスが何だか小さく見えた。これから御役目だと言うのに、外に出たのが嬉しいのか僕と手を繋ぐ小福ちゃんはとても楽しそうだ。

 

 僕はふと、手に持ったままの傘を見つめる。




 

 そういえば、雨止んでる____




 

 運が良い事に、僕達が外に出た時ザーザーと降り注いでいた雨は止み、ここに来るまで持ってきた傘を使う事はなかった。空には、どんよりと黒い雲がかかっているものの先程までの大雨が嘘かのように、すっかりと雨音は止んでいた。



 

「で、回道は御役目から何を学ぼうとしてンだ?」


 本館とは少し離れたところにある、12号館の中へと入ったところで、玄雲さんが僕に問い掛けてきた。私服の転堂さんはともかく、和服姿の玄雲さんや制服の僕、小学生の小福ちゃんはこのキャンパス内ではあまりにも異質で、僕達は好奇の目に晒されていた。ただ幸運にもまだ教員に見つかる事はなく、僕達は順調に歩みを進めていた。


「えっと……僕、誰かを守れるくらいに、強くなりたくて。それで弥子君に相談したら、色んな人の御役目を見て、そこから学ぶのはどうかって……」

「狐塚らしいな」


 そう納得した様に玄雲さんは頷いた。そんな玄雲さんの様子に、僕はおずおずと聞いてみる。


「……あの、ずっと気になってたんですけど。妖はどうして人を襲うんですか?」

「はあ?お前そんな事も知らねぇのか」


 ずんずんと前を突き進んでいた転堂さんが顔を歪めて僕に振り返った。おどおどとする僕を見て、玄雲さんが宥めるように「まァ、回道は編入生だかンな」と転堂さんに笑いかける。そうして僕に向き直った玄雲さんが、足を進めながらもいつかの日と同じように丁寧に説明してくれる。


「それがアイツ等の本能だからな」

「本能……?」

「俺達人間が本能で子孫を残そうとするのと同じように、妖も本能で人を襲おうとするんでェ」

「どうして、それが本能に……」


 そう言った僕に玄雲さんは怪しげに口角を上げると、スっと横を指差して僕はその指を辿る。玄雲さんが指差した方には、何やら口論になっている様子の女子生徒二人の姿があった。


「妖は人の負の感情から産まれる。その感情は様々だが、その全てが人が人に対して抱いた悪意の感情だ。

 つまり、人が人に対する悪意から産まれた妖には、人は傷付けるものなンだっていう潜在意識……本能が深く刻み込まれてンだ。だからヤツ等は、自我を持った途端に人を無差別に襲うようになるンでェ」

「人が、人に対して抱いた悪意……」


 何やら喧嘩をしているのか顔を歪めて口論している様子の二人は、会話こそ聞こえはしないけどその様子だけでもお互いに悪意を抱いて言葉を放っているのが分かる。丁度いい具体的をあげた玄雲さんの説明はとても分かりやすかった。


 場所は階段に差し掛かり、僕は小さな小福ちゃんの手を握りながら脚を上げた。上を歩く二人を見上げると、玄雲さんの持つ番傘が目に入る。


 

 あ、そういえば____

 


「玄雲さんの、その番傘って祓具ですよね」

「あァ」


 後ろから問い掛けた僕に、玄雲さんは顔だけ僕の方に向けて頷いた。それがどうかしたのか、と言いたげな視線に僕は番傘を指差す。


「番傘を使って、どうやって祓うんですか?」


 僕の問い掛けの意図に気付いた玄雲さんは笑って番傘を撫でて見せた。


「俺の異能力は覚えてるか?」

「えっと……確か影を操る能力、ですよね」

「おう」


 初めての御役目の日、目の前で見た玄雲さんの能力はとにかく真っ黒で、確かそれは影を自由に操って術を組んでいるのだと言っていた。


「俺の能力「陰影術」には、「陰術」と「影術」の二種類があってな。それぞれ術に使う()()の種類が違うんでェ」

「かげの種類、ですか……?」


 玄雲さんの言っている意味が分からなくて、僕は首を傾げる。僕と玄雲さんが話している最中、小福ちゃんはぴょこぴょこと階段を跳ねながら登っていて、前を行く転堂さんが時折心配そうに振り返っている。そんな兄妹を横目に、僕は玄雲さんと話を続けた。


()()にはな、大きく分けて影と陰の二種類があって。

 「影術」に使うのが、一般的に使われる、光が当たることによって出来る形の事を指す「影」の方で。「陰術」に使うのが、光が当たらない場所の事を指す「陰」だ」


 「分かるか?」と僕に問い掛けた玄雲さんに、僕は「うーん……」と首を捻った。その言葉の違いは分かりそうで分からないような感じで、僕には少し難しかったのだ。そんな僕の様子に、玄雲さんは「まァ分からねェよな」と可笑しそうに笑った。


「とにかくこの二種類のかげのうち、光が当たらない場所の事を指す「陰」の方を使う「陰術」を組むときに、この番傘が必要になるんでェ」


 玄雲さんはそう言うと、「あーそうだな……」と自分の足元に出来た影を指差した。


「例えば光が当たってできる形を指す「影」の方の術は、自分の影とか、こういう色ンな所にある影を使ってすぐに術が組めるンだが……。この前回道と行った御役目の時みてェな場所の場合だと、影はあっても光が当たらない場所の方の「陰」は中々ねンだよ」


 なんとなく、玄雲さんの言う形の方の影が、自分の影や窓から射し込む光や電気の明かりによって出来る影の事なのだと理解出来た。あの時の御役目では、妖によって辺り一帯が更地のようにされてしまったから、光が当たって出来る影はあっても光が当たらない場所の陰はなかったのだろう。


「そう言う時に、番傘(コイツ)がいるんでェ。

 

 これを差した時に、傘の裏側は光が当たンねェからその場所は陰になンだ。だから番傘(コイツ)は、陰を生み出すための補助道具みてェなもンだな」

「な、なるほど……」


 思っていたよりも情報量が多くて難しい話に、僕は何となく理解出来た頭で頷いた。目の前でヘラヘラと笑う玄雲さんは、このかげの違いを理解して能力を使っているのだから、僕はそんな玄雲さんを改めて尊敬した。

 

 それにしても、祓具は直接妖を祓うための武器とばかり思っていたけど、こんな使い方も出来るなんて。


「……やっぱり、玄雲さんは凄いですね」


 しみじみと、感心するように僕は呟いた。そんな僕の言葉にぱちりと目を瞬かせた玄雲さんは、ニヤリと悪戯に笑う。


「俺なんかより幸大の方が凄ェぜ。何せコイツは、SS級の能力者だかンな」





 

 …………え。

 


 

「____SS級!!?」


 突然大声を上げた僕に、転堂さんが五月蝿いと言わんばかりに怪訝そうに振り返った。でもそんな事よりも、僕は転堂さんかSS級だという事実に驚きを隠せない。SS級は数少ない階級だと聞かされていたのに、稲見先生以外にも、こんな近くにSS級の能力者がいたなんて驚きだった。

 そんな僕の驚いた顔に、玄雲さんはクツクツと喉を鳴らして笑っている。


「SS級って……、転堂さんそんなに強いんですね」

「別にSS級だからって強くねぇよ」

「そ、そうなんですか……?」


 感心の気持ちを言葉にする僕に、転堂さんは眉を顰めてそうはっきりと答えた。僕達は階段を登りきって廊下に立つと、少しキョロキョロと辺りを見渡した転堂さんが歩き出すままに、その後ろを着いて行く。


「いや、幸大は強ェぜ?寧ろ強過ぎるくらいにな…………、なァ小福ちゃん」

「うん!兄さんはすごく強いよ!」

「小福……」


 それは謙遜だったのかは分からないけど、自身の強さを否定した転堂さんに玄雲さんは可笑しそうに笑い掛け、小福ちゃんは紫陽花のように色を付けて笑った。無邪気な笑顔でそう言った小福ちゃんに、転堂さんが心なしか目をうるっとさせたように見えたのは僕の気の所為だろうか。


 それにしても、二人にそこまで強いと言われるSS級(転堂さん)の能力は、一体何なんだろう?


「あの……転堂さんの能力って、一体__ぶっ」


 下を向いていた顔を上げて前を歩く転堂さんへと問い掛けると、急に立ち止まった転堂さんの背中へと勢い良く顔がぶつかった。立ち止まった転堂さんはぶつかった僕に謝るも事無く、何やら考え事をしているようで。僕はそっと問いかけようとしたけれど、転堂さんが口を開く方が早かった。


 

「……………………迷った」

「えっ」


 転堂さんは背を向けたまま、静かに一言呟いた。僕の聞き間違いだろうか。確かに転堂さんは、大学(此処)に来てからずっとキョロキョロとはしていたけれど、まさか迷っていたなんて……。


「なんでェ幸大、また迷ったのかィ?」

「うっせ」

「兄さん、小福あっちだと思う」

「ああ、そうだな」


 同じく足を止めた玄雲さんが呆れた顔で転堂さんに言った。()()って事は、転堂さんが迷う事は良くある事なのだろうか。自信満々な顔で右の廊下を指差す小福ちゃん。そんな小福ちゃんの頭を、少し眉を下げた転堂さんは痛いほど優しい瞳をして撫でた。


「あのっ……どうしますか?」

「別にどうもしねぇよ、どーせすぐ見つかるからな」

「?」


 戸惑う僕に淡々とそう返した転堂さんは、疎らに残る学生達へと目を向けた。


 此処12号館は美術を専攻する学生達の学びの場なのか、この館一帯が絵の具の匂いで溢れている。教室の窓から見える室内は、学生達が描いたであろう肖像画等が沢山置いてあって、その全てが思わず覗き込んでしまう程の綺麗な画ばかりだった。


 そんな美術学生達をジッと見る転堂さんは、たまたま僕達の前を通りかかった一人の女子生徒に声をかけた。


「すみません、ちょっと聞きたいんすけど」

「はい?」


 転堂さんの声に振り返った彼女は、肩上の髪の毛を揺らした。


「この大学で妙な噂とか、聞きませんでした?」

「妙な噂…?」

「はい、確かこの12号館だったと思うんすけど……」


 その問い掛けに、彼女は顎に手をやって少し考える素振りを見せた。そんな彼女の腕や手には所々絵の具が付着していて、それが彼女の存在をより際立たせているようだった。

 

 程なくして、何か思い当たることがあったのか、彼女は転堂さんを見て口を開いた。


「……あぁ、「呪いの美大生」の話ですか?」

「それです」


 「呪いの美大生」と口にした彼女に、転堂さんは軽く頷いて肯定の意を示した。一方で僕は、初めて耳にするその言葉に小さく首を傾げる。


「それがどうかしたの?」

「俺達その噂の事調べてて此処まで来たんすけど、ちょっと迷ってて……。そこまで案内してくれないすか?」


 どうやら道案内を頼もうとしていたらしい転堂さんは、彼女にそう頼んだ。僕は何か引っかかりのような違和感を感じるけど、それが何なのかが分からない。


 そんな転堂さんに、彼女は何やら考える素振りを見せ、僕達の方をちらりと見た。


 そして____






 

「良いですよ、こっちです」



 彼女は右側の廊下を差して、僕達を手招いた。









 




















 __


 同時刻 学園内大学棟教育学部第2演習室__



 回道達が出て行った第2演習室には、高専寺と狐塚の二人がタッタッとスマホを触る音が静かに響いている。

 気を遣わない二人の仲だからか、その空間には会話は無くお互いが静かにスマホを触る音だけがあった。



 

「それでさ、この前廃人と何話してたの?」



 静寂を切るように、狐塚が問い掛けた。


「…………別に、なんも」

「相変わらず嘘が下手だね、狼は」


 高専寺の返事を予想していたかのように、狐塚はスマホに目を落としたまま呆れたように笑った。そんな狐塚に、やや不満そうに眉を顰めた高専寺が小さく溜息をつく。


「お前も気付いてんだろ、回道(彼奴)の能力の事」


 同じくスマホに目を落としたままそう言った高専寺に、狐塚はまた一つ小さな笑みを零した。


「まあね。この前の仲平の身体を見て確信したよ」


 そう言って狐塚はスマホから顔を上げた。それに合わせて、高専寺もスマホから指を離して顔を上げる。


「あの時、どう見ても仲平の身体は心臓が動くような状態じゃなかった。仮に心臓が動いていたとしても、呼吸が止まった状態からかなり時間が経っていたし、心臓が動いたままの状態で廃人に診てもらうのなんて絶対に不可能だ」


 一つ一つの状況を思い出して言う狐塚に、肯定するように高専寺はその瞳を見つめる。その二人の表情には雨にはしゃいでいた幼い雰囲気はどこにもなく、酷く大人びた瞳が妖しく光っていた。


「あの辺り一帯は回道の血で溢れてた。それは仲平にも例外じゃなくて、仲平の体にも大量に回道の血が零れ落ちてたよ」

「……あぁ、仲平の心臓が動いていたのには回道の血が関係してるはずだ」


 確信を持った高専寺の声が室内に木霊する。そんな大人びた二人の声は、まるで冷たい冷水のようで。



 




















「つまり回道は、ただ不死身なだけの能力者じゃねぇってことだ___」


 


 妖しく光った二人の瞳には、なんの感情も感じられなかった。











 










 


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