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第七話『共喰い 下』其ノ弐


 __


 学園内保険診療所 病院内__




 物音一つしないこの空間に、僕達の息遣いだけが小さく響く。時間はすっかり夜になり、僕達以外人のいないこの空間で、誰かが息をする度、どんどん空気が薄くなるかのように苦しくなっていく。


 程なくして、コツコツと音を立てて僕達の元へと足音が近付いてくる。足音のする方へ、僕達は一目散に駆けて行った。


「稲見先生……」


 稲見先生は僕達の姿を見ると、口元を覆っていたマスクに手をかけて下ろしていく。そして一つ深く息を吐き出した。


「……ギリギリだったな。あと少しでも遅かったら、俺でも間に合わなかった。

 

 ……今は、ゆっくり眠ってる」


 その言葉に、僕は稲見先生の後ろにある扉を開けて中へと入った。


 消毒の匂いが鼻を掠める。真っ暗な病室では、窓から射し込む月明かりだけが頼りだった。無機質なその空間は、ピッピッと一定のリズムで音が鳴っており、その音を背に僕は真ん中にあるベットへと近寄った。

 

 僕は彼の名前を呼んで呼びかけるけれど、静かに目を閉じた悠太君は、月明かりに照らされて眠ったまま真っ白なベットの上から動かない。いつも頭の上で留められているクリップピンは外されていて、長めの前髪が悠太君のおでこを覆い隠していた。

 

 僕はそっとその口元へと顔を近付ける。口元の酸素マスクからは、小さく悠太君の呼吸音が聞こえてきて。


「っ……」


 フッと脚の力が緩んだかのように僕は床に座り込んだ。耳に届いた悠太君の呼吸音が、やっと僕に生きている事を実感させた。その事実を認識した脳が、僕の目へと水を流した。込み上げてきた涙が、恐怖と、自責と、安堵を滲ませて、ポロポロと頬を伝って流れていく。

 

 座り込んで肩を震わせる僕の後ろでは、狼君と弥子君が安堵したように深く息を吐いては、お互いの手の甲をぶつけて小さく喜んでいた。



 

「……正直、自信はなかった。お前等が運んできた時の其奴の状態は悪過ぎて、もう助けられねーと思った」


 振り向くと、後ろに立つ稲見先生が静かに語り始める。安心したように眠り続ける悠太君を配慮してか、先生は煙草を吸っていなかった。


「でも、救えた____。


 お前等が、一生懸命走って、迷わず俺のとこに連れてきたお陰で、其奴の心臓はまだ微かに動いてたからだ」


 狼君と弥子君の間に立った稲見先生は、雑に二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。そして二人の前に座り込む僕の前に座り込んで目を合わせる。


「此奴の生命(いのち)は、間違いなくお前等が救ったんだ。胸張って誇っていい、だからもう泣くな」


 ガシガシと乱暴に、それでいてとても優しく僕の頭を撫でた。撫でられた優しい振動に、また一つ頬を伝って涙が零れ落ちた。

 僕は目に溜まった涙を乱暴に拭って、稲見先生の瞳を見つめた。


「稲見先生、どうやって悠太君を……?」


 僕の問い掛けに、ゆっくりと稲見先生は立ち上がった。それに続いて僕も立ち上がると、稲見先生はそっとベットに眠る悠太君の布団を捲る。布団を捲ると、そこには無くなっていた筈の右腕が元通りに生え、大きく欠損していた右下の背中辺りも綺麗に元通りの形を取り戻した悠太君の身体があった。


「右腕が……!それに、背中も……」


 一体どういう事だろう、と稲見先生に疑問の眼差しを向けると、先生はそっと布団を元に戻して悠太君の身体を優しく撫でた。


「俺の能力…「復元(ふくげん)」は、自分以外を対象とするあらゆる生命を復元する事が出来る。たとえ四肢が無くなろうが、身体に穴開けようが、全部綺麗に元通りの形に戻す事が出来る」

「全部……」


 


 "「あとこの人、SS級の異能力者」"


 

 

 そう言った弥子君の言葉を思い出す。




 すごい、これがSS級の異能力者の力……。



 

「ただ、俺が救える生命()には条件がある」

「条件……?」


 皆目見当もつかないその条件に、僕は首を傾げた。稲見先生は悠太君の身体の上でそっと指を滑らせると、心臓の位置でピタリと止める。




 

「____心臓が動いている事だ」




 

 ドクンと心臓が波打つ。


 

「まあ正しくは、身体に血が通っている状態だけどな」


 優しく悠太君の頭を撫でた稲見先生に、僕が「血って…?」と聞くと。


「俺達能力者の力の源は、この身体に通う血だ。復元するには其奴自身の血が必要になる。身体を治すにも、元通りに形をつくるのにも、其奴の新鮮な血が体内を通っていないと俺は復元する事が出来ない。


 だから、心臓が動いてねーと救えねーんだよ」

「だから、弥子君心臓が動いてるって……」


 そう言った僕に、弥子君はいつも通り優しく微笑んだ。あの時、弥子君が焦ってパニックになる僕にそう言ったのは、稲見先生の能力の事があったからだったのか。


「あと、俺がこの手で其奴の心臓の位置に触れねーと能力も使えねーけどな」


 目を伏せてそう言った稲見先生の瞳が、長い前髪に覆い隠される。ドクンッドクンッと波打つ心臓は、今も僕の身体に血を巡らせ続けているのだろう。












 

 僕は波打つ心臓の上をくしゃりと抑えて、恐る恐る口を開いた。












「……懐、って…誰なの?」




 僕の言葉に、狼君と弥子君、そして稲見先生までもが目を見開いて僕を見た。


「名前、呼んでた……。あの人の事、二人は知ってるの……?」


 敢えて知らないとも答えられる聞き方をしたのは、答えを識るのが怖かったからなのかもしれない。


 病室内を、静寂が包む。ピッピッと規則正しい音だけが響いて、額を汗が伝った。


 きっと数秒にしか満たないその時間が、僕はとても長く感じた。程なくすると、俯いたままの弥子君がゆっくりと話しを始める。


「彼奴は……、懐は、俺達の幼馴染みだったんだ」


 敢えて過去形を使った弥子君の言い方に、妙な違和感を覚える。俯いたままの弥子君の表情は見えない。


「名前は、丑三 懐(うしみつ かい)。歳は俺達の1つ下で、今はまだ16歳だ」


 確かに、彼のまだあどけなさの残る顔が印象的だった。でも、あの殺傷能力の高い異能力と、それを完璧に使いこなす彼の強さ。その彼が自分よりも歳下だというその事実が、僕はとても恐ろしかった。


「懐も、幼稚舎から学園に通う生徒の一人だった。


 …………四年前までは」



 彼も、学園の生徒だった?妖を祓う、御役目を担う能力者の一人だった____?



 なら、どうして彼は、その力を人間(僕達)に向けて使ってたんだ。




 


 一体____


 







「なにか、あったの……?……その、四年前に」


 僕の質問に、この場の誰も答えない。真っ暗なこの空間では、窓から射し込む月明かりだけが頼りで。俯く三人の顔は、影がかかってお互いに見えない。それが余計に、僕の心臓を加速させた。

 


 程なくして、この静かな空間を弥子君の声が切り裂いた。

 


「……突然、消えたんだ。誰にも言わず、何も言わないで。黙ってこの学園を去って、俺達の前から突然居なくなったんだよ」


 ポツリと、静かに弥子君はそう告げた。一度語り出すと、弥子君は一つ一つを思い出すかのように目を瞑って、そっと壁にもたれ掛かる。


「居なくなった懐を、俺達は必死に探した。小さな頃からずっと一緒にいたんだ。彼奴は知らないことが多いから、一人にするのが心配だった」


 過去を思い出しているのか、その声は酷く後悔に滲んでいて、自責に押し潰されてしまいそうにも聞こえた。


「……意外にも、懐の情報はそれからすぐに届いたよ」


 弥子君は、眠っている悠太君の元へと歩み寄った。安心たように眠る悠太君の頭をそっと撫でる。


 

 そして____



















 


「能力を持たない人間を含む、能力者数十人を殺した異端者(いたんしゃ)として____」



 

 


















 ゾクリと背筋が凍り付く。凍り付いたのは、僕なのか、この空間なのか。とにかく、僕はその言葉が受け止めきれなかった。


 

 だって、殺したって、僕と変わらない子供が……?


 

「殺したって……」

「そのままの意味だよ。なんの力も持たない人間も、祓う力を持つ同族の能力者も、みんな殺したんだ」

「っ……」


 その言葉の悲惨さに、声にならない悲鳴が漏れ出る。そして同時に思い出した、人を傷付けるのになんの躊躇も躊躇いも無い彼の姿を。


「祓う為の能力を持ち、それを祓う為に使う俺達を異能力者と言うのに対して。その力を私欲に使い、人間や能力者に危害を及ぼす者の事を異端者って言うんだ。

 そして、学園に異端者とみなされた者は、例に漏れず全員処刑対象になる」

「処刑、対象って……」


 脳が、理解したくないと赤信号を出している。だってそんな恐ろしい話は、この学園に来てから一度だって聞いたことがない。


 悠太君から手を離した弥子君が僕の方を振り返る。月明かりに照らされた弥子君の黄色い瞳が、光を反射して鋭く光った。










 

「____殺されるってことだよ」


 

 あの時と同じ、全く温度のない瞳が僕を見ていた。全身に僕の血を送り届ける心臓が、ドクドクと早い鼓動を奏でる。血が通っている筈なのに、指先はまるで血が通っていないみたいに冷たい。


「殺されるって、っどうして……」

「人を殺したんだ。裁かれて殺されるのは、当然でしょ」


 当たり前のようにそう言った弥子君の瞳には、まるで温度がない。いつもの優しい笑顔が、まるで思い出せない。


「っなにも、殺す事なんて」

「この世にはさ、死刑って存在するでしょ。重い罪を犯した者を、等しく平等に裁くために。正義の前に掲げられたそれは、古くからこの世の均衡を守る為に作られた、人間達による力の抑止力だ。

 この世の均衡を乱す者は、その正義の為に等しく殺されなくちゃいけない。そうでもしないと、作り上げた平和が、脅かされてしまうからね。

 だから、この世の均衡を乱す者は、平和()の為にも裁かれなくちゃいけないんだ」


 淡々と話す弥子君は、こんなにも温度が無かっただろうか。殺す、殺されるって、何でそんな事を平気そうに話せるんだ。僕には、理解が出来ない。




「……でもっ、それで殺すなんて、極端すぎる気が__」

「じゃあ回道は、仲平があのまま彼奴に殺されてたとして、殺さなくていい、許すって言えるの?」




 グッと言葉が詰まって、僕は何も言えなくなる。少し語気を強めた弥子君の言葉が、グサリと心臓に突き刺さる。




 

 あの時の事はあまり覚えていない。

 


 悠太君が傷付けられて、彼に自分の頭が吹き飛ばされそうになるところまでしか、はっきりと思い出せない。



 

 ただ、ずっと目の前が真っ赤に染まっていたんだ。


 それが怒りなのか何なのか、目が燃え上がるように熱くて、熱くて。

 

 その中で僕は、何も考えられないまま、ただひたすら、殺したい、殺してやりたいって、怒りに任せてそう思っていたんだから。



 


「ぼ、くは………」


 僕は否定する事も、肯定する事も出来なかった。


 冷たく見下ろしていた弥子君が、情けなく言い淀む僕から静かに視線を外す。僕の顔を見ただけで、何も答えられない僕の気持ちを察したかのようにして、遠くを見つめて一つ息を吐いた。


「これは世の理なんだ。定められた理を、俺達が崩す事なんて出来ない。

 だから彼奴は、殺さなくちゃいけない。人を殺す奴は、自分も殺される覚悟がある奴だけだ」


 他人事のように言った弥子君の横顔が、月夜に照らされる。何も感情を感じないようなその表情は、一体何を考えているんだろう。

 

 そんな弥子君に、僕はやっと言葉を口に出した。


「……弥子君は…、二人は彼の幼馴染み、なんだよね……。ずっと、小さな頃から一緒にいたのに……二人は、何とも思わないの…?」


 その問い掛けに、室内は一際冷たく静まり返った。それは心電図の音に掻き消されて、息遣いすらも聞こえないほど静かに。


 


 ゆっくりと、空を見上げるかのように、弥子君は天井を見上げた。遠い過去の記憶を追い求めるかのように。遠い過去を見ようとするかのように。

 




















「……もう、四年も経つんだ」


 

 狼君も、稲見先生も、それぞれが想いを馳せるように。此処にはない、遠くの何処かを見つめていた。



 

 弥子君はそれ以上、もう何も言わなかった。












 

 再び静まり返った室内に、トサッとどこかにもたれかかるような音が聞こえて。音のなった方を向くと、稲見先生が壁にもたれかかって、ぼんやりと少し先の床を見つめていた。


「……彼奴の能力は、「破壊(はかい)」だ。自分に触れるもの全てを破壊する。身体の内側から細胞を破壊する事も、外側から肉体を破壊する事だって出来る、破壊力に特化した能力を持つ異端者だ」


 過去を思い出すかのように、稲見先生は静かに語る。その言葉に、あの時何故自分達の身体がいとも簡単に壊されたのかを、僕はやっと理解する事が出来た。


 

 それは、なんとも恐ろしい能力だった。僕達とは相反する思考を持つ彼が、絶対に持って産まれてはいけないような。


 

「B級の御役目では有り得ねー損傷の仕方してるとは思ったが、……懐だったのか」


 稲見先生はスッと目を細めて、どこか納得したようにそう呟いた。


 依然として、室内の空気は重くて冷たい。僕は震える唇で、壁にもたれかかったまま何も喋らない彼に問い掛けた。






「野良猫って、なに……?」







 僕の言葉に、狼君がピクリと反応して顔を上げる。


「野良猫の次は、化け物()だって……。一体、あれは、何のことを言ってたの……?」

「…………」


 少し怯えながら頼りなく問い掛けた僕に、狼君は何も答えず、ただただ僕をじっと見つめていた。


 


 間もなくして、狼君はスッと僕から視線を外すと。











 

「…………さあな。昔の事なんか、もう忘れちまった」


 

 そう言った狼君に、僕は何も言えなかった。


 敢えて識らないと答えられる聞き方をしたのは、僕がそれを識るのが怖かったのもあるし、それは彼等にとって触れられたくない事かもしれないと思ったからだ。



 だから、狼君が忘れたと言うのなら、僕はそれ以上何も言えないのだ。























 

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