表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/61

第五話『迷い猫』其ノ参

__




 それから僕は、彼女に手を引かれるままこの学園にある様々な学科を回った。







 学園内高等部工業科____


「工業科では、日々新たな祓具や妖ロボが生徒達の手によって山のように創られてるの。工業科の生徒は、好きな事に真っ直ぐで確かな腕を持った実力派能力者ばかりなんだよ」


 創一郎君のいる工業科では、見た事もない形の祓具や本物そっくりの妖ロボが僕と同じ生徒達の手によって創られていた。






 学園内高等部商業科____


「商業科は、商業、経済、情報、簿記なんかの実社会で役立つ知識を幅広く学んでるの。利益を生み出す事が上手い生徒が多くて、この学科が1番、外の世界でも上手くやっていけると思うよ」


 商業科では校舎内の掲示板のいたる所に世界の経済に関する情報や株価情報などのデータが貼られていた。それは随時更新されているようで、生徒達が慌ただしく張り紙を貼り替えていた。






 学園内高等部家政科____


「家政科は、衣・食・住、児童学や生活福祉等について、知識や技術を学ぶ実践的な学科だよ。学科内の男女比率の約8割を女子生徒が占めていて、男女問わず家庭的で穏やかな生徒が多いんだよ」


 家政科の敷地内は、彼女と訪れたどの学科よりも一番心地よく生徒達の声が響いていて、通りすがる生徒達も皆優しくて温厚そうな人達ばかりだった。






 学園内高等部医学科____


「医学科は、医師を養成するためのこの学園唯一の6年制の学科だよ。ただ6年制とは言っても、大学棟の医学部と連携してるから、高等部での3年課程が修了すればそのまま大学棟の医学部に進学する。そこで3年間医学の課程を学ぶの。医学科の生徒は医師を目指しているだけあって、貴重な治癒能力を持った生徒が多いんだよ」


 いかにも頭の良さそうな生徒ばかりで溢れる校舎は、僕と同じ高校生の顔付きには見えなかった。そういえば玄雲さんは医学部だったな……と、此処の雰囲気とは到底合わない玄雲さんを思い出したけど、彼女に手を引かれればそんな事はすっかりと頭の中から抜け落ちていた。








 他にも、薬学科、心理学科、情報科学科、芸能科、農業科、芸術科等……、彼女はこの学園にある数多くの学科を時間が許す限り僕に案内してくれた。

 

 加えて彼女は学科を案内するだけでなく、この学園の娯楽施設にも僕を連れて行ってくれた。

 大きな観覧車に乗って二人でこの学園を見渡したり、聞いた事しかなかったジェットコースターに乗って絶叫したり、女の子達が大好きだというプリクラ機の中へと手を引かれて何枚も写真を撮った。歩き疲れれば可愛いカフェへと入って、ケーキや飲み物を飲みながら二人で足を休めた。



 

 彼女はきっと、幼い頃からこの学園にいるのだろう。

 

 彼女の学園に関する膨大な情報量は、僕をそう思わせるには容易かった。



 

 たった半日、そんな短い時間だったけれど、彼女との時間はどれも輝いていた。

 

 僕を見て子供のように無邪気笑う彼女につられて、僕も子供みたいにはしゃいで笑った。

 

 彼女との時間はとても楽しくて心地良かった。




 

 その時間は確かに、僕の中に宝物のようにして刻まれた。





















 学園内高等部日文科____


 最後に彼女が降り立ったのは日文科だった。「時間的に、此処が最後だね」と、そう言った彼女に僕は何だか寂しいような気持ちになる。

 やはり僕の手を引いて進む彼女に、僕もつられて日文科の校舎内へと入って行った。


 日文科の校舎内は普通科と少し似ていて、違うのは歴史を感じる和式な造りになっている事だった。掲示板に貼られた用紙には仮名文字が綴られており、床の間には掛軸がかかっていて、校舎内のところどころで日本文化を感じさせた。


「此処では、日本文化学を学ぶ事が出来るの。日本の言語、文学、歴史、文化等を深く学んで、専門的な研究方法を身に付ける。そうして生徒達の人間性を豊かにしていくの」

「豊かに……、それって何だか、とても綺麗だね」


 素直に感じた事を口に出してそう言えば、彼女はくるりと此方を振り向いてその猫目を一際輝かせてみせた。


「そう!綺麗なの!!」

「えぇ……」


 初めて見る彼女の興奮したような顔に戸惑った。


 たった半日しか一緒に過ごしていないけれど、こんな彼女の顔は初めて見た。興奮したように僕の手を引いては、「あれはね……」「これはね……」と説明する彼女は今日で一番楽しそうな顔をしている。

 

 そんな彼女にされるがまま手を引かれていると、いつの間にか僕達は校舎の外に出ていた。


「君は、此処が……、この国が大好きなんだね」


 そう声をかけた僕に彼女はくるりと振り向いた。


「うん、大好き」


 綺麗な黒髪を揺らして細められた白い瞳が、夕陽に染まった世界の色を写し出していて、そんな彼女の姿は、まるで一つの絵画作品のように美しかった。


 そんな彼女の姿に、僕は思わず見惚れて息を呑んだ。


 

「景色が好き、文化が好き、文字が好き、日本語が好き……。


 ____私ね、この国の言葉が大好きなの」


 

 そう言って微笑んだ彼女には無邪気に笑っていた少女のあどけなさは無く、そこには、ただただ美しさだけがあった。



「言葉は良い。力になる、人を繋ぐ、歴史を紡ぐ。

 

 何色でもない、何ものでもないものに、言葉が音を鳴らすだけで、それは途端に鮮やかな色を持って、その名前を形つくるの」



 散らずに残った春の訪れを告げる桜の花びらが、ひらひらと風に乗って宙を舞う。そんな桜の木の下で、舞う花びらに合わせて腕を広げて美しく舞う彼女は、儚い桜の精のように美しい。

 

 まるで、この広い学園の中で、彼女のいるこの場所だけが時間を止めてしまったみたいだ。

 

 

「言葉はこの世界に生命(いのち)を吹き込むの。


 だから私は、もっともっと言葉を識りたい___」



 風に乗って彼女の鈴のような声が鳴る。


 見惚れたまま言葉の出ない僕の前にやって来た彼女はまたひとつ鈴を鳴らした。


「回道君、今日はありがとう。とても楽しかったよ」


 そう言った彼女に、僕の口は漸く動いた。


「……っそんな、僕の方こそ本当にありがとう!とても楽しかったし、それに……、君のお陰で、僕もこの学園で自分の進みたい道が見つかったよ」


 言葉では伝えきれない程の感謝を、少しでも多く彼女へと伝えるため僕は必死に言葉を紡いだ。




「だから、その……何でも言ってよ!僕に出来ることなら、何でもするからっ」




 そう言った僕の言葉に、彼女はぴたりと動きを止めた。





 先程までの、優し気な雰囲気が一瞬で消え去って、僕達の間を夜を告げる少し冷たい風が吹き抜けた。




「……何でも?」

「う、うん。何かお礼がしたいし」


 先程までと異なる彼女の様子に、僕は何か変な事を言ってしまったのだろうかと考えるけれど、何もおかしな事は言っていないように思う。

 

 そんな僕に向かって彼女は徐にその冷たい手を手を伸ばした。



「どうし__」

 




「言葉ってね、生きるんだよ。


 例え本気じゃなくても、本当に思っていなくても、音に成って、形になった瞬間、それは生を持って還ってくるの。



 それはやがて、(めぐ)(めぐ)って……、君の(こころ)に還ってくるよ」


 








 トンッと彼女の細い指先が僕の心臓の辺りを突いた。そう言って妖艶に微笑んだ彼女にぞわりと全身の毛が逆立つ。そのあまりにも綺麗すぎる笑顔に、僕の心臓は強く握られたような感覚になる。


 

 なんだ、この感覚は。これは、殺気____?


 

 怯えるようにして僕は勢い良く彼女の手から離れた。離れた僕に彼女は一瞬顔を伏せた後、次の瞬間には元通りの顔で僕を見ていた。


「ごめんね、怖がらせちゃった」

「い、いや……」


 そうは答えても彼女に触れられた心臓は冷たいままだった。





 くるりと背を向けて歩き出す彼女に、僕も慌てて着いて行く。


「でも、さっき君に言った言葉は本当だから、気を付けてね」

「う、うん……、ありがとう」


 後ろを歩く僕に振り向きながらそう言って、彼女は笑った。


 すっかり夕陽に染まった学園は、帰路に就く生徒達をもオレンジ色に染め上げていた。


 そんな景色を眺めながら、彼女は独り言のように呟いた。


学園(此処)は、いつ見ても楽しそうだね」


 彼女の言葉に僕もぐるりと辺りを見渡してみる。



 遊び疲れて満足気な姿、友達と戯れ合って笑う姿、走って競い合いながら帰路に就く姿、彼女の言うように、皆とても楽しそうに笑っている。


 そんな中聞こえる彼女の声はどこか異質で、迷子の子供のようにも聞こえる。

 

「全国各地に散りばめられた能力者達が、ひとりひとり宝物のように、宝石のように集められて。

 

 外の世界を真似て造ったこの学園で、楽しそうに、幸せそうに笑ってる」



 

 静かに前を歩く彼女の顔は、僕には見えない。



 

学園(此処)にいる人達は、まるで人形みたい。


 小さな世界の中で、当然のように与えられた役目を全うして……。



 この学園はまるで、箱庭みたいね____」



 

 その声は、少しの皮肉と、酷い切なさを含んでいて。

 

 それは、まるで____



 




「______泣いてるの?」



 

 思わずそう問い掛けた僕に、彼女はゆっくりと此方を振り向いた。振り返った彼女の目は相変わらず綺麗で、夕陽に染まった世界の色に染め上げられていたけれど、僕にはそれがどこか悲しげに見えた。


「回道君、君は御役目をどう思う?」

「どうって……」


 投げかけられた言葉の意図が僕には良く分からない。


 

「おかしいと思わない?力があるから、人よりも強いから。祓う力を持って産まれたから、祓う事が出来るから。

 

 強い者が弱い者を助ける事を美徳とするこの世界が。


 親が子を守るように、兄が弟を守るように。当たり前に、強い者は弱い者の為にその力を使わなければならない事が。


 どうして私達が、人間のためにこの身を捧げて、御役目を担わなければならないの?」

 

「そ、それは……」



 次々と畳み掛けてくるかのように彼女は音にして言葉を紡いだ。圧倒される僕を置いて、さらに彼女は続けた。


 

「弱い者には守る力が無いから。力のある強い者に守られるのが当然だから。

 


 ……でも、だったら、強い者(私達)は一体誰が守ってくれるの?」

 


 核心を突くような彼女の言葉に僕は目を見開いた。


 彼女が言ったそれ等は、今まで考えた事もない程に当たり前に刷り込まれたこの世界の(ことわり)



「誰って……、それは、っその……」



 弱肉強食という、弱者が強者に食われる社会構図がある一方で、力無き弱者を力の有る強者が救い守る事を偉く美徳とする理がこの世界には存在する。

 

 その眩しい英雄譚に目が眩んで見えていないけれど、その足元には誰に気付かれる事もなく、力を持ってしまったが為に、誰にも守られる事なく散っていった者が存在している。



 彼女の問いに対する答えを見つけ出せず言い淀む僕に、彼女ははなから答えを求めていないような様子で口を開いた。


「もう一つだけ、君に聞きたいことがあるの」

「え……な、なに?」


 彼女は僕に向かってゆっくりと歩いてきて、そして僕の目の前でぴたりと止まった。

 

 僕よりも背の低い彼女が目の前に来ると、当たり前だけど彼女の体は小さく感じた。こんなにも至近距離で女の子と話した事のない僕の心臓が、ドキドキと速く波打つのは仕方の無いことだと思う。


 無意識に熱を持つ僕の顔を、下からそっと彼女は見上げる。


 


「君はこの学園が……、この学園の人達が好き?」



 

 彼女の白い瞳に映った僕と視線が交わる。


 












 この学園が好き______?















 変わり者ばかりのこの学園は、識らない事、分からない事ばかりだし、彼女の言うように此処では人間のために危険な御役目だって担わなければならない。

 

 未だに人と関わるのは難しいと感じるし、負の感情が形と成った妖はすごく怖いし、身体に傷が付くのはとても痛い。











 でも、言葉を貰えた____











 真っ直ぐな言葉を貰えた。笑顔にさせる言葉を貰えた。間違いを正す言葉を貰えた。感謝の言葉を貰えた。

 

 この学園に来てから、彼等に出逢ってから、僕は沢山の言葉を貰えたんだ。


 僕を見付けてくれた彼等を、彼等に出逢えたこの学園を、僕は何があっても守りたいと、そう思うから。


 

 だから____





















「______うん、大好きだよ」


















 僕は穏やかに微笑んで嘘偽りの無い言葉を紡いだ。




 僕の言葉を聞いた彼女は、その綺麗な瞳をゆっくりと閉じた。それはとても安心した様に、それでいてどこか諦めを含んで。


 彼女は閉じた瞳をゆっくりと開けて、綺麗な白い瞳に僕を映した。壊れ物に触るかのようにその細い両手で僕の頬を優しく包み込んだ。

 

 彼女の冷たい温度が、熱を持った僕の頬に伝わる。僕を見つめる彼女に、僕の心臓は激しく波打つ。

 

 そんな彼女に目を逸らせないでいると、僕の頬を包み込んだ彼女の手がグッと僕の顔を引き寄せた。不意打ちで力の入っていない僕の顔は簡単に彼女の方へと引き寄せられる。



 

 え________?














 



 











「貴方の言葉が、聴けて良かった」






























 つい目を瞑った僕の額に、コツンと優しい温度が触れた。


 目の前で聞こえた彼女の声にそっと目を開けると、息のかかる程近い距離に彼女の顔があった。顔を動かせば簡単に唇が触れ合いそうな程近いその距離に、僕の顔は一気に赤くなる。


「っ……」


 僕は声も出せず、ただただ至近距離で彼女と見つめ合った。そのたった数秒にも満たない時間が、僕にはとても長く感じた。


 そんな僕に目の前で微笑んだ彼女は、頬を包み込んでいた手を離して僕と彼女の距離を元通りに戻した。


「血、付いてたよ」

「……っえ」


 そう言って僕に人差し指を立てて見せた彼女の指には、赤い血が付着していた。いつの間に怪我してたんだろう、と彼女の触れた頬に手を当てるとピリッとした痛みが走って僕の手にも血が付着した。


「いつの間に、怪我なんか……」


 全く怪我をした覚えがなくて、首を傾げる。怪我をするような場面は無かったように思うけれど、彼女との話に夢中で気付かなかったのかな、と完結した。


「……本当に治るんだね」

 

「え?なんて____」

「いたーーー!!!!!!」


 小さく呟いた彼女の言葉を、聞き返そうと僕が口を開いたのと同時に聞き馴染みのある声が大きく此方へと投げ掛けられた。


「めーぐーるーくーん!!!!!!」

「ゆ、悠太君……?」


 声の方へと向いて目を凝らすと、此方に手を降って大声で僕の名前を呼びながら駆けて来る悠太君の姿が見えた。彼の後ろには見知った二つの影も見えて、どうやら狼君と弥子君も一緒みたいだ。


 

「____あーあ、見つかっちゃった」


 

 彼女の名残惜しむような声が、僕の後ろで聞こえた。

 


 

 僕は彼女の方へとくるりと振り向くと、そこには何処にも彼女の姿は無かった____。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ